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絶望の最中の奮戦
●不穏な出立
「難民達を無事に送り届けるまで、襲撃とか無ければ良いのだけど……。どうなるかわからないわね」
難民輸送船のコックピットでパイロットの護衛にあたる天使族<ダウナーレイス>の環境局員の綾鷹・郁(あやたか・かおる)は、輸送船が久遠の都に辿り着くまで平穏であってほしいと願う。
難民はコックピットを除くありとあらゆる箇所に収容されているので、どこも満員状態だ。
多くの難民を護送する今回の任務は平穏が予想されるとティークリッパー(航空事象艇乗員)士官、将校の武装は万一の白兵戦に対応出来る程度でしかない。
あまりにも重装備だと、難民に余計な不安感を与えてしまう懸念により、最低限な武装をと上層部が命令したためだ。
戦闘皆無といえる護送任務ではないが、クロノサーフ(航空事象艇)はティークリーパー護衛のもと子供見学会を催し、仕事を見学をさせることに。
その中に、世界的超巨大企業『四菱』の令嬢たる四菱・桜もいた。
「綾鷹、この子の案内を頼む。地球のご令嬢とのことなので護衛も頼むぞ」
上官からそう命じられたので、持ち場を離れ、桜を案内することに。
桜が見学会に参加したのは、企業を通して便宜を図られたからである。地球の企業がどのように? という疑問はさておき。
「これが久遠の都政府の環境保護局員の仕事なのか。すごいのだ!」
瞳を輝かせ、大はしゃぎでティークリッパーの仕事を興味津々に見つめる。
大丈夫かしらと桜を見ながらエレベーターに乗り込み、機関室の見学に向かう途中、突然、護送船に大きな衝撃が。
「な、何なのだっ!?」
揺れたエレベーター内で尻餅をついた桜は、痛む尻をさすりながら立ち上がる。
●旅路暗転
「た、大変ですっ! 龍族が輸送船を攻め込んできましたっ!」
「何だと!?」
先程の衝撃は、龍族の奇襲を受けた衝撃だった。
上官の元に駆け付けた将校が報告するが、奇襲の際、難民を庇い負傷した痛みに顔を苦痛に歪ませる。
「輸送船と難民を守れ! できるだけ多くの難民を安全な場所へ!」
上官が素早く指示を出し被害を最小限に食い止めようとするが、わずかな武装だったため射撃や剣術に長けたティークリッパー達でも難民を一箇所に集結させるまでの時間稼ぎをするのが精一杯だった。
銃撃と剣戟の中、難民は将校が護衛しつつ安全な場所に避難していたが、1体とはいえ、最低限の兵装ゆえ苦戦を強いられた。
太刀打ちできない不利な戦況下、士官、将校達は難民を命懸けで守るべく戦った。
激しい戦闘の末、龍は傷だらけとなり、襲撃の手が緩んだ。というが、痛みにのたうちながらも船を襲っている。
戦いの最中、上官を含む大人の将兵の殆どは力尽きたり、難民を庇ったりして戦死。
辛うじて生き延びた将校達は、船と難民を守るべく奮戦する。
密閉空間と化した鉄の箱の中で、郁と桜は散っていった上官達の断末魔を聞いた。
(生き残っているのは私だけかも……)
郁の脳裏に絶望の二文字が過る。
他の子供達と別行動なため、その子達の安否はどうかわからないが生き残っている将校達が守り抜いていると信じたい。
「一体どうすればいいの……?」
項垂れて苦悩する郁に、桜は自分が指揮を執ると言い出した。
「あなたが? 大丈夫なの!?」
「四菱財閥のご令嬢、四菱桜ちゃんを甘く見ないでほしいのだ! 四菱は地球最強なのだ!」
胸を張り、世界的超巨大企業の威力を見せ付ける。
「わかった、あなたを信じる。よろしくお願いします、四菱艦長」
年下ではあるが、艦長に敬意を表し敬語を使い、敬礼し、桜の指示に従うことに。
「うむ。頼んだぞ、綾鷹副長」
いつもの「なのだ」口調はどこへやら。急に頼もしくなった四菱ご令嬢だった。
●艦長奮戦
「まずはここから脱出する。綾鷹副長、肩車してくれ」
エレベーターの天井にある扉をこじ開け、そこか脱出する算段のようだ。
非常事態なので、できるかどうかわからないとは言っていられない。
桜を肩車した状態背伸びし、どうにかして身軽な桜を天井の扉を開けさせる。
「あともうちょっと……開いたっ!」
扉が開くと同時に、手負いの龍の首がエレベーターに突っ込んできた。
かろうじて桜が掻い潜れるほど開いたので、桜にそこから脱出させ、庇うように光線剣で龍の首を斬った。それが致命傷となったのか、龍は事切れた。
「副長!」
桜が手を差し伸べ、返り血に塗れた郁をエレベーターから脱出させる。
「ありがとうございます、艦長」
2人が出た場所は第一船倉前。
そこには荷崩れした貨物が散乱し、子供一人分の隙間を残して積荷で通路が塞がれている。
幸い、ここには難民も見学の子供達もいなかった。積荷運搬を任され、龍に襲われた死亡した男の船員がいるだけだった。
「これなら行けるな、様子を見てくる」
「大丈夫ですか、艦長」
「任せろ」
「ここを抜けたところの積荷の奥に、機関室の非常扉を開けるスイッチがあります。機関室の様子を見てきてください」
「生存者がいなかったらどうする?」
桜の疑問に「その場合は投棄しかありません……」と答える郁。
「照明の点滅を合図に使うか? 点滅したら生存者あり、しなかったら無しということで」
「わかりました。合図、お待ちしております」
「では行ってくる」
隙間を掻い潜り、桜は機関室の様子を窺いに行った。
通り抜けると、郁の言う通り奥にスイッチがあったので押して非常扉を開ける。
最後まで開くのを待ってられないと、自分が通れるスペースになると強引に割り込む。
「ひ、ひどい……」
口に手を当てながら桜が見たのは、既に襲撃された後の機関室内。
エンジンは修理不可能なほど破壊され、急いで修理しようと試みたと思われるエンジニア達は全員死亡していた。
●二人の指揮官
「点滅が無い、ということは……」
生存者がいないかもと郁が思うと同時に、船が蛇行し、大きく揺れた。
点滅無し、船の蛇行。これがおそらく桜の返事だろう。
散乱した積荷をどうにかしてどかし、桜が向かった機関室に急ぐ。
「機関室は駄目だった。無線機も壊されていたので通信は無理だ。このままでは船は長くもたないだろう」
「そんな……!」
「それより、難民の安全が優先だ。生き残っている難民を一箇所に集め、残りの戦力を固めて守るんだ」
2人は船内をくまなく探し、生存している難民を襲撃されていない食堂に集めた。
探索中、何人もの遺体を目の当たりにした。
子供を庇った母親、恐怖にひきつった顔をした老人、士官、将校といった仲間達。
将校で生き残っていたのは、郁ただひとりだけという最悪の事態となった。
「仕方ない。私達だけで難民を守るぞ。できるな?」
「はい、艦長」
襲撃に狼狽する難民達は、精神的に不安定な状態に。
その中のひとりが「子供に何ができる!」と怒鳴りだした。
「愚か者! この状態で何を言うか! 大人も子供も関係ない、私達の指示に従え!」
怒鳴った難民を桜が一喝。
「子供にこんなこと言われて恥かしくなかと?」
桜に続き、大人達を叱る郁。
子供、あるいは孫に近い年齢の子供に叱咤された大人達は反省し、2人に従うことに。
「第二船倉から物資を持ってきて!」
郁の案内で、体力がある大人数人が物資運搬に向かう。
そこから持ってきた非常食を桜が温めて配膳し、龍に襲われ怪我をした難民は郁が手当を。
●希望の光
野戦病院さながらの慌ただしい中、臨月の妊婦が産気づいた。
「う……生まれそう……!」
食堂に移動する時も陣痛があったのが、それに堪え、ここまで移動してきた。次第に陣痛の間隔が短くなってきたことで苦痛が増してきている。
「ど、どうしよう……私、出産に立ち会ったことなんて無いよ……」
陣痛に呻く妊婦を見て困惑する郁に、桜が迅速に指示を出す。
「何をしている副長! まずはお湯だ! 産湯だから熱すぎないようにな」
「はいっ!」
ダッシュで厨房に行き、生まれてくる赤ん坊が浸かれそうな大きさの鍋でお湯を沸かす。
その間、産婆として何人もの子供を取り上げたという老婆が名乗り出て協力を申し出た。
「頑張るのだ! あともう少しで赤ちゃんが生まれるのだ!」
いきむ妊婦の手を握り、いつもの口調で桜は励まし続ける。
お湯が沸いたと同時に、食堂内に産声が響き渡った。
「おめでとう、元気な男の子だよ」
赤ん坊を取り上げた老婆が、妊婦に誕生したばかりの小さな命を見せる。
「よ、良かった……無事に生まれたんだ……」
新たな生命の誕生に感動し涙ぐむ郁。
老婆に産湯で清められ、シーツにくるまれた赤ん坊はすやすや眠っている。
無事に出産を終えた妊婦も安心したのか、赤子を抱いて穏やかな笑みを浮かべて眠りについた。
「ご苦労だった、綾鷹副長!」
「こちらこそありがとうございます、四菱艦長」
小さな将校達の活躍に、難民達は感謝を込めた拍手を送った。
拍手喝采の最中の船にパトロール中の警備船が接近し、難民が無事収容されたのはそれからしばらくしてのことであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8646 / 綾鷹・郁 / 女性 / 16歳 / ティークリッパー(TC・航空事象艇乗員)】
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■ ライター通信 ■
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綾鷹・郁様
はじめまして。ライターの氷邑 凍矢と申します。
大変お待たせ致しました。
SFを書いたことが一度も無いので、SFのような話になってしまいました。
輸送船のイメージは、武装が無い有名な宇宙戦艦といったところでしょうか。
パニック状態の最中、女の子2人だけで大人相手に一生懸命頑張っている姿を書くのは大変でしたが、最後までやり遂げたという達成感が感じられれば幸いです。
口調や設定等、ここがイメージと違うという点がございましたらお気軽にリテイク願います。
またお会いできることを楽しみにしつつ、これにて失礼致します。
本当にお疲れ様でした。
氷邑 凍矢 拝
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