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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある森の奥のおとぎ話

1.
 その森には、ひとつの噂がありました。
 その森の奥にはとてもとても美しい白亜の洋館があり、美しい髪を研究する人がいたといいます。
 長く美しい髪を作るため、その人はたくさんの研究をしました。
 ある時は髪を美しく伸ばす薬を作り、ある時は髪を美しく手入れさせるためにメイドたちを作りました。
 しかしある日、その人はいなくなってしまったのだそうです。
 そんなことを知らぬメイドたちは今もそこに住んでいて、次の主を待ち続けているのだと…。
 でも、そんな洋館を見たという人は誰もいません。
 ただの噂話なのでしょう。
 …そう、きっと子供を森に近づけさせないために大人たちが作った嘘のお話…。


2.
「森の空気はやはり美味しいですにゃ」
 タマ・ストイコビッチは大きく深呼吸をして、森の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
 気分転換にふらっと立ち入った森の中。
 そんな森の中でタマはふと、目の端で何かが動いたのに気が付いた。
 そちらを見れば、黒髪が艶やかな長い髪のメイド服姿の女性が森の奥へと向かっていくところだった。
「お仲間ですにゃ」
 顔までは見えなかったが、その長い髪とメイド服に惹かれてタマは思わず女性の後を追いかけることにした。
 なかなかメイドという仕事仲間に会う機会は少ない。しかもこんな森の奥で会えるなんて。
 タマは追いかけるが、女性は気付く様子もなくどんどんと進んでいく。
 すごい速さで追うタマに対し、女性は息ひとつ乱す様子もなく軽やかに…まるで地面を滑っているかのように奥へ奥へと進んでいく。
 やがて森は開け、タマの目の前に大きく真っ白な洋館が現れた。しかし、どことなくその洋館は古ぼけている。
「ここは…どこですかにゃ?」
 こんな場所があるとは…先ほどのメイドはここのメイドだったのかにゃ?
 思わず洋館に見とれていたタマは、いつの間にか自分の周りにたくさんのメイドたちが集まってきていることに気が付かなかった。
『おかえりなさいませ、ご主人様』
 そう言われ、ハッと気が付くとタマが先ほどまで追いかけていたメイドの他に、たくさんのメイドたちが口々にそう言いながらタマをとり囲んでいた。
「にゃにゃ!? ご、ご主人様!?」
『おかえりなさいませ、ご主人様』
 よく見ると、メイドたちの顔は人間ではなく…人形だった。
 綺麗に作られたメイド人形たち。口々にご主人様と呟きながら、タマを洋館の中へと連れ込もうとする。
「誤解ですにゃ! タマはご主人様ではないのですにゃ〜〜〜……」
 タマの叫びも虚しく、メイドたちはタマを洋館へと誘った。


3.
「一体何をされるんですにゃ?」
 洋館の一室に連れ込まれ、大きな椅子に座らされたタマは怯えたようにメイドたちを見た。
 しかし、メイドたちは誰も答えてはくれない。
 ただ、メイドたちはてきぱきと動き回り、何かの準備をしているようにも見えた。
「あの〜…ですにゃ。もう一度言いますが、タマはあなた様方のご主人様では…」
 ふわっと、髪を持ち上げられた。
 振り返ると、メイドの1人がタマの髪をつげの櫛で丁寧に梳き始めたではないか。
「あのですにゃ! そ、そのようなことをされると困りますにゃ!」
 慌てるタマだったが、メイドたちはそんなことは一切意に介さずに透明の容器に入った『何か』を持ってきてタマの髪に優しく撫でつけ始める。
 一方で髪を梳かれ、一方で優しく髪を撫でられ。
 それは、タマにとって初めての体験でなんだかふわふわとした気持ち良さが頭の中に霞をかけていくようだった。
『ご主人様、本日のお手入れは終了いたしました。お休みください』
 ご主人様…あぁ、タマのことですにゃ。でも、タマはご主人様ではないのですにゃ。
 けれど、気持ちとは裏腹に体は心地よい安らぎに包まれていて、とても言い返す気にはなれなかった。
『ご主人様、寝室までお供いたします』
『ご主人様、どうかごゆっくりお休みください』
 メイドたちは何度もタマをご主人様と呼ぶ。
 本当のご主人様はどこに行ってしまったのかにゃ?
 そんな疑問が頭の隅をよぎったが、メイドたちがタマをご主人様と呼ぶ以上そこには何らかの事情があるのだろう。
 もしかしたら、ずっとご主人様を待っていたのかもしれないにゃ。
 …そう考えると、切ない気持ちがタマにも理解できた。
 今日一晩だけにゃ。
 メイドたちもきっとそれで満足するだろう。

 タマはその日、メイドたちの案内のままにふかふかのベットに身を任せた。


3.
 次の日も、次の日も、タマはメイドたちの思いのままに髪を梳いてもらい、『何か』を優しく撫でつけられた。
「気持ち良いし、あと1日だけですにゃ」
 そう言葉にしたが、実際はとても居心地の良いこの場所から段々と離れがたくなっていた。
 そして不思議なことに、タマの髪は日一日と見る見るうちに伸びていく。
 メイドたちはそれを愛おしそうに、優しく優しく1日に何度も何度も梳く。
 金色の髪は艶やかに流れ落ち、ひとつの埃も、ひとつの絡まりもなく、まるで流れる金色の滝のような美しさだった。
 そしてその髪を見て、メイドたちはとても満足そう。
 タマはそれがメイドたちの喜びであることを理解した。この洋館のメイドたちは髪のために作られたのだと。
 そんな生活が何日も続いた頃。

 タマの髪は、歩くのが困難なほどに伸びていた。

 おそらくいつも撫でつけられていたあの『何か』の効果であろう。
 切ることも考えたが『何か』の効果は強く、切るに切れない。
 …だが、困ることは何もない。
 タマの髪はメイドたちがいつでも綺麗に梳いてくれて、さらさらとした感触も、金色の煌めきもいつだって保たれていた。
 そして、タマの髪のためにタマにも優しく振舞ってくれるメイドたちは、ご飯も三食くれたし、わがままだって聞いてくれた。
『ご主人様、髪のお手入れの時間でございます』
「うにゃ。ご苦労なのにゃ」
 ネコの耳の金色の髪の新しい当主は、メイドたちと新しい生活を始めた。

 ここはタマのお家ですにゃ。
 

4.
「…森の奥には、金色の長い長い髪をもつ主とメイドたちが永遠に素敵な日々を過ごしているんですって」
 眠りかけた我が子に、母親は寝物語にその地方に伝わる昔話を聞かせていました。
「ねぇ、お母さん。長い長い髪の主さんは幸せなの?」
 わが子にそう訊かれて、母親は「さぁ? どうかしら」と答えました。
「もう眠る時間よ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 部屋の電気を消して、母親は子供にキスをすると部屋から出ました。
 窓の外を見れば、今話したばかりの森が遠くに見えました。
「…私が子供のころに聞いた話と、ずいぶん変わってしまったわ…」
 いったいどこでこんな話になってしまったのだろう?
 母親はそう思いましたが、どう考えてみても答えは出ませんでした。

 だって、それは今もその森の奥で続く物語なのですから…。