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<東京怪談ノベル(シングル)>


現実と非現実と





戦艦ウォースパイト艦内仮想現実室。
ここは『草間興信所』がそのまま再現されており、プレイヤーが武彦になりきって遊べる仕組みになっている。
『発注!』と叫ぶと虚空に入力フォームが現れ、即座に納品されて仮想現実世界に反映される。
一応ながらも、喫茶店でPC相手に頭を掻き毟ってるであろうライターと運営部も、ちきんと完備されているようだ。

最初の依頼は単純な金縛り事件。

「貼紙がある!ボロい椅子もちゃんとあるー!」
キャアキャアと感動しながら大はしゃぎなのは、非番の郁。
この仮想現実室で探偵に扮して遊んでいる。
「で、随分とつまんない依頼じゃない?」
「ちょ、それ言っちゃ…、ストップストップ」
客である依頼者に対して無礼な言葉を浴びせる郁を諌めたのは21世紀から遊びに来た雫。
ネットゲームで対戦してあげた代償を払わされているらしく、雫も妹役で参加中のようだ。

「っていうか、これは悪霊の仕業よね」
郁は推理を楽しむどころか、早々に解決してしまった。
「それは全然推理じゃないよね」
と肩を落として呆れる雫。
「え、そう? じゃ、リテイクするわ」
理解しているのかいないのか、雫のその一言に、アッサリと郁は発注をやり直した。
この状況を楽しんでいることだけは確かなようだ…。

今度は神聖都学園のトイレ事件。
その調査依頼なのだが……
「これは骨董品の呪いね」
またもアッサリと終わらせてしまう郁。
「それってアレとコレの依頼を混ぜただけじゃん!」
言ってはいけないことを言ってしまった郁に、流石に雫が怒る。

「えーと、じゃぁ次は……」
あれやこれやと考えながら、郁が次に発注したのは『探偵を負かす』という依頼だった。
東京怪談のライターでも作れない難依頼。
「また、無茶なもの…を……」
郁の発注内容を見ながら呆れていた雫の言葉が、掻き消されるように途切れた。
「雫? ──ッ!?」
その不自然さに気づき、雫の方を向いた郁の瞳が見開かれる。

床には大量の血痕が残り、そこに居た筈の雫の姿は消えていた。

「何? 装置が暴走してるの? 発注取消!」
上を向いて郁が発注取消を叫ぶ。
しかし、いくら郁が叫んでも装置は沈黙を守り、一切の反応を返さなかった。


***


虚像が自我を得ていた。
『ライター』と呼ばれる彼は、艦を自在に操り支配権を要求。

自我に目覚めたライターが『発注フォーム』の存在に気づき、外の世界(艦)を乗っ取ろうとしている。
『俄か武彦に勝つ為』には自我を得るしか無いのだ。
部屋を通じて艦の知識を貪欲に吸収し、外部の世界が四十世紀である事も、久遠の都の事も、そして自分が虚像である事も、彼は全てを自覚していた。

「探し物はこれか?」
突如ライターが出現し、郁の眼前でフォームを開いた。
「貴方の狙いは何? 雫を返して」
だが開いたフォームには目もくれず、郁が言葉を返す。
彼は郁の正体も外部世界の存在も知ってる。
「俺は消えるのが怖い。 だからバーチャルだけではなく現実をも牛耳るんだ」
彼はそう言った。

「………」
郁は黙ったままライターの言葉を聞いていた。
ライターの言葉を聞いて、何か考えることがあるのか、それとも彼の狙いが解ったのか……

──その答えは、郁だけが知っていた。

「大丈夫よ。」
郁が彼へと一歩近づき、その姿を見上げた。
そして郁の姿を見下ろすライター。
郁の表情はいつになく真剣で、いつものふわりとした雰囲気は消えていた。

「貴方は納品物の中の人なの。 貴方達がいるから、私達は息を吹き込まれるのよ」
そう言った郁を真っ直ぐに見つめたままの、彼の瞳が微かに揺れた。
──その言葉に、どれだけの意味があったのだろう。

「また会えるわ。…必ず」
郁がそう言うとライターは俯き、小さな声で「そうか…」とだけ呟いた。

「別れは短いほうがいい。 …またの発注をお待ちしております」
まるで定型文を読み上げているかのような口調でそう言って、彼は虚空へと消えていった。
消える直前に、ありがとう、と聞こえるかのような波動を残して。

郁は虚空へと消えていく彼を見送った。
そして……

「このライターのデータを保存」
虚空へとそう呟いて、郁は彼を保存した。

依頼は終了。

そして同時に、郁の隣には見覚えのある姿が再び現れた。
その姿を見て、郁はニコと微笑を向ける。



「おかえり、──雫」








fin






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ご依頼ありがとうございました。
郁さんの台詞に前回の依頼を思い出して、ちょっと笑ってしまいました(笑)
私達が紡いだショートノベルは
ちゃんと郁さんの中に生きているんだなぁと、そう思う依頼でした。
また機会がありましたら宜しくお願いします。