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<東京怪談ノベル(シングル)>


未来航路と羅針盤。

 それはとある、よく晴れた爽やかな朝のホームルームでの出来事だ。

「よーし、じゃあ今から進路希望調査の用紙を配るぞ。よく考えて、来週までに先生の所に提出する事」

 そんな事を言いながら、手にしたプリントを配り始めた担任の言葉に、クラスの空気がざわり、と何とも言えない感じにざわめいたのを、工藤・勇太(くどう・ゆうた)は感じた。それは、彼自身の胸の内にも去来した言葉には表せない感情と、同じ種類のものだ。
 前の席から回ってきたプリントを、1枚とって後ろに回す。そうしながらプリントに印刷された『進路希望調査票』という文字を、見て。

(もうそんな時期なんだ‥‥)

 決して早過ぎるというわけじゃない、事は勇太にも解っていた。1年生の時にも、入学したばかりの頃に同じような用紙を配られて、立ち止まる事を許されないのかというような、漠然とした落胆を覚えたことを思い出す。
 けれどもどうしても、まだ早いんじゃないのか、という気持ちが拭えない。だが同時に、ぼんやりと感じていた未来への不安に、明確な形をつけるべき時期なのだと否応なしに突きつけられた様な気も、して。
 勇太だけではなく、クラスメイト達も似たような気持ちだったのだろう。朝のホームルームが終わり、担任が教室から姿を消した瞬間に、教室中のそこかしこから悲鳴にも似た声が上がった。

「どうする?」
「俺、こないだの模試の成績、悪かったからなー‥‥」
「こないだだけじゃないだろ、お前は」
「実家から通える所かなぁ、やっぱ」
「国立行けたら良いけど、キツイんだよな」

 そうして賑やかにクラスメイト達が話し合うのは、そんな内容だ。勿論当たり前のように、友人達は進学を考えているのが、その会話から伺える。
 それは実のところ、勇太も同じだった。やはりどこかの大学に進学したいと思っていたし、面倒を見てくれている叔父も幸い、進学を推してくれている。
 けれども、どこの大学を目指しているのか、行くなら何学部なのか、という話題で盛り上がる友人達の話を、どこか遠い世界の出来事のような気持ちで聞いている自分が居る事も、勇太は感じていた。確かにそれは自分自身が思い描く未来でもあるはずなのに、掴もうとした瞬間に手の中でほろりと崩れ落ちてしまう、陽炎を見つめているような気持ち。
 ――勇太は普通に、ごくごく平凡に暮らすのが夢だった。ありふれた、ありふれた日常。どこにでも掃いて捨てるほどある、ありきたりで代わり映えのない。一体あの人は何が楽しくて生きているのだろうと、誰もが首を傾げるような、飽き飽きするほどの平凡な――
 ならば草間興信所になど行かなければ良いのだと、事情を知る誰かが聞けば思うだろう。自分でもちょっと、そう思っている部分は、あるのだし。
 だが草間興信所へ行けば、超能力で所長である草間・武彦(くさま・たけひこ)の助けになれる。それが勇太には嬉しかったし、何より、彼の前では能力を隠さず、思うままに使える事が嬉しかった。
 あの場所では、あの人の前では勇太は、本当の自分を偽らなくて良い。超能力者である自分を曝け出しても受け入れてもらえる、と言う開放感や安堵感――それは確かに今の勇太を支える、礎の1つとなっているものだ。
 だが、それは勇太の望む『平凡な暮らし』ではありえない事も解っていた。そも、平凡な一般人というものは、超能力を使って事件を解決したり、人助けをしたりはしないものだろう。

(‥‥‥ッ)

 つきり、痛む胸を抑えて知らず、吐息を漏らした。
 普段は我ながら本当にバカな事もやって、クラスの友人達と騒いで、努めて明るく過ごしている勇太だけれども、自分の中にずっと巣食っている過去や、この身に宿っている能力への葛藤が消えているわけではない。むしろ吹っ切れていないからこそ、それは時に驚く程の影響力を持って、勇太の胸の中で荒れ狂う。
 能力者である自分を肯定し、あるいは開き直り、在るがままに居たいという思い。だがそんな事は許されないのだと、自分の能力は忌避するべきものなのだと、確かに人に不幸を齎したのだという事を忘れるなと、激しく警鐘を鳴らすもう1人の自分。
 一体どちらが本当の気持ちなのか、実の所、勇太にもまだ解らない。どちらも本当な気もするし、どちらも偽りな気もするし――そんな風に惑う自分自身すら本当は許されないのではないかと、嫌悪にも似た複雑な気持ちがずっと、胸に巣食っている
 複雑な心境だった。だから勇太はがしがしと頭を掻いて、賑やかな教室の中で1人、盛大に溜息を吐きながらプリントの『進路希望調査票』という文字を見つめる。
 勇太の困惑などもちろん置き去りに、このプリントには何らかの文字を書いて、担任に提出しなければならない。だが一体、何と書けば良いのだろう‥‥?

「進学希望。何をやりたいかはこれから考える。――って書いたら怒られるかなぁ?」

 誰にともなく尋ねた言葉は、教室の雑踏に紛れてどこかへ消えてしまう。何だか、道に迷ってしまった子供のような心地がした。





 放課後になると今日も今日とて、勇太は草間興信所へと足を運んだ。それは勇太にとって意識せずとも向かってしまうもう1つの居場所のようなものであって、今日は行くまいと思っていても自然と足が向いて気付けば興信所の前、なんて事も珍しくはない。
 そんな勇太をいつも通り、武彦は当たり前に出迎えてくれた。そうして彼が抱えている事件の、もちろん詳細な所までは教えてくれなかったけれども――テレパスである勇太にはその気になれば解ってしまうのだけれども、それは彼に対しては何となく躊躇われる――大まかな話を聞き、協力を申し出る。
 テレパス、サイコネキシス、テレポーテーション。それらを駆使すればたいていの事は解決するように思えるけれども、実のところ、使い所を考えるのはあくまで勇太な訳で、なかなかに頭脳労働だったりして。
 それでも幼い頃から身の内にあった能力だから、ある程度の事は感覚で掴めている。テレパスで相手に働きかけて、あたかも自分の意志でそれを行ったかのように思わせ、動かすことも可能だ。
 だから今日もそんな能力を駆使して、武彦が依頼を片付ける手伝いを、した。最終的には逃げる犯人の足元をサイコネキシスで絡ませ転ばせて、武彦と共に犯人の間近までテレポートして取り押さえる。

「今日も助かったよ。ありがとう」
「たいした事じゃないです」

 そうして取り押さえた犯人を警察に引き渡した後、武彦がてらいなく当たり前のように笑ってくれるのに、勇太はそう言いながら、はにかむ笑顔を浮かべた。この人は絶対に、勇太の能力を否定したり、奇異な目を向けたりしない。
 ただ当たり前に、当たり前に勇太を、勇太の能力を認め、一個の人間として接してくれるのが、勇太には本当に嬉しかった。平凡ではありえないと、解っていても此処に居るのが気持ち良くて、もっとこの人に認められたくて――惑って、しまう。
 また、進路希望の紙を思い出して勇太は眼差しを、揺らす。それを武彦には悟られたくなくて、ぐっと力を込めて『いつも通り』の笑顔を、作る。

「じゃ、俺はそろそろ帰りますね。また何かあったら呼んでください」
「あぁ、気をつけて‥‥と。思ったより遅くなったな。勇太、時間はあるのか? どうせだから夕飯を食って帰ろう」
「夕飯、ですか? そりゃ、予定なんかないですけど」

 武彦の言葉に頷くと、よし、と頷いた彼はきょろ、と辺りを見回した。そうして見つけた看板へと、勇太を促しすたすた歩き始める。
 そうして連れて来てもらったのは、大人の雰囲気漂う気取ったお店なんかじゃなくて、ありふれたファミレス。にっこり笑顔のお姉さんが「何名様ですか?」と尋ねるのに、武彦が2本の指で応えると、頷いたお姉さんがメニューを手に店内を歩き出す。
 その後ろについて歩きながら、何気なく店内を見回すと、勇太ぐらいの年代の者もちらほら見られた。学校か塾のテストが近いのだろうか、イヤホンを耳に挿し込んで勉強に勤しんでいる女子高生が居る一方で、友人同士なのだろう、数人でテーブルを囲んだ男子学生が賑やかに、ああでもない、こうでもない、と話し合っている。
 聞くでもなく耳に届いた会話は、やっぱり進路の事だった。それに何となく気まずさを覚えて勇太は、そちらへ視線を向けないようにしながら案内された席に座り、メニューをざっと見てチキンライスを注文する。
 そうして注文した食事が運ばれて来るまで、聞こえてくる会話を掻き消そうとするように、さっきの依頼の話や、テレビなんかのどうでも良い話を休みなく喋りまくった。我ながら実にくだらないと思うような話題まで、ひたすらに。
 ――そんな勇太の、進路に惑い悩む心境を見抜いていたのか。さほど待たずに運ばれてきた料理を2人食べていたら、武彦がふいに店内にちらほら見える高校生達に視線を向けながら、言った。

「そういえば、俺がお前くらいのころは、色々と悩んでいたな」
「色々?」
「進路とかな。大学に行こうか、それ以外の道に進もうか。行くならどの大学にするか」
「――草間さんが?」

 その言葉に、勇太は思わずチキンライスを食べる手を止めて、愕然と武彦を見つめる。よく考えて見れば当たり前なのかも知れないけれども、どこか信じられない心地だった。
 もちろん日頃から迷いも悩みもない姿ばかり見ている、というわけではないにせよ、勇太にとって武彦は遥かな大人なのだ。だから、そんな彼が勇太達のように高校生だった、という事だって俄かには信じられないし、その場面を思い浮かべようとしても、どうやっても想像出来ない。
 勇太の引き攣ったような表情からそれを察したのだろう、武彦はほんの少しばかり傷ついたような表情を作って、心外だ、と呟いた。けれどもその響きは、勇太の戸惑いをむしろ楽しんでいるのが、解る。
 ちょっと拗ねたように唇を尖らせた勇太は、だって、と呟きチキンライスを掻き混ぜた。そんな勇太を見て武彦はまた笑い、手元のミートスパゲティをフォークに絡める。
 そうして口に運び、飲み込んで。

「結局、色々と悩んだわりに、行き着いたのは探偵なんて怪しい職業だ」
「怪しいって‥‥それ、草間さんが言っちゃいますか?」
「俺だから言うんだろ。――探偵なんて生業、一般人から見たら怪しいに決まってる」

 くつくつと笑う武彦に、それもそうかと勇太は笑った。笑って、冷めかけたチキンライスを頬張る。
 勇太自身は武彦の手伝いをするために、超能力を使うからこそ彼の手伝いをするのは『平凡ではない』と判断していた。だがそれこそ、超能力なんて関係なく、そこらを歩くサラリーマンや主婦から見れば探偵なんて、存在する事は知っていても縁の遠い、どこか得体の知れない職業だろう。
 それを、当の武彦自身が言うからこそ、説得力がある。そして自分で言ってしまうからこそ、その言葉は嫌味にはならない。
 何だか愉快な気持ちになって、口の中のチキンライスを飲み込んでから、それで、と勇太は武彦に尋ねた。

「それで結局、どうしたんですか?」
「あぁ? 結局、なぁ‥‥さて、どうしたんだったか。散々悩んだ挙句、やりたい事をやろうと思った、んだろうな」
「やりたい事?」
「ああ。やりたい事だ。――今の暮らしもな、人から見りゃ怪しげだろうが、俺にとってはこれが当たり前だからな。日々、平々凡々に暮らしてるさ」

 ミートスパゲティを口に運びながらそう言った武彦に、ふぅん、と鼻を鳴らす。鳴らして、チキンライスをまた頬張る。
 そうして2人、顔を突き合わせてもさもさと料理を平らげた。それだけじゃちょっと物足りないと、追加で注文したフライドポテトとウィンナーに、ケチャップをつけて口に放り込みながら、さらに話す。
 それはひどくのんびりとした、穏やかな未来への時間。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /   職業   】
 1122   / 工藤・勇太 / 男  / 17  / 超能力高校生

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

息子さんの進路相談会(違)な物語、如何でしたでしょうか。
お言葉に甘えて、かなり自由に書かせて頂いてしまいましたが‥‥何かイメージと違うところがございましたら、お気軽にリテイク下さいますと幸いです。
高校生の頃って、身近な大人の人が遥かな高みに見えたりするよね、とか思いながら書かせて頂きました。

息子さんのイメージ通りの、惑い惑う中に道の1つを見出すノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と