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今の私に出来ること.2
「なぜですか!? どの道同じ道を行かねばならないのなら、名誉ある死を与えても同じ事ではないのですか!?」
隊長の身柄を引き渡すか渡さないかの口論は、平行線を辿っている。
何度食い下がっても、エルフの艦長は首を縦に振ろうとはしなかった。
「せめて決死隊へ配属させ、名誉の死を! 彼もまた戦うことこそエルフの誉であると……」
「ならぬものはならぬ! 謀反者に名誉など必要ない!」
あやこは悔しそうに下唇を噛み締めた。
どうしても、こちらの望む通りにはさせてもらえないと思うと悔しくて仕方がない。
「連行しろ」
冷たく指示をされたあやこは、きつく拳を握り締めた。
「……彼は今どこに……?」
頭を僅かに垂れ暗い声で訊ねると、近くにいた乗員がそれに答えた。
「現在客室です」
「分かった……」
これ以上食い下がったところで、話は解決しない。こうなってはもう、艦長の指示に従うしかなかった。
あやこの顔は苦渋に歪んでいる。
下唇を噛み締め、思い足取りで隊長がいると言う客室へと赴く。
*****
一方その頃、客室では小隊員が隠し持っていた武器を組み立て反乱準備を始めていた。
「我らは信じるに値する指導者に従う」
小隊員がそう口にし、その指導者に相応しいと思われる隊長を見詰めほくそえんでいた。そして隊長もまた、そんな彼らに小さく頷く。
彼らは、軍部の中でも歌姫の熱狂的信者である者達だ。見せ掛けは軍の配下だが、その内情は全て歌姫のために捧げられている。
隊長は新たに自分と共にある隊員がいたことに満足していた。
「入るわよ……」
全ての武器を組み立て上げた頃、あやこが客室へとやってきた。そして部屋の中に入ろうとした瞬間、あやこは目を見開く。
目の前には隊長と、そして武器を手にしている者達がいることに驚きを隠しきれない。
「待っていたわ」
その小隊員のうちの一人の女性があやこを見て微笑んだ。
「あなたも歌姫の信者なのよね」
最初に話しかけてきた女性と似た顔つきをしている別の女性がそう声をかけてくる。どうやら二人は姉妹のようだ。
「ねぇ、これを見て」
最初に声をかけてきた姉と思しき人物が、テレビのスイッチを入れるとそこには妖精王国の歌姫復活関連の報道が繰り返し流されていた。
あやこはそれを無言で見詰めていると、妹の方が声をかけてきた。
「私達、反乱を起こそうと思ってるの。歌姫が復活したことを知らないはずはないわよね? あなたも歌姫の信者であるなら当然、私達の味方でしょう?」
自分たちに加担するだろうと言う思いから、あやこにそう持ちかけてくる。だが、あやこはテレビから目を逸らし彼女達をやるせない眼差しで見詰め返した。
「……ごめんなさい。隊長、あなたを連行するわ」
あやこのその言葉に、姉妹は大きく目を見開いた。
「どう言う事!? あなたは歌姫の信者ではなかったっていうの!?」
「あの議会での熱弁に、あたい達は感動したのよ!」
「……」
姉妹はあやこを責めた。必ずあやこがこちら側に加担すると信じていただけに、意外な判断を下した事が信じられない。
視線を逸らしたあやこに、姉妹は肩を落とす。
「……信じてたのに……」
「……!」
落胆し、悲嘆に暮れる二人を見ていると胸が痛んだ。
歌姫を心底敬愛していること、あやこの熱弁への尊敬……。そんな想いを抱いていた者達にしてみれば、裏切り行為だ。
見かねた隊長が口を挟んできた。
「藤田……。頼む。我らの為にも、そしておそらくお前のためにもこれは必要な反乱だ。今ここで立浪を奪い、動かなければ、歌姫に背く事になる」
「……」
隊長の申し出に、あやこは悩んだ。だが、歌姫に対してどうしても背を向けられない彼女は、仕舞いには心が折れた。
「……分かったわ」
静かに彼らの意見を飲んだことで一致し、すぐに立浪強奪計画へと移行した。
*****
琥珀色に輝く紅茶燃料ビートラクティブのタンクと、真紅に燃える時計台。
機関室には様々な類の時計が置かれ、各国の時刻表示の映像が飛び回っている。そして絶え間なく、時を刻む時計の音が木霊し続けていた。
この機関室には、青いビキニパンツに白いサラシを胸に巻いた長髪の機関譲が三人いる。
その機関室へ向かうあやこたちは、廊下で士官の母子に遭遇した。
「あ……!」
子供が隊長の姿を見つけると、嬉しそうに目を輝かせ多くを語らずに彼に抱きついた。
その姿を見たあやこは目を見張った。
人質をとる……!?
そう考えたあやこは、咄嗟に声を張り上げた。
「すぐに増援を! 機関室で人…」
そう叫ぶと同時に、隊長は子供を引き離しあやこの言葉に被せるように声を上げた。
「人質など人間の石女の戦術だ!」
「!」
驚愕に目を見開いたあやこに、隊長は鋭い視線を投げかけてくる。
「……やはりそうだと思った」
何もかもをお見通しといわんばかりに隊長が静かに語る。そしておもむろに剣を握るとあやこにその切っ先を突きつける。
「お前の信仰心は、そんなものか」
隊長に習い、傍に居た姉妹も武器を手に構えた。
あやこはそんな彼らを見据え、キュッと口を引き結ぶ。同時に姉妹があやこに切りかかってきた。
あやこは彼女達の攻撃を避け、自らも剣を手にすると彼女達に素早くみね打ちを食らわせ気絶させる。
「私の歌姫に対する信仰は本物よ」
「ふざけたことを!」
剣と剣のぶつかり合う激しい音が響き渡る。
ギリギリと音を立てながらいがみ合う二人は、そのまま機関室内へと移動する。
「こんな手段を下すことしかできないあなたたちを諭す事が、今の私にできるせいいっぱいのことよ!」
刃こぼれするような激しい音を立て、二人は間合いを取る。
あやこは続けて口を開いた。
「こんな判断、間違えてるわ。これ以上罪を重くして何になると言うの。もうすでに尊厳ある死を選べないあなたに、これ以上無駄な死を選ばせたくはないのよ!」
「……!」
隊長が振り上げた剣を、あやこは素早く身構えて受け止めた。
「この、冒涜者め……っ!」
あやこは受け止めていた剣を力いっぱい振り払い、その反動でよろけた隊長に止めを刺した。
見開かれた隊長の目がこちらを睨みつけている。あやこはその目を見詰め呟く。
「……そう、かもね……」
やがて隊長は力尽き、動きを止める。あやこは剣を鞘に納めるとそんな隊長を見詰めながら力なく呟いた。
「でも、あなたの言葉に忠義や職責は一切無かったわ……」
*****
「勇敢な最後でしたよ……」
あやこはモニター越しのエルフ艦長を前にそう告げると、エルフ艦長は深く頷いた。
『藤田……。お前ほどの者がこちら側にいないのが惜しいくらいだ。立浪の任期を終えたらここに来い』
「……」
思いがけず招聘の誘いを受けたあやこは力なく微笑んだ。
「考えておきます……」
交信を終えたあやこの背中に突き刺さる視線を感じ、彼女は背後を振り返った。
そこには人間の艦長の鋭い眼差しが……。
「社交辞令ですよ」
苦笑いを浮かべながらそうキッパリと言い切ったあやこに、艦長はどこか安堵したような色を見せた。
「艦隊は勇将を必要としている……。君だよ! 藤田」
「はい」
艦長はポンとあやこの肩に手を置き、あやこは深く頷いた。
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