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<東京怪談ノベル(シングル)>


仕事帰りの令嬢くのいち(後編)


 地響きが起こった。
 サイ男の機械化した巨体が、猛然と向かって来る。
 高速道路全体を揺るがすかのような、突進である。
 鼻面から伸びた大型の角が、絶大な体重を乗せられ、突き込まれて来る。
 それを琴美は、跳躍してかわした。
 鋭利な爪先が天空を向き、凹凸のくっきりとしたボディラインが錐揉み状に捻転する。
 それと共に、左右2本のクナイが一閃した。
 サイ男の巨体が、突進の速度を徐々に落としつつ、よろめき倒れた。
 首から上が失われ、頸部の断面からはオイルのような体液がドロリと流れ出している。
 鼻面から角の生えた生首が、高々と宙を舞っていた。
 機械化した首筋と頸骨を一緒くたに抉り斬った手応えが、左右のクナイに残っている。
 それを握り締めつつ琴美は、空中で激しく身を捻った。
 優美な左の脚線が、鞭のようにしなって弧を描く。超高速の回し蹴りが、サイ男の生首を直撃する。
 サイの頭部の形をした金属兜、のようでもある生首が、サッカーボールの如く蹴り飛ばされて宙を裂く。
 コウモリ男が、空中へ飛び立とうとしていた。金属フレームに人工皮膜が張られた、左右の翼。それを背中から広げ、はためかせ、舞い上がろうとしている。
 そんなコウモリ男の顔面に、サイ男の生首がグシャアッ! と激突する。大型の角が、頬の辺りから刺さって後頭部へと突き抜ける。
 弱々しく翼をはためかせながらも飛ぶ事は出来ず、コウモリ男はそのまま倒れて動かなくなった。
 琴美は着地した。
 着地したその足で即座に路面を蹴り、跳び退った。
 爆発が、起こった。
 直前まで琴美が着地していた辺りで、爆炎の火柱が立ち、アスファルトの破片が噴出する。
「ゲッゲゲゲ……み、見たかい嬢ちゃん。俺のこの力で、日本じゅうの原発を吹っ飛ばしてやるのさああ」
 ガマガエル男の巨大な口から、言葉と共に何かがポンッ、ポポポンッと吐き出され、いくつもの放物線を描く。
 リンゴほどの大きさの、球形の爆弾だった。
「結局よお、痛い目見なきゃあ何にもわかんねーんだよ日本人ってのぁよおおお!」
 絶叫に合わせて降り注ぐ爆弾を、琴美は駆けながら回避した。
 高速道路のあちこちで爆発が起こり、爆炎が様々な方向から琴美の全身を照らす。
 艶やかな黒髪を爆風に舞わせながら、琴美はゆらりと身を翻した。たおやかな肢体が、爆発に煽られて弱々しくよろめいている、ように見えた。
 よろめくような動きで、琴美は左の細腕を振るっていた。
 光が飛んだ。
 その光が、吐き出されたばかりの爆弾の1つに突き刺さる。
 投擲された、クナイだった。
 それに穿たれた爆弾が、ガマガエル男の口中に押し戻される。
 そして、爆発した。
 体内に溜め込んでいた多数の爆弾もろとも、ガマガエル男は巨大な火柱に変わった。
 渦巻く爆炎を掻き分けるように、何者かが歩み寄って来る。
 5体いた機械獣人の、最後の1体……カマキリ男である。
 その両手がジャキッと展開し、鎌状の刃が左右1枚ずつ生じた。
「官憲の手の者だな、小娘……」
 カマキリ男の大顎が、キチキチと鳴りつつ言葉を紡ぐ。
「元より我らが理想、何の妨害もなく成し遂げられるなどとは最初から思っておらぬ……切り刻んでくれるぞ、国家権力の牝犬!」
 斬撃が来た。
 左右2枚の鎌が猛烈に閃き、唸り、激しい風を巻き起こす。
 その風に煽られるが如く、琴美の細い身体が柔らかく揺れる。柳にも似た、しなやかな回避。
 眼前を縦横無尽に通過する2枚の鎌を見据えながら琴美は、
「国家権力に排除されるのを覚悟の上で、理想なり妄想なりを押し通そうとなさる……」
 右手に残ったクナイを振るった。
 その斬撃が、カマキリ男の刃とぶつかり合う。焦げ臭い火花が飛んだ。
「それはそれで、御立派な事と思いますわ。自己満足に浸りながら、地獄へお行きなさいな」
「牝豚が!」
 カマキリ男の激怒を宿した2枚の刃が、様々な角度から琴美を襲う。
 ジャケットとブラウスを瑞々しく膨らませた胸が、小刻みに揺れ、その近くを激烈な斬撃が走り抜ける。
 ストッキングにむっちりと色香を詰め込んだ左右の太股が、ステップを踏む感じに躍動する。かすめるように、カマキリ男の刃が一閃する。
 触れるかどうかという至近距離まで敵の攻撃を迫らせながら、回避する。
 その見切りを僅かでも誤れば、ジャケットもブラウスもストッキングも、その下の美肌もろとも無惨に切り苛まれてしまうだろう。
「妄想する自由は、どなたにもありますわ」
 語りかけつつ琴美は、敵に目くらましを喰らわせるが如く黒髪を舞わせ、カマキリ男に背を向けた。
 同時にクナイが、一閃の煌めきを宙に残しつつ大きく弧を描く。
 その弧が、カマキリ男の胴体を斜めに走り抜けた。
「……妄想だけに、しておきなさいな」
 甲冑状に機械化した身体を硬直させ、カマキリ男が立ちすくむ。振り上げた鎌を、琴美の背中や首筋に叩き込む事も出来ぬまま。
 硬直したその身体が、斜めに食い違ってゆく。滑るように、真っ二つになってゆく。
 機械化した臓器類が、オイル状の体液もろともビシャアッと路面にぶちまけられる。
 その音を聞きながら、琴美は携帯電話に話しかけた。
「任務完了。事後処理班の出動、及び高速道路封鎖の解除を要請いたしますわ」
『ご苦労……というほどの仕事ではなかったようだな、君にとっては』
 通信の向こうで、上司が応える。
『まあ、表の仕事で疲れているところ呼び立てて悪かった。明日は休んでくれたまえ』
「休んでいる暇などありませんわ。人体強化用ナノテクノロジーが、流出してしまっておりますのよ?」
『流出させた者がいる、という事だ。言わば裏切り者だな』
 人体強化用ナノテクノロジーは、自衛隊内のとある研究機関で開発されていた。
 その開発成果は今、琴美が体感したばかりである。生身の人間が、少なくともミサイルの1発では傷一つ負わぬ身体を手に入れてしまうのだ。
『裏切り者の特定と炙り出しを我々がしている間、君には休養を取ってもらわねばならん……裏切り者の処刑は、恐らく君にやってもらう事になるのだからな』
「……了解いたしましたわ」
 休暇が任務、という時もある。
 そう納得するしかないまま琴美は、路駐してあったスポーツカーに乗り込んでドアを閉めた。
 戦闘を終え、身体が高揚している。このままスピード違反でもしながら、ぶっ飛ばしたい気分だった。
「物足りない、という事ですわね……」
 今、目の前に敵がいたら、容赦なく轢いているだろう。琴美は、そう確信していた。


 水嶋琴美。19歳。
 代々、忍者の血を受け継ぐ家系に生まれた。
 表の職業は、ありふれた商社の新人OL。
 裏の職業は、自衛隊・特務統合機動課に所属する、現代の忍び。
 公務員でありながら、公には出来ない仕事を行っている。