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<東京怪談ノベル(シングル)>


偽りでも家族

「そんな……。中絶したはずよ!」
 愕然とした表情で、あやこは目の前にいる一人の少女を凝視していた。
 その少女はこちらを鋭く睨み付けるようにして立っているが、囚われの身としている。
 少女を捕まえている犯人もまた、あやこを睨むように見詰めながら口元には薄っすら笑みを浮かべていた。
「てめぇの脛にある傷がこいつにも付いている。家族じゃネェって証拠があるなら見せてみろよ」
「それは……っ」
 見れば確かに自分に似ているようにも見える少女だが、あやこの中には有り得ない事実として受け止めがたい。
「ぐだぐだ言ってる暇があるなら金を寄越せ!」
 狼狽しているあやこをよそに、犯人は声を荒らげて身代金を要求してきた。
 あやこはその言葉にハッとなり、とにかく今はそこにこだわっている場合でなく目の前の少女を保護する事が先決だと気が付かされる。
 自分の子供だとしても、そうでないとしてもこの状況のままで良い筈がない。
「その子を離しなさい。すぐに」
「金を寄越せばすぐにでも解放してやる」
「お前達のようなやからにやる金などないわ」
 あやこは決まり文句のように脅してくる犯人に対し、目をきゅっと細めると素早く傍に駆け寄った。
 意表を突かれて間を詰められた犯人は動揺の色を隠せず、困惑しているかのようだ。
 あやこはそんな犯人の隙を付いて、手にしていたナイフを手首を捻り上げる事で取り落とさせ背負い投げで投げ飛ばす。
「人質を取って身代金を要求するなら、もう少し頭を使うことね」
 フンと鼻を鳴らし、あやこは少女の保護に成功した。


「……えっと……」
 あやこが言葉に困りながら少女を見ると、少女は相変わらず鋭い目で睨み付けたままこちらを凝視していた。
 その瞳のなんと怖いことか。
 本当に自分の娘だと言うなら、自分の子供にこんなにも恨みがましい目で睨まれるのは居た堪れない。
「……あなたのお父さんは?」
 おずおずとそう訊ねると、少女は見据えたままはっきりとした口調で言い放つ。
「父は死んだわ」
「そ、そう……」
「なぜ別れたの?」
「なぜって……」
 あやこは言葉に詰まった。
 当時のあやこには男性遍歴があった。特定の人といつも一緒にいることができなくて、何人もの人と逢瀬を繰り返していた。
 まさか、そんな事を娘かもしれない少女に打ち明けるにはどうにも気が引ける。
「中絶したつもりでいたんでしょうけど、あの時父は医師を買収して帝王切開で私を産ませたわ。孤児院経営の傍らで男で一つで私を育ててくれたの」
「……あぁ……。そう……」
 あやこは娘の父だと言う男性の来歴を聴き頷いた。
 彼はそう言う人だと。
 浅く溜息を吐きながら、あやこはそう呟く。
「それなら、あなたをこの船で保護したい。危険な目に遭わせるわけにはいかないもの」
「いらないわ。私の事は放っておいて」
 娘はムスッとした表情のまま立ち上がり、そのまま踵を返してどこかへ行ってしまった。


「どうしたらいいのかしら。母親としての振舞い方って、どうなの? 今更私に母親としての責任って言ったって……」
 あやこは船専属の保育士の響・カスミの元を訪ね、母親としての振舞い方を相談していた。
 狼狽しているあやこに、響は腕を組み深い溜息を漏らす。
「あなたはどうするのがいいと思うの?」
 逆に質問をされたあやこは、少し考えるとポツリと呟く。
「放任が最良じゃないかしら」
「あら。それはあなたの勝手な都合じゃない?」
 呟きに対して、響は間髪をいれずそう切り替えした。その言葉は的を射ていて、あやこの考えなど看破していた。
「本当にそう考えてるなら、今こんなに悩んでるのはおかしいわ」
「……」
 ズバリ言われたあやこは返す言葉もなく黙り込んだ。
 それから自室へと戻ったあやこは、どうしたら良いのか分からずに思いつめ、さめざめと涙に暮れてしまう。
「どうしろって言うのよ……分かんないわよもう……」
 クッションを揉み絞り、どうしても止まらない涙が頬を伝った。
 すると突然あやこの部屋の扉が開き、見ず知らずの男が一人物凄い剣幕でこちらを睨むようにして現れた。
 あやこは怪訝な表情でそちらを睨み付ける。
「何なのよ! 勝手に人の……」
「お前の娘を必ず殺してやる……」
 あやこの言葉を遮り、物騒な言葉を投げつけてきた男にあやこは目を瞠った。
「どう言うこと……?」
 眉尻を寄せ、唸るように訊ねたが男はニヤリとほくそえむだけでその場から立ち去ってしまった。
 一体何者なのか分からず、あやこの胸にはもやもやとした気持ちが渦巻く。が、ここでこうしてはいられないと立ち上がった。
 急いで娘に先ほどの事を説明すると、娘は目を見開いた。
「船の中が安全じゃないなら海に還る」
「それなら、少しでも気分転換になるだろうから、船内のプールで潜水しよう」
「嫌」
「……」
 はっきりと拒まれ、あやこは思い切りへこんでしまった。
 さすがに娘にここまで拒まれてはへこまない訳がない。
 困り果て、どうしたものかと気を揉んでいると、突如娘が胸元を押さえ顔を歪めてその場にしゃがみこんだ。
「どうしたの?!」
「……っ」
 青白い顔で倒れた娘を、あやこは取り急ぎ医務室へと運び込んだ。


「遺伝病ね」
 運びこまれた娘の疾患検査をし、そして判明した病を響がポツリと呟く。あやこはその病に軽く下唇を噛んだ。
 ベッドに横たえていた娘はゆっくりと閉じていた瞼を開くと、あやこの方を振り返った。
「私……昔補導されたことがあるの……」
 娘はゆっくりとベッドから起き上がると、のぞき見るかのように上目遣いであやこを見た。
「そんな過去があるせいで拒まれると思った。だから、素直になれなくて……」
 物悲しそうに俯いた娘に、あやこは小さく微笑みながら溜息を吐きそっと頭を撫でる。
「……馬鹿ね。そんなわけないでしょ」
「……」
 あやこのその言葉が嬉しかったのか、娘はそれまでと違う目の輝きを見せた。その時だった。どこからともなく娘の後ろに現れた謎の男が、後ろから抱きすくめるようにして娘を誘拐してしまう。
 短い悲鳴を上げた娘の伸ばした手が届かず姿を消し、あやこの手は虚しく空を掠めた。
 いなくなった犯人に、きつく握りこぶしを作ったあやこは空を睨む。
「すぐに転送を逆探知して、相手艦に乗り込むわ!」
 あやこは機関部に駆け込み、犯人の後を追った。

             *****

「悪いけど、その子は他の女の娘よ」
 相手艦に乗り込んだあやこは、悲壮な顔をして捕まっている娘を羽交い絞めにしている犯人を睨み付けた。
「疾患検査で遺伝子を調べた。その子は私の娘じゃない」
「うるさい! 嘘をつくんじゃネェよ。いいか、動くな。娘を殺すぞ」
 あやこは足掻く犯人を前に、露骨なまでの怒りを露にし、すぐ傍の壁を力いっぱい拳で叩きつけた。
「船を半壊にするわよっ!」
「!!」
 あやこの目は本気だった。
 凄む彼女の姿に、犯人は気圧されたのかあっさりと御用となった。
 犯人の手から逃れた娘は、あやこの元に駆け寄り事なきを得る。
 あやこは娘をきつく握り締めると、彼女の耳元にそっと囁く。
「あなたがたとえ偽者でも……私の娘よ」
「……!」
 きつく抱き締めていた手を緩め、優しい笑みを浮かべて娘を見ると彼女もまた微笑んでいた。
「ありがとう……お母さん……」
「……」
 彼女の眩しい笑顔に、あやこもより一層嬉しそうに頬をほころばせた。