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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.25 ■ TIME LIMIT






 短刀を構え、腰を落とした陽炎を見つめながら、冥月は先程まで対峙していたグレッツォ、ベルベットよりも遥かに戦闘に馴染んだその動きを観察していた。

 ――忍び、だったか。

 独特の布を身に纏、額当てと口元を覆う布。黒一色の身体は闇への迷彩色。
 この島国で独特な文化を築きあげてきた戦国時代に暗躍したとされるその姿は、冥月も文献で参考程度に知識に植え付けた事がある。

「この二人よりは強い、だろうな」
「…………」

 冥月の問いに何を答える訳でもなく、警戒を解かない。冥月は影の中にグレッツォとベルベットを引き込み、捕縛する。それを助けようともしない様子を見る所、どうやら仲間を助けに来た訳ではなく、自身の命のみが狙いだと窺い知れる。

「確か忍びは仕えるべき君主を選ぶんだったな。さっきの二人よりは良い情報が手に入りそうだ。
 お前が仕えているその者の事、洗い浚い吐いてもらうぞ」

(……思っていた以上に敵の数が多い。IO2が善戦したとしても、数で押し切られては意味がない……。
 興信所も襲撃されている様子だ。百合が能力を使えば命は助かるだろうが、それでは百合の身体に負担がかかる……。もって三分、といった所か)

 冥月は陽炎と対峙しながらも、現在の戦況を影を通して冷静に分析を開始していた。
 そんな中、殺意と殺意がぶつかり合う、大きな気配が漂っていた。

 一度手を地面につき、影を操る仕草をすると同時に、影からハンティングナイフを取り出す。

 重厚感ある丈夫な造りをしたハンティングナイフを構えると同時に、冥月が弾け、肉薄した。

 ――二分で片付ける。

 武彦達の下へと駆け付け、彼らを助けるのに必要な時間を考えた上で、冥月はその僅かな時間を陽炎との戦いに費やす事になるだろうと推測した。

 これは冥月が過信している訳でも、陽炎に対して侮っている訳でもない。
 長期の戦闘は、暗殺稼業を行う者にとってはデメリットでしかない。いかに迅速に、いかに確実に獲物を仕留めるか。

 純然たる結果こそが求められる世界に身を投じていた冥月だからこそ、この一二〇秒という僅かな時間は、仕事をこなす上で『十分に可能な時間』であると言える。

 グレッツォとベルベット、彼らは能力を用いるタイプであった。であれば、正面に対峙する陽炎もまた、相応の能力を持っているだろう。
 それを推察した上で、冥月はその能力を見極めなくてはならない。

 かと言って、この状況で手探りをしている余裕がある訳ではない。


 肉薄した冥月の振るったナイフが中空を切り裂いた。
 陽炎は後方に飛び、着地した冥月の僅かな体重移動の隙を突き、短刀を構えて弾ける様に飛び出し、迷う事なく心臓を抉るかの様に短刀を持った腕を伸ばす。

 しかし冥月はその行動を見極め、そのまま膝を曲げて着地し、回転しながら飛び出してきた陽炎の足を払う。

 あまりにしなやかな冥月の攻撃に対処が遅れ、陽炎が地面に手をつき、そのまま後方へと宙返りする。

 ――目を離したのは一瞬であった。しかし、その僅かな隙を逃す冥月ではない。

 回転蹴りから、前へと飛んだ冥月が陽炎の構えた短刀を蹴り落とし、そのまま空中で身体を捻って陽炎の胸に蹴りを入れる。勢いが弱く、陽炎は後方に数歩下がって踏み留まるが、それは冥月にとっても予測していた範疇であった。

 そのまま地面に足をつき、陽炎の身体へと切りつける冥月のナイフが、差し出された陽炎の腕にあたって甲高い音を奏でた。

「――仕込み手甲か」

 後方に飛んだ冥月が呟く。
 忍装束の下に仕込んだ手甲によってナイフを止めた陽炎が、帯の背に持っていた鎖鎌を取り出す。
 分銅のついた方をクルクルと回しながら、次の瞬間、分銅が真っ直ぐ冥月の身体に向かって伸ばされた。

 横に飛んだ冥月であったが僅かな違和感を覚え、その場で高く飛び、宙返る。
 僅か数瞬前に自分のいた場所を、後ろに飛んだと思われた分銅が背後にあたる位置からそこを通過した。

(……成る程)

 着地した冥月が、陽炎を見つめてナイフを地面に落とすと、そのまま影にナイフが飲み込まれる様に姿を消した。

「運動エネルギーを無視してそいつを操れる様だな」
「――ッ」

 陽炎が僅かに目を細めた事を、冥月は見逃さなかった。

 分銅の動き、そして陽炎の身体。どう考えても、一度避けた分銅が背後から冥月に襲いかかる様に操った形跡はなかった。それでも分銅が動いたとなれば、それは恐らく陽炎の異能――つまりは能力なのだろう。

 陽炎にとっても、死角を突いた一撃をあっさりと避けられ、その上能力を見破られた事には焦りを禁じ得なかった。
 自身と同等、或いはそれ以上の体術。そして冷静な判断力に、能力。

 ――分が悪い。

 陽炎はそう感じながらも、目の前に立った黒髪の女からは逃れられまいと、悟った。
 数多くの者を屠ってきた陽炎の経験が、その絶対的な力の差を前に警鐘を鳴らしていたのである。

 能力は影を操る事だが、その実力は実質計り知れない。
 暗器を使い、敵を屠ってきた忍びである陽炎にとって、一撃の下に崩れなかった敵はいても、能力を一度の攻撃で見抜かれる事など今までに経験した事もない出来事であった。

 強張った陽炎の隙を、タイムリミットの迫る冥月が見逃すはずもない。

 僅かな思考の海に投げ出された陽炎に肉薄した冥月は影を手に纏い、刃と化して陽炎の鎖鎌の鎖を断絶した。

「これでも能力は使えるのか?」

 一瞬の隙を突かれた陽炎が、冥月のその言葉に歯噛みする。

 更に冥月は陽炎の腕を掴み、そのまま背負い投げ、地面に陽炎の身体を叩きつけた。肺からは空気が押し出され、朦朧とする意識。それでも起き上がり、地面に向かって何かを投げつけた。

 今まで用意はしていても、決して使う事のなかった閃光玉。
 強烈な光を放ち、目が眩んだその隙を利用して逃げる為だけの命綱であり、屈辱の証でもあるそれを使い、陽炎は逃げようと後方へと高く飛んだ。

 ――しかし、それを阻んだのは黒一色の世界であった。

 突如として眼前に現れた黒一色の壁。
 そして闇が自身の身体を包み込み、陽炎は身体が縛り付けられた様な感覚と共に、深く暗い闇の中に飲み込まれていく。

 辺りを覆った闇が消え、そこに立っていた冥月が静かに髪を掻き上げた。

「――二分だ。動きを止めたのが運の尽き、だったな」

 何が起こったのか、陽炎はそれを知るべくもない。


 閃光玉を用意した次の瞬間、冥月は能力を展開させたのだ。

 ――上空に生まれた巨大な黒い円。

 五〇〇メートル程の直径の円が空を切り取ったかの様に現れ、それが真っ直ぐ地面に向かって落ちていく。

 かつてファングとの戦いで冥月が見せた、上空への能力展開。
 しかしそれと大きく異なるのは、冥月の能力が昔に比べて正確に操れる様になった事でもある。

 影の球体は全てを飲み込み、ある条件の者のみを拘束するという条件を持っている。

 ――その条件とは、冥月が敵と見定め、それを象った影の持ち主。

 当然、この場合は対象者となったのは陽炎であり、その他の建物や自分。周囲を動いていた者達は暗闇に僅かに飲み込まれた事に対して、錯覚と感じるだろう。

 一瞬の出来事。そう称しても良い程の早さで、冥月の影は地面に消えていったのだ。


「さて、興信所へ行くか」

 そして自ら影の中へと潜り込んだ冥月は、武彦達の下へ急ぐのであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇





「――……銃撃が止んだ」

 草間興信所。
 先程まで耳を劈いていた銃声が突如として消え、人の気配も消えた。あまりに突然過ぎたその出来事に、武彦は唖然としていた。

 入り口周辺は既に見る影もなく穴だらけになり、激しい銃撃の跡が凄惨さを物語る。同時に、入り口を駆け上がる一人の足音に、武彦が銃を構えて飛び出す。

「大丈夫か!?」
「って、お前か……って!?」

 入り口から姿を表した冥月に安堵した武彦に、冥月がそのまま身体に抱きついた。

「お、おい。冥月?」

 武彦の声に我に返ったのか、冥月が慌てて身体を離し、武彦から視線を逸らした。

「ま、まぁ、信じてはいたんだがな……」
「おう。それで、外の連中はお前が片付けてくれたのか?」
「ん? あぁ、全員捕縛した」

 あっけらかんとそう告げる冥月に向かって、武彦は小さくため息を吐いた。

「まったく。俺が苦労してた連中を一瞬で片付けちまうとはな……」

 そう告げて、武彦は冥月の頭に手を回し、そっと抱き寄せた。

「お前も無事で良かった」
「……私は……大丈夫よ。あれぐらい……」

 少し前までなら顔を真っ赤にしながら逃げる所であった冥月も、今では顔を赤くしながらキュッと武彦の身体に手を回し、その温もりに身体を預けている。

「お兄さん、だいじょ――」
「――ぐほぉっ!?」
「お姉様!」

 奥から飛び出してきた零と百合の気配を察し、冥月が武彦の腹に一発殴りつけた。
 一体何事かと零達が尋ねる前に冥月が口を開く。

「ま、まったく! あんな連中に手を焼くな!」
「……り、理不尽過ぎる……」

 冥月の照れ隠しの為に腹部に攻撃を食らう事になった武彦であった。







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