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<東京怪談ノベル(シングル)>


漆黒の修道女〜another mission

暖色の街灯に照らされた夜の高速道路を疾走する一台のフェラーリ―武装審問官である白鳥瑞科の愛車。
滑るように高速を降りると、しんと静まり返った廃ビルの前に停車した。
辺りに人の気配はないどころか、動物の気配すらない異常なほどの静けさ。
優雅な身のこなしでフェラーリの運転席から降り立った瑞科は額にかかった柔らかな茶色の髪を掻き揚げ、小さく息を吐いた。

「ここですわね」

情報に間違いがなければ、ここで全て終わりにできる。
今回の任務は都市部からやや離れた旧ビジネス街に出現した魔物・悪魔退治。
再開発が決定し、いくつものビルが取り壊されている中、とある一角で奇妙な事故が連続して発生。
あるとき、廃ビル内で突如青白い炎がいくつものフロアで燃え上がり、慌てて消防に通報すると跡形もなく消えている。
またあるときにはビルの壁すべてが蔦で覆い尽くされ、その間に真っ黒な翼をはやした小悪魔たちが小躍りしていた。
またあるときは壊したはずコンクリートの壁があっという間に修復し、その後何度も壊しても壊せない。
こんな気味の悪い事態に複数の工事業者が手を引いてしまい、計画がとん挫。
頭を抱えた事業者たちは本物の悪魔か何か霊的なものじゃないかと思い。裏のルートで『教会』に調査を依頼した。
そこで情報部が調査に乗り出したのだが、どういうわけか情報部が動き出した途端、嘘のように事件がぴたりと止まってしまった。
百戦錬磨の情報部もただでは引かず、いろいろと調査したが、結局は悪魔の影さえつかめずお手上げ状態。
けれど、たった一人だけ廃ビルの隙間に消える魔物たちを目撃し、どこかに悪魔たちの住処があるのでは、という、かなり未確定であやふやな見解に『教会』の情報部は判断に迷い―最終的に武装審問官の長たる司令の判断を仰いだ。
実際に動くのは武装審問官であり、情報専門の者たちが口出しできる問題ではなかったからだ。
未確定要素が多すぎる情報から司令が下した決断は至ってシンプルなものだった。

―未確定であろうと、人々に危害が及ぶ可能性が1パーセントあるならば武装審問官を派遣する。

武装審問官を派遣して、そこで何もなければそれはそれで良しであり、また悪しき存在があるならば殲滅させることが可能。
無意味なことはないという司令の決断を持って、随一の実力を持つ瑞科が派遣されたのである。
そして、司令の判断は見事に功を奏した。
愛車から降り立った瑞科が肌で感じ取ったのは周辺の異様な気配。
いくら深夜―しかも真夜中に近く、寂れたビル街とはいえ、夜行性の動物の気配はざらに感じるのに、それが全くない。
代わって感じたのは気配を完全に立ち、息を潜めてうかがっている無数の視線。
その視線の正体は言うまでもなかった。

「魔物ですわね。低級とはいえ異様な数ですこと」

くすりと口元をあげて微笑むと、瑞科はブーツを高く鳴らして、件のビルへと足を踏み入れた。
床に張りつめられたリノリウムがはがれ、むき出しのコンクリートが顔を覗かせる。
巧妙に隠してあるが、そこかしこに魔物の残留魔力を感じ取れた。

―ダレダ?ダレダ?
―シンニュウシャダヨ。シンニュウシャ
―オレタチノスミカヲウバイニキタンダ
―オイハラエ、オイハラエ!

甲高い子供のような声が聞こえてきたと同時にゴトリと鈍く大きな音が響いた瞬間、頭上の天井が崩れ落ち、大きなコンクリート片が瑞科を押しつぶす。

『ヤッタ!!ヤッタ!!』
『バカナニンゲンメ、チカヅカナケレバイイモノヲ!!』

崩れた天井の影から姿を見せたのは、醜い姿に爬虫類を思わせる翼をはやしたグレムリンたちがケタケタと笑いながら飛び回る。
昼日中であれば太陽の力によってグレムリンの力は必然的に弱まり、せいぜい幻を見せる程度であるが、漆黒の闇が支配する夜ならば話は別だ。
存分に魔力を使い、人間たちに危害を加えることができる。
たまに侵入してくる連中と違い、今夜の相手はどうにも油断ならないと思ったグレムリンたちは住処を壊すことに目をつぶり、いきなり強硬手段に出たのである。

「危ないですわね。一歩間違えば大惨事になっていましてよ?」

背後から掛かったふんわりとした穏やかな声音にお祭りで騒いでいたグレムリンたちの動きがぴたりと止まる。
崩れ落ちた天井から降り注ぐ銀色の月明かりに姿を見せたのは、光沢のあるラバー素材でつくられたフィットタイプの修道服の上に豊かな胸を革のコルセットで覆った一人のうら若き女。
腰下まできわどく切り込まれたスリットの隙間からソーニックスに包まれた太ももとひざ丈まで編み込まれたブーツがなんとも艶めかしい。
華奢な腕を守るように肘まで嵌めたロンググローブの上からさらに手首を保護するようにはめ込まれた黒いグローブ。
対照的な白と黒がグレムリンたちに本能的な恐怖を呼び起こす。

「どこの誰に召喚されたのか見当が着きましたけど、その手を離れて人に害をなすことを放っておくことはできませんわ」

小さく嘆息すると、敵意をむき出しにして警戒するグレムリンたちの間合いに瑞科は一瞬で踏み込んだ。
腰に差していた剣を抜き放つと、手近にいた数匹を一刀のもとに切り伏せる。
絶叫をあげて、煙と消える仲間たちにグレムリンたちは蜘蛛の子を散らすように崩れ落ちた天井の穴から上へ上へと逃げていく。
それを目で追いながら瑞科は素早く太ももにくくりつけたナイフを抜き去ると、正確に狙いをつけて数匹の背に投げる。
断末魔を残して消えていくグレムリンたち。
哀れではあるが、このまま人の世界にあってはならない存在なのだ。
今はまだ理性と低級ながらも知性があり、脅し程度で済んでいるが、いずれは魔物の本能に目覚め、凶暴化するのが自明の理だ。
一瞬の迷いも許されない、と瑞科は崩れたコンクリート片の山を身軽に飛びあがりながら、上層階へと逃げていくグレムリンたちの後を追いかける。

猛スピードをあげて、ビルの中を右往左往に逃げまくるグレムリンたち。
戦闘機に取りついて機械を誤作動させるなどの深刻ないたずらをやる魔物だけあって、軽妙且つ知恵が回る。
どこかに姿を消したと思ったら、突如背後から襲い掛かってくる上に足元を壊すなどの罠まで用意してくるから始末が悪い。
だが、歴戦の強者である瑞科には面白いほど読みやすい敵であるから、その罠をものともせず、逆に手のひらに収束させていた重力弾を笑顔一つ浮かべて、グレムリンたちに投げつけた。
ふわふわと頼りなく舞う青白く輝く小さな光の球体にグレムリンたちが嘲って近づいてくる。
そのあまりの無警戒ぶりに瑞科は苦笑を禁じ得なかった。

「ハイ、お終いですわ」

軽く瑞科が指を鳴らした瞬間、光の球体は激しく収縮と明滅を繰り返し―グレムリンたちの輪の中心で激しく炸裂した。
巻き起こる重力の嵐と雷の競演にグレムリンたちは断末魔を上げる間もなく呆気なく身体を焼き尽くされ、一握りの灰と化す。
その姿が以前―といっても、つい数日前に壊滅させたある悪魔崇拝集団の召喚士と重なる。
己の能力を過信して魔物を大量に召還していたうぬぼれ屋の男だったが、取り調べにはかなり従順だったらしく、あっさりと他にも魔物を召喚していたことを白状したという。
しかし間抜けた話だが、召喚士である自分の言うことも聞かず、どこかに逃げてしまったというから笑えない。
能力の無駄遣いもいいところだ、と笑う調査官たちを横目に司令は眉間にしわを寄せ、瑞科をそばに呼び尋ねた。

「白鳥、悪魔崇拝教団を壊滅させた際、上位悪魔が関与していた可能性があったのは確かなんだな?」
「そうですわ、司令。白銀の狼を模した悪魔でしたが、確実に倒せたかと」
「不確定要素もあるのだろう?だとすれば、いずれは黒幕が出てきそうだな」

そんな会話をしてわずか2週間。
大した被害はないとはいえ、これほどの数のグレムリン集団が何かしらの統一意思をもって隠れ住んでいた。
しかも知性を持つグレムリンであろうと『教会』の情報部や調査官の目を見事に欺くなどありえない。
とすれば、考えられることはただ一つ。
司令が示唆した教団の黒幕が何らかの形でかかわっているということだ。
できれば当たってほしくはない可能性だったが、その尻尾を掴んだ以上は後にはひけない。
最上階へと続く階段の踊り場付近を逃げ回っていたグレムリンたちを他愛なく薙ぎ払うと、瑞科はゆっくりと階段を上がる。
一段、一段と上がるたびに恐ろしいまでの静寂さに紛れた―かすかな、しかし圧倒的な魔の気配を感じ取り、瑞科は小さく喉を鳴らした。
永遠とも思える階段を上り切った瑞科の視界に飛び込んできたのは、物憂げに窓に座る白いワイシャツに黒のスラック姿の短く切りそろえた黒髪の少年。
一見すればごく普通の学生。だが、発する気配は恐ろしいほど凍りついた魔。

「やぁ、来ると思ったよ。武装審問官」

ふいに顔をあげ、少年は楽しそうに真紅の瞳を輝かせ、瑞科を見る。
妖しく狂気に満ちた輝きは人のものでなく、魔性の者。

「馬鹿な大司教どもが尻尾を掴まれた時点で切り捨てようと思っていた……でも、わが分身を倒した審問官には興味があってね。ここに潜ませていたグレムリンどもの起こした騒ぎを調べに来ると踏んで待っていたんだ」

ひとしきり笑っていたかと思った瞬間、高く鋭い鋼の激突する音がフロア中に響く。
少年が振り下ろした背丈の二倍はあろう大剣を細身の剣で受け止める瑞科。
その重さに剣が小さく軋みを上げた瞬間、邪悪な笑みを浮かべる少年に瑞科は動じることなく受け止めていた腕の力を緩めると、わずかに少年の態勢が崩れる。
そこを見逃さず、瑞科は素早く前に踏み込み、少年の懐を袈裟がけに切り込む。
だがわずかに少年は身をよじらせて、その切っ先を避けると人外の速さで切り返す。
軽い身のこなしで瑞科は少年の大剣をよけつつ、一歩も引くことなく急所に狙いを定めて刃を振るう。
常人レベルを遥かに超えた剣技の衝撃波が空気を震わせ、周囲のコンクリートの壁や柱に無数の亀裂を生じさせていく。
やがて細かな亀裂が一つになり、柱の一部が崩れ落ち始めた。
危険極まりない状況にありながら、瑞科は柔らかな笑みを浮かべる。

「さすがにやりますわね。さすがは上位悪魔ですわ」
「ああ、そちらもさすがだよ。忌々しくも面白い『教会』が誇る最高の武装審問官……十分に楽しませてもらったよ」

全く動じる気配のなく剣を振るう瑞科に少年は驚愕のため息をこぼし、大剣を真横に払うと同時に背後に飛び下がる。
よく見るとその姿が陽炎のように薄れ、剣を握る力どころか魔力も消えかけそうになっていた。

「そろそろ時間切れのようですわね。強大な力を持つ上位の悪魔とはいえ、物質界であるこちらで存在を長時間維持するのは至難の業ですものね」
「ああ、全くだ。我ら上位悪魔が物質界で憑代も媒介もなく存在するには負担が大きすぎる。もともと精神体の存在がこちらに来ているだけでもひどく消耗するからな。もう限界であることは否定せん」

一分の隙も見せず、優雅に歩み寄ってくる瑞科に少年は大げさに肩をすくめ、手にしていた大剣を床に突き立てるとその場に座り込むと悪態をつく。
魔界から肉体を持って物質界である人間界に来るのはより負担が大きく、強い力を持つ者たちに見つかる危険が倍増する。
だから自分たちを崇拝する者たちに召喚を行わせて、憑代か媒介を使って降り立っているが、上位悪魔はそんな真似をしなくても精神体に偽りの実体を持たせることもできる。
だが、その方法はかなりの魔力を消耗させ、こうして本気に近い戦いをすれば物質界での存在時間をあっけなく時間切れにさせてしまう。
一度時間切れとなれば、次に物質界に来るまで数年―下手をすれば数百年かかることもあるのだ。
無意味なことこの上ないが、その危険を承知で少年は目の前にいる審問官と戦ってみたかった。
そのためにわざわざグレムリンたちを無意識のうちに操っていたのだから、たちが悪いともいえるが、それは悪魔の本能であるから致し方ない。

「十分に遊ばせてもらったよ、審問官。我が消えればグレムリンどもも消えるから安心しろ……ま、物好きな人間がまた召喚してくれたら遊べるかもしれんがな」
「できれば、そういうことがないように祈りますわ。でも来るならそれ相応の対応をさせてもらいますわ」

意地の悪い物言いして闇に溶けていく少年に瑞科は小さく肩をすくめながらも、強い意志を秘めた瞳で鋭く見つめて笑う。
ふいに一陣の風がフロアを吹き抜ける。
するりと少年の姿が闇に掻き消えると同時に息を潜めて影から覗き込んでいたグレムリンたちの気配も消え―後にはただ静かに零れ落ちる月明かりだけが周囲をひんやりと照らしているだけだった。



「なるほど。かなりの上位悪魔だからこそ下手な真似はしなかったということか」
「はい。一連の事件は彼らにしていれば完全なるお遊びだったのでしょうね」

その言葉に司令は苦笑しながらも報告を受け取ると瑞科は一礼してブリーフィングルームを退出すると、そのまま地上へと向かうエレベータに身をゆだねた。
一瞬掛かる負荷から解放され、地上へとつきあがる感覚に瑞科は壁にゆったりともたれかかる。
あれほどまでに情報部を翻弄していた割にあっけない幕切れだった。
それは瑞科のみならず司令も同じであったが、精神体でありながら人型を保ち、かつ膨大な数のグレムリンを操れる悪魔相手に大きな犠牲がなかったのは幸運だ。
調査の際、過激な一派がビルを爆破してしまえという強硬論があり、それが実行されていたら、今頃すさまじい被害があったと考えられた。
それを思うと、ほっとする反面、少々物足りなかったかな、と瑞科は思う。
強大な力を持ちながら、純粋な剣のみで戦いを挑んできた悪魔は明らかに『教会』の武装審問官―瑞科個人を狙っていた。
武装審問官として狙われるのは常であり、それはそれで面白い話だ。

「ご指名を受けるなんて、わたくしも有名になったものですわね」

楽しげに微笑を零し、瑞科が顔を上げると軽い音を立ててエレベータのドアが開く。
流れ込んでくる新鮮な空気を吸い込みながら、フロアに出ると瑞科は豊かな胸を張り優雅な足取りでしばしの休息へ向かい始めた。

FIN