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青い溜息
副長室。
ビキニ姿でベッドに寝転がり、翼を休めているのは藤田あやこ。
眠っているのか、あるいは目を閉じているだけなのか、その唇からは時折、細い寝息にも似た音が聞こえる。
「きゃっ!」
その瞳が突然開かれ、小さな悲鳴を上げる。
枕元に男が立っているような気配がした。
それに気づいたあやこは、慌てて飛び起きる。
けれど、そこには誰の姿も無かった。
「マミエル?」
心当たりのある名前を呼んでみるが、当然返事は無い。
「夢か……」
あやこは片手で顔を覆って俯き、ハァ…、と溜息を落とした。
***
『ミサイルが接近している!』
綾子はそう急報を受け、素早く迎撃を指示した。
同時に本部より入電。
『全権大使を丁重に迎えよ』
「──了解しました」
艦隊本部より妖精王国の全権大使が急派され、それらと合流する途中で、対人類戦争末期に消息を絶った妖精軍艦が冬眠から覚醒。
艦隊後方まで2日の地点にまで接近している。
そこには客船がおり、射程圏内に入られれば一溜りもないだろう。
さらに妖精軍艦は妖精王から人類殲滅の勅命を受けており、終戦の事実を知らない。
妖精軍艦の乗員は精鋭で、おそらく説得にも応じないだろう。
妖精王国から高速艇が妖精艦を追撃中だが、最短でも3日必要となる。
そこで急遽、高速ミサイルの弾頭を改造し、全権大使を乗せて旗艦と合流させた。
「お疲れ様でした、大使。 お怪我はございませんでしょ…う…か……」
全権大使を迎え入れ、挨拶を並べていたあやこの言葉が不自然に途切れた。
「あなたは……」
「まさか、お前……」
あやこと全権大使は互いに顔を見合わせたままで、固まってしまった。
全権大使は、副長あやこの許婚者だった。
マミエル・ランキパという名の、ハーフエルフ。
エルフの知性と、人間本来の粗暴さの間で悩んでおり、因習に煩く、エルフの文化も馴染めてない。
あやことマミエルは5年前にお互い煮え切らぬまま疎遠になってしまっており、全く予測していなかったこの突然の再会には、互いにとても驚いていた。
二人は任務にあたろうと椅子に腰掛けたが、話が弾んで口ばかりが動く。
5年間も疎遠状態が続いていたのだから、当然なのだが……
「翼がきれいになったな」
マミエルがそう言うと、あやこがドキッとする素振りを見せた。
「そういうのは、あの時に言ってよ! そしたら私……」
「お前ら仕事しろ」
任務と関係ない話を喋りすぎだった。
ここでついに艦長が諌める。
「は、はい」
「申し訳ありません」
任務は『戦中の亡霊の処遇』 難しい任務だ。
説得は無駄骨だろう。
「撃沈しましょう」
マミエルがそう言った。
しかし、撃沈を具申するマミエルにあやこは
「勝手ね。 まだ睡眠中かもよ」
と返した。
「藤田副長。足止めは可能か?」
艦長があやこに問いかける。
「はい、おそらく。 機関を潰しましょう」
「艦長!なれば、奴らは自爆特攻しますよ。 撃沈を……」
「大使、黙れ!」
「………」
意見を聞いてもらえないどころか、怒鳴られて、マミエルは眉を寄せて黙り込んでしまった。
***
貴賓室。
エルフが好みそうな風格ある調度品やガラス工芸品などが沢山置いてある。
その部屋で、マミエルはひとつの陶器に自らの拳を叩きつけた。
パァン!という高い音が響き、陶器は割れて、破片がバラバラと床に散らばる。
「………」
何も言わずに、両手で頭を抱えて俯き、マミエルは溜息を落とす。
怒りか、あるいは自己嫌悪か。
艦長の叱責もあり、マミエルは暫くすると訓練室へと歩いていった。
***
旗艦訓練室。
あやこの個人特訓メニューが作動中で、森林でドワーフ、凶暴なトロール、猛獣などと次々戦う設定になっている。
それらを次々に撃破し、戦闘が一巡した時、ノックの音が聞こえた。
「入るわよ」
そう言うと、マミエルの返事を待たずに扉を開き、あやこが入室して来る。
マミエルの隣の席に座り、プログラムを設定する。
先ほどの内容よりも、更に激しいメニューでマミエルと共闘を開始した。
二人でスタートすると、気持ち良いくらいにアッサリと進んでいく。
どんなに難しいことでも、二人が揃うと簡単になってしまうのは、きっと息が合っているのだろう。
プログラム終了後、気分が高揚した二人は、どちらからともなく笑顔でキスをした。
けれど、あやこが祝言を述べると、マミエルは逃げた。
「古臭い一方的な結婚は嫌なんだ」
そう言って。
「もう夫婦よ!」
背を向けて訓練室を出て行ってしまったマミエルに向かって、あやこが叫んだ。
***
奇襲を知らせるアラーム音が響き渡る。
妖精軍艦が、ついに奇襲をかけてきた。
もはや戦いを避けることは出来ない。
「艦長、ちょっとお耳を……」
あやこは艦長に近づき、耳元でボソボソと秘策を提案。
「なるほど。 それでやってみよう」
秘策を聞いた艦長は首を縦に振る。
どうやら、これでもう艦長の許可は取れたようだ。
あやこが妖精軍艦への通信を試みる。
──繋がった。 …というより、強制的に接続したようだ。
「私が妖精旗艦艦長の藤田と知っての狼藉か?」
艦長席に座り、凛と通信に凄むあやこ。
『フン、罠であろう?』
「貴様が寝起きと承知の上だが我慢も限界だ」
あやこが更に相手を煽る。
『………』
2〜3の言葉が交わされたが、それでもなお、まだ逆らう相手に、あやこはついに攻撃命令を出した。
──だが、命令を出した直前に、右手を上げて攻撃態勢を止める。
「待って。 相手が折れたわ。 もう攻撃する必要はないでしょう」
なんと、あやこは会話だけで、妖精軍艦を退避させてしまった。
***
「艦長席の座り心地はどうだ?」
あやこに向かってそう聞いたのは、いつもそこに座っている本物の艦長。
「最高ですね」
あやこは笑いながらそう答えた。
「その席が似合っているな。 会話だけで退避させてしまうのだから、たいしたものだ」
夫、マミエルもあやこを褒める。
しかし、マミエルのその言葉を聞いた瞬間に、あやこの顔が赤くなり、ガタンと席を立って逃げてしまった。
どうやら、照れているようだ。
***
マミエルは妖精艦護送の任に就いた。
任務を遂行しようと歩き出した足を止めて、マミエルがポツリと呟いた。
「私は結婚が怖かったんだ」
それを聞いていたあやこは、すかさず自分からも「あの、あの…」と続き……
「ごめんなさい、私もよ」
そう言って俯く。
髪の間から見えるあやこの顔は、赤く染まっていた。
「ねぇ、返事は?」
祝言の返事を求めるあやこ。
マミエルは「返事?」と一瞬首を傾げたが、すぐに祝言のことだと気づいた。
立ち止まり、あやこの方を向いて……
「お前がいて俺は満たされる」
そう言って、笑顔を向けた。
──あやこの翼はしっとりと涙に濡れていた。
fin
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ご依頼ありがとうございました。
5年の疎遠はこんな感じかなぁと思いながら書かせて頂きました。
最後には、お二人が結ばれて嬉しかったです。
また機会がありましたら宜しくお願いします。
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