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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


すれ違い

「さ、準備するわよ」
 藤田あやこの前には、綾鷹郁が立っていた。
 彼女はこのたび士官交流制度に伴い、妖精軍艦に副長待遇で着任する事になった。
 あやこはそんな彼女のためにあれこれと準備に追われ、今も身支度に汗だくになりながら追われている。
「まったく、幼女を持つ母親は尊敬するわ」
 人形のように立っている郁に、細やかな装飾や洋服を着付けていく作業はなかなかの体力仕事だ。
『早くしたまえ。もうじき時間だぞ』
「分かってるわ。もう少しだから待ってて下さい」
 部屋についていたモニター越しに、相手艦長が急かして来る。それをあやこはやや苛ついた様子で返事を返した。
「藤田さん。僕に手伝える事があれば手伝いますよ。あ、そうだ、それ持ってましょうか?」
 郁の身支度に追われているあやこの背後で、三下・忠が空気を読まずそう声をかけてくる。
「あ、それ片付けましょうか。そこにあると邪魔ですよね」
「藤田さん、それは僕に任せてください」
 藤田さん、藤田さん、藤田さん……。
「……」
 うっとうしいまでにしゃしゃり出てくる三下に、あやこはとうとう堪忍袋の緒が切れた。
 くるりと背後を振り返り、こちらを見ている三下にあやこは声を上げた。
「ここはもういいから、自分の持ち場にいなさいっ!」
 まさか怒鳴られると思っていなかった彼は目を丸くしたが、すぐに「分かりました」と言ってその場を後にした。
「まったくも〜……」
 苛立ちと呆れに深い溜息を漏らしたあやこに、郁は小さく笑った。
「何か彼、必死ですよね」
「解雇されまいと必死なのは分かるけど、空気読んでくれないと困るのよ。この忙しい時に周りをちょろちょろされたら鬱陶しい以外の何ものでもないわ」
 郁にジャケットを着せながらぼやくあやこに、笑ってしまう。
「よし、こんなもんでしょ」
 ホッとしたように腰に手を当て、あやこはようやく微笑んだ。
 追い出された三下はあやこの指示通り仕事を探していた。接舷部まで歩いてくると、そこに小さな腐食部分を発見した。
「これは……」
 三下はその腐食部分に細菌を見つけた。が、彼の組織では原因と対策を究めるまでまで報告厳禁ということになっている。その為、彼はそのことを黙っていた。
 艦隊では原則即時報告、と言う習いがあるのにも関わらず彼の生真面目さが働き、自分の組織の習いを守った事で後に大変なことになるとは気付く由もなかった。


「残さないで食べなさい!」
 その頃、士官食堂ではあやこが声を荒らげていた。
 原因は郁の偏食によるものだ。
「でも……」
「でもじゃない。いいこと? あなたが赴任する妖精軍では下克上が茶飯事よ。怯える上官は殺されるの。少しでもなめられたらそこで終わりよ」
「……」
 ピシャリと言い退けたあやこに、郁は涙目になった。
 そうは言っても目の前に並んだ食事は、流石にげんなりしてしまうものばかりだ。
 昆虫、孵化途中の雛、生きた魚、腐乱果実、甲羅を剥いだ沢蟹などなど。どれもエルフが食べる定食だ。しかもほとんど味付けはされていないそのままのもの。
 辛うじて食べられるものもあるが、ほとんどが口にするのも嫌悪してしまう。
 不妊先では毎日こんな食事を摂らなければならないのだろうか……。いや、そうだからこそ今食生活の訓練を受けているのだ。
「……」
 とても喉を通らないその食事だったが、郁は涙目になりながらも何とかそれを全て食したのだった。


「……無理……。もう無理よ……」
 更衣室で、郁は青ざめた顔でロッカーに額を押し当てげんなりしていた。そんな彼女の元に一人の士官が近づいてくる。
「大丈夫? 酷い母親ね。全部見てたわ」
「……母親?」
 母親と言われ、郁は一瞬誰のことを言っているのだろうと思ったが、それがあやこのことと分かると納得した。
 母ではないのだが他者にはそう見えるのだろう。
「これからあなたが行く赴任先は確かに大変だと思うわ。でも、負けないで頑張ってね」
 そう言いながら差し出してきた物を受け取った郁は、それをまじまじと眺めた。
 それは釣りの時に使う浮きを模した携帯事象艦。緊急帰還用だった。
「これ……」
「お守りよ」
 士官はパッチリとウインクして見せた。
 郁はそれを胸に抱き締め嬉しそうに微笑む。
「ありがとう……」


 その後、郁は妖精軍艦にいる艦長の元へと向かった。
 妖精軍艦橋。そこで郁は艦長と対面する。
「綾鷹郁、着任しました」
 艦長を前に及び腰になりながらも挨拶をすると、艦長はじろりと郁を見詰めた。
「綾鷹郁……お前の忠義はどこにある?」
「え……?」
 突然問われたその言葉に、郁は言葉に詰まった。
 どうやら艦長は先日の脱走事件を踏まえ、郁を訝しんでいるようだった。
 いきなり印象は良くない。そう思った郁は内心狼狽する。
 そんな郁に対して、艦長はふんと鼻を鳴らした。
「紹介しておかねばならない者がいる。貴様の部下になる女よ」
 ふいに話の矛先を変えられ、示された先には一人の女性が立っている。その女性はこちらを鋭く睨みつけ、とても友好的には思えない。
「あ、あの……宜しく」
 郁が握手を求めて手を差し出すと、女性はふんと顔を逸らして差し出された手をパシリと叩き払った。
「フン。生娘が偉そうに」
 不信感満々な彼女に、郁は眉根が寄った。
 彼女は中尉と言う立場の人間のはず。その彼女が副官の命令に従えないとあっては一大事だ。
 どうしたものかと悩んでいる郁に、艦長は不敵に笑いながらちらりと睨み降ろしてくる。
「で。どう収めるの?」
 何かを試すかのようなその口振りに、郁はぐっと口元を引き結んだ。そしていきなり中尉の髪を掴む。
「な、何するのよ!?」
 突然の事で声を上げた中尉を、郁は自分の方へ引き倒すと思い切り何度も噛み付きまくった。
「やめて! やめてよ……っ! いやあぁああぁっ!!」
 容赦なく噛まれた中尉は堪らず号泣し始めてしまう。
 そんな彼女に噛み付く行為を止めると声を張り上げた。
「私が盟約した相手は艦長よ! お前は余計な事を考えず私の命令をお聞きっ!!」
 物凄い剣幕で睨み降ろした郁に、中尉は泣きながら頷いた。
 鼻息荒い郁に、今度は艦長の腕が伸びて彼女の髪をがっちりと掴んだ。
 突如掴れた郁は驚いた様子で艦長を見ると、感情は冷めた表情でこちらを見下ろしている。
「お前もな」
 そう漏らした言葉が、やけに背筋をゾッとさせるものがあったのは言うまでもない。


 その頃、旗艦動力部では細菌による腐食が発覚し大騒ぎになっていた。
 艦内はほぼパニック状態で収集が付かず、皆が右往左往し続けている。そんな中であやこは三下を怒鳴りつけていた。
「どうしてこうなったの!」
 鋭い剣幕で怒鳴られた三下は、若干怯えながらもその答えを返そうと口を開く。
「ぼ、僕は規律に従……」
「規律? 規律ですって? あなたどこの規律のことを言っているの?! 今いるここはあなたの組織ではないわ!」
「そ、それは……」
「後で艦隊の作法を叩き込む。今はとにかく妖精軍に連絡っ! 急ぎなさいっ!!」
 怒鳴りながらまくし立てるあやこに、三下は言われるままに妖精軍へと連絡を急いだ。



 郁は将校クラブの女達に珍獣扱いされていた。
 早速出されたエルフの食事を前に、郁は格闘していたのだ。
「あらあら、随分汚い食べっぷりねぇ。ほんと獣みたい」
 どこからともなくクスクスと笑う声が聞こえ、そんな女達の向こうでは男の副官たちが好奇な目で郁を誘っている。
「そんな無茶をしなくても……」
「無茶なんかしてないわ」
 目の前に並んだゲテモノ料理を無作為に頬張っている郁を中尉は気遣ってそう声をかけたが、彼女は首を横に振る。
「まぁ、無理しちゃって。そんな料理がキツイと思うなら、柔らかいウインナーでも食べたらどう?」
 そう言いながらワザとらしく郁の前にウインナーをチラつかせ、心底楽しそうに笑っている。が、郁は彼女達のそんな行動には全く動じず、ひたすら目の前の料理に手を伸ばし八重歯を見せてそれに噛み付いた。
 そんな郁の行動に、その場にいた全員が大爆笑し郁を馬鹿にしていた。
 郁は一通り食事を摂り終えると、苛立ったように声を張った。
「何なのあんたたち! やることなすこと最低よ! 親はいないの!?」
 そう声を荒らげた郁に、その場にいた全員が冷ややかな目で見てくるばかりだ。
 憤っている郁に対し、そばにいた中尉は静かに口を開いた。
「……どんなに獰猛なエルフにも人間同様、父母はいる」
「え……?」
「御覧なさい。年配の女は皆無でしょう?」
 そう言い放った中尉に、郁は戦慄した。
 確かにこの場所にいる者たちは皆年若いものたちばかりだ。それにくらべて自分は、彼らよりも年を取っている。
「あなたの家族は……?」
「父は健在です」
 そう言った中尉に、隣にいた将校が続けて口を開いた。
「私の母は……木偶の坊でした」
 そう呟いて唾棄する。
 その言葉に、郁は心底驚くのだった。