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遺伝子が紡ぐ音
『──進化医大にてバイオテロ。急行せよ。繰り返す。進化医大にて……』
「「え?」」
ピアノを練習していた郁と響きのもとへ、指令が下る。
二人は声を合わせて、その音声が流れてきたスピーカーの方を見上げた。
「バイオテロね」
郁が椅子から立ち上がり、準備を始める。
「あらー、残念。 良いところだったのに」
そう言いながら、楽譜をパタンと両手で閉じた響。
進化医大では、遺伝子操作で超人を造っている。
彼らは体内で作った抗体を発散して周囲の人に免疫をつける能力を持っており、万が一、宇宙進出を目論む敵の手に渡れば鬼に金棒状態。
どんな惑星の風土病も克服できるだろう。
──数日前、敵船が訪問した際、船長が患ってた風邪と抗体が融合した結果『若さ』に対する抗体が偶然生まれた。
即ち超人と同席した者は皆、老死する。
既に敵船の乗員は全滅。
医大生らも急性早老症に罹患している。
「因果関係がサッパリ掴めないんだけど……」
郁は敵船を調査するも風邪と早老症の因果関係が掴めない。
それもそのはず、本来『風邪』と『早老症』の双方に特別な共通点などないのだから。
医大側は能力者の子供だけでも収容を要請。
感染の心配は無いというが危険は冒せない。
「危険の可能性がある以上、無理に決まってるじゃない。拒否よ」
郁は拒否する。
ところが……
「危険を冒してでもやるのが私達の仕事でしょう?やるわよ。 艦長、私がやります。 許可を下さい」
危険だと拒否した郁に、響が静かに怒っている。
そして自ら艦長に許可を求めた。
「カスミ先生、本気なの?」
郁が驚いたような表情で響を見た。
「えぇ、本気よ。 この手の冗談は嫌いだわ」
──数分後。
響の熱意に負けた艦長は、隔離シャトル内で遺伝子シンセを奏でてワクチンを造れ、と指示を出してきた。
「ありがとうございます、艦長」
響は一言の礼を返し、早速子供からDNAを採取し作業に励む。
「………」
郁は沢山の感情を巡らせながらも、何も言わずに黙って見ていた。
そして間もなく、──響は発症した。
「カスミ先生!」
その状態に郁がいち早く気づいて駆け寄った。
「………」
響は何も言わない。
いや、急激に身体が衰え、何も言えないのかもしれない。
そして遺伝子規模で侵された体は、もはや治療が不可能。
「どうしろって言うのよ……」
衰えていく響を前に、郁がギリと爪を噛む。
***
郁は、まず響のクローンを用意した。
病変部分のみを置きざりにしてシャトルでワープ。
両者を合体すれば健康な響が出来る。
──これ自体が、とても危険な賭けなのだが……
生徒思いの響同様に、郁も先生を慕っているのだ。
「お願い、解って……」
その賭けに出ようとしている郁の頬に、一筋の涙が流れた。
「この程度のことが出来ないのなら、何の為に存在しているのかわからないじゃない……」
続けて唇から零れた言葉が震えていた。
それが誰に向けて、いや、何に向けて言った言葉なのかは、郁だけが知っているのだろう。
だが、問題はもうひとつあった。
肝心のDNAが無いのだ。
「私室に行けば、きっと何かあるはずよ」
そう言って、郁は響きの部屋へと急いだ。
郁は響の部屋の扉をバァンと開ける。
そして迷うことなく、部屋を荒らす、…いや、探す。
今にも溢れそうな涙を湛えた瞳で、ひたすら一生懸命に。
「……! あったわ!」
その中で、ようやく響のものと思われる血の付いた一枚の下着を見つける。
それは充分にDNAを採取出来るものだった。
「カスミ先生、…絶対に助けるから……」
そう言って、郁はDNAの採取を急いだ。
***
数時間後、郁の努力の甲斐あって響は若返った。
「良かった……」
ホゥと安堵の溜息を吐いた郁。
早老症の正体は子供の過剰免疫だった。
まだ眠っている響を前に、郁から微笑みが零れる。
「子供思いも良いけど、自分の命も大切にしてよね」
その笑顔を乗せたまま、再び郁の瞳に涙が宿る。
けれど、先ほどまでとは違う涙のようだ。
目覚めた響と、子供達は遺伝子シンセで合唱した。
──限りなく続く命の凱歌を。
その合唱を聞きながら、郁がポツリと呟いた。
「まったく…、本当にいい先生なんだから」
fin
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ご依頼ありがとうございました。
今回は、なんだかほんわりしてしまう内容でした。
こういう友情のような尊敬のような関係って良いですね。
また機会がありましたら宜しくお願いします。
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