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<東京怪談ノベル(シングル)>


麗しき最終兵器


 髪も髭も長い白衣の老人が、注射器のようなものを高々と掲げた。
 掌に収まるサイズの、金属製の筒。体内に何か打ち込むための道具である事は、間違いなさそうだ。
 何を、彼は打ち込もうとしているのか。それは、訊いてみるまでもなかった。
「見るがいい。日本を守る、最強の剣と楯……となるはずであった、この力を」
 老人が、金属の筒を己の首筋に当てた。そして押し込みつつ、叫んだ。
「貴様たちが一体どれほどのものを手放してしまったのか、を……とくと! 見るがいい!」
 筒の中身……人体強化用ナノマシンが、老人の体内に注入されてゆく。
 枯れ木に白衣を着せたような身体が、痙攣しながら膨れ上がった。
 白衣が飛び散り、その下から甲冑が盛り上がって来る。
 鎧の如く、機械化した肉体。
 首から上は、金属の頭蓋骨である。
 眼窩の奥で炯々と燃え盛る眼差しが、まっすぐ琴美に向けられた。
「最後の警告だ、小娘……大人しく、私の研究室へ来い。このような即席ナノマシンではない、手間と資金をかけたナノテクノロジー手術で、お前を最強の兵器へと生まれ変わらせてやろう」
「では私も警告させていただきますわ。どうか、無駄な抵抗をなさいませんように」
 琴美は、まっすぐに視線と言葉を返した。
「……苦しい思いが長引くだけ、ですわよ?」
「……愚か者が!」
 先程まで白衣の老人であった骸骨男が、右手で武器を構えた。
 大型の、ハンドガンである。
 その引き金が引かれ、銃口から轟音と烈火が迸る。
 琴美は、横に跳んだ。
 跳んだ足元で地面が爆ぜ砕け、大量の土が噴出した。ハンドガンにしては、規格外の破壊力である。
 骸骨男は2度、3度と引き金を引いた。銃口が、琴美を追って小刻みに揺れながら、火を吹き続ける。
 発射された弾丸を見て回避する事など、不可能である。
 見るのは、弾丸ではなく銃口なのだ。銃口から伸びる射線の上に、身を置かない。それが、銃火器を相手に戦う時の鉄則だ。
 揺れ動く銃口をかわす。そのつもりで琴美はステップを踏み、身を翻した。
 艶やかな黒髪がふわりと舞い、しなやかに引き締まった胴が柔らかく捻れながら反り返る。形良く豊かな胸が、上向きに横殴りに躍動する。
 その全ての部分をかすめるように銃弾が奔り、原野のあちこちで地面を粉砕した。
 銀盤上のスケーターを思わせる回避の舞いを披露しながら、琴美は左のクナイを手放していた。投擲。
 まっすぐに飛来した光を、骸骨男はとっさにハンドガンを振るって叩き落とした。落とされたクナイが、地面に突き刺さる。
 その間に、琴美は踏み込んでいた。
 1度の踏み込みで骸骨男の懐に達しながら、琴美は右のクナイを一閃させた。
 強固な直撃の手応えが、五指と掌に流れ込んで来る。
 骸骨男の胸から、まるで血飛沫のように火花が散っていた。
 鎧の如く盛り上がり装甲化した胸板は、しかし全くの無傷である。火花が飛んだだけだ。
「あら……」
 ほんの少しだけ驚いている琴美に、
「そのような時代錯誤な武器、いつまでも通用すると思うか!」
 骸骨男が、左手を振り下ろす。太く金属化した五指がガッチリと握り固まり、ハンマーのような拳となった。
 ブンッ! と重く凶暴に唸るその一撃を、琴美は後方に跳んでかわした。
 そのせいで、銃撃の間合いが開いてしまう。
 大型ハンドガンが向けられてくる、よりも早く、琴美は右手を鋭く振るってクナイを手放した。
 骸骨男の巨体が、硬直した。
 その頸部、首関節の装甲の隙間に、投擲されたクナイが突き刺さっている。
 右手が、ハンドガンを琴美に向け、引き金に指をかけたまま、硬直している。
「時代錯誤な武器のお味は……いかがかしら?」
 微笑みかけつつ琴美は、敵の頸部に突き刺さったクナイの柄を握り、抉り込んだ。
 そして、引き抜いた。引き抜きながら、斬った。
 骸骨男の頭部が、高々と刎ね飛ばされて宙を舞う。
 首無しの屍となった機械の巨体が、しかし動いていた。切り離された頭部からの遠隔操作のような事が、ある程度は出来るのかも知れない。
 ハンドガンを握ったまま硬直していた右手の、硬直が解けた。銃口が琴美に向けられ、引き金が引かれる。
 それを待ったりはせず、琴美は左足を跳ね上げていた。
 綺麗な脚線が、鞭のようにしなって一閃し、骸骨男の右手を打ち据える。
 琴美に向けられていたハンドガンが、蹴り払われながら上空に向かって火を吹いた。
 放物線を描いて落下しつつあった機械の頭蓋骨が、砕け散った。
 頭部の失せた屍が、倒れ、動かなくなったのを確認してから、琴美はちらりと視線を動かした。
 崖の上にいた外国人たちは、1人残らずいなくなっていた。
 琴美は1つ溜め息をついてから、携帯電話を取り出し、報告を入れた。
「任務完了……外国の方々の目の前で、日本の恥を晒す事になってしまいましたわ」
『人体強化用ナノテクノロジーか。その程度の事であれば、恐らくどこの国もやっている。まあ恥ずべきものであるのは間違いないかな』
 通信の向こう側で、司令官が言った。
『体内に異物を埋め込むだけで、容易に力を得ようなどと……それで使い物になる戦力が得られるならば、苦労はないというものだ』
「戦闘能力とは、地道な鍛錬で少しずつ高めてゆくもの。ですわね」
『……君があと100人もいれば、日本は間違いなく世界最強の軍事国家になれるだろうな』
「私、戦争は嫌ですわよ?」
 それは琴美の、偽らざる思いである。
「戦争を未然に防ぐためでしたら、何万人でも始末して差し上げますけれど……ね」