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<東京怪談ノベル(シングル)>


FACE POKER FACE

 藤田・あやこ(ふじた・あやこ)が艦長を務める戦艦・ウォースパイトが駐留しているのは、龍族とダウナーレイスの中立空域である。そこでは今まさに、ダウナーレイスと龍族との和平交渉の為、ウォースパイト艦内ではダウナーレイス側から迎えた大使の、そうして恐らく敵艦内では龍族側の大使の、それぞれの準備に余念がない筈だった。
 ――が、忙しさで目の回りそうな日々の中にあって、表面上は涼やかかつにこやかな笑みを浮かべているあやこの内心は、苛立ちで煮えくり返っていて。今しもぶち切れそうな神経を、必死の思いであれやこれやと手を尽くし、繋ぎとめる事に、あやこの精神力の大半が費やされていると言っても過言ではない。
 今も大使と交わしてきた会話を思い返し、あやこは内心で大いに毒づいた。

(何よ、オールドヒス!)

 そうして思いつく限りの罵りの言葉を並べ立てることで、どうにかその憤りをやり過ごそうと努力する。何しろ艦にやって来た時から、あのコチコチの石頭ババア――失礼――ときたら一貫して話が通じないというか、あやこ達が彼女の身の安全を考えて行っている再三の説得や助言も、全部まるっと無視してしまうのだ。
 和平交渉式典とはいえ、直接赴くのは何が起こるか判らないし、危険が大きい。まずはモニター越しの交渉で相手の出方を計った方が、せめて赴くなら単身ではなく護衛を付けて――という、子供でも解りそうな理屈なのに、あちらがダウナーレイス大使の単身での出席を望む以上、それに応えるのが和平への道だ、と主張する。
 どうしてそれほどに頑なになるのか、あやこには理解出来なかった。大使としては非常に秀逸な人材であることは、あやこ自身も接していて理解出来る程なのに、その一点に限ってはまるで頑是無い子供のように、我儘を貫き通そうとするのである。

(何があっても知らないからね)

 はぁ、と憤りの篭った息を吐き出してそう考えながら、それでもあやこは今日も説得をするべく、大使の元に向かった。とは言えすでにあやこ自身も、ウォースパイとの乗組員達の間にも、もう好きにすれば良いんじゃないのか、という考えが蔓延し始めているのは、どうしようもない事だった。





 三下・忠雄(みのした・ただお)は困っていた。それはもうかつてなく、これ以上ないほどに、どうしたら良いのか解らないほどに困り果てていた。
 始まりはそもそも、忠雄がかつて関与した、とある事件にある。詳細は割愛するが、とにかくその事件が契機となって忠雄は、とあるダウナーレイスのTCである恋人達の、結婚式の仲人を拝命していたのだ。
 それ自体はまぁ、良い。仲人なんてそう何人もの人間が体験するものではないが、これも何かの縁というか、巡り合わせということで有り難く頷き、新郎新婦の紹介を一生懸命考えたり、若い2人の挙式準備を手伝ったりと、あれこれ動いていたのも良い経験だ。
 が、その当人達が問題だった。正確には花嫁の方が、当初こそ幸せ一杯の輝く笑顔を浮かべていたと言うのに、顔を合わせる度にその表情が浮かなくなり、溜息ばかりが口をついて出るようになってきたのだ。
 仲人とは言え見知らぬ他人も同然の忠雄が気付く位だから、当然婚約者である花婿も未来の妻の浮かない顔に気付く。故に、殊更明るく振る舞ったり、彼女の気持ちを引き立てようとあれこれ話題を振るのだが、それにも芳しい反応がないとなれば、反動のように花婿の気持ちも落ち込んで。
 それでも挙式準備は順調に進み、招待客への案内や当日の衣装、お料理に音楽、その他諸々も問題なく整った。後は結婚式当日を迎えるばかり、とほっとしたような花婿と2人、忠雄が話していた時に、その発言は飛び出したのだ。

「――婚約破棄、ですか?」
「はい。今更こんな事を、って解ってますけど、どうしてもダメなんです」

 今までになく思い詰めた様子の花嫁から出た、不穏な言葉。恐る恐る、まさか、と言う気持ちを込めて確かめた忠雄に、彼女はこっくりと深刻に頷く。
 何を言われているのか解らない、という言葉はまさにこういう時のためにあるのだと、思わず場違いな感想を抱いてしまったくらい、忠雄は驚いた。驚いたなんてものじゃない、文字通り、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
 どうしたものかと狼狽する忠雄の隣で、愕然としていた花婿が先に、我に返る。と思うと奮然と、未来の妻に向かって怒り出した。

「冗談じゃない! せっかくここまで来たのに、自分が何を言っているか解ってるのか!?」
「解ってるって言ってるじゃない! でも考えれば考えるほど不安で仕方ないんだもの、結婚してちゃんとやっていけるか、自信がないのよ!」

 ヒステリックな未来の夫の言葉に、彼女の方も感情の関が切れたとばかりに、ヒステリックに叫び返す。恐らくはずっと、そういった漠然とした不安を抱えていたのだろう――それがいよいよという所に来て、爆発してしまったのに違いない。
 それは解った。解ったが、じゃあ、どうすれば良いというのか。
 普通に考えれば恐らく、彼女が落ち着いて物事を冷静に受け止められるようになるまで、待つのが良いのだろう。けれども2人の結婚式は既に明日に迫っているのだ、そんな猶予はどこにもない。
 そんな訳で、忠雄は非常に困っていた。と言って、感情が高ぶるあまり泣き始めてしまった花嫁と、そんな花嫁を何とか思い止まらせようと怒鳴ったり、喚いたり、懇願したり、頭を掻きむしったりしている花婿の間にただ居るというのも、どうにも落ち着かない。
 とにかく一度落ち着いてはどうかと、何とか2人を部屋に戻らせたは良いものの、それで何かが解決するはずがないのは、忠雄にも解っていた。だから彼が足を向けたのは、ブリッジで和平交渉の準備に忙しいあやこの元だ。

「私は一体、どうしたら良いんでしょう」

 少し時間が欲しいと頼んだ上で、事情を話して泣きついてきた忠雄に、泣きつかれたあやこはうーん、と唸り声を上げた。恐らく、花嫁はマリッジブルーなのだろう――それも結婚式を明日に控えて、というのは、忠雄には手に余るのかも知れない。
 そうね、とあやこは頷いた。

「とにかく一度、あたしが話してみるわ」
「本当ですか! よろしくお願いします」

 そんなあやこに、忠雄がぺこりと大きく頭を下げる。それにひょいと肩を竦めて、さていつ頃ならスケジュールが空きそうかな、とあやこは脳裏で式典の準備を思い返した。





 あやこ達の不安を他所に、ワープ準備は滞りなく完了した。否、してしまった、と言うべきだろうか。
 ほっとしたような、取り返しのつかない事をしてしまったような、そんな複雑な気持ちで不安げに見守る人々の視線の中、ただ大使だけが上機嫌で、手際よく完璧に準備を整えたクルー達に労いの言葉をかけた。そうして格納庫に鎮座するシャトルに、いそいそと乗り込んで行く。
 この、いわば無防備な瞬間を狙って何か起こるのではないか――そんな懸念が拭えない。だがもはや大使を止める事は不可能だと、あやこは不安の眼差しでそれを見守り。

――ド‥‥ンッ!
「‥‥ッ!」
「艦長!」
「落ち着きなさい! すぐに格納庫をロックして!」

 案の定、モニター越しに幾つもの眼差しが見守る中で、事故が発生した。ワープ体勢に入っていた機体が突然大破し、消滅したのだ。
 悲鳴を上げるブリッジのスタッフに指示を飛ばしながら、あやこはモニターの中の爆煙の中に、大使の姿がないか探す。だがそれが徒労に終わるだろう事を、そうしながら予感していて。
 案の定、煙が収まってモニターに映し出された機体の破片の中には、生きて動くものは存在しなかった。――大使は事故に巻き込まれ、亡くなってしまったのだ。

「優秀な方だったのに――」
『我々龍族としても、彼女とならば話し合う価値があると思っていたのですが』

 どうしても譲らない我儘で困らされたとは言え、彼女が逸材であった事は間違いがなかった。その無残な最期を悔むあやこの言葉に、知らせを受けた龍族の大使の沈痛な言葉が重なる。
 とはいえこんな事故が起こってしまっては、もはや和平交渉式典どころではなかった。龍族の大使が『残念ですが和平交渉はまたの機会ですな』と通信を切るのを、止める事も出来ない。
 了解ですと頷いて、あやこは足早にブリッジを出ると、格納庫へと向かった。あやこの掌握する艦内で起きたこの事故を、究明しないわけにはいかない。
 事故――あやこの心境としては、珍事、と表現したいほどの珍しい事故。ロックさせた格納庫を手動で解除し、事故の後も無残な大破した事象艇の残骸を隈なく調べて肉片を採取すると、それをDNA鑑定した。
 結果は確かに、大使のもの。それを確認して、あやこは難しい顔になる。

(確かに大使は事象艇の事故に巻き込まれて死んだみたいだけど――)

 事象艇は万全に整備をしていたのだし、何よりあやこの管轄する機体で、故障などあり得ない。ならばどういう事態が考えられるのか――あやこは推理を巡らせる。
 ここに大使のものである肉片がある以上、あの事故に巻き込まれて亡くなった、という事実を覆す事は難しい。それでも念には念を入れて、改めてDNAを再鑑定したあやこは、奇妙な事に気がついた。

(塩基配列が僅かに妙な気が‥‥どういう事‥‥?)

 鑑定結果を見れば確かにそれは大使のもので間違いないのに、鑑定上では現せないほどの僅かな違和感を覚える。さらに精密に検査をしていくと、確かに何かがおかしい、とあやこは確信した。
 その事実が一体、何を意味するのか。確かに大使のものであるはずのDNAが、この肉片が、もしかして大使のものではないのだとしたら――?

(まさか、ワープの妨害と、それを隠す為の偽装工作?)

 その可能性に思い至り、あやこははっと目を見開いた。ワープの妨害も、その偽装工作も難しいが、絶対に不可能ではない。
 ワープ開始の瞬間を狙って、他の事象艇がワープを行い、干渉させて失敗を招く事象艇の失踪事故を装えば、大使を拉致することは可能だ。そうしてあやこ達には大使が死んだと見せかける為に、大使のDNAを培養した細胞片まで周到に準備していれば――!
 その推理がほぼ正しい事を確信し、あやこは急いでブリッジに向かった。そうして、慌しく飛び込んで来た艦長に目を丸くするクルーから通信機を奪い取り、すぅ、と大きく息を吸い込んで。

「まてやコラ!」

 モニターの中、中立空域から今まさに立ち去ろうとする敵艦に向けて、あやこは大音量の通信で喝破した。ぎょっとするクルー達の視線が、あやこの背中に向けられる。
 だが何か理由があるのだろうという、艦長への信頼は揺らがない。そんな信頼の眼差しをうけ、険しい表情でモニターを睨むあやこの上に、敵艦からの通信が届く。

『何事ですか、ウォースパイト』
「そちらにダウナーレイスの大使が居るはずよ」
『何を馬鹿な‥‥不幸な事故は、貴艦も確認されたはずです』
「認めないならそれでも良いわよ。でも、貴艦には同胞を守る義務があるんじゃないの」

 あくまで否定する敵艦のオペレーターに、あやこは凄む言葉を吐きながら強気のポーカーフェイスを面に貼り付けた。ほんの僅かでも、揺らいだ素振りを見せては駄目だ。確信はあるが証拠はない、これが貼ったりであると知られては、交渉は不利に終わるだけ。
 だから貼り付けたポーカーフェイスを崩さないまま、あやこはクルーに発砲準備を指示した。敵艦にも聞こえる様に出した指示に、クルーが速やかに応え、逆に敵オペレーターが焦った顔になる。
 少しお待ちを、ともごもご呟いてオペレーターが姿を消し、代わりに龍族の艦長がモニターに現れた。あやこの言葉を聞いていたのだろう、こちらは先ほどのオペレーターとは違って、一筋縄では行かなさそうだ。
 ぐっ、と通信機を握る手に力を込めて、あやこはモニターの相手を睨み据えた。

「そちらに大使が居るはずよ。返してもらうわ」
『我が艦には貴国の「市民」など居ないよ、藤田艦長。滅多な事を言わない方が身のためだ、君も艦を預かる身ならばクルーの命は大事だろう?』
「大使の命の方が大事よ。私には彼女を、同胞を守る義務があるの。そちらと同様にね」

 モニター越しに、表面上は穏やかな笑みを浮かべながらも、油断のない眼差しで両艦長は睨み合った。ブリッジに緊迫した空気が流れ、クルー達の間に緊張が走る。
 敵もあやこも一歩も引かぬまま、そうしてしばし、睨み合った。だがこのままでは埒が明かないと、ついにあやこは決意を固め。

「実力行使で認めさせるしかなさそうね――総員、実弾装填!」
『彼女は熱心な愛国者だよ、藤田艦長!』

 あやこが叫んだのと、敵艦長がそう叫んだのは、同時だった。その瞬間モニターの画像が切り替わり、龍族の艦長に代わって大使が映し出される。
 だが、あやこは見慣れた彼女の姿にむしろ、愕然とした。捕らわれた様子ではなく、むしろ堂々とした姿――そして先ほどの、敵艦長の言葉。
 なんて事、と呟きが漏れた。――大使の正体は、龍族の密偵だったのだ!
 ならばあの事象艇の失踪事故も、大使を拉致しようと装った龍族の陰謀ではなく、龍族側に戻ろうとする彼女の作戦だったのだろう。残骸から発見された細胞片の塩基配列が妙だったのも、やはり大使が確かに死んだと見せかける為に彼女達が準備周到に用意した、培養された細胞片だったのだ。
 ポーカーフェイスが崩れ、思わずあやこは人目憚らず、ブリッジでずっこけた。その隙を突いて敵艦が全速力で反転し、中立空域から離脱して行く。

「お疲れ様でした、艦長」
「さすがです、艦長」

 クルー達から労いの言葉が掛けられる。それに応えながらもあやこは、どうしようもない疲労感が全身を支配するのを、止められなかった。





 結婚式当日。何を話したわけでもないが、少し言葉を交わす内に不安が自然消滅したらしい花嫁は、無事に純白の衣装に身を包み、幸せな笑顔を浮かべて式に臨んだ。
 あちらこちらから祝福の声が上がり、フラワーシャワーやライスシャワーが、新たに夫婦となった新郎新婦の上に降り注ぐ。その様子を見ていた忠雄が、ほっと胸を撫で下ろしながらも、不思議そうに何度も何度も首を傾げた。
 艦長として正装し、結婚式に参列していたあやこを振り返る。

「艦長。1つお伺いしたいんですが」
「うん、何?」
「――結婚って何ですか?」
「そうね――ポーカーフェイスよ」

 幸せのお裾分けとばかりに、ライスシャワーを浴びながら笑んでそう言ったあやこのの意味深な回答に、ますます忠雄が顔一杯に疑問符を浮かべた。だがあやこはそれ以上の言葉を紡ぐ事なく、幸せな2人へと眼差しを戻したのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢  /         職業          】
 7061   / 藤田・あやこ / 女  /  24  / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お母様の艦長としての凛々しいご活躍の物語、如何でしたでしょうか。
あちらで丁々発止をしたかと思えば、こちらで夫婦の間を取り持ってと、なかなかにお忙しいご様子ですね。
次はどんなご活躍をされるのか、楽しみです(笑

ご発注者様のイメージ通りの、お母様の凛々しさが際立つノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と