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男ドアホウ踊る打線だ玲奈
1.
桜の季節も終わり、新緑眩しい5月の日差しが柔らかな風と共に街の合間を縫っていく。
神聖都学園野球部。
げじげじの毛虫眉に今朝剃ってきたのに、もうこんなに!?と思うほど濃い髭の男子部員たちが汗やら鼻水やらを滝の如く流して猛練習に励む場所。もちろん重いコンダラもある。(これ重要)
三島玲奈(みしま・れいな)と瀬名雫(せな・しずく)が今回受けた依頼はその神聖都学園野球部に関係していた。
「えーっと…これ? こっち?」
「んむぅ?? こっちじゃない?」
ネットカフェのパソコン画面を睨みつつ、2人はある場所を探していた。
「男ドアホウ箪笥研究所…あ、ここ、ここ!!」
ようやく見つけたその名前に、2人は立ち上がりその場所を目指すことにした。
今回の依頼は神聖都学園野球部に蔓延する『5月病』に喝を入れてほしいという依頼だった。
研究所はそう遠くないところにあり、2人は5月の爽やかな散歩を楽しんだ。
ほどなくして研究所に着くと、2人はさっそく依頼の件について話し始めた。
「…で、ウチに来たのはどういった理由かね?」
瓶底メガネの変わった博士が論文を書きながらそう訊いた。この博士、まったく人の話を聞いちゃいない。
「だから、人は環境に左右され易いという『アホウ箪笥理論』が5月病を治すカギになるんじゃないかと思うんだってば!」
説明しよう! 『アホウ箪笥理論』とは…
エアキャップをつい潰したくなるのはなぜか!? そこにエアキャップがあるからだ!
転びたくなったのはなぜか!? そこにバナナの皮があったからだ!
ネコを触りたくなるのはなぜか!? そこにもふもふがあるからだ!
その形、その環境による人の心理への影響を解いた理論である!
「…今、謎のナレーションが入ったような?」
「気のせいよ、玲奈ちゃん。そんなことより『アホウ箪笥理論』を応用して…」
雫が再度そう言いかけた時、どこからともなく手紙が飛んできて博士が論文を書いている机にぶっ刺さった。
「…悪いけど、これ読んどいてくれるかね」
「いや、ふつーはもっと動揺するよね? 動揺してよ!」
玲奈はそう言いながらも手紙を引っこ抜いて手紙を読んだ。
「『今夜頂戴する。図鑑3』…ってなんだってーーー!?」
2.
「むっちゅぅ☆」
図鑑と思われる妖怪は女性の写真にキスをした。
そこは明るい部屋とは裏腹に全く意図に反した使われ方をしている部屋だった。
アジト。そう、そこはとある妖怪一味が悪だくみをする部屋として使われていたのだ。
「ってことで、今回のお宝ターゲットは『アホウ箪笥理論』ってわけだ」
「お主が学問とは世も末だ」
黒い帯をした色本妖怪は、図鑑妖怪に話しかける。
「何とでも言え! この理論に拠るとだな、環境が人を支配するらしいぜ。例えばだなこの宝石…」
図鑑の妖怪は宝石を摘まんで見せる。それを見た辞典の妖怪がすぐさま答える。
「見れば盗みたくなるわな。だがそれを拡大解釈して世界を支配しちうのは…一寸な」
「お主、あの女を信用し過ぎだ」
「それがどうした! 俺の愛は無限大なのよ〜!」
色本妖怪と辞典妖怪は図鑑妖怪の浮かれっぷりに『こりゃ駄目だ』と顔を見合わせた。
一方その頃、玲奈と雫はとある場所へと移動していた。
「なにこれ〜…可愛い?」
「瓶壜便よ♪」
巨大なジュースの瓶を三つ又にし、各付け根にボールを挟んだ挙句、もふもふの毛を被せた謎のメカを見て玲奈と雫は其々に声を上げた。
とある工房。最初は趣味で始めた程度だったようだが、段々それがエスカレートしていき最終的には2次元メカを等身大3次元で再現してしまうほどの腕前を持ったヲタク鍛冶屋がそこにはいた。
奥の方ではシュババババッと火花を散らしながら作業をする人がいる。きっとそのヲタク鍛冶屋だろう。
玲奈と雫は奥へと進み、声をかけた。
「あの〜…」
最初は可愛く。でも作業中でかの人は振り返らない。
「あの〜?」
届かない。可愛い声にも限界がある。
「あの!!」
ワンスモア! もう一息!
『あーーーのーーーー!!!!!!』
「うわぁ!!」
雫と玲奈の声に、驚いたように作業を止めた人物は「な、なに? 何の用だよ?」と目を泳がせた。
「えっとぉ、作ってほしい物があるんですぅ」
「つ、作る? な、何を??」
女性に慣れていないらしいヲタク鍛冶屋はオロオロとどもりながら聞き返す。
「もちろん、メカを作ってほしいの☆」
雫がピラリと取り出した1枚の紙を見て、ヲタク鍛冶屋はキラキラと目を輝かせてその紙に飛びついた。
3.
草木も眠る丑三つ時…たとえ夜であろうとひらめきがあれば筆は進む。
男ドアホウ箪笥研究所で博士は今日も昼夜関係なく論文を執筆していた。
しかし、その日は特別な日であった。そう、例の予告状の日である。
いつもより警備員を多く配置していたが、それはあまりにも突然に起きた…いや、寝た。
降ってきた枕に警備員たちは激しい睡魔に襲われ、その誘惑に打ち勝てる者はいなかった。
「んふふ〜。ハァイ、図鑑賛成〜!」
寝込んだ警備員たちに妖怪がどこからともなく現れた。
しかし、どこからともなく現れたのは妖怪だけではなかった!
「またお母ンの差金か!」
ヲタク鍛冶屋に特注で作ってもらった瓶壜便に颯爽と乗った名パン偵・玲奈ンが迎撃したのだ。
どこから出てきたんだ!?
まぁ、それは置いといて。玲奈ンは瓶壜便のもふもふを妖怪の前に差し出した!
「はっ!?」
そのもふもふに…妖怪は飛びついた!
思いっきりもふもふと触っている。
「出た! アホウ箪笥攻撃!!」
雫が玲奈ンの影からガッツポーズで実況すると、玲奈ンは妖怪を一気に触手で捕縛…するはずだった。
しかし、それは大きな破裂音と衝撃により不可能となったのだ。
「図鑑よ、甘いぜ」
「辞典!」
辞典妖怪のマグナムが玲奈ンの触手に命中したのだ。しかし、こいつも想定の範囲内!
玲奈ンはメカから大量の射的の的をばら撒いた!
辞典妖怪は思わずその的に狙いを定めて打ち抜いていた。凄いぜ、アホウ箪笥!
そんな陽動に引っ掛かった辞典妖怪を尻目に色本妖怪が素早く鞘を抜いた。
「はい、玲奈ちゃんよ♪」
「え!? こら、雫ー!」
ささっと逃げた雫に対し、逃げ遅れた玲奈ンは色本妖怪によって切り刻まれた。
…例の如く制服だけ。その下から今の季節では少し寒い水着が顔を出す。
「またこーゆー展開!?」
泣きそうな玲奈ンに、色本妖怪はハッと我に返った。
「ム! 拙者つい…」
思わず恥じ入った色本。これもアホウ箪笥の威力か!?
そして、最後の時は来る…。
4.
投げられた髑髏印のボタン。
それは黄色と黒の縞模様に縁どられ、あまりにも禍々しく、だがそれでいて何か引き付ける魅力を兼ね備えていた。
図鑑妖怪の手から投げられたそれは、玲奈ンの目の前へと放物線を描いて舞い降りる。
スローモーションのように、玲奈ンはそれに釘付けになった。
押さなければならない。
確かに、それは玲奈ンにそう語りかけた。
「やめて! 玲奈ちゃーーーーん!!」
遠くで雫の声が聞こえる。押すのを止めろと泣いている。
でも…
「ぽちっとな!」
あ、押しちゃtt…
ちゅどおおおおおおおおおおんんんんんん!!!!!!!!
「げほっ! げほっ!!」
雫と玲奈が瓦礫の山と化した男ドアホウ箪笥研究所から真っ黒になって出てきた。
まだ博士は論文を書いているようだったが、その手元から炭化した紙だった物がさらさらと風に吹かれて飛んでいく。
「とほほ〜…。むっちゅうが〜…」
妖怪は泣いたが、論文はもうメカともども爆破され跡形もなく、なくなっていた。
「だからやめろって言ったのにぃ!」
「めんごめんご! だって押しちゃダメって言われたら押したくならない?」
教訓:やめろって言われたらやりたくなるのが世の不思議☆
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