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<東京怪談ノベル(シングル)>


 政府専用機内。逆行催眠に長けた合歓人大使の一族を祖国へ送還中。
 サロンでは、大使の家長が術で乗員の記憶を掘り起こしていた。
「次に何が見える?」
「……緑の液体です」
 巧みな誘導で、乗員は記憶を取り戻していく。どうやらお茶好きの祖母と過ごした思い出の様だ。
 しばらく経って、逆光催眠が終わったのか、乗員が体を起こす。ずっと気がかりだったお椀のことも思い出したようだ。乗員は感謝感激して、何度も礼を述べてサロンをあとにしていった。
「君もどうかね?」
 ドヤ顔をしたまま家長が郁にそう言う。
「結構です」
 きっぱり断るが、なかなか諦めない家長に辟易した大使の長男が、
「そういえば、お手洗いってどこ?連れて行ってよ」
そう言って廊下へと郁を逃がしてくれた。
「助かったわ。ありがとう」
「まったく親父ときたら……本当にごめんね。悪い人じゃないんだけど、許してくれる?もし興味があるなら僕がやってもいいしね。僕なら釣り合うよ」
 その紳士的な態度に郁の胸がときめく。
「ちょっと考えてみるね」
 そう言って別れらものの、頭はもう彼のことでいっぱいだった。自室で上機嫌に鼻歌を歌ったりする郁。
「やっと春が来たかも」
 そして深夜、郁の夢の中。強引に口説いてくる彼氏の顔に何故か長男が重なる。
「誰なの?」
 彼氏と逢瀬の要所、要所で長男が出てくる。せっかくのいい夢のはずが悪夢となり、郁を苦しめる。


 その頃、医務室では鍵屋が首をかしげていた。合歓人の乗船後に突如、昏睡した乗員が多数でている。乗員の脳波やらを調べたが検査の結果は問題ない。機内にも異常がない。原因は不明。消去法で言っても
「怪しいのは……」
 鍵屋はそう呟くと、通信室へと向かった。
「どうしました?鍵屋医師?」
通信士が首をかしげると、鍵屋は
「ちょっと調べたいことがあるの。ちょっと借りるわよ」
 そういうと鍵屋は各時代の捜査当局に合歓人と昏睡事件の関連を調査を要請した。
「私の考えならこれで出てくるはず……」


 一方、客室では乗員が合歓人の家長に詰め寄っていた。
「貴方達が乗ってからおかしなことが起きてる。何が目的だ!」
「何を言っているかわからないが?私達は逆光睡眠であんたがたの記憶を取り戻しているじゃないか!感謝こそされ責められる筋合いがない!!」
 にらみ合う2人。一触即発の雰囲気に長男が割って入った。
「まあまあ、それなら僕達を検査すればいいじゃないか。そうだろ?それで疑いが晴れるならいいだろ?親父」
「ふん。どうせ調べても何も出てこないがな」
「そういうことでいいですか?」
 乗員も渋々といった感じで頷いた。
「じゃあ早速やってもらいましょう?」
 長男に言われ、乗員は大使の一族全員をいろいろ検査をしたが、何も出てこないかった。
「それみたことか。何もないと言っているだろう!」
「くっ……」
 ドヤ顔の家長と悔しそうな乗員。そこに鍵屋と数人の乗客が入ってきた。
「過去に同じような事例がいくつも起きているわ。しかも全部貴方がたがいるときにね。容疑者として拘束させてもらうわよ」
「冤罪だ。私は何もしていない!!!」
 そう叫ぶ家長の言葉虚しく、彼は拘束された。その隣で長男が残念そうにため息を付く。鍵屋は家長に向かって、そう言った。
「記憶侵害は判例はないが新たな陵辱行為よ。言い訳は警察でじっくり聞いてもらうといいわ」
 父親が連れて行かれた長男は残念そうにため息をついて郁の部屋へと足を向けた。

 
 郁が目を覚ましたとき、そこには心配そうに顔を覗き込む長男の姿があった。
「何が起こったの?」
 ぼんやりとする頭ではわからなかった。ただ、楽しい夢のはずが悪夢になったのは覚えていた。
「大丈夫?」
「うん。何が起こったのか貴方の術で確かめたいの。やってくれない?」
 郁の言葉に、長男は頷き、郁は再び瞳を閉じた。
 しかし、郁の目の前は真っ暗なままで何も起こらない。不思議に思って瞳を開けると、すぐ目の前に目を血走らせた長男が見えた。
「ちょっ……何しているのよ!?」
「あれ?どうして、昏睡しないんだ?まあいいや。君だって僕のこと気になってるんだろ?ならいいじゃないか」
「あの悪夢はあなたが見せたのね!」
「そうだよ。普通は昏睡するんだけど、君は特殊みたいだね」
 そして、長男はそのまま肩を掴むと唇を奪おうと顔を近づけてくる。そこにタイミングを図ったかのように鍵屋が扉を勢いよくあけた。
「お前の父親が居ない時に起きた事例があるの。大人しく観念なさい!」
「うるさい!邪魔するな」
 長男はそう鍵屋の方を向いてそう言うと、声を上げながら暴れ始めた。そこにいい音を立てて郁の張り手がクリーンヒットしたバランスを崩し倒れる長男。
 「いいかげんにしんしゃい!!」
 そう言った薫の目からは大粒の涙が流れていた。そこに乗員が数名やってきて長男を拘束して連れて行った。
「……」
 郁とともに残された鍵屋にできるのは薫が泣き止むまで隣にいてあげることだけだった。


Fin