コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


烈風の九字


 蟻のような機械兵士たちが、一斉に琴美を襲う。空を飛ばずに、猛然と地を駆けながらだ。
 全員に、飛行能力が与えられているわけではないようだった。
「こういうところで、お金のなさを露呈してしまいますわね……」
 優雅に嘲笑いながら琴美は、冷たく煌めくものを左右それぞれの手で回転させる。
 2本の、いくらか大振りのクナイである。
 形の綺麗な、だが強靭に鍛え込まれた五指が、それらをクルリと弄ぶ。
 軽やかに回転したクナイが、そのまま弧を描いて一閃する。
 戦車をも引き裂く甲冑状の腕が、琴美に殴り掛かり掴みかかろうとしながら、ことごとく切断された。
 大顎を凶暴に蠢かせる機械兵たちの頭部が、片っ端から滑らかに切り落とされて地面に転がる。
「このような粗悪品……外国の方々に、一体おいくらで売りつけるおつもりでしたの?」
 冷ややかな嘲りに合わせ、琴美の片足が離陸した。
 瑞々しく膨らみ締まった太股が、プリーツスカートを押しのけて跳ね上がる。畳まれていた膝が、超高速で伸びる。それはジャックナイフの刃が開く様にも似ていた。
 その蹴りが、機械兵士の1体をドグシャアッ! とへし曲げた。
 甲冑のような身体が、へし曲がった状態で火花を飛ばし、沈むように倒れ、動かなくなる。
「貧しい人は、つまらないお金儲けしか出来なくて……本当に、かわいそう」
 蹴り終えた足が着地すると同時に、豊かな黒髪がフワリと舞う。魅惑的なボディラインが竜巻の如く捻れ、もう片方の足が跳ね上がる。優美な脚線が、斬撃の如く一閃した。
 後ろ回し蹴りを叩き込まれた機械兵士が、よろめいて倒れた。その頭部が、琴美の細い足型の形に陥没している。
「かわいそうで見ていられませんわ……私の視界から、消して差し上げましょうね」
 蹴りに続いて、左右のクナイが縦横無尽に弧を描く。
 機械兵士たちが、真横に、斜めに、両断されてゆく。あるいは、首を刎ねられる。
 滑らかに叩き斬られた残骸が、琴美の周囲に折り重なった。
 それらが突然、爆発した。残骸が破片と化し、飛び散った。
 爆炎、爆風、破片。それらを全てかわしながら、琴美は軽やかに着地した。そして見据える。
 爆撃を行った者が、のしのしと巨体を迫らせて来ていた。
「消えんのぁテメーの方だよ、嬢ちゃん」
 甲冑状に隆起した身体は、直立した熊の如く巨大である。だが頭部の形状は、熊と言うよりは虎だ。金属製の牙を剥き、言葉を発している。
「俺たちが最強の兵器としてデビューしようってとこ……邪魔は、させねえ」
 大型の爪を伸ばした両手は、破壊と殺傷以外には何の役にも立ちそうにない。
 だが何より危険な武器は、猫背気味に盛り上がった背中から肩にかけて取り付けられた、左右2門のロケット砲である。
 それらが、琴美に向かって火を吹いた。立て続けに3発、4発。
 爆発の火柱が、原野のあちこちに生じた。
 跳躍・回避した琴美の肢体が、着地と同時に、猫の如く地面に転がり込む。
 転がり込んだところを、ロケット砲の爆撃が襲う。
 轟音を、爆炎を、琴美は前方へと駆け出しながらかわした。回避と同時の、踏み込みである。
 爆風で吹っ飛ばされる感じに琴美は、虎男との間の距離を一気に詰めていた。
 砲撃の間合いは、失われた。
 虎男は怯む事なく、爪を振るって琴美を迎え撃とうとする。
 その爪が叩き付けられて来るよりも早く、琴美は右のクナイを、横薙ぎに振り抜いていた。
 気合いの叫びと共にだ。
「臨!」
 虎男が、硬直した。
 硬直した巨体に向かって、琴美はクナイをまっすぐに振り下ろした。
「兵! 闘! 者!」
 綺麗な唇から、凛とした九字の詠唱が迸る。
 それに合わせてクナイが縦横に閃き、格子状の軌跡を鋭く描き続ける。
「皆! 陣! 烈! 在! 前!」
 虎男の巨体の上に、横5本・縦4本の格子模様が完成した。
 その格子模様が、即座に裂け目となった。
 ズタズタに切り刻まれた虎男が、オイル状の体液をぶちまけながら崩れ落ちる。
「なるほど……な。大きな口を叩くだけの事は、あるようだ」
 声をかけられた。
 男が1人、ゆったりと偉ぶった足取りで、こちらに近付いて来ている。
「良かろう、小娘。私の開発したナノマシンを、お前の身体に植え付けてやる……お前は、最強の兵器となるのだ」
 髪の長い、そして同じくらいに髭の長い、老人だった。髭の中で、左右の眼球がギラギラと輝いている。
 枯れ木のような身体を、いかにも理系といった感じの白衣に包んでいるが、その風体は理系の技術者と言うより、邪悪な魔法使いである。
「……謹んで、お断りいたしますわ」
 琴美は応え、続いて問いかけた。
「報告書を書かなければいけませんから一応、訊いておいて差し上げますわね……何故、このような事を?」
「国防を司る者どもの愚かさに、ほとほと嫌気が差したのだよ」
 琴美の予想から、それほど離れてはいない事を、老人は語った。
「小娘よ、貴様の属する自衛隊という組織の維持には、莫大な血税が投入されている。国民がそれを許しているのは何故だと思う?」
「最強の国軍を、国民の皆様はきっと求めておられるのでしょうね」
「それが理解出来ておるのなら、わかるはずだ。実戦経験のない、人を殺した事もない軍隊が、最強の国軍などと言えるわけがあるまい」
 眉毛と髭に囲まれた老人の目が、ギラリと狂気を強めた。
「自衛隊はな、たとえ他国を侵略してでも、実戦経験を積むべきなのだ。そのために私は、最強の力を開発してやったのだ……生身の兵士を無敵の怪物に作り変える、人体強化用ナノマシンをな」
「おかげ様で、実戦経験には恵まれておりますわ」
 琴美は、会話を切り上げる事にした。この男と話す事など、もはや何もない。
「お馬鹿をやらかす方々が、このところ多くて……紛い物のOL稼業で残業をやらされる暇もないほど、ね。それだけは本当に、感謝しておりますのよ?」