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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦闘兵器、降臨


 実戦をしない軍隊に、存在意義などあるわけがなかった。
 自衛隊の維持に、莫大な血税が投入される。
 国民がそれを許しているのは、最強の国軍を求めているからだ。
 実戦経験のない軍隊が、最強と呼べるのか。
 人を殺した事の無い兵士など、どれほど金をかけて軍備させてやったところで、立派な張り子の虎にしか成り得ない。
「張り子の虎では、猫にすら勝てぬ……それを理解しようともせん愚物どもが!」
 男は罵り、やがてニヤリと微笑んだ。
「……まあ良い。自衛隊内に、私の才能を使いこなせる者など、いるわけはないという事だ」
 太平洋上の、とある孤島。
 その面積の大半を占める原野に、男の研究成果である軍団が布陣している。
 ナノマシンによって肉体を甲冑状に機械化させた、50名前後の兵士たち。
 全員、首から上が、触角を伸ばし大顎を蠢かせる昆虫の頭部である。形状としては、蟻が最も近い。
 まさに蟻の如く群れ集った機械兵団を、崖の上から観察している者たちがいる。
 身なりの良い、外国人の集団。欧米人もいれば、アジア人もいる。
「ようく見ているがいい、私の技術を……日本の軍事力として貴殿らの母国を滅ぼしていた、かも知れぬ力を」
 口元に伸びたインカムに、男は話しかけた。
 その言葉は、崖の上の外国人たちの耳元で、自動的に翻訳される。
 何輛もの戦車が、原野に突入して来た。
 いくつもの砲塔が、群れる機械兵士たちに向かって火を吹いた。
 原野のあちこちで爆発が起こり、大量の土が噴出する。
 その爆発と噴出を巧みに避けながら、機械兵士たちが戦車に群がって行く。
 蟻のような大顎が、装甲をザクザクと切り裂く。
 得物を持たぬ甲冑状の両手が、裂けた装甲を引き剥がし、砲身をへし折り、キャタピラを引きちぎる。
 何輛もの戦車が、見る見るうちに残骸と化してゆく。
 崖の上で、外国人たちがどよめいた。
 全員、世界各国で軍事兵器関連の要職に就いている高官である。
 銃火器を用いずに戦車隊をも撃滅する、機械化兵士。
 人間を、そんな怪物に作り変えてしまう、人体強化用ナノテクノロジー。
 何としても手に入れなければ、手に入れた国によって自国が滅ぼされるかも知れない。
 各国の軍事高官たちに、そう思わせる事が、この男の今回の目的であった。
「私の方から値を提示しようとは思わない。この技術を、いくらで買うのか……自国を守るための金額。貴殿らで熟考し、決定するがいい」
 客である外国人たちに、男はインカム越しに語りかけた。
 日本という国を守るために開発した技術を、外国に売り渡す事になってしまった。
 全て、愚劣極まる日本の国防関係者たちが招いた事態である。
 彼らが、この人体強化用ナノテクノロジーを認めてさえくれれば、予算を下ろしてさえくれれば、こんな事にはならなかったのだ。
 爆音が、空から近付いて来た。
 数機の戦闘用ヘリコプターが、原野に向かって高度を下げて来る。
 全て、自動操縦である。
 無人戦闘ヘリ部隊の機関砲が、火を吹いた。空中からの容赦ない掃射が、地上の機械兵団を襲う。
「次は、空中戦能力をお目にかける」
 男の言葉に合わせて機械兵士が数体、機関砲撃をかわしながら跳躍した。
 跳躍が、そのまま飛行となった。
 蟻のような機械兵たちの背中で、翼が開いていた。
 開いた部分から噴射口が現れ、爆炎を噴出させる。推進剤の燃焼。
 火を吹き、翼で大気を切り裂いて、機械兵たちは蜂の如く飛翔していた。そして戦闘ヘリに襲いかかる。
 機関砲が、ローターが、むしり取られ引きちぎられる。
 戦闘ヘリが、ことごとく残骸と化し、墜落して行く。
 しぶとく空中に残っているヘリコプターが、1機だけ存在していた。
 男の所有物である無人の戦闘ヘリ、ではない。搭乗員がいる。操縦者を含めて2人、いや3人か。
 その1人が、空中へと飛び出した。
 蜂の如く飛行襲撃の姿勢を見せていた機械兵の1体が、空中でズドッ! とへし曲がった。何者かの、蹴りを喰らっていた。
 その蹴りが跳躍となり、優美な肢体が高々と空中に舞い上がる。
 豊かな黒髪が、まず見えた。
 短いプリーツスカートのはためく様が、見えた。
 黒のスパッツを桃の形に膨らませた尻と、形良く引き締まった左右の太股が見えた。
 太股にはベルト状のナイフホルダーが巻かれ、そこに小さな刃物がいくつも収納されている。短剣か、手裏剣の類か。
 すらりと伸びた両足は、編上げのロングブーツに包まれている。
 綺麗に尖った両の爪先が、天空を向いた。見事な脚線が、凹凸のくっきりとしたボディラインが、錐揉み状に激しく捻れた。
 丈の短い着物に包まれた胸が、横殴りに揺れる。着物の下には黒色のインナーを着込んでいるが、そんなものでは隠しきれない瑞々しい色香が、バストの揺れに合わせて振りまかれる。
 振りまかれたのは、それだけではなかった。
 無数の細かな光が、空中全域に投擲されていた。
 翼を広げ、羽蟻のようになった機械兵たちが、その光に貫かれて硬直・痙攣し、墜落して行く。
 彼らの脳天に、あるいは心臓に、小型の刃物が深々と突き刺さっていた。ナイフ、いやクナイである。
 ヘリコプターが、上空へと遠ざかって行った。
 投下された黒髪の娘が、身を捻りつつ地面に倒れ込むように着地し、くるりと起き上がる。
 全身各所に衝撃を分散させ、無傷で着地を完了させたのだ。
 間違いない、と男は思った。この黒髪の娘、間違いなく自衛隊の特殊工作員だ。
「特務統合機動課……か」
 招かれざる客に、男は微笑みかけた。
「本腰を入れて、裏切り者の始末に取りかかったという事だな」
「私はただ、稚拙な悪徳商法を取り締まりに来ただけですわ」
 特務統合機動課の女工作員が、気取った口調で応えた。
「外国の方々に、欠陥商品を売りつけようとしておられる……日本の恥さらしにしかなりませんわよ?」
「欠陥……商品……だと……!」
 怒りのあまり声が途切れてしまうのを、男は止められなかった。
「貴様……己の命を危険に晒してまでも、愚弄するのだな。私の、技術を……!」
「世界各国の方々、よく御覧なさいな。本物の戦闘技術を、今からお目にかけますわ」
 崖の上の外国人たちに、優雅にして不敵な笑みが向けられた。
「お売りするつもりはありませんけれど……ね」