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VamBeat −finalis−
赤く染まっているのは、その口元だけで両手ではない。
けれど、セシルは焦点の定まらないくもった瞳で、声にならない吐き出すような悲鳴を上げ、震えるその手を見つめ続けていた。
ペタンと、腰が抜けたようにその場に座り込んでしまったセシルの様子に、セレシュ・ウィーラーは唇をかみ締め、神父に向き直る。
咬まれた程度と言ってしまってはなんだが、それにしたって出血が多すぎる。まずは何よりも止血だ。最悪の場合は自分の血を媒介にした回復魔法を使ってでも、神父の命を繋ぎ止めなくては。神話のように死者を生き返らせるまでは出来なくとも、瀕死くらいなら何とかできるはずだ。
「……セシル。辛いかもしれへんけど、居なくならんといてな」
セレシュはそう告げて、うっすらと微笑む。自分の両手だけを見つめていたセシルの顔が少しだけぴくっと動いた。
ここまで関わった以上、別離以外の選択肢が無かったとしても、お互い納得して欲しい。
さて。と、セレシュは神父の傍らに膝をついて手を伸ばす。
「…止めろ」
「へ?」
パシッと弾かれた手と神父の口調にセレシュは眼を瞬かせる。
「血を止めるくらいは……自分で出来る」
どこか含みのある言い方に引っ掛かりを感じながらも、確かに神父は首筋に手を伸ばし、その血を止めてしまった。
けれど、それだけで。
「……なして、立ち上がらんの?」
出血はしたが、見た限り、動けなくなるほどの失血量ではない。それなのに、神父は倒れたきり動く様子が無い。
「あなたには、関係ない……」
「あんさん、ほんまそればっかりやね」
きっと、神父にとって今この瞬間でさえも、セレシュは部外者なのだろう。
「私は、あなたを利用しただけだ」
何に利用したのか、とか、どうして利用する必要があったのか、とか、2人に何があったのか、とか、知りたい事は一杯あるのに、見えない一線が未だセレシュと神父の間にはある。
「これだけ、教えてくれへん? 2人に、何があったのか」
「私が殺してしまったの……今と同じ方法で!」
矢継ぎ早に叫んだのは、セシル。
「知らなかったの…! あの頃は、私…好きになった人を、こんな、こうして…っ……」
最後は泣き崩れるようにして嗚咽交じりに声が途切れ、消えていく。
「…ええ、確かに弟は死にましたよ。あなたのせいで死んだのも事実だ」
表向きは奇病による死亡。けれど、その実は、セシルが体内に持っている不可解な吸血鬼因子のせい。
血は止まったものの、原因不明の高熱にうなされ、3日後、息を引き取った。
ぎゅっと手を握り締め、奥歯をかみ締め俯くセシル。
「利用した、言うたけど、咬まれたかったん?」
「……………」
「そこ、だんまりおかしいやろ!」
かっと瞬間的に声を荒げたセレシュに、神父は仕方ないとばかりにゆっくりと細く息を吐いて、答えた。
「気付いただけですよ」
何を、と言わない辺りにいらっと感が増す。しかし、泳がされていたのだということは分かった。
それ以降は、どれだけ尋ねても、神父は瞳を閉じたまま、何も答えようとはしてくれなかった。
「嘘………」
ポツリ。と、呟かれたセシルの声に、セレシュは振り返る。
自分の意に反して変化してしまっていた吸血鬼化が解け、黒髪に戻っている。
「セ、セレシュ……私…」
吸血鬼にならない。
「え?」
それはつまり、人間になったということ?
「どれだけ変化しようと思っても、変化しないの…」
それはセシルにとって喜ばしいことではあるのだろうが、どうしてそうなったのか彼女自身困惑しているようで、縋るような瞳をセレシュに向けている。
何かきっかけがあるとすれば、それは―――
(!!)
セレシュは、はっとして神父を見る。
「まさか、最初から…」
暴走したセシルが誰か――いや、好意を寄せた人物に噛み付く瞬間を待っていた。
だから、気付いた事とはきっと、セシルの暴走を引き起こす原因が、激昂や限界ではなく、好意である必要があったという事実。
俯いたままの神父は、沈黙を保ったまま動く素振りさえ見せない。
「何とか言いや!」
セレシュは神父の肩を揺さぶるが、神父はなされるがままの状態で、手を離せばそのまま重力に従って地面に落ちた。
「ヴァイク……?」
震えるセシルの声に押されるように、セレシュは急いで神父の口元に耳を近づけ、首筋に触れる。
脈も、呼吸も止まっていた。
「……なして!」
血は止まったのに!
AEDなんてものが近くにあるはずも無く、セレシュは神父を仰向けの状態にすると、心臓マッサージを始める。
力の入れすぎで肋骨に罅が入ろうとも、神父の心臓がまた再び動き始める気配は微塵も感じられない。
「ヴァ…ヴァイク……なん、で……」
視界が悪くなるほどに、青い瞳から大粒の涙を零しながらセシルはヴァイクに歩み寄る。
「なんで、あなたが死ぬの!?」
何度目かの心臓マッサージを行った所で、何故だか突然セレシュの手が弾かれる。不信に思い、セレシュは衝撃を覚悟で神父に手を伸ばし、そのカソックに手をかけた。
「なっ……!?」
露になった肌には、様々な魔法陣や文字が幾重にも刻まれていた。
「人の身で、こないなるまで…」
表向き、職業として神父だったとうのは本当だったのだろう。けれど、彼はきっとこの瞬間のためだけに自らの身を削って準備をしてきたのだ。
セシル同様、神父だって日本で生活している場所があったはずである。それを自分から見つけ出し、話を直接聞きに行っていたら、何か変わったのだろうか。
突然、心臓の位置から始まる一番大きな魔法陣が光りを放つ。それは右手に伸びた後、結晶に穿たれた罅のような亀裂を神父の体に広げ、そして――砕けた。
「………っ!?」
「!!」
今ここにいた青年は、もう、何処にも居ない。
「なんや、それ……!」
セレシュは悔しさに唇を咬む。
呆然と、状況を飲み込めず固まったセシルを一度見やり、拳で地面を叩き付けた。
数日後。
もう一度セシルを解析してみれば、出会った時とは違い、人間という結果しか出てこなかった。
「これからどないするん?」
吸血鬼としての特殊な能力――身体能力含む――が無くなった今、人目を盗んで国家間を移動することだって大変なはずだ。
身分証が無くとも着ける仕事はあるにせよ、これからどうするかは、セシルが決めることである。
「……分からない」
セシルは、薄く微笑んで首を振るが、落ち着いて見えるだけのような気がして、セレシュは眉根を寄せる。
ヴァイクは、暴走したセシルに自分を咬ませ、人間に戻すためだめに、行動していた。ここから推測するに、ヴァイクの身そのものが、元に戻す薬のようなものだったのだろう。
それが、セレシュの見立てであり、セシルに説明した内容だ。
セシルが大好きだったという彼の弟のことも、何も分からないままでは、どうしてここに至ったかという所まで想像する事はできないが、きっと、兄弟の間で何かあったのだろう。
「日本に残ってもええし、故郷に戻るなら……ちょっと大変やけど、それもありやと思う」
もし、ここで終わりたいなら――と、口にしようとして、止めた。
「そう…よね。折角、人間になったんだもの……」
じわり、と、目尻に涙が浮かぶ。
「暫く日本を見て回ることにするわ」
ふっきれては居ないだろうし、悲しみから開放されたわけでもきっとないだろうが、セレシュに向けたその笑顔には、希望が見て取れた。
fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −finalis−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
最後までお付き合いありがとうございました。
ここまで神父から関わってもらうこと以外の接触を行おうとしておりませんでしたので、セシルの問題のみが解決しただけになっております。
それではまた、セレシュ様に出会えることを祈って……
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