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星往く船、渡る群人
艦隊の誓:何人も月を越へる翼、与ふ勿れ
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この時代では、藤田・あやこ(ふじた・あやこ)達がよく知る月を*星、地球を#星と呼んでいる。遥かな未来なのか、それとも遥かな過去なのかは解らないけれども。
あやこの見つめるモニターに映っているのは、1隻の宇宙船。それは古風ともスタイリッシュともつかないフォルムを持っていて、そうしてひどく老朽化している。
それは、#星が所有している宇宙船だった。といっても#人達が自分で建造したわけではなくて、かつてアシッドクランが与えたものであり、#人達が*星へと渡るのを助けるものだ。
かつては3隻あった宇宙船は、その内の2隻が故障して久しく、使われては居なかった。今モニターに映っている残る1隻とて、見た目のみならず、機関がすっかり老朽化してしまっていて、不調を発しているのだ。
それでも、その宇宙船は*星へと飛ぶ。飛ばなければならない理由が#星には、そうして#人達にはある。
「間に合うかしらね」
「予定通りなら」
あやこの言葉に、クルーの1人が応えた。あまりにも在り来たりな答えであり、そうしてブリッジに居る誰もがそれ以上の答えを持たない。
――あの宇宙船は、*星で生産されているとある特殊な檸檬を受け取るべく、対価となる物資を満載して飛行中なのだ。だが、老朽化した機関が度重なる航行に耐えられず、爆発寸前になっているのである。
それを知ったあやこは人命を守る為と、部下に命じて#の船に機関の部品を届けさせた。交換に間に合いさえすれば、宇宙船は爆発を免れ、無事に*星へと辿り着けるはずだ。
だからあやこは先程から、変わり映えのしない宇宙を泳ぐ宇宙船の様子を見守っている。見守り、無事に機関の交換が終わることを祈っていて。
――けれども。
「‥‥ッ、艦長! #船、積荷を放出しました! 航行機関に高エネルギー反応。爆発します!」
「な‥‥ッ! 命は二の次って事? 乗員救助、急いで!」
まるでごみをばら撒くように宇宙船から放出された荷物と、モニターに映し出された反応に息を呑んだクルーの叫びに、慌ててあやこは指示を飛ばした。応えたクルー達が慌しくキーを叩き、交換の部品を届けに行ったクルーや、艦のあちこちへと指示を飛ばす。
機関が爆発すれば、良くて自力での航行が出来ず宇宙を彷徨うか、悪くて宇宙船大破だ。まさに時間との勝負と言える。
――まるで永遠にも思える僅かな時間の後、ウォースパイトがどうにか救い出せたのは、*人の檸檬商の女と、#人の機長を始めとする数人だけだった。彼らから事情を聞いたあやこは、なぜ宇宙船で部品の交換が行われなかったのかを、知る。
機関の交換自体は、技術さえ知っていれば幼児でも出来る。けれども既に技術が失われた#人には、交換修理をすることは到底無理だったのだ。
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ウォースパイトのゲストルーム。そこでは宇宙船から救出された2人の人間が、先程から商談で渋い睨み合いを続けていた。
「そんな事を言われたって、こっちも商売なんだよ」
「それは解ってるが、そこを何とか頼むと言ってるんだ。こっちは命がかかってるんだよ!」
「あたしらだって命がけなんだ、解ってるだろう」
「そうは言ったってだな――」
まさに堂々巡り、としか表現出来ない遣り取りを、彼らが飽きもせず延々と、そして真剣に続けているのには理由がある。命。正しくそのために、*星の特殊な檸檬を巡って、彼らは睨み合っているのだ。
――今から千年前、*と#の両国で疫病が蔓延し、多くの人が命を失った。だが、両国の研究機関が総力を挙げて特効薬の開発に取り組んだものの、ついに発見には至らず、せいぜい症状を和らげる緩和療法が解ったのみだったのだ。
それが、とある特殊な育て方をした檸檬。膨大な費用と人手を費やして、ようやく希少量が*星で獲れる程度に過ぎないその檸檬は、けれども持続効果は僅か3日程度であり、しかも収穫の際に用いる器具は危険で、収穫の最中に命を落とす檸檬農家も珍しくはないという。
だが、その檸檬以外に疫病には効果がないとなれば、その価値が跳ね上がるのは当たり前のことだった。おまけに3日に1回必ず摂取しなければならず、切れると禁断症状で悶死するとなれば、#人が必死になるのも無理はない。
だからこそ、#人の機長は何としても檸檬を得て帰りたいと願い、*人の女商人はそうまでして作った檸檬をただでくれてやる訳には行かないと拒絶する。代金になるはずだった物資はとっくに宇宙の藻屑で、宇宙船も爆発して動かない以上新たな物資を積んでくる事も出来ない。
(やっかいね)
彼らから宇宙船爆破の事情を聞き取った流れもあって、同席して彼らの遣り取りを聞いていたあやこも、どうしたものかと顔をしかめた。それぞれに事情がある以上、どちらか一方が間違っている、と決め付ける事は出来ないが、ならばどうすれば良いというのか。
この間にも*星では檸檬農家が収穫で事故死して行っているし、#人は疫病で死んでいっているのだろう。出来得る限りの人道的配慮をと考えはしても、なかなか一筋縄ではいかないのが現状だった。
ゆえに腕を組み、瞑目して2人のやり取りを聞きながら考え込んでいたあやこは、ふと、乗客の中に相談相手になり得る人物が居る事を思い出し、目を開けた。2人に席を外すと断り――彼らは生憎、それぞれの主張を貫き通そうとするのに精一杯で、あやこの言葉など聞いては居なかったようだが――幾つかあるゲストルームの1つへと向かう。
そこに居たのは、碧摩・蓮(へきま・れん)だった。あやこの姿を見ると軽く眉を上げ、どうしたのかと尋ねてくる。
「相談があるの。実は今、ちょっとややこしい事になっててね」
「ややこしい事?」
そうして首を傾げた蓮に、別室で行われているやり取りの事を話すと、ふぅん、と蓮は鼻を鳴らした。ひょいと軽く肩を竦めて立ち上がる。
「その檸檬は麻薬だよ。放っておいて、蔓延させちゃいけない。あたしも一緒に行こう」
「解ったわ。悪いわね」
その申し出をありがたく受け、あやこは蓮と一緒にゲストルームへと戻った。その間に交渉が少しでも進展していればと思ったが、生憎、ますます部屋の空気が悪化したくらいである。
やれやれと、蓮と顔を見合わせた。それからいまだ不毛かつ真剣ないい争いを続ける2人の間に、悪いわね、と割って入る。
「蓮にも相談したけれども、檸檬が欲しいならやっぱり機長、あなたの方が先に支払うべきだわ」
「な‥‥ッ!? だがそれでは、我々は死んでしまう!」
「でも、払えないのに物だけ欲しいなんて、子供が考えたっておかしいわ。檸檬を受け取るならそれからだし、支払えないなら諦めるしかないでしょ」
「ほら、この艦長さんもそう言ってるだろ。うちらだって、あんた達を死なせたいわけじゃない。檸檬を売らないと言ってるんじゃないんだ、まずは払うものを払ってくれと言ってるだけで――」
「ぐ‥‥ッ!!」
蓮の言葉を胸に置きながら、機長を諭そうとしたあやこの言葉に、女商人が我が意を得たりとばかりにうんうんと頷いた。両方から向けられた言葉に、機長がどす黒い顔になって黙り込み、目を血走らせる。
そうして次の瞬間、機長は思いも寄らない行動に出た。追い詰められた彼は、その助言をした蓮が悪いとばかりに、彼女に手を伸ばすとその首元に手刀を突きつけたのだ。
あまりに一瞬の出来事で、何も成す術がないまま、はッ、とあやこは息を呑む。彼らは疫病の副作用で、電撃技が使える――すなわち徒手といえど、機長はいつでも蓮を害する事が出来るのだ。
案の定、機長は手からぱちぱちと電撃を放ち、それを蓮へと突きつけながら恐喝する。
「檸檬を渡せ! 今すぐ渡さなければ‥‥ッ」
「馬鹿な事はやめな!」
あやこが機長の意思をねじ伏せるように一喝した。同時にブリッジで様子を見ていたクルーが駆けつけてきて、数人がかりで機長を蓮から引き剥がし、取り押さえる。
そもそも、あまり好戦的な性格というわけではないのだろう。押さえつけられた途端、機長は先ほどまでの強気が嘘のように萎れ、大人しくなった。
或いはそれほどに、彼もまた追い詰められているという事なのだろう。あやこは萎れる機長を見ながらそう考える。
その様子に女商人も考える所があったのか、協議の結果、まずは檸檬を引き渡し、支払いについては後日相談でかまわない、ということで落ち着いた。その様子を見届け、2人をまずは檸檬をやり取りする為に*星に送ろうとクルーに指示を出そうとしたあやこに、解放された後も全てを見届けていた蓮が、言う。
首元に残る、小さく電撃で焼かれた跡。
「それで上手くやったつもりかい? 結局あんたは、あの麻薬を広める手伝いをしただけさ。――あの金にがめつい女もね。看過するなと言ってやっただろうに」
疫病の症状を緩和する特殊な檸檬が、切れれば悶死する、と信じているのは#人だけだ。実はその疫病自体はすでに根絶しているのだけれども、#人達は疫病の絶滅を知らず檸檬を求め続け、それを知りながら黙って檸檬を売り続ける*人に、良いカモにされているのだ。
そう言って蓮は、あやこに蔑みの眼差しを向けた。それは疫病絶滅の件を黙っていて、変わらぬ暴利を貪っている女にも向けられる。
だが、あやこは無言でそれに答えた。答え、ブリッジに向けて発進の指示を出した。
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そこから*星までの航行は、順調に進んだ。*星の空港はウォースパイトからの着陸要請をスムーズに受諾し、さしたる問題もなく着陸する。
機関が壊れて動かなくなった#星の宇宙船も、機体そのものが壊れた訳ではないから、一緒に*星へと牽引してきていた。話が付いた時点で*星へは連絡を入れていたから、空港についてさほども待たずに、壊れた宇宙船の空っぽの船倉いっぱいに檸檬が積み込まれる。
後はこの檸檬を、#星へと持って帰るだけだ。そこから先は自分達の関与することではない、とウォースパイトの発信準備を指示して自らも船に戻ろうとしたあやこに、機長の声がかけられる。
「待ってくれ! ここまで連れて来てくれたことに感謝する。あんたが最初にくれた交換の機関は、生憎、船を守るために放出してしまったが、もう1つ譲ってくれないか? 修理の部品も――」
「――我々が守るべき艦隊の掟があるの。『何人も月を越へる翼、与ふ勿れ』――機長、あなたの要求は断るわ」
「な‥‥ッ!? どういうことだ」
「宇宙船が遭難しかけていたから機関を譲ろうとしたけれども、もう助かったじゃない」
それ以上は、時代への過干渉に当たる。厳密に言えばあやこが助けようとした事すら逸脱には当たるが、それでも彼女が行ったのは人命救助のため、それも直接助けるのではなくまずは機関を譲って自助努力に任せようとしたのだから、過干渉には当たらないだろう、と言うのがあやこの主張だ。
そうして、遭難しかけていた機長は助かった。けれどもここで、檸檬を持って帰るために新たな機関を譲れば、それは麻薬である檸檬をさらに#星に広める手伝いをする事にもなる――それはともすれば、この事故を契機に檸檬の禁断症状から逃れられたかもしれない人々の運命を、一時の情に流されて変えてしまう事にも、なる。
だから、と告げたあやこの言葉を、機長は理解できないようだった。それは当たり前の事なのだが。
顔を歪めて、だから機長はあやこの意志を翻そうと、怒り始める。
「多くの#人が檸檬を得られず病気で死ぬ事になるんだぞ! それが解ってるのか!? 貴様は鬼か!」
「どうとでも。他力本願は必ず裏目に出るのよ。誓はこれまでの教訓の賜物なの」
「悪魔! 人非人!」
「それじゃ、ご機嫌よう、機長。またどこかで会えると良いわね」
機長の罵声を背に、あやこは馬耳東風といった風情で涼やかに聞き流し、ブリッジへのタラップを登った。その背中にいつまでも、機長の怒りと怨嗟の声が投げられ続けていたのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
7061 / 藤田・あやこ / 女 / 24 / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お母様の優しさと厳しさを示す物語、如何でしたでしょうか。
あちらを立てればこちらが立たず、と申しますが、誰もが幸せになれるたった1つの冴えた方法、と言うのは多くの場合、存在しないものですよね‥‥
麻薬に限らず、依存性のあるものというのは、バランスを崩すと危険なものだなぁ、と思います。
ご発注者様のイメージ通りの、お母様の厳しさが垣間見えるノベルになっていれば良いのですけれども。
それでは、これにて失礼致します(深々と
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