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<東京怪談ノベル(シングル)>


仕事帰りの令嬢くのいち(前編)


 装甲車が、高速道路を走っていた。
 人間ではない男たちを乗せた、装甲車である。
 5人。あるいは5匹、5体。
 その姿は、甲冑に身を包んだ騎士のようでもある。
 機械の甲冑であった。
 骨格・筋肉・臓器に無数のナノマシンを埋め込む事によって、肉体を機械化・金属化させた男たち。
 兜、と言うか頭部の形状が、5人それぞれ異なっている。
 1人は、鼻面から角を伸ばしたサイ。1人は、複眼と大顎で三角形を成すカマキリ。1人は、口の巨大なガマガエル。1人は頭部の尖ったイカ。1人は、凶悪に牙を剥いた吸血コウモリである。
「力で日本を救わねばならん時が、ついに来てしまった……」
 サイ男が、呻いた。
「我らの力だけは、使いたくなかったのだがな」
「仕方あるまい。便利さに慣れきってしまった、この国の愚民どもは、生半可な事では目を覚まさぬ」
 カマキリ男が言った。
「あの震災を教訓とせず、原子力を盲信し続ける愚民ども……」
「吹っ飛ばしてやるよぉお、原発なんてモンは片っ端からぁああ」
 ガマガエル男が、笑っているのか怒っているのか判然としない声を発する。
「ナノマシンで強化された、この身体……放射能汚染など、恐るるに足らん」
 イカ男が、続いてコウモリ男が言った。
「人間どもは、せいぜい苦しむがいいぜ。苦しまなきゃわっかんねぇーからなあ、この国のバカどもはよぉお」
 装甲車が向かっているのは、某県海岸の原子力発電所である。
 放射線に耐える機械の身体を駆使して、徹底的に原発を破壊し、周辺の市町村に死をもたらす。
 そのくらいの事をしなければ、日本国民の原発盲信を打ち砕く事は出来ないのだ。
 死と破壊を企む、5体もの機械の獣人。
 彼らを乗せた装甲車を、1台の黒いスポーツカーが追っていた。
 そのボンネットの一部が開き、細長く尖ったものが出現する。
 ミサイルだった。それが、発射された。
 発射音が鳴り響いた時には、すでに命中していた。
 装甲車が爆発し、高速道路の真ん中に火柱が立つ。
 その火柱の中から、機械の獣人たちが転がり出て来て路面に激突し、だが何事もなく立ち上がる。
 5体全員、無傷である。
 燃え盛る装甲車の残骸を、ドリフト走行で蹴散らしながら、黒のスポーツカーが急停止した。
 機械獣人5体による包囲の、真っただ中である。
 運転席のドアが、開いた。
「残念。ミサイルは、1発しか用意しておりませんの」
 涼やかな声と共に、ロングブーツが路面を踏んだ。
 爪先の優美な鋭さと、ふくらはぎの美しい丸みを、ピッタリと包み込んで強調する黒のロングブーツ。
「大人しく木っ端微塵にでもなって下されば、楽に死なせて差し上げられたものを」
 しなやかな姿が1つ、運転席から優雅に降り立っていた。
 スラリと美しく、それでいて強靭な脚力を内包した両脚。黒のストッキングでぴっちりと包まれていながら、その牝豹的な色香は、全く隠される事なく溢れ出している。
 引き締まった胴体には同じく黒の女性用スーツが貼り付き、ミニのタイトスカートには、瑞々しいヒップラインがあられもないほど浮き出ていた。
 ブラウスとジャケットを豊かに形良く膨らませた胸は、食べ頃のメロンを思わせる。
 魅惑的な背中の曲線をさらりと撫でて伸びた黒髪は、一筋も染められておらず、自然な色艶をキラキラと振りまいている。
 鋭いほどに端正な顔立ちが、機械の獣人5体を、一瞥し見回した。
 綺麗な唇が、ニヤリと微かに歪む。
「中途半端に頑丈な方々……下手をすると、嬲り殺しになってしまいますわ」
 言葉に合わせ、その両手でキラリと光が揺らめいた。
 白く優美な左右の五指が、鋭利なものをクルクルと弄んでいる。大振りの、2本のクナイ。
「貴様……何者だ」
 サイ男が、敵意に満ちた問いを投げてくる。
「まあ何者であろうと、我々を妨げる事は許さん。それは即ち、日本国民の目覚めを妨げるという事だからな」
「水嶋琴美。御覧の通り、お仕事帰りのしがないOLですわ」
 決して嘘ではない答えを、琴美は口にした。
 何の変哲もない商社勤めのOL。それも水嶋琴美の職業である。表向きの職業だが。
「頭のいかれた小娘が!」
 イカ男が叫んだ。
 その全身各所で機械甲冑が開き、蛇の如くうねるものが大量に現れる。
 全体にびっしりと吸盤を備えた、触手である。それら吸盤では、機械仕掛けの細かな刃が無数、回転しながら凶暴に蠢いている。
 そんな機械触手の群れが一斉に伸び、琴美を襲った。
「私……貴方がたには、感謝しておりますのよ?」
 語りつつ、琴美は身を翻した。
 魅惑的なボディラインが柔らかく捻れ、その周囲で黒髪がフワリと弧を描く。
 左右2本のクナイが、一閃する。
 硬い切断の手応えを、琴美はしっかりと握り締めた。
「貴方たちがおバカな事を始めて下さったおかげで私、残業をせずに済みましたわ」
 断ち切られた機械触手が何本も路上に落下し、弱々しくのたうち回る。
「うぬっ……む、無駄な事よ!」
 イカ男の全身から、さらに何本もの機械触手が生え伸びて来る。
 それらが、凶暴にうねりながら突然、硬直した。
 イカ男の身体そのものが、硬直していた。
 その左胸にクナイが1本、突き刺さっている。
「貴方がたが出て来て下さらなかったら私、今頃ひたすら延々と書類の入力をさせられていたところ」
 投擲を行った左手を、ゆらりと振り戻しつつ、琴美は軽やかに路面を蹴った。感謝を込めて、踏み込んで行った。
 むっちりと瑞々しい左右の太股が、タイトスカートを押しのけて開く。
 あられもなく跳ね上がった右足が、イカ男の左胸に突き刺さったクナイの柄尻を直撃する。
 ハンマーで釘を打ち込むような蹴り。
 ナノマシンで強化された胸板を、その奥で機械化しつつ脈動する心臓を、打ち込まれたクナイが容赦なく貫通してゆく。
 イカ男は倒れ、痙攣した。絶命の痙攣だった。
 その屍の上に、琴美は右足を着地させた。そして言い放つ。
「せめてものお礼に……貴方がたの無様な生き方、速やかに終わらせて差し上げますわ」