コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


弾けよ雷光、散れよ魍魎

ホワイトボードとプロジェクターの供えられた、白い壁、白い床の会議室。十数人の男女が席に着き、資料に目を走らせていた。一人の男がホワイトボードのそばに立ち、書き付けられた文字を差しながら説明を行っている。日本のビジネスシーンとしてはごく普通の風景だった。だがよく見れば、会議室にしては全体に照明が少なく、薄暗い。書かれている文字は象形文字のような不思議な曲がりくねった形をしており、そこに日本語やアルファベットが混ぜ込まれていた。異様な記号や図式もあり、まるで暗号か呪文だ。いや、今ビジネスマンと思しき男女が論じているのは、まさに呪文そのものであった。
――ここは商社にカムフラージュした、特殊な人々のための特殊な設備。早々に答えを明かしてしまうならば、いにしえの時代から現代まで、歴史を支えてきた影の秩序保全機関、通称『教会』の作戦拠点のひとつであった。『議題』は先日勢力を大きく削ぐことに成功した、悪魔崇拝教団について。虫の息となった邪教の勢力を根絶するための、最後の仕上げとなる作戦を練り上げている最中だった。いかめしい男ばかりの中で、ただ一人だけこの『会議』に参加する若い女がいた。彼女の名は白鳥・瑞科(しらとり・みずか)。表向き修道女の姿を取ることが多い彼女だが、今日はこの場に合わせた黒いビジネススーツ姿であった。弱冠21歳の瑞科のスーツは、スカートは控えめなスリットの入ったミニ丈、ジャケットは軽やかな七分袖。袖口と襟元からは白いシャツが覗く。若々しさを感じさせる、清潔感のある服装でまとめられていた。
だがそのきっちりと着こなされたスーツの下に潜む圧倒的な曲線美を誇る肉体が、瑞科全体のイメージをセクシーなものに固定する。タイトなミニスカートの上からはむっちりとした張りのあるヒップラインがはっきりとわかる。スカートの下からは肌がうっすらと透ける黒いストッキングに包まれた脚が惜しみなくさらされていた。太腿とふくらはぎは程よく充実感を持ち、一方足首は折れそうなほどに細い。平凡なスーツごときでは隠し切れない色気があふれ、まことに目の毒である。上に視線を移せば、細いウエストに不釣合いなほどたわわに実ったバストが存在感を主張している。シャツには飾りのボウタイがついているのだが、その程度ではごまかしようがないほどのボリュームだった。同席しているのがごく普通のビジネスマンたちであったなら、とても平静を保ってはいられまい。一人一人が悪撃つ兵器であるといえる『教会』員たちは、さすがに動じる様子もなく会議に集中している。
会議は滞りなく進み、おそらく次回が最後となるであろう教団壊滅作戦についての計画も、ほぼ確定の運びとなった。瑞科は邪教団の一大拠点を壊滅させた功労者である。街に多くの混乱をもたらし、無辜の市民を惑わしてきた教団の完全消滅まであと一歩と言うところまで漕ぎ着けたのは、彼女の力が大きかった。柔らかな茶の髪に、澄んだ青をたたえる美しい瞳。柔和で上品な物腰の彼女が、たった一人で邪教の幹部たちを滅したなどとは、多くの人には想像もつかないことだろう。瑞科は『教会』の信義に反するもの、いわゆる邪悪や混沌を消し去るためにその身を捧げて戦う武装審問官の一人、それも最高の戦闘能力を持つ者の一人であった。弱き人々を食い物にし、悪魔を崇拝する教団の邪悪を、瑞科は心から憎んだ。もうすぐその許しがたい悪が、この世から完全に消える。瑞科は希望と喜びを胸に会議の席に着いていた。

このまま本部に戻って残務処理を行うか、いっそ直帰にしてしまおうか。夕刻をとうに過ぎた夜の街を走りながら瑞科は考えていた。運転しているのは自身が所有するスポーツカーだ。いいところのお嬢様といった雰囲気の瑞科と、どこか攻撃的なフォルムを持つ黒いスポーツカーとの組み合わせは、美女と野獣を思わせた。望めば高く吠え、轟音を上げて疾走することさえ可能な車を、瑞科はいつも静かに運転し、丁寧に扱っていた。せっかくの性能なのにもったいない、と言われることもあったが、物にも人にも優しく接するのは、瑞科にとってはごく当たり前のことだった。彼女が怒りと厳しさを持ってあたるのは敵のみである。
少し迷った挙句気持ちは直帰コースに傾き、家路をたどろうとしていたちょうどその時、車載クレイドルのスマートフォンが着信を告げた。
「まあ、本部からですわ。まさか……」
手近なコンビニエンスストアの駐車場に車を停め、急いで電話に出る。
「はい。お待たせいたしました。審問官白鳥でございます」
「こちら情報課。急務1件です」
「詳細をお願いしますわ」
ああ、やはり、と思いながらも、瑞科はどこか期待していた自分に気づく。自分が戦うたびに、誰かを救うことができるのだ。瑞科の優しい心と使命感は、進んで危険な任務を受けることをよしとしていた。
「呪力のきわめて高い魍魎が一体確認されました。かなり大型で、目的は不明。午後7時半ごろに出現。民家を襲撃し、一般市民に被害が出ているようです」
場所を聞けば、かなりの町外れ、山ふもとに近い集落だった。昔ながらの農家が密集し古い神社がある、『のどかなよい場所』と言われる辺りであったが、その一帯が突如異常地域と化したという。単なる怪異事件か、それとも裏で人間、あるいは他の知的種族が手引きしているのか。そこまではさすがの情報課も把握していないようだった。
「住民の保護と魍魎の駆逐でよろしいですわね?」
一言確認を取ると、その後の瑞科の行動は素早かった。ギアに手をかけると、唸りを上げて車体が加速する。今までの穏やかな走りから一転、艶やかな漆黒の弾丸となった彼女の愛車は瞬く間に闇の中を駆け抜けていった。

ドアがゆっくりと開き、シアーな黒のストッキングに包まれた脚線美が現れる。瑞科は目の前に広がる田園風景を見つめた。火が上がっている様子はない。叫び声や妙な物音も、少なくともここまでは聞こえてきてはいなかった。右手には平屋の建物が十軒ほど立ち並ぶ。左手にはさらに奥に進む私道があり、その先には集落の長としての役割を務める家が一軒あるはずだ。緊急事態が発生した問題の場所は、その左手の家になる。任務に当たる審問官として指名された以上、その後の作戦行動の決定権は瑞科自身にある。負傷者が出ているという今、悠長に着替えている余裕はない。瑞科は迷わず、武装を整える時間を省略して戦いに赴くことを決めた。
「私には、これがあれば十分ですものね」
まるでお気に入りのアクセサリーを取り出すかのように、瑞科はそっと、細かな細工と宝石で飾られた小剣を手にした。いつものように、鞘を取り付けた剣帯で腰に留めつける。黒いビジネススーツに剣という奇妙なコーディネイトも、彼女がすると不思議に似合ったものに思える。清楚な物腰に妖艶な肉体、相反する二つが絶妙のバランスを以って実現されている故であった。
(「お怪我をされたという方々はご無事かしら」)
重傷を負い、苦しんでいる人々の様子を想像すると、気が気ではなかった。瑞科は口をきっと引き結び、田畑に囲まれた細い道を、民家の明かりの見える方向へと歩き始めた。
手前の集落には暖かな家庭の明かりがともり、夕餉のよい香りがするばかりで何の変化も見られなかったものの、左に進路を取り、奥の屋敷へ近づくにつれて、気味の悪い空気が辺りを包み始めた。庭の広い大きな平屋造りの屋敷がほどなく見えてくる。昔なら庄屋の家といったところだろう。敷地内には氏神の小さな祠があったが、土台を残して割られていた。破壊の痕はそれだけではない。庭木は折られた上、納屋の柱も砕かれて、木片が散乱する有様だ。農機具はまるで鉄の塊でも落とされたかのようにひしゃげている。魍魎は、この家だけに用があったのだ。玄関口の引き戸は破られ、中が伺えるようになっていた。台所に続くと思われる右手の廊下には、倒れている人間の足が見えた。
(「大変ですわ! これは思った以上に、大物のようですわね」)
身を低くしながら、玄関口に身を潜めると、腰の小剣を鞘から抜く。歩くたびに砂利がざりざりと音を立てたが、家の中からの反応は何もなかった。立て膝で中をそっとうかがう。タイトなスカートの生地が邪魔して、思うように脚を動かせないのがもどかしかった。ショーツが見えそうになってしまうのを何度も引っ張って押さえる。さらによく室内を覗き込もうと体をひねると、大きな胸がジャケットを押し上げてしまった。いくら自分の体型に合わせて仕立てたとは言っても、あくまでビジネス用途の服だ。想定外の動きにはついて来られるはずがない。ため息をつきながら瑞科はジャケットのボタンを二つとも外した。
(「いかにいつものドレスが優れているのか、思い知らされますわね」)
体に吸い付くような伸縮性を持つ、瑞科専用の特殊素材でできた戦闘用ドレスは、車のトランクに入ったままだ。戦闘に向かない服で任務に臨むことを不便だとは思うが、自分の選択に後悔はなかった。やはりこのまま急行してよかった、と思う。剣さえあれば十分と確かに自分は言った。そのとおりにやり遂げて見せようと瑞科は誓う。
(「やれやれ。私の見苦しい姿を見る人がないように願いますわ」)
魍魎魍魎相手に羞恥心など感じても仕方あるまい。動けば多少恥ずかしいことになってしまうのは覚悟して、瑞科は人影を見た台所へと小走りに上がっていった。入り口に倒れているのは薄くなった白髪頭の老人。さらに室内に中年女性がうずくまっているのを確認した。鍋がひっくり返され、煮汁と煮魚が無残に飛び散っていた。瑞科は素早く二人の容態を改める。老人に意識はないが、目だった外傷もない。軽い打撲があるだけだった。息があるのを確認して、膝を曲げ、体を横にして寝かせてやる。下着とステテコだけの姿でいるのが不憫で、瑞科は自分のジャケットで肩と首周りを包んでやることにした。女性はまずいことに、左腕に抉られたような深い傷がある。白い割烹着は血でまだらに汚れ、出血のショックで朦朧としていた。瑞科は女性の腋の下に親指を突き込み、止血点を強く押す。ポケットの中から大判のハンカチを取り出し、剣で二つに裂く。裂いた片方の布で腕の傷を押さえ、手早くもう一方を包帯代わりにした。
「もしもし! 今助けをお呼びいたしますわ! どうかしっかり!」
懸命に女性に向かって呼びかけながら、体を起こし、壁にもたせかけた。携帯端末を取り出し、『要救護』の緊急ボタンを押す。瑞科の無言の緊急連絡はすぐに『教会』に伝わるはずだ。30分もすれば救護班が駆けつけるだろう。その後は医療機関が適切な処置を行ってくれるだろう。
「ああ、お父さん……お兄ちゃん……」
うわごとのように女性が繰り返す。農家であるなら働き手はもっといるはず。他の家族が別の部屋にまだいるに違いないのだ。
「もう大丈夫ですからね。ここで休んでいてくださいませ」
瑞科はそう女性に語りかけると、再び小剣を手に台所を後にした。平屋の家屋は存外に広い。昔からある豪農の末裔の家といった風情で、いくつもの部屋が襖で仕切られている。いざという時は襖をはずせば、冠婚葬祭に役立つ大広間となるというわけだ。瑞科は襖で仕切られた部屋を慎重に進む。どこへ進めばいいのかはわかっていた。魔物が通った後はすべて、襖がぶち破られ、血のあとが点々と続いていたからである。床の間がしつらえられた奥の間まで進むと、壷や掛け軸などが粉々にされてばら撒かれていた。高価な調度の代わりに床の間に鎮座しているのは、形の定まらないどろどろとした体の異形。獣のような四つの脚に、さらに醜怪な二本の腕を持っている。どす黒い大きな体からは、黒い何かがぼろぼろと抜け落ち続けていた。
「いましたわね。魍魎」
異形は腕に、二人の人間をつかんでいた。一人は中年男性。もう一人は青年だった。この家の主人と息子だろう。開け放たれた部屋には夜風が流れ込み、シャツ一枚になった瑞科の上半身を冷たく撫でていく。怒りに震えて大きく息を吸うと、豊満な胸元で結ばれたシャツと同色のリボンタイが揺れた。
「お二人をお放しなさい。もう乱暴はやめるのです」
人語を理解できるとは思えない相手に、それでもあえて瑞科は警告を発する。魍魎は犬のような低いうなり声を発し、身を低くすると瑞科をらんらんと光る目でにらみつけた。瑞科はひるむことなく獣を睨み返す。異界からもたらされし魔物の赤い目と『教会』の遣わした聖乙女の青い目が真っ向からぶつかり合う。どちらが狩る者となり、狩られる者となるかが決定される、野生の掟に従った静かな戦いが繰り広げられた。
先に動いたのは魍魎だった。真っ赤にぬめる口を大きく開け、耳が裂けるような大きな叫びを発したかと思うと、小脇に抱えた年かさの男性を地面に投げつけたのだ。魍魎の予想だにしない行動に、さすがの瑞科も驚く。畳に叩きつけられた男性からは、ぼきりという嫌な音がした。くぐもったうめき声が上がる。
「大丈夫ですか! しっかり、しっかりしてくださいませ!」
瑞科は傷ついた男に駆け寄りひざまづく。残された若い男を鷲掴みにしたまま、魍魎は自由になった手で瑞科の背中を狙った。空気を裂いて振り下ろされる大質量に、彼女が気づかぬはずがない。男性を助け起こしながら、右手の宝剣を振り上げると、太い腕を刀身で受け流した。剣と触れたところから、魍魎の腕の表面はぼろぼろと土くれのように崩れていく。
「卑怯な!」
言っても通じぬことと知りながら、そう叫ばずにはいられない。
「あなたの相手はして差し上げますわ。 今は少し、静かにしておいでなさい!」
自分よりはるかに重い男性を必死の思いで抱えながら、瑞科は異形に指を差す。黒く空間を歪ませる、三つの重力弾がその指先から生まれ、魍魎に届いたところで大きな球の形に膨れ上がった。重力の球は黒い体をじりじりと圧迫する。瑞科はあらん限りの力で、男性を半ば引きずりながら畳の間から連れ出し、廊下に横たえた。男は骨折の痛みに声にならない叫びを上げる。
「お許しください。すぐ助けが参りますから」
背後からは怒り狂った獣の咆哮が続く。あの程度で死にはしないだろう。早く決着をつけなければならないと瑞科は悟る。苦しむ人の痛みを気遣ってやる猶予さえ与えられないことを、瑞科は心の中で一人嘆いた。だが、その悲しみが表に出ることはない。瑞科は静かに立ち上がり、己の戦場となる和室へ戻る。そこでは今まさに、重力のくびきを振り切った魍魎が、怒りをぶつける相手を探しているところだった。腕に絡め取られた青年はぐったりとして、動かない。
「私ができること。それは戦うこと……!」
瑞科は剣を構え、自分の倍ほどもある魔獣に向き直った。人間相手でない分、自分にとっては気楽な相手だ。加減は要らない。必ず勝つ。この家族を必ず全員助け出す。決意を込めて、瑞科は跳んだ。衣服が乱れるのも構わず不安定な魍魎の肩に着地し、パンプスのかかとを異形の体に食い込ませる。両手で剣の柄を固く握り、魔物の腕のつけ根に突き立てると、そのまま全体重をかけて、刃を脇まで沈み込ませた。青年を抱えていた方の腕がずるりと切り口から抜け落ちる。瑞科はバランスを崩してよろめく巨体から飛び降り、素早く青年の肩下に手を回して支え、床の間から引きずり出した。傷だらけで、上着もぼろぼろとなった青年の目がかすかに開くのを見て、瑞科は安堵する。唇をそっと動かして、青年にだけわかるように声なき言葉を伝えた。
(「お守りいたします」)
傷ついた青年は、絶望の中から現れた天の救いを見る。優しい青い目をした天使は、黒いビジネススーツに身を包んでいた。柔らかな胸に抱かれ、温かく甘美な香りに包まれた気がした。安堵した青年の意識は再び途絶えた。
「さあ、終わりにいたしましょう」
瑞科は決して答えることのない敵に、最後の言葉を贈った。執着していた家人をすべて手放した魍魎は、目標を瑞科一人と定めたようだ。四本の脚を広げたかと思うと、驚くべき速さと高さを持って、瑞科に向かって突進してきた。その間にも、長く太い片腕を伸ばして、頭と目を狙ってくる。
瑞科は体を斜にして腕の一撃、次に重い体躯の突進を交わすと、剣で喉元を切り裂いた。さらにひねりを加えた蹴りを首筋に叩き込む。人間ならば急所だが、この泥とも毛皮ともつかぬ何かで覆われた魍魎には、さほど効いているいる様子がない。
(「さすが、しぶといですわね」)
瑞科の攻撃が当たるたびに土くれのようなものがぼとぼととこぼれ落ちるが、それだけだ。三つの和室を隔てていた襖をあらかた吹き飛ばしてやっと止まった魍魎は、ゆっくりとこちらに向き直ると、再び猛スピードで突撃してきた。
(「では、これならいかがかしら!?」)
手元から青い火花を放つエネルギーの塊が生まれる。剣を差し込んで作ったほころびに向けてそれを放つ。瞬時光の球は弾け、電撃を魔獣の体内に撒き散らした。さしもの魍魎も体をがたがたと震わせ、動きが止まる。やったか、と思ったのも束の間。火花に焼かれた魍魎の体からいくつもの大きな塊が落ちたかと思うと、それぞれが新しい、よく似た姿の魍魎となって立ち上がった。
(「これは随分と、楽しませてくださいますこと」)
瑞科はひるむどころか、心が高揚し、闘志が高まるのを感じていた。今ある力の全てをもって、この異形の敵を叩き潰す。
小さな魍魎が次々と襲い掛かり、瑞科の動きを封じようとする。瑞科は舞うような足さばきでその全てをかわした。剣に頼っていたかと思った彼女の、強烈な肘打ちが魍魎を畳の上に落とす。弱弱しく立ち上がろうとする黒い塊を、瑞科は容赦なく踏み潰した。新たに迫る魍魎は、乙女の体とは思えぬ威力の鋭い蹴りを受けて四散する。男たちを魅了して止まない官能的なラインを描く両の足は、今、正義の鉄槌の一部となって振るわれていた。残った魍魎の分身たちは、乙女の両の手から生み出される雷撃によって、たちまち無残な姿となり果てた。人の感情で言うならば、仲間を倒され焦りが生じたというべき所だろうか。巨大な魍魎は残された片腕と四つの足で、瑞科に最後の勝負を挑む。結果のわかりきっている勝負に、瑞科は真正面から応じた。祈るようにあわせられた両手を魍魎に向ける。手のひらを開くと、ひときわ強く輝く雷光が現れた。瑞科の青い瞳にさらに青い光が宿り、神秘の技が生む風を受けて長い髪がなびく。高まる威力の雷撃によって、勝負は一瞬で決した。巨体に大穴を穿たれて、ついに魍魎はどうと倒れる。

(「はっ!?」)
戦いを制した勝者は、ふと我に返り、自分の姿を見て赤面する。瑞科は見せてはならぬストッキングのランガードの上までめくれ上がってしまったタイトスカートを慌てて下ろした。部屋の隅に倒れる青年に目を走らせ、意識がないのを確認してほっと息をつく。嫁入り前の身で、男性にショーツを見せるなどあってはならない。次に畳の間でパンプスを履いていたままだったことに気づき、瑞科の赤い顔は一瞬で青くなった。
「ど、どうしましょう! 畳が……。弁償させていただかなければ、後で始末書を、ああ申し訳ありませんわ!」
毅然と戦っていた姿はどこへやら、泣きそうな顔で意識のない家人たちに謝りながら、靴を脱ぎ、せわしなくスカートを整え、リボンタイを結びなおす。土くれとなって残った魍魎の残骸をはたき落としていると、近づいてくるヘリと車輌の音が聞こえた。瑞科は縁側に飛び出し、手を振って叫んだ。
「こちらですわ! 怪我人がおりますの。早く、お願いしますわ!」
魍魎は倒し、家人は全員救うことができた。だが、肝心の魍魎の正体とその目的は不明なままだ。
(「明日からは、少々デスクワークをがんばる必要がありそうですわね」)
負傷者を収容した救急車輌が走り去っていくのを見つめながら、瑞科はそう考える。自分の中ではまだ終わっていない『魍魎事件』を、完全解決に導く。その決意が心に強く根付いた瞬間だった。

---
読みやすさを考慮して、空白行を少しだけ入れてあります。不要な場合は次回お申し付けください。