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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route8・手放せなくて/ 藤郷・弓月


 うつらうつらと揺れ動く意識。どこを漂って、どこに向かうのか。
 それすらわからなくなる意識の中で、ただ1つ、私を引き止める声がある。

――……起きろ。

 優しく、胸に浸透していく声。
 あなたは誰? どこにいるの? どうしたらあなたに会えるの?
 実体が感じられない腕を動かして探してみるけど、声の主は見つからない。
 ふわふわ、ふらふら。
 もしかしたら、もう『自分』には戻れないんじゃないか。そう、思ってしまう。

――起きろ。

 また、聞こえた。
『……あなたは、誰?』
 実体のない空間で、実体のない声を零す。
 そうして腕を動かすと、何かが指先に触れた。
 温かで優しい感触。
 手だけじゃなくて、体全体を包み込むような感触に、意識が遠のいてゆく。

   ***

 私は再び、草原のような広い大地に戻って来ていた。
「永利(えいり)、一気に片付けるぞ」
「ああ。永知(えいち)、こっちは任せろ」
『あの子たち、大きくなってる』
 顔を見ればわかる。
 袈裟を着て、そっくりな顔で闘う2人の男性は間違いない。
 さっきも目にした双子の男の子だ。
 2人はお腹の出た小さな黒い生き物と闘っていた。その姿は前に見た『餓鬼』とか言う悪鬼に似てる。
『あの子たちの顔……やっぱり、檮兀さんに似てる……』
 何でこんなものが見えてるんだろう。
『檮兀さんは鹿ノ戸さんの命を狙う人……檮兀さんを知れば、鹿ノ戸さんが助かるの……・?』
 考えても答えは出ない。
 そうしている間にも、2人の男性は印を刻んで化け物を倒していく。そして全ての化け物を倒し終えたとき、異変は起きた。
『――っ!』
 背筋を冷たい感覚が通り過ぎた。
 振り返った先に居たのは、黒い実体のない生き物。それは私を見るでもなく通り過ぎると、まっすぐ2人の元に向かう。
『逃げて!』
 そう叫ぶけど、2人には聞こえてないみたい。
 闘いについてアレコレと話す姿に、胸がギュッと締め付けられる。そして……
「永知っ!!!」
 黒い物体が永知さんの中に消えた。
 それからは見ている方が悲しくなるような惨状が繰り広げられて、全てが終わった頃には、永利さんはボロボロに。
 そして永知さんは永利さんの腕の中で息絶えていた。
『……なん、で……こんな……』
 リアルに目にした人の生き死にに、悲しみとも、嫌悪ともとれる感情が湧き上がって来て気持ち悪くなる。
「――永知、すまない」
 耳に響く声は酷く寂しくて、私は胸を抑えるように座り込むと、ギュッと両の手を握り締めた。
『これは、夢? ううん……』
 違う。これは単なる夢じゃない。
 これは
『……誰かの、現実』

   ***

 瞼を擽る優しい光。それに小さく身じろぐと、耳の直ぐそばで誰かの吐息が聞こえた。
 穏やかに、規則正しく響く寝息にホッと安堵の息が零れる。
 いつまでも聞いていたい。
 そんな気持ちで息を吸う。そうして再び眠りに落ちようとしたところで、ふと気付いた。
(……私……寝てるの……・?)
 いつの間に寝たんだろう。
 確か私は檮兀さんと会っていて。それから変な場所に行って……。
(もしかして、今までが……夢……?)
 そう思ったら自然と瞼が開いた。
 でも、その目がすぐに閉じられる。
 異常なくらい眩しい光に、邪魔されて、目を開く事ができない。
 それでも何度か開こうと試していると、ようやく周りの景色が見えてきた。
 真っ白な天井に、真っ白な壁。
 鼻をくすぐるこの匂いは、もしかして消毒薬?
「……病院?」
 ようやく出た自分の声も霞んでる。
 それになんだか手が温かい。
「何……っ!?」
 嘘、でしょ?
 なんで此処に鹿ノ戸さんがいるの?
 じっと見詰める先には、気持ち良さそうに眠る鹿ノ戸さんの顔。ちょっとだけ目の下にクマがあるのはなんでだろう。
「……もしかして、ついててくれたの、かな?」
 そうだとしたら嬉しい。
 それに、これも……。
「鹿ノ戸さんの手、暖かい……それに、大きい……」
 男の人の手を、こんなにまじまじと見た事は無かったかもしれない。
 私の手を包み込んでしまうような大きな手は、ゴツゴツとしてて男らしい。それに、なんだか触れているだけで心の奥底が温かくなるような、そんな気持ちになる。
「私……この感じ、知ってる……」
 夢の中で遠のいてゆく意識。
 その中で感じた温かな感触に似てる。
「もしかして、あの声も……」
 そう呟いた時、鹿ノ戸さんの睫毛が揺れた。
 男の人にしては長くて、ちょっとだけ嫉妬しそうな睫毛。
 それが何度か動くと、見慣れた瞳が私を見た。
「……あの……おはよう、ございます?」
 自分でもなんて気の利かない言葉なんだろうって思う。それでも、こうして顔を合せた瞬間、この言葉が思い浮かんだの。
「起きた、のか?」
 確認するように静かに紡がれた声。
 この声を聞くだけで、胸の奥が温かくなってくる。
「なんだか、良く寝てたみたいで……私、どれくらい――っ!?」
 どれくらい寝てたんですか?
 そう聞こうとしたのに、言葉が全部消えちゃった。
 私の体は鹿ノ戸さんの腕の中に納まっていて、私は何が起きたのかわからずに目をパチクリさせてる。
「……2ヶ月だ」
「え」
「2ヶ月眠ってたんだよ」
――2ヶ月、眠ってた?
「え、でも私……」
 そんなに長く寝てた自覚はないよ。
 それに体だってこんなに元気だし……あれ?
「これ……点滴の、痕?」
 よく見ると点滴の痕が幾つも付いている。これは明らかに1回や2回の痕じゃない。
 それこそ、何ヶ月もかけて出来るものだ。
「檮兀の野郎が何かしたのかと思ったがそうじゃないらしい。何がお前をそんな風に眠らせた。何で、起きなかった……」
「ごめん、なさい……」
 なんだか鹿ノ戸さん、泣いてるみたい。
 それなのに私、不謹慎に喜んでる。
 鹿ノ戸さんが抱きしめてくれたこと、泣きそうなこと。そういうの全部が嬉しい。
「……私、大丈夫ですよ。なんともないですし……だから、安心して下さい」
「……ああ」
 抱きしめる腕に力がこもって、心の底から安堵したような声が聞こえる。
 その声を聞いて、胸の奥がぎゅうって締め付けられた。
 この人をこんなにも心配させたんだ。って、今更ながらに反省してくる。
 でも、やっぱり嬉しいのは、私が鹿ノ戸さんを好きだから……なんだろうな。
「鹿ノ戸さん。私、変な夢を見ました」
「夢?」
 突然の言葉に戸惑うように体が離される。それに合わせて私も顔を上げると、大きく頷いて見せた。
「檮兀さんに良く似た人の夢……永知さんと、永利さんって言う。お坊さんみたいな人たちの夢です」
「永知と、永利……それは、本当か?」
 この反応。
 やっぱりあの夢は無関係じゃないんだ。
 それなら伝えなきゃいけない。
 私が何故あんな夢を見たかはわからないけど、それでも伝えなきゃいけないことなんだ。
「永知さんと永利さんは化け物と闘ってました。2人はなんとか化け物を倒しきったけど、そこで黒い変な影が来たんです」
「黒い影……」
「黒い影は永知さんの中に入って、そして永利さんはそんな永知さんを倒しました。『すまない』と、謝罪の言葉を口にしながら」
 私は自分が見てきた夢を鹿ノ戸さんに話した。
 鹿ノ戸さんはその話を真剣に聞いてくれて、そして全てを聞き終わった後、こう言ったの。
「永利は、悪鬼僧になる前の、檮兀の名だ」
 やっぱり。
 そんな思いが胸を過る。
「永利の氏は鹿ノ戸。檮兀は元々鹿ノ戸の家の者だった。だが、お前が見た黒い影が原因で、檮兀は鹿ノ戸の家を追い出されることになる」
 鹿ノ戸さんが言うには、黒い影は永知さんに憑依して倒されたことで消えたはずだった。
 でもこの時だけは違ったらしいの。
 当時、齢10にも満たない永知さんの子供にその憑依が移ったらしいの。だから永利さんはどの子供も倒そうとした。
「けど、鹿ノ戸の家の者はそれを許さなかったんだ。結果、永利と争いになって、鹿ノ戸の者は10人以上も死んだ。それからだ。永利が檮兀になり鹿ノ戸の家の者を狙うようになったのは……」
 それこそ何年、何十年と続いてきた出来事。下手をしたら百年以上も続いている悲劇。
「呪いに縛られていたのは鹿ノ戸さんだけじゃなかったんですね……檮兀さんも、鹿ノ戸の血に呪われている人」
 そう思ったら、自然と涙があふれて来てた。
「や、やだ……泣くつもり、なんて」
 次から次へと流れ出る涙を必死に拭う。
 それでも止まらない涙に、鹿ノ戸さんの手が伸ばされた。そしてさっきと同じように優しく抱き締められる。
「……何でお前が泣くんだよ」
 何で泣くのか。
 その答えはわかってる。
「……鹿ノ戸さんの未来の一つが、檮兀さんのう姿のようで……怖い、です」
 ポツリ。
 零した声に、鹿ノ戸さんの手が優しく私の背中を撫でた。まるで子供をあやすみたいに、何度も何度も。
 優しい感触は、まるで鹿ノ戸さんの心の中みたいに心地いい。私は、この温もりや、この人の優しさを失くしたくない。
「鹿ノ戸さん……生きて下さい」
 背中に回した腕でギュッと彼の体を抱き締める。
 私が泣いてしまったのは、鹿ノ戸さんが死んでしまうことや、檮兀さんのようになってしまうことを考えたから。
「……私は、鹿ノ戸さんが死ぬのは嫌。離れているのも怖くて、好きだから生きて欲しいっ」
 だから「お願い」。
 懇願するように絞り出した声に情けなくなる。
 こんな風にしか言葉を伝えられない自分に。
 こんな風にしか泣くことしか出来ない自分に。
 私自身はこんなにも鹿ノ戸さんに幸せにしてもらっているのに、何も出来ないことに歯がゆさが込み上げてくる。
「傍にいたい……私の身勝手な我が侭だろうけど……傍に、いたいんです。……鹿ノ戸さんが死ぬの怖くないって言うなら、私だって怖いけど怖くないし……!」
 だから、どこにも行かないで欲しい。
 そんな願いを込めて腕に力を込めると、同じように鹿ノ戸さんの腕に力がこもった。
 そして思いもかけない声が耳を擽る。
「死ぬんじゃねえよ」
 少し怒ってる。
 でも聞いたこともないような甘い声。
 どこか甘えを含んでる声に、私の肩が微かに震える。
「お前が目を覚まさなかった2ヶ月、俺は生きた気がしなかった。生きるつもりなんてなかったのに……お前に起きてもらうまで、死ねないって思っちまった」
 自嘲気味に笑う彼が愛おしく感じる。
 今までの好きって気持ちだけじゃない。もっと違う、もっと暖かくて強い気持ち。
「……お前も、俺と同じ気持ちになってたのか?」
 不意に離れてゆく温もりに寂しさを感じる。
 それでも、それを求めるよりも早く、瞳は鹿ノ戸さんの目を捉えてた。
 徐々に早くなる胸の鼓動が、鼓膜が破れるんじゃないかってくらい響いてくる。そんななのに、目の前の鹿ノ戸さんの声は信じられないほどクリアに私の耳に届いてた。
「もしそうなら、傍にいろ。俺と生きろ」
 胸に浸透してゆく甘い言葉。
 それを噛み締めるように唇を引き結ぶと、私は再び彼の腕の中に納まった。
 この温もりを、彼を、失いたくない。
 そう、想いながら……。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート8への参加ありがとうございました。
引き続きご指名頂きました、千里とのお話をお届けします。
前回の続きからのスタートと言う事で、いまだ夢の中からのはじまりとなりました。
その後の展開は如何でしたでしょうか?
今までの冷たさが一転……楽しんでいただけたなら幸いです。

ではまた機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂けて下さい。
このたびは本当にありがとうございました。