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<東京怪談ノベル(シングル)>


意識操作

「私の計画には、お前が必要なのだよ……」
 一人の女史がモニターの前に座り込み不敵な笑みを浮かべている。
 薄型モニターの明かりだけが灯る部屋に一人、ベッドで座っている老婆。モニターの灯り照らし出された彼女の顔は不気味だった。
「愛するあの人と共に過ごす為には、どうしても必要……」
 くくく……とくぐもった笑いを浮べ、女史は救急要請ようのスイッチを押した。

            ****

「青髭時代の弧月医院……?」
 郁は眉間に皺を寄せ、怪訝そうに聞き返す。
 弧月医院から救急要請を受けた女性は郁を振り返って「そうよ」とあっけらかんとした表情で頷く。
「ご指名」
「……分かったわ」
 郁は疑問を抱いたまますぐに事象艇で弧月医院へと赴いた。
 出迎えてくれたのは美少年の助手だった。
「お部屋へご案内します」
 助手に誘われるままに廊下を歩きだした郁は、自分に救急要請を頼んできた人物について訊ねた。
「女史は認知症が酷く奇行が目立ちます。気を悪くしないでもらえたらと思うのですが」
「そう……」
 認知症が激しく奇行が目立つ女史……。その女史が一体自分に何用なのか。
 首を捻りながらも助手の後ろを付いて歩いていた郁は、ある扉の前で助手が足を止めた事に気付き、自分も足を止める。
「こちらです……」
 助手がドアを開くと、中は薄暗い。
 部屋の中央に向かい合わせのソファが二つ置かれ、壁掛けの古い振り子時計が不気味に時を刻んでいる。それ以外には古めかしいガラスケースに入れられた人形が置かれた腰ほどの高さの棚があり、部屋の奥にはベッドが一つ置かれている。それ以外は特別目立ったものはない質素な室内だ。
 パタンと郁の背後で助手がドアを閉じる音が聞こえ、ベッドに横たわっていた老婆がギョロついた目をこちらに向け、必死に手を招く。
 言われるままに彼女の傍に歩み寄ると、女史は郁をギョロリと見詰めた。
「お前さん。お前さんを改造した医師のことを覚えてるかい?」
 唐突な質問に、郁は言葉に惑いつつも頷いた。
「え、えぇ」
「私はね、その医師の知人なんだよ。だから言えばお前の祖母とも言える」
「え……」
 郁は目を瞬いた。
 思いがけず父の級友に会った郁は、驚いたもののどこか少し嬉しい気持ちになる。
「いいかい。私の事は祖母と呼べ」
 女史の雰囲気に押されながらも、彼女の言葉をすんなりと受け入れた。
「……見て分かるだろうが私はもう長くない。だからお前に一つ遺言を残したくてね」
「遺言?」
「そうさ。男殺しの秘訣さ」
 郁はギョッとしたように目を見開いた。女史は手を招き、郁を自分の傍へもっと近づけるとその耳元にそれを伝えた。
「……分かったかい」
「……はい」
 郁の言葉に満足したのか、女史は深い息を吐き安堵したようにベッドに仰向けになったままそっと瞳を閉じた。


 その翌日。女史は息を引き取った。
 彼女の遺体を出棺する場に、郁も立ち会っていた。
 運ばれる棺を見送りながら郁は女史のことを絶賛している。
「あの人は本当に素晴らしい人だったわ。あれだけ素晴らしい人が亡くなるなんて惜しい以外のなにものでもない」
 大袈裟なほどの立ち振る舞いに、その場にいた全員が郁を怪訝な表情で見た。
「様子がおかしくないか……?」
 艦長は朗々と女史のことを絶賛している郁を、眉根を寄せて見詰めていた。
 女史の亡骸を見送り、艦長が悲しんでいる助手を故郷に送ることになった時、郁は突如として艦長に暴言を吐きかける。
「ちょっと、何やってるのよ。あなたみたいなボンクラが勝手な事しないで!」
「何だと……」
「汚い手で彼に触らないでちょうだい」
「郁! きさま、誰に向かってそんな口を利いている!?」
「ふん! 若造が偉そうに」
 こちらを睨みつけ、鼻を鳴らした郁に艦長は彼女のあまりの豹変っぷりに歯噛みをした。
「草間を呼べ!」
 艦長の言葉に、すぐさま草間・武彦が呼び出される。
「悪いが、あいつの素行調査を頼む。大至急だ」
「分かりました」
 それから数日。調査以来を受けた草間は、すぐに郁の素行を調べた。
 この数日の生活の中で、郁は二つの顔を覗かせていたことが分かった。
 これまでの郁そのものと、助手を前にした時の郁とではまるで人が違う。
 調査をし始めてすぐに草間はあることに気が付いた。それは彼女の口調だった。どこかで聞いた事があるようなその口ぶり。知らないわけではなかった。
「まさか……」
 そこに思い当たるとそうとしか思えなくなってくるが、そう考えれば合点がいく。
 ほどなくして草間は艦長の元へ結果を持ち帰ってきた。
「彼女のあの発言。あれはもしかして生前の女史のものでは? それに、明らかな別人格を宿しているようです」
 草間の言葉に、艦長は「やはり」と唸った。


 一方その頃、郁は助手に迫っていた。
「永遠に私と共に生きよう。私、あなたと生きていたいわ。ずっと、未来永劫あなたとだけ……」
 甘い囁きだが、ゾッとするものを感じさせるものでもあった。
 助手が言葉に考えあぐねていると、艦長と草間がこの場にかけつけた。
「誰であれ他人を牛耳る権利はないはずだ。その体から出たらどうだ?」
 そう諭してくる艦長と草間に、郁は鼻で笑った。
「何を言っているの? 意味が分からないわ。大体郁はもう死んでるの。私の腕ならこの体の不妊も治るわ」
 話がまるで通じない相手に、草間はずいっと前に歩み出た。
「おまえが好いているその助手を共犯で起訴できるんだぜ?」
 言葉で脅した草間に、郁はギリギリと奥歯を噛み鳴らした。
「おのれ……おのれええぇぇっ!!」
 豹変した郁は怒りに打ち震えるも、なすすべも無くあえなく憤死した。

            *****

「用意周到な奴だな」
 草間は女史の部屋で郁のクローンを発見した。
 その場にいた本物の郁は呆然とそれらを見入った。
「これは憑依失敗の時の保険だったんだろうな」
「……」
 祖母と慕った女性の思いがけない裏切りに、郁は言葉が出てこなかった。
「ところで、助手を口説いた記憶もないのか?」
 そう訊ねた草間に、郁は彼の顔を真っ直ぐに見詰め返し首を捻った。
「知らないわ。で、落とせたの?」
 さらりと流したその言葉に、草間は笑った。
「よし、いつものお前らしさが戻ったな!」
「???」
 笑っている草間に、郁は訳が分からないとただひたすら首を捻るばかりだった。