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密なる悲劇
ダウナーレイスとエルフ族は、時代を区切って地球をシェアしている関係だ。そうして互いに微妙な関係を保ちながら、同じ星の上で暮らしてきた。
そんな2族の、言わば中立時代とでも言うべき時代には、それぞれの前線基地が置かれ、互いの動向を睨み合っている。その、ダウナーレイス前線基地からの通信が途絶えたのは、あまりにも突然で、何かが起こるのかもしれないという前触れすら感じられない時の事で。
「何があったんだろう」
異常を察知した上層部からの指令で、事象艇に乗り込み件の中立時代へと向かいながら、綾鷹・郁(あやたか・かおる)は呟いた。理由なら幾らでも考えられる。軽微なものは通信機の故障から、重大なものとしては前線基地壊滅まで。
あらゆるパターンを想定しながら、辿りついた郁を迎えた前線基地は、少なくとも何の異常もないように見えた。出迎えた基地駐留のダウナーレイス達が、郁の訪れに驚いたような、ほっとしたような顔になる。
「突然通信が途絶えたんだけど、何かあったの?」
「それが‥‥」
そうして尋ねた郁の言葉に、ダウナーレイス達は顔を見合わせ、言葉を捜すように小首を傾げ合った。しばし話し合った後、そのうちの1人が、実は、と口を開いた事には、彼女達も何が起こっているのか解らないのだと言う。
前線基地の中には通信室があり、上層部への定期連絡はそこから行われていた。だが、彼女達もまたエルフ族の哨兵から互いの基地同士を結ぶ通信が繋がらないと言われ、通信室を確かめようとしたものの鍵がかかっていて誰も入る事が出来ず、困っていたのだと言う。
そこまで聞いて、郁は少し呆れたように息を吐いた。
「鍵は誰が持ってるの?」
「司令官が‥‥でも今朝からお姿が見えなくて」
「どこにいらっしゃるのか、秘書に聞こうと思ったんですけれども、彼女も姿が見えないんです」
「呆れた。じゃあ、中に居る可能性が高いね。通信室の中と連絡は取れないの?」
「やってみたんですけれども、通信室への内線も繋がりませんし、ドアを叩いてみても反応がなくて」
「ふう、ん‥‥じゃあ、こじ開けるしかないね。もしかしたら中で倒れてて、助けを呼びたくても呼べないのかもしれない」
郁は彼女達の言葉にそう判断すると、工具を持って来て通信室をこじ開けるように命じる。解りましたと頷いてダウナーレイス達が工具を取りに行っている間、郁も通信室のドアを叩いたり蹴ったり、中に呼びかけたりしてみたものの、やはり反応はない。
ほのかに感じる焼け焦げた匂いが、嫌な予感を感じさせた。少なくとも、中で何かが起こっている事は間違いないようだが、果たして何が起こっていると言うのだろう。
想像を巡らせながら工具がやってくるのを待ち、ドアがこじ開けられるのを見守る。そうして鈍い音を立て、破壊されたドアから部屋の中へと足を踏み入れた郁達は、そこにあった光景にあっと声を上げた。
部屋の中にあったのは、無残な焦げ跡に転がる2つの焼け焦げた死体。廊下まで微かに漏れてきていた、焼け焦げた匂いはこのせいだったらしい。
戦士でもある郁には珍しい光景ではないが、決して気持ちの良いものではない。微かに顔を顰めて眼差しを動かすと、死体の傍らになぜか、愛らしい子犬がいる事に気がついた。
ひょい、と首を傾げる。
「こんな所に仔犬? 基地で飼ってるの」
「先日赴任された士官殿の犬だと思いますわ」
そうして呟いた郁に、1人がそう答えた。ふうん、と相槌を打って死体を調べ始めた郁の後を、自分が話題になったと解るのか、嬉しそうに尻尾を振って子犬がついてくる。
したいようにさせながら、郁は死体の様子や焦げ跡を簡単に調べた。通信室の鍵が焼け焦げた衣服のポケットから出て来た死体は、司令のものであろう。という事はもう1つの死体はその秘書か。
そういった事を調べ、最後に2人を無残な姿に変えた凶器がどこにも見当たらない事を確認すると、郁は、これは密室殺人事件だと断定した。そうして草間探偵事務所の草間・武彦(くさま・たけひこ)を雇い、犯人を探すべく、事件解決に乗り出したのだった。
●
前線基地で起こった密室殺人の凶器は、熱線銃であろう、と推測された。武彦を招き、さらには鑑識も入れてさらに調査した結果、武器庫から1丁紛失しているのが発見されたからだ。
焼け焦げた死体の状況から見ても、それが凶器として使われた可能性が高い。また、改めて部屋の隅々まで探しても熱線銃が見つからなかった事から、凶器は犯人が持ち去ったもの、と思われた。
さらに気になる事としては、何か手がかりはないかと司令の端末を調べた結果、全てのメールが消去されているのが発見された事も、ある。サーバを調べた所、当日の朝までは正常に受信されていた事から、その後で誰かが――恐らくは犯人が――消したのだろう。
「で、容疑者は」
「最近赴任してきた士官と、異常を知らせてきたエルフ族の哨兵かな」
武彦の言葉に、郁は端的に答えた。エルフ族の哨兵は、何と言っても異常の第一発見者であるし、何より毎週、船で基地に嫌がらせを仕掛けてきていたのだと言う。一応、今は全面戦争にまで至っていないとはいえ、元々友好があるわけでもないのだから、動機としては十分だろう。
一方、最近赴任してきた女士官というのはアナーキーな性格で、基地に配転早々に殺された司令と揉めているのだという。さらに、密室に死体と共に閉じ込められていた仔犬が、やはり女士官の飼い犬に間違いない、と幾人かから証言が取れた。
何より、子犬の件を尋ねようと女士官を探した所、基地の中のどこにも姿がなく、代わりに脱出艇が1隻なくなっていたのだ。ここまで揃うともはや、疑って下さい、と言っているようなものである。
だがだからこそ決め手に欠ける、と言った郁に、そうだな、と武彦は同意した。あまりにも怪しすぎる人物こそ、実は潔白だと言うのはありがちな話だ。
一先ず脱出艇の捜索を基地のダウナーレイスに頼むと、郁は武彦と共に、基地内に拘留しているエルフ族の哨兵の元に向かった。第一発見者だから事情を聞きたい、という名目で留め置いたのだが、実質は尋問のようなものだ。
連絡を受けて駆け付けた哨兵の上官も、当然ながら尋問に立ち会いを求めた。こちらとしても、不当な暴力などで哨兵に情報を話させた、と濡れ衣を着せられては溜まったものじゃないから、郁はそれを了承する。
そうして尋問を開始したものの、元来エルフは不遜な種族であり、今回も郁達の質問に、簡単に答えようとしなかった。か弱い少女の姿の郁と、見るからに厳つい武彦という、凸凹なコンビを見て侮った様子も、ある。
「俺は基地と通信が繋がらないから教えてやっただけだ。殺しだなんてとんでもない。むしろ感謝されても良い位じゃないのか?」
「それはそうかもしれないけど。でも、殺人現場にはあたし達ダウナーレイス以外の、侵入者の指紋が残されていたのよ――そう、あなたのね」
「‥‥‥ッ」
潔白を主張する保証に、そう告げると彼は驚いたように目を見開いた。そうしてそわそわと落ち着きなく、上官に眼差しを送っている。
通信室に残されていた指紋は、鑑識の話に寄れば比較的最近のものだと言うことだった。また、通信室に保管されていた、通信の暗号鍵が紛失しているのも確認されている。
もちろん、基地の誰かがうっかり無くしたと言う事も考えられないではないが、そもそも通信室にエルフ族の哨兵の指紋が残されている、というのがおかしいのだ。ドアを破って死体を発見した時も、哨兵はもちろん室内には立ち入らせていないのだし。
「これらの状況証拠から考えられるのは、通信鍵を盗んだのはあなた。その現場をあたし達の司令に見つかって、一緒に居た秘書もろとも口封じをしたんじゃないの?」
「しきりに上官を見ているな。盗んだのはおまえで、指示をしたのはあいつか?」
「ち‥‥ッ、違う! 確かに私は暗号鍵を盗ませはしたが、殺人など聞いていない! そうだな?」
「は、はい‥‥自分は誰にも会わず、暗号鍵を盗み出しました‥‥」
「ほら見ろ! 濡れ衣も甚だしい、これだからダウナーレイスは‥‥今日はもう帰らせてもらう! 必ずやお前達に、殺人無罪の証拠を突きつけてやるからな!」
「あ、ちょっと! そもそも暗号鍵を盗んだのじゃって犯罪じゃろが!」
「さあ、帰るぞ! こんな所に、これ以上1秒だって居られるか!」
憤りを露にしたエルフ族に、郁は思わず呆れた声を上げたものの、まったく聞く耳など持たずに彼らは、勝手に帰ってしまった。はぁ、と大きな息を吐いた郁の肩を、ぽん、と武彦が叩く。
「どんな証拠か知らんが、あちらさんが出してくれるって言うのなら、ありがたく受け取れば良い」
「そうなんだけどさ‥‥だからって哨兵の日記とかが出てきた日にゃ、読む気が失せるよ」
ぐったりと郁は、愚痴交じりに呻いた。少なくとも確かな事は、エルフ族に侵入された警備体制を見直さなければならない事と、盗まれた暗号鍵で作成された文書を早急に、新しい暗号鍵を作って書き換えなければならないという事である――どちらも郁の仕事ではないが。
●
それから数日は、これと言って進展の無いままだった。郁はあらかた調査もし終わり、基地の中の者からの話も聞き終わって、今は殺された秘書と行方不明の士官の日記を閲覧している所だ。
自分で「読む気が失せる」という発言をした日記だが、殺人無罪の証拠にはならなくても、その人物がどんな日々をすごし、どんな事を考えていたのか、という事を知る役には立つ。適うならば基地司令のものも読みたかったのだが、彼女は生憎、日記をつけるような性格ではなかったようだ。
まずは秘書の者を読み終え、次に行方不明の士官の日記に移る。途中を行きつ戻りつ、時には2冊の日記を見比べながら読み進めるうちに、仕官と秘書、司令の背後関係が、うっすらと浮かんできた。
(ますます怪しい、けど‥‥)
果たして本当に、行方不明の士官が司令と秘書を殺したのか。それともブラフで、全ては偶然なのか。頭を悩ませる郁を、大変です、とダウナーレイスが呼びに来た。
「士官殿が戻られました! しかも、その、エルフ族に拘束されて‥‥」
「何ですって!」
その知らせを聞いて、郁は驚いて日記を放り出すと、案内に立つ兵士の後を追いかける。そうして謁見室に駆け込むと、そこには数日前に見たエルフ族の司令の誇らしげな顔と、その傍らに手首を縛られて項垂れたダウナーレイスの士官が、居た。
エルフ族の司令の話に寄れば、ダウナーレイスの基地から消えた脱出艇をエルフ族が捕らえ、中に居るのが行方不明の仕官である事を知り、捕えて連れて来たと言う事だった。さらには、凶器の熱線銃も同じ船から発見された、という。
「これで、我らエルフへの嫌疑は晴れたな」
「――殺人の嫌疑はね。窃盗は賠償と犯人引渡しを要求するわよ」
誇らしげなエルフ族の司令にきっぱりとそう言いながら、郁は発見されたという熱線銃を見た。レーザーの出力は最大値に設定されていて、なるほどこれなら死体や通信室の焦げ跡も納得出来るが、保管基準に反しているのは明らかだ。
ますます士官への疑いが強まるのは、仕方のない事だった。窃盗に対する罪悪感など欠片もないエルフ族を――とはいえ情報戦は敵対関係にあれば当たり前の事であり、盗まれたダウナーレイスに非はあるのだが――追い返し、郁と武彦は仕官の尋問に取り掛かる。
だがその尋問もまた、一筋縄では行かなかった。だが士官は、司令が殺されたのを知って、自分が疑われるのではないかと無我夢中で脱出艇に乗り込んだものの、銃の事はまったく覚えが無い、という。
「なるほど。だが、何故あんたが疑われると思ったんだ?」
「‥‥‥」
士官の言葉に、武彦がそう指摘したのに彼女は迷った様子で口を噤んだ。だが、あちらこちらに視線をさ迷わせた後、『実は』と口を開く。
「司令は、私の更迭を上官に打診しようとしていたの」
それを、彼女が知ったのは偶然だった。事件の前日、たまたま司令に用事があって訪ねた際、少し席を外した彼女の端末の画面にそのメールがあったのが、見えてしまったのだと言う。
殺人事件を契機に当然、端末も調べられるだろうと考えた彼女は、慌てて司令の部屋に向かってメールを消した。幸いにしてまだ送られていなかったのを知りほっとしたもの、次はそのメールを自分以外の誰かも見ていたら自分が疑われると気付き、逃走を計ったのだ。
「でも、私はやってないわ。本当よ、信じて!」
士官は必死の表情で、武彦を真っ直ぐ見上げてそう訴えた。そうして、熱く潤んだ眼差しで、熱心に武彦を見つめている様子は、まるで武彦に一目惚れでもしたようだ。
そんな事を考えながら2人の様子を見ていた郁は、突然スカートをぐい、と引っ張られてはっと足元を見下ろした。そこには士官の子犬が居て、郁のスカートにじゃれつくように噛み付き、ぐいぐいと引っ張っている。
ご主人様が殺人の容疑で取調べを受けていると言うのに、呑気な犬だ。そう思ったものの、犬にはそんな事は解らないのだろう。
「こら、ちょっと! 引っ張らんね!」
郁は子犬を振り解こうと、引っ張られるスカートを押さえながら片手を振り回した。だが子犬はそれで遊んで貰っていると思ったのか、スカートを咥えたまま、飛び跳ねるように動き回り始める。
びりびりと、大きな音がした。子犬の力に耐えかねたスカートが、ついに大きく破れてしまったのだ。
「あーあ‥‥」
「大丈夫か? その、一応見えては居ないが‥‥」
「うん。とはいえこのままじゃ動けないし、着替えてくるわ。続けてて」
「いや‥‥こちらもいったん終わろう」
武彦の言葉にひょいと肩を竦め、尋問の部屋を出ようとする郁に続いて、武彦も一緒に部屋を出た。そんな武彦の背中を熱心に見つめながら、士官は「お願いよ、私を信じて!」と訴えていたのだった。
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部屋の前で二手に分かれ、武彦は鑑識の報告を受けるべく歩き出した。情報調査が停滞していた数日の間も、鑑識は現場から採取したサンプルを調べ続けていたのである。
現時点で士官が一番疑わしい事は間違いない。といってエルフ族の哨兵の疑いも、完全に晴れたわけではない。
誰があの、密室殺人を作り上げる事が出来たのか――考えながら歩く武彦の前方から、まさに向かおうとしていた鑑識のメンバーが、真っ直ぐ歩いてくるのが見えた。あちらも武彦達の元に向かう途中だったらしく、彼の姿を見て駆け寄ってくる。
そうして受け取った報告に、武彦は眉を寄せた。
「擬態アメーバ‥‥?」
「はい。焦げ跡から発見されたものはすでに死んだ個体でしたが、間違いありません」
武彦の言葉に、こくりと力強く鑑識が頷いて説明した事には、焦跡から検出された擬態アメーバは対象物に完璧に擬態する性質を持っているのだと言う。つまり、武彦に感染したとしたら、成長すると完璧に武彦に擬態する、と言うわけだ。
その擬態アメーバが、焦げ跡から検出された。という事は殺人犯は擬態アメーバか、それに感染した者、と言うわけだ。
「このタイプのアメーバは、成長に要する時間はたった数日です。勿論この基地にも、周辺にも生息している種ではありません」
「――という事は、どこかから持ち込まれた可能性が高いわけか」
武彦は呟いた。ずっとこの基地に駐留しているダウナーレイス達が感染している可能性は低いだろう。という事は基地の外部の人間――話にならないので武彦と郁は除くとすれば、最近になって基地に赴任してきたと言うあの女士官と、敵対しているエルフ族の哨兵しか居ない。
とはいえエルフ族の哨兵もまた、同じ時代で睨み合っているのだから感染している可能性は低いだろう。
(となれば、一番可能性が高いのは彼女か‥‥いや、哨兵もゼロではないからな)
武彦はそう結論付けて、鑑識を労うと司令室へと向かった。本来の主をなくした今は、そこは副司令が暫定的に使用していて、一先ずの基地の内部を差配するのに使われている。
そちらへ赴いた武彦は、副司令に擬態アメーバの件を伝え、感染しているかもしれない士官と歩哨を、念のために基地の奥の部屋に隔離するよう依頼した。その言葉に大きく頷いて「すぐに」と請け負った副司令は、それからふと思い出したように小首を傾げ、武彦を見る。
「士官が飼っている犬はどうしましょうか? 今は郁さんが預かっておられるようですが――」
「ああ‥‥あの犬っころも感染の危険はあるな。解った、それは俺が伝えにいく」
武彦はそう頷いて、司令室を出た。そうして郁の部屋へと足を向けたのだった。
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同じ頃、郁は結局ついてきた子犬と一緒に、調査中滞在している部屋で着替えを引っ張り出していた。着替え、といってもデザインが豊富なわけではなく、普段着ている制服の予備と言うだけだが。
もともと調査に時間がかかると思っていたわけでもないから、予備をそれほど持って来ているわけではない。まして洗濯する事を考えると、この1着が駄目になったのは地味に痛い。
そう考えながらベッドの上に新しい制服を置き、着替えようとした郁の目の前で、子犬がぴょん、とベッドに飛び乗った。そうして今度は用意した着替えまでも、がぶがぶと噛み荒らし始めるではないか。
「ぁ、こら、また! なんするね!」
さすがにこの1着も駄目になるのは困る。慌てた郁はそう諌めながら、咄嗟に子犬をベッドから払い落とした。
キャンッ! と小さく悲鳴を上げて子犬は床に落ちる。咄嗟の事とはいえたやり過ぎたか、と慌てて子犬の方を振り返った郁の前で、その姿がどろりと溶けた。
「な‥‥ッ!?」
驚きに目を見張る郁の前で、見る見る子犬は形をなくし、代わりにアメーバ状の蠢く物体が現れる。そうして大きく広がると、郁を包み込むように迫ってきたではないか。
慌てて傍にあった銃を構えて、郁はろくに確かめもせず引き金を引いた。銃口からほとばしった凄まじい熱線に、それが証拠物件として調べたいからと預かっていた、司令達を殺した凶器の熱線銃であると気付く。
その出力最大のレーザーをまともに受けて、アメーバが声なき声を上げて身悶えた。だがすぐにレーザーの当たった場所から蒸発して小さくなると、ついには跡形もなく消えてしまう。
「どうした!?」
「郁殿、何かありましたか!」
「ぁ‥‥実は今、犬がアメーバになって、襲ってきて‥‥」
騒ぎを聞きつけて、武彦やダウナーレイス達が駆けて来た。そんな彼らに今あった事を説明した郁に、逆に武彦が擬態アメーバの話を報告してくれる。
事件現場でも発見された擬態アメーバ。そんなものがそうそう、何体も居るはずがない――という事は、いま郁が殺したアメーバと、事件現場に残されていた擬態アメーバは同一の個体のものだろう。
「という事は‥‥司令達を殺したのもあの、擬態アメーバ‥‥?」
「どうやらその様だな。仕官に寄ればあの犬は、前の赴任地で拾ったものらしい。恐らく、犬に擬態して飼われている振りをして居たんだろうよ」
郁の言葉に、武彦が頷いた。飼い主が居た様子ではないのに、不自然に人懐こい犬に疑問は覚えたものの、嫌いな方ではないし、どんなに追い払ってもついて来るから仕方なく飼っていたのだ、という。
その後、鑑識から凶器の熱線銃からもアメーバが検出されたと報告があり、郁達の推測が正しかった事が裏付けられた。――こうして、事件はひとまず解決したのだった。
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事件の事後処理にその日一杯を費やして、郁と武彦が基地を離れたのは、その翌日の事だった。新たな司令の赴任なり、辞令なりはまだ届いていないから、見送りにきたのは副司令と幾人かの任務の無いダウナーレイス、そして無事に殺人の嫌疑を晴らされた士官だけだ。
とはいえ彼女もまた、この基地で任務を続けるのは難しいだろう、と郁は考えた。どんな理由があったとしても、彼女が司令のメールを消したり、自分が疑われる事を恐れて脱出艇を奪い、逃げた事は事実なのだ。
だが――
「ねぇ、あなた。TCにならない?」
「え‥‥?」
突然そう言い出した郁に、言われた士官はきょとん、と目を瞬かせた。だが郁が真剣だと解ると、口を噤んで考え込む。
やった事はともかくとして、彼女の行動力は、咄嗟の判断が必要になるTCとしては好ましいように思えた。アナーキーな性格でこういった前線での任務には向かなかったかもしれないが、TCならばそれを活かせる場面も出てくるだろう。
そう考えてのスカウトだった。だが彼女はしばしの黙考の後、ゆっくりと首を振る。
「――ありがとう。私もTCを目指したいけれども‥‥あなたの力を借りず、自力で着任したいわ」
「そう――解ったわ。確かにそれが良いわね。じゃあ、いつかあなたが来るのを待ってるから」
士官の言葉に、残念な気持ちと納得する気持ちの入り混じった心境で、郁はこくりと頷いた。そうして事象艇に乗り込み、操作し始めた郁を、士官は涙ながらに見送ったのだった。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
8646 / 綾鷹・郁 / 女 / 16 / ティークリッパー(TC・航空事象艇乗員)
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お嬢様の密室殺人事件、如何でしたでしょうか。
こんな感じの物語になりましたが――擬態アメーバ、リアルに存在したらと想像しますと、なかなか怖いですね;
わんこさん・・・(ほろ(ぁ
お嬢様のイメージ通りの、でこぼこコンビによるミステリアスなノベルになっていれば良いのですけれども。
それでは、これにて失礼致します(深々と
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