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<東京怪談・PCゲームノベル>


幸せな夢を見た




「うわぁ」
 季節は既に梅雨を過ぎて夏、じりじり照りつける日差しの中で陽光に輝く若葉が眩しい。そろそろ蝉の声も聞こえてくるだろうか、という陽気の真下である。
 ――そこに満開の桜が咲き誇っている光景、というのは、なかなか常軌を逸したものがあった。
 ついでに言うとその巨大な桜の立派な枝に、荒縄で簀巻きにされた少女が一人ぶら下がっている、というオマケがついているので余計に酷い光景である。
「間の抜けた声出してないで、助けてよ、そこの通りすがりさん」
 蓑虫よろしく桜にぶら下がった少女は、呆然とする少年――勇太に気付くなり不機嫌そうにそう声をかけた。慌てて近付いた勇太は、巨木の根元に二人の人物が折り重なるように倒れているのを見つけてしまい、ぎょっとして足を止める。それぞれ地元高校の制服姿の人物に、勇太は見覚えがあった。
「…佐倉さんと秋野君?」
 一瞬、怪我でもしたのかと慌てて二人を確認しようとするが、頭上から降る呑気な声がそれを押しとどめた。
「ああ、大丈夫。それ寝てるだけだから」
 ああ、何だ眠ってるだけか。胸を撫で下ろし――かけたところで我に返って勇太は樹上を見上げた。両腕で、夏の日差しに咲き誇る桜と、倒れて動かない二人を交互に指示して、
「なんていうかシチュエーションからして色々大丈夫じゃないよねこれ!」
「わお、普通のリアクションだわ詰まらない。もっと面白い感想とか無いの?」
「何で俺、今、初対面の蓑虫から無茶振りされてるんだろう…」
「まぁまぁ気にしちゃ負けよ。で、ねぇ、ちょっと、助けてくれない?」

 東雲響名と名乗った自称、見習い錬金術師の少女曰く、ここで倒れている二人も、夏に狂い咲いたこの桜の巨木も、全てこの神社の「かみさま」――さくらの見ている「夢」に原因がある、らしい。
「…このまま放置しとくと、さくらちゃんが見てる『夢』に町中飲まれちゃうかもねぇ」
 勇太が幹に絡まっていた麻縄を解いてやると、妙に手慣れた様子で、響名はするりと縄を抜けた。縛られていた腕を摩りながら、異常事態だというのに酷く軽い調子でそんなことを、言う。意味は分からずとも剣呑な響きだけは覚えて、勇太は眉根を寄せた。
「そうなると…えーと、どうなるんだ?」
「さぁ? 夢が現実に侵蝕した、って事例は幾つか記録にあるけど、これだけの規模で、ってなると、どうなるのかしら。……ちょっと興味が湧いてきたわね、放置してみるか」
「いやいやいや待って待って!」
「冗談よ?」
 ――冗談に聞こえなかったのだが。と思って彼女を軽く睨むと、響名は苦笑いして、肩を竦めた。彼女の視線の先には、樹の幹にもたれるようにして眠る二人の男女が居る。
「…まぁ知的好奇心が疼かないって言えば嘘になるけど、このまま放置してたら、先輩と藤が『こっち側』に戻れなくなっちゃうもの。あたし、そこまで倫理観は捨ててないもん」
「うん…一応は信用しておくよ、一応は」
 響名の本音がどうあれ、桜花と藤を彼女が大事な友人と捉えていることには間違いあるまい。それと加えて言えば、この巨木の桜に対しても。夏の日差しを見事な薄紅で遮るそれを振り仰ぎ、勇太は軽く嘆息した。
「この桜も夢ってことだよな」
 かつてはこの神社には、こんな具合に立派な桜のご神木があった。らしい。
 勇太はそれを、我が事のように胸を張って解説する藤や、その藤を後ろからどつきながらも、失くしたものを懐かしむように目を細めて語る桜花から聞いたことがある。
 そして二人の話は、いつも同じように終わる。「今は、もう亡いのだ」、と。
 眼前の巨大な桜が彼らの思い描く「失ったもの」の象徴なのだとしたら、この夢はあんまりにも甘美で、悲しい。
 勇太は少しだけ躊躇して、それから息をひとつついて、思案げに腕を組む響名に声をかけた。
「俺に手伝えること、あるかな」



**
 ここまでが事の始まりである。
 ということを、今、勇太は目の前に並ぶ二人の男女に説明していた。一人は神主の恰好、もう一人は紅白の巫女姿。――勇太が先程まで目にしていた、巨木の根元で倒れ込むようにして眠っていた秋野藤と佐倉桜花である。眠っていた二人が何故ここに並んで立っているのかと言えば答えは至極単純であった。
「で、ここが『夢の中』なんだね」
 確認する勇太には、冷ややかな声で肯定があった。
「ええ、そうよ。何だって工藤君、あなたここに入ってきちゃったの、響名の説明聞かなかった? 馬鹿なの? もしかしなくても馬鹿だったの?」
 不機嫌を隠しもせずに勇太を睨んで腕組みをしていたのは、桜花だ。一応は何か助けになれるかと思ってこの「夢の世界」に飛び込んできた勇太は言葉に詰まるしかなかった――元より、感謝を期待しての行動ではなかったのだが。
 そんな桜花を、まぁまぁ、と苦笑しながら藤が宥める。それから彼は両手で辺りをぐるりと示した。
「でもほら、境内ならこの通り静かだし、大丈夫じゃないかな?」
 彼の示す周囲の光景は、まぁ「夢の外」とあまり変わり映えのしないものではあった。強いて言えば、先程まで勇太の肌をじりじりと焼いていた夏の日差しが感じられないくらいで、それ以外はまるっきり違わない、境内の風景が見えるばかりだ。境内の隅に狂ったように咲いている桜のご神木までまるっきり、そのまま。さすがに、「表側」に残った響名の姿は見えなかったが。
 藤の同意を求める問いに、苛立たしげに眉を動かしてから、桜花は嘆息したようだった。
「逆に静かすぎて怖いわよ。…さくら様は『すごく気持ちのいい夢を見てて自力で目を覚ませない』って話だったはずだけど。これのどこが『すごく気持ちのいい夢』な訳?」
 ――問われましても。
 勇太としては困る、としか言いようがない。ただ、
「すごくいい夢、かどうかは分かんないけど、切られる前の桜の樹がそこにあるよね? さくら様…でいいのかな。神様の今見てる夢って、要はいつもの日常に、切られる前の自分が居るって風景なんじゃないのかな」
 勇太としては、彼なりの視点で思ったことを述べただけである。が、眼前の二人はどうにも奇妙な顔をして、揃って首を傾げた。
「工藤君、何を言ってるの」
「そうだよ勇太君。さくらは、『切られてなんかいない』ぞ」
 まるきり当たり前のことを述べる表情で、口調だった。本人たちがそれを微塵も疑っていないのは明白だ。それが否応なしに理解できてしまうからこそ、勇太は背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
(…え、何、これ? どういうことだよ?)
 一瞬、もしかして自分の記憶が間違っていたかと思い返してしまう。ここは夢の中だ。現実の自分の記憶が曖昧になっていないと、誰が断言できるだろう。そう考え始めると自分の足元すらあやふやになったような気がして、勇太は眩暈を感じて目を閉じた。が、すぐにその緑の眼を瞠る。
「…ッ、ご神木は、切られてるんだよ! 二人とも、しっかりして! だって二人が俺に教えてくれた話だろ!」
 既に桜の巨木は亡く、切り株だけが残っていることを、勇太は藤に教えて貰って知っている。頬杖をついて少し寂しそうに口を尖らせていた。切られた時代はもう数十年も前の話らしいが、藤はしきりに、「俺が生まれてれば、さくらをこんな目には遭わせなかったのになぁ」と悔しげにぼやいていたものだ。
 生憎と、勇太には「かみさま」を見ることが出来ず、藤や桜花のようには「彼」を身近なものとは捉えていない。だが、二人がさくらのことを語る時の表情はよく覚えているのだ。大事な友人を誇るような、でも少し寂しそうな。
 今の二人は――違う。今更ながら勇太はその事実に気付いた。人の感情の機微に、能力故に人一倍敏い彼だからこそ気付いたのかもしれない。桜花も藤も、「さくら」のことを語る時に抱えていた、あの悲しそうな、寂しそうな感情が抜け落ちてしまっている。
 だが勇太の声にも、桜花も藤も、きょとりとするばかりだ。それだけではなく、勇太の背後からするり、と白い腕が伸びて、彼の口を塞ごうとする。
「余計なことをお言いでないよ、少年」
 耳元で脅しつけるように、そんな声までしたもので、驚いて、勇太は咄嗟にその腕を「弾いて」しまった。明らかに不自然な勢いでその腕は引き剥がされて、我に返った勇太は「しまった」と先程と違う意味合いで冷や汗をかく。そうしながらも振り返ると、そこには和装の青年が一人、ぽつねんと立ち尽くしていた。不思議そうに自分の腕をまじまじと見ている。
「…不思議な力を使うね?」
 しかもその青年に小首を傾げて問われてしまったもので、あーうーと唸った末に勇太は叫んだ。
「夢の中! そうほら夢の中ですから!! 俺普通の男子高校生ですし!!」
 苦しい。自分でもそう想いながらの誤魔化しだったのだが、
「え、ああそっかー。人間ってすごいね。夢の中でなら不思議なことが出来るんだねー」
 相手は存外すんなり納得してくれた。
 しかし見ればどうにも奇妙な形の人物である。派手な薄紅色の着物を羽織っていて、ほっそりとした体躯だがどうやら青年らしいことは分かる。分かるのだが。
 顔は、長い薄紅色の髪と、それから狐の面のせいでまるきり見えない。
「…さくら様?」
 もしやと思って問いかけてみると、狐面の下から笑い声がした。
「うん、こんにちは。ゆーた君だっけ。この間は美味しいお料理をどうもありがとう」
「え、いえ、お粗末様です…?」
 これはどういう状況なんだろうか。
 思いながら再度肩越しに振り返ってみると、藤も桜花も平然とした様子だった。
「さくら様、いい加減目を覚まされたらどうです?」
「さくらー、勇太君に絡んでないで、さっさと起きろよこの寝坊助」
 ああ、一応ここが「夢の中」で、夢を見ているのが「さくら」だという自覚だけはあるのか、と、勇太は密かに胸をなでおろした。「夢の中」の影響なのだろうか、二人の中にある「桜のご神木の記憶」だけがどうも現実と食い違ってしまっているらしいことだけが不穏ではあったが。
「うふふ、もう少しだけ」
「さっきからそればっかりじゃないか!」
 苛立たしげな藤を置いて、さくらはその白い腕を勇太に絡めた。
「勇太君、ちょっと付き合ってくれる?」
「え?」
「少しお散歩。…桜花、藤、お前達はそこに居るんだよ」




 いつまで寝てる積りなんですか、と、とりあえず勇太が問いかけてみると、桜の神様は困った様子で頬をかいた。
「…起きないといけないのは分かってるんだけど。分かってるんだけどね…」
 狐のお面がすい、と視線を動かす。境内の立派な桜の樹。つられて視線を動かし、勇太も困った顔になる。――「さくら」は本体であるご神木を失った、瀕死の神様なのだという。夢から醒めた現実に残るのは、自分がもうすぐ死んでしまうという事実だけだ。それを思えば、あまり強く「目を覚ませ」とも言い難いものがある。
 だが、口ごもる勇太の様子に何を察したか、肩を竦めて、狐面の神様はけろりとした調子で告げた。
「いや、私は別に、私が死ぬこと自体はもう諦めてるからいいんだよ。長く生きたし、妹が居るから町の事は任せられるし、人間が死ぬんだから神様だってそりゃ死ぬよ」
「人がどうフォローしようか悩んでたのを吹っ飛ばす一言をありがとうございます。…じゃあ何だって夢ん中に引き籠ったんですか」
「いや、うーん、あの、ね、怒らない?」
「それ尋ねる人って大体怒ることやってますよね…」
「じゃあ言わない」
「すみません怒らないんで教えてください」
 変な話だが、夢を見ている当人に原因を確認できるのだから、確認しない手は無い。勇太は迷わず頭を下げた。それを受けて、神様は困ったようにしょんぼりと肩を落とす。相変わらず顔は見えないので表情は分からないが、眉尻を下げて困った顔をしている青年の顔が何故だか勇太の脳裏にはありありと浮かんだ。
「あの、桜花と藤の様子、見たでしょ? 私が切られて、もう死ぬのを待つだけだってこと、すっかり忘れちゃってる」
 ああ、と頷く勇太の表情が自然と胡乱なものになる。
「……あれ、吃驚したっていうか、心臓に悪かったんですけど。俺自分の記憶が間違ってんのかと思いましたよ…」
「え、あ、ごめんね? 驚かせちゃったんだね。って言うか、そっか、君は『影響』を受けなかったんだ」
「『影響』って」
「えっとね。『私が切られてしまったことを忘れる』って言う、この夢の世界の、影響?」
 本人も自信がないらしく、みたいな? と首を傾げられたが、問われても困る。
「…だって、藤も桜花も、私の話をする時少し寂しそうでしょう。こんな身だからどれくらい生きられるかも分からないし、きっと私が死ねば、二人とも悲しい想いをすると思うんだ」
「そりゃ、」
 そうだろう。身近な人の死が悲しいものだということは、勇太にだって理解に容易い。相手は「神様」かもしれないが、桜花や藤にとっては家族か、幼馴染みたいなものでもある。
「だからって…。じゃあ、二人が現実の桜の樹のことを忘れちゃってるの、あなたのせいだったんですか?」
「ううん。この『夢』が勝手に私の望む『夢』になっているだけだよ。私は何もしてない。そんな力を使ってたらまず間違いなく寝込んでるからね! 伊達に瀕死じゃないよ!」
「…胸張って言うことじゃないです…」
 嘆息して、それから、勇太ははたと気付いて顔を上げた。
 嗚呼。
「…さくら様は…つまり、佐倉さんと秋野君を悲しませたくなかったと」
「そゆこと。二人が悲しまないでいてくれる世界だったらいいなー、と思ってたからこんな夢になったんだろうね」
 狐面は俯いて、口調を聞く限りでは彼は苦笑しているのかもしれない。
「……だからなかなか、目を覚ます気になれなくって」
 現実に戻れば、私は二人を悲しませるのだから、と。
 告げる口調に、勇太は眉根を寄せて、ぎゅ、と拳を握った。何を言うべきなのか、どう伝えるべきか、躊躇していた筈がするりと口から言葉が漏れた。

「俺、自分が普通の家庭の、普通の男の子だったら良かったなって思うことがあります」

(あ、しまった。自分が普通じゃないって宣言してるようなもんだろこれ…)
 冷静にそんなことを思うものの、考えてみれば相手は神様だし、もしかすると勇太の隠し立てなんてあまり意味のないことなのかもしれない。そう思うと気が楽になり、勇太はす、と肩の力を抜いた。

「…でも、その仮定って、あんま意味ないっすよね。俺が『普通』だったら、その、会えなかった人が色々居ると思うし」
 特に彼が頻繁に顔を出している探偵事務所なんてその筆頭だろう。考えてみれば、桜花や藤、そして眼前の「かみさま」との縁を取り持ったのもあの探偵事務所だから、彼が「普通ではない」人生を送っていなければ、恐らく出会うことの無かった相手なのだ。
「秋野君は確かに、さくら様が死にかけてるってこと知ってて、それで時々悲しそうな顔もするけど。佐倉さんもそうだけど…でも、なんていうか、『そうじゃなかったら』って、意味が無いと思います。さくら様に会ったこと自体は、二人ともきっと後悔なんてしてないんだろうと、傍から見てるだけの俺だってそう思うくらいだから」
 だからこそ、いつか来るかもしれない別れの時を予感しながら、二人はさくらと関わることを、心配することをやめないのだろう。それから、と、勇太は笑った。思い出したことがあったのだ。
 少し前、この町と縁を持つことになった切っ掛けになった出来事。少し遅い花見を、勇太はこの町でしたことがあった。
 桜の古木をご神木として抱いていた――いくら切り倒したとは言ってもだ――経緯もあってか、町には桜の樹も多い。そのどれもが、町の人に手入れされ、大切に扱われている。
 それも、それらは全てご神木である「さくら」本体から接ぎ木されたものだそうで、霊的な繋がりもあるとか無いとか、そんな話をしていたような記憶がある。
「ここでずーっと寝込んで、町の桜まで眠りこんだらどうするんですか。それこそ秋野君達だけじゃなくて、町中の人が心配して、悲しむんじゃないですか?」
 そう告げてみると、狐面の下から、微かな嘆息があった。出過ぎたことを言ってしまっただろうか、などと瞬間弱気なことを考えるが、さくらの方から不穏な感情は感じられない。
「……ふふ。長生きはするものだ。藤と同じ年頃の子からこんなお説教をされてしまうとは」
 むしろ、どこか可笑しそうな。笑いの気配だけが伝わってくる。それからふわりとした足取りでさくらは勇太に近付くと、その頭をぽんぽん、と撫でた。
「やれやれ、町の人達まで引き合いに出されたら、起きない訳にもいかないねぇ」
 仕方が無いなぁ。
 そんな呟きと同時、勇太の視界が薄紅色で染まる。何の前触れもなく、夢の世界が輪郭を失ったのだ。
「わ――」
 足元が、崩れる。
 身体を襲う浮遊感に、反射的に目をぎゅっと閉じた。







 ――次の瞬間、目を開くとそこは神社の境内だった。
「あ、れ?」
 どうやら玉砂利の上に座り込んでいたらしい。状況が把握できないままゆっくりと立ち上がる。じりじりと強くなる日差しが皮膚を焼く中、先程までそこにあったはずの「桜のご神木」の姿が消えていることに気が付いて、勇太ははっとした。
「…あら、工藤君。お目覚め?」
「勇太君、大丈夫?」
「…、秋野君、佐倉さん? あれ、俺…」
「ちょっと、大丈夫? しっかりしてよ」
 甲高い元気な声は、響名のものだ。三人から心配げに覗き込まれていることに今更気づき、勇太は我に返る。
「…! そうだ、夢! 神様は!?」
「さくらなら起きたみたいだぜ。ありがとな、勇太君」
 藤にそう返されて、勇太は安堵の息をついた。それから、藤と桜花の背後――さっきまで桜の巨木がそびえていたその場所を、じっと見遣る。
 かつてそこにあった姿は、今は、亡い。無残に切り倒された巨大な根と切り株という痕跡だけが、注連縄と共にそこに残されているばかりだ。
 ――勇太には知る由もないことだが、その時、そこには狐面を被った、薄紅の髪の青年が腰を下ろして頬杖をついていた。藤がちらりとそちらを見て、それから勇太へ視線を戻す。
「さくらが『ありがとう』だって。勇太君、あいつに何言ったの? あんなにあっさり目を覚ますなんて」
「何、って、別に大したことは…。そのまま寝込んだままだと、色んな人が悲しむよってだけ」
 そうして勇太は思い出す。夢の中での、藤と桜花の姿と。
(藤と桜花を悲しませたくないんだよねぇ)
 のんびりとした口調で、でも寂しそうに呟いていた神様の姿。
「……その、二人とも…起こさない方が良かったのかな」
 だが、気遣うような勇太の言葉に思うところがあったのだろう。彼の言葉を遮って口を開いたのは桜花であった。
「良い夢を見たわね、藤」
 常に淡々とした口調の彼女は、いつも通りの調子で、それでも微かに口角が上がっていたから機嫌が良さそうだ。ほう、と息を漏らして、彼女は頬に手を当てる。遠く、どこかを見るように。藤も頷いて、微かに遠くを見るような目をして、それからにこりといつもの人懐こい笑みを浮かべた。
「うん、本当に、良い夢だった」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122/  工藤・勇太  】


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ライターより

ご依頼ありがとうございました。
色々試行錯誤したところ、頂いたプレイングからやや外れた形に落ち着いてしまいました。
楽しんでいただければ幸いです。