コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


運命の時代


 本命の男以外は何でも作れる綾鷹郁が、また何か要らぬ物を作った。
 いつもの事ではある。が、今回はそれだけでは済まない。
「ハロー、こちら郁。元気してますか?」
『はい、あたしは元気です……』
 幼い女の子の、不安そうな声が、無線機から流れ出す。
『だけど、お家が傾いてます……パパもママも、大騒ぎです』
「ちょっと待っててねえ。若いくせに頭の固い性格年増と、キャリア重ねて色々しがらみ作っちゃったリアル年増艦長を、きっちり説得して……すぐ、助けに行ってあげるから」
「……まあ私たちの悪口なら、いくらでも言えばいいと思うわ」
 言いつつ鍵屋智子が、郁の手から無線機を取り上げた。
 この時代の地球上で使用されているものと同型の、携帯無線機である。
 地上に下りて購入したものではない。綾鷹郁が一から手作りした、レトロな逸品である。
 それを片手でぞんざいに扱いながら、鍵屋智子が言う。
「地球人との交信が、禁止されている理由……頭では理解しているのよね? 郁さん」
「何人も月を超える翼与える勿れ、でしょ? 耳にタコが出来てるっての」
 うんざりと、郁は答えた。
 月を超える翼……すなわち、宇宙航行技術である。それを、地球人類に供与してはならない。
 藤田艦隊の、規約である。ダウナーレイスという種族全体の、掟でもある。
 地球人類という生物種は、外来者との僅かな接触を手がかり足がかりにして、外部の技術を貪欲に吸収してしまう。いつの時代でも、そうだ。
 二言三言の交信会話が、地球人類に、宇宙航行技術を学ばせるきっかけになってしまうのである。
 だからダウナーレイス族は、地球人と交信してはならない。会話をしてはならない。接触してはならない。
 いかなる異変が地球に起ころうと、黙って見下ろしていなければならない。
 異変は、すでに起こり始めていた。
 この時代、地球上ではアマチュア無線が爆発的に流行しており、電波の濫用が地磁気の乱れを招いていた。
 地磁気の乱れによって地軸が傾き、世界各地で大地震が頻発していた。
 今、地上では1人の幼い少女が、住んでいる家もろとも、地震で潰されようとしている。
 それを黙って見ていろというのが、ダウナーレイスの掟なのだ。
「掟を守ったって、人の命を守れなきゃ意味がないって事……わかってもらえますよね? 艦長」
 郁の言葉に、艦長・藤田あやこは何も応えない。
 宇宙空間。地球を見下ろす位置に布陣する藤田艦隊の、旗艦内。作戦室である。
 現在、議題となっているのは、作戦と言うよりも艦隊の行動指針そのものであった。
「あの子の住んでる島が、地震で沈みかけてるんです……助けに行っても、いいですよね? 艦長」
「郁さん。貴女、全能の神にでもなったつもりなの? それとも正義の味方気取り?」
 黙り込んでいる藤田あやこ艦長に代わって、智子が言った。
「島1つ分の人数を、どうやって助けるつもりなの?」
「この艦に収容してくれたっていいじゃない」
「収容された難民は、一時的にとは言え宇宙に出る事になるわ……宇宙航行技術の供与に、繋がるのよ」
「こんだけ大層な艦隊引き連れてて何にも出来ない、何にもしないって、おかしくない? ねえちょっと」
「貴女の稚拙な正義感を満足させるためだけに、艦隊1つが動くわけはないでしょう?」
「まあまあ、2人とも」
 黙り込んでいたあやこが、ようやく割って入った。
「郁、ここは鍵屋参謀の言う事が正しい。お前の気持ちはわかるが……」
「あたしにも、艦長の気持ちはわかるよ」
 口調強く郁は、あやこの言葉を遮った。
「本当は、助けたいんでしょ?」
「え……いや、まあ……」
「けど、上層部の意向に逆らうわけにもいかないし。しょうがないよね。艦長なんかに出世するまで、色々しがらみも作っちゃってるし」
「上層部の意向ではないわ。ダウナーレイス全体の掟よ。貴女、まだわからないの?」
 智子の口調が、昂ってゆく。
「掟は絶対。例外を認める事は、出来ないのよ」
「まるで例外を恐がってるみたい。非情、って言うか臆病?」
「臆病にもなるわ。だって恐ろしいもの……郁さん貴女、前例を作るという事がどれほど恐ろしい事か、わかっていないのね」
「あたしにわかるのはね、助けに行かなかったら絶対に後悔するって事だけ……あたしだけじゃない。艦長だって、それに智子アンタだって絶対後悔する」
「何度も言わせないで。私たちは、全能の神でも正義の味方でもないのよ? どの時代の地球人にも、辿るべき運命があるわ。それに介入する事など、許されはしない」
「この地球……このままだと、滅ぶわよ。それも運命だって言うの?」
「人類が滅びても、地球は残る。入植すれば良い」
 あやこが言った。
「……というのが時間移民政策の、まあ基本理念のようなものでな」
「理念だの、掟だの……そんなのより守らにゃいけんもの、いっくらでもあるろうが!」
 郁は、ついに怒鳴っていた。
「運命ゆうたな智子。あたしらに助けられて生き延びるんが、この地球の運命ちゃうんか!」
「運命論のすり替えは、おやめなさい」
「あの子はな、島の人たちゃなあ、生きるか死ぬかっちゅうとこにおるんぞ! あんたと空論かましとる場合じゃないき、あたし1人で助けに行く! 艦長、とっとと許可出しや!」
「お、落ち着け郁。お前1人で何が出来る……」
「2人か3人くらいなら、郁さん1人でも助けられるでしょうね」
 智子が、低く冷たい声を発した。
「僅かな人命を……掟に背いてでも、救おうと言うの? これが地震災害ではなく、疫病の類だったとしても、貴女は人を助けるのかしら?」
「当然じゃき」
「戦争だったら? 独裁者による虐殺だったら? 私たちの人道基準は曖昧なもの……艦隊の掟というものはね郁さん、貴女のような自覚に欠ける軍人が、情に溺れて過ちを犯すのを未然に防ぐためにもあるのよ」
「屁理屈ばっかで何も出来んようになるよか、情に溺れて馬鹿晒した方がなんぼかマシぞな!」
 2人の口論、と言うより口喧嘩に、割って入るが如く、無線機からか細い悲鳴が流れ出した。
『今……お山が、爆発しました……地面が割れてます。お家が、どんどん沈んでいきます……』
 恐怖のあまり感情を失いかけた、幼い少女の声。
『郁ちゃんは、いつ助けに来てくれますか? 早く、来て下さぁい……』
「ふむ……助けを求められてしまったな、それも無線通信で」
 形良い顎に片手を当てながら、あやこが言った。
「つまり救難信号という事だ。艦隊として、これを無視するわけにはいかん」
「艦長! 何を言っているの?」
「救難信号には即時、対応する事。これは宇宙航行法においても定められている、戦艦乗りの基本的な規則だ。わかるか鍵屋参謀、基本だぞ基本。これを守れないような艦隊は、全宇宙から相手にされなくなってしまう。ダウナーレイスという種族そのものの沽券に関わる問題だ」
 智子に何も言わせず、あやこは艦長命令を下した。
「綾鷹郁、貴官に先行救助を命ずる。2人3人と言わず、出来る限り大勢の地球人を助けて見せたまえ……大口を叩いただけの仕事は、してもらうわよ?」


 家は、地割れに呑み込まれかけていた。
 そこへ、巨大な赤いアメーバの如く、溶岩の波が迫る。
 郁の航空事象艇が、マグマの飛沫を蹴立てて低空を駆けた。
 地に沈みつつある家の中で、幼い女の子が泣きじゃくっている。その小さな両手で、携帯無線機を抱えながら。
 何も考えずに郁は、航空事象艇を突っ込ませた。
 壊れかけていた壁が、窓が、事象艇の周囲で砕け散った。
 女の子が、泣きながら顔を上げる。
「あ……郁ちゃん……」
「ちょっ、何で逃げとらんぞね!」
 怒鳴りつけながら郁は、操縦席から身を乗り出し、腕を伸ばし、女の子を事象艇の中へと引き込んだ。
「これ……忘れちゃって……」
 しゃくり上げながら女の子は、携帯無線機をきゅっと抱き締めた。
「取りに、戻ってました……郁ちゃんと、お話したかったから……」
「……馬鹿っ」
 片手で事象艇を運転しながら郁は、いささか乱暴に、女の子の頭を撫でた。
 災害に脅かされる少女にとっては、郁との会話だけが心の支えだったのだ。
 地割れの中に沈みゆく家から、事象艇が高速で飛び出す。
 そこへ、溶岩の荒波が襲いかかった。
 郁は女の子を抱え、操縦席から飛び出した。
 身にまとっていた制服が破け、翼が広がった。
 スカート、ブルマ、レオタード……様々な衣装が細かくちぎれ、ひらひらと舞う。
 背中から左右に広がった翼で、それらを吹っ飛ばしつつ、郁は女の子を抱いたまま飛翔した。
 無人になった事象艇が、灼熱の荒波の中へと消えてゆく。


 地軸を傾けるほどの、地磁気の乱れ。
 その原因であるアマチュア無線の大流行は、いくつもの通信衛星によって可能となっている。
 全てが、藤田艦隊の一斉砲撃によって粉砕された。
「通信衛星、全機撃破を確認しました」
「ん〜残念。ダウナーレイス艦隊の鉄の掟を、踏みにじる事になってしまったなあ」
 旗艦艦橋。あやこは沈痛な口調を作ろうとして、見事に失敗していた。
 智子が、じろりと睨んでくる。
「……乗り乗り、ではなくて? 藤田艦長」
「そ、そんな事はないぞ。久遠の都の軍人として誠に遺憾ゲホゴホ」
 咳払いでごまかしながら、あやこは艦長席の上で姿勢を正した。


 郁の避難誘導によって、難民たちは無事、藤田艦隊に保護された。
 艦内の自室に、郁は女の子を招き入れていた。
「郁ちゃんは……何で、あんなにいっぱい服、着てるんですか? 制服に、ブルマにレオタードに」
「ブルマとかスク水とか、喜んでくれる男がいっぱいいるんだよねー」
 家を失った子供の不安など、衣食住一応は満ち足りている自分に、理解出来るわけはない。郁は、そう思う。
 馬鹿話で、不安を紛らわせる。してやれる事があるとすれば、そのくらいだ。
 女の子は不安そうに、それでも郁の話に相槌を打ってくれた。微笑んでもくれた。
 やがて穏やかな寝息を立て始めた少女の枕元に、郁は制服一式と携帯電話を置いた。そして部屋を出た。
 記憶除去装置を、医務室から借りて来なければならない。


 数年後。
「でさー、あのオヤジが言うわけよ。最近の若い娘はツツシミがないとかハジライがないとか、女性のソンゲンを守るためにも君らがそんな事じゃ困る、とかさあ。ツツシミとかソンゲンとか、何語? って感じだよねー。ほんとオヤジってうぜーうぜー。男は若いイケメンじゃなきゃ見たくもないっつーの」
 制服姿のコギャルが、スカートの下のブルマをちらちらと露出させながら渋谷を闊歩し、携帯電話に話しかけている。
 それを、宇宙空間から見守っている者たちもいる。
 艦橋のモニターに映し出された渋谷の様子を見やりながら、鍵屋智子が冷たい声を発した。
「……貴女のせいよ艦長。どうするつもりなの」
「どの時代の地球にも辿るべき運命がある、という事よ。後はもう知らない知らない。さ、帰りましょう」