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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.26 ■ 引けない想い






 数台のトラックを引き連れながら、先程まで銃撃戦が行われていた古ぼけた雑居ビルにやってきた憂は、その激しい戦闘があった事を物語る弾痕を見渡しながら周囲を見回した。

「ありゃりゃ、こりゃ結構なお金がかかりそうだねぇ」

 穴だらけの雑居ビルの一室である草間興信所へとやってきた憂は、そこにいた百合と零、そして武彦と冥月の4名の無事を確認すると、そんな事を口にするのであった。

「あぁ。お前宛で請求してやるからな」
「えぇぇッ!? せめてIO2宛にしてよ!?」

 まさかの請求に対し、憂が思わず口を滑らせる。研究費用から雑費を引かれてはたまったものではない、というのが憂の本心である。
 とは言いつつも、IO2にそれを請求する事に関してはどうやら憂も吝かではない様だ。

「冥月ちゃん。約束通りの代物、下に用意してあるよ」
「やっとか」
「そういう言い方はやめてよねー。あんな大量に用意するの、結構大変なんだから〜」

 決して憂が何かをしたという訳ではないのだが、一応は口を尖らせながら反論してみる憂。それに対して冥月は何も言い返す事もなく、憂に歩み寄る。

「どうやって運んで来たんだ?」
「指定通り、トラックのコンテナで。あぁ、でもでも、コンテナはそのまま受け取ってもらって良いけど、トラックだけは返してね」
「分かった」




―――。





 草間興信所のある雑居ビル沿いにある通りに並んだ数台のトラック。それらに積まれていたコンテナを、トラックごと影で飲み込みながらコンテナのみを影の中へと収納した冥月は、それを行いながらも思考を巡らせていた。

(予定外だったな……)

 先の戦闘を思い返しながら冥月は小さくため息を漏らした。

 冥月としては、今回の衝突に自身の能力をおおっぴらに披露するつもりはなかったのだ。その為にIO2を憂に派遣させ、配置を取らせたと言っても過言ではない。
 しかしながら、IO2の善戦空しく、幹部達とIO2の戦力は確かな一線が画されていたと言える。

 下っ端の構成員とIO2の一般戦闘員の戦力差に大差はない様だが、それでも能力者であると思われる幹部を相手にしては、役不足も良い所だ。
 その為に幹部だけは引き受けるつもりではあったが、逃がす訳にはいかないとはいえ、自身の能力を見せ過ぎてしまったのだ。

 それでも、幹部を自分の手中に収められた事。そして被害が出なかった事を考えれば、それらは差し引きではプラスになったと言えるだろう。

(それに、憂がどれだけの駒を動かせるかも分かったしな……)

 冥月が早速、影を自身の手に纏いながらそれを剣の様な鋭利な刃物へと構築させる。影の中からコンテナの一部を浮かび出し、それに刃を突き立てる。

 表面から沁み込ませる様に、刃に纏う聖水。
 冥月が以前憂に用意させたそれらである。

「……これで奴の相手は何とかなるか」

 思い返すのは、百合と戦闘をしたあの島での出来事だ。

「冥月」

 思考の波に漂っていた冥月を現実へと引き戻したのは武彦の声だった。ビルの外へと様子を見にきた武彦と憂が、ずらりと並んだままコンテナをなくしたトラックを見つめる。

「全部受け取ったの?」
「あぁ、もちろんだ」
「ひぇー、クレーン車いらずだねぇ……」

 数台ものコンテナをあっという間に自分の影に収納したという冥月に対し、憂はおどけた反応をしつつも、改めて冥月の能力の異常さに息を呑んだ。

「それで、これからどうする?」
「んー、やっぱり情報を――って、鬼鮫ちゃんだ」

 武彦と憂が声を掛け合っていると、冥月の後方から女性を抱えて歩いて来る鬼鮫の姿が目に入った。抱えられているのは、先程交戦していたデルテアだろう。

「……おまえは、あの時の」

 鬼鮫が冥月を見て小さく舌打ちする。

「ちょっとちょっとー、鬼鮫ちゃん。あんまり険悪な雰囲気にならないでよー。
 こっちの武ちゃんは知ってると思うけど、そっちの彼女も虚無の境界と戦うのに味方してくれるんだからー」

「味方……?」

「久しぶりだな、鬼鮫」
「……チィッ、生きてやがったのか。ディテクター」

 鬼鮫の悪態に対して武彦は肩を竦めた。どうやら旧知の仲の様だと考えながらも、冥月が口を開く。

「次の襲撃まで時間の余裕はない、更に強敵が来る筈だ。早速尋問する。鬼鮫だったか、その女を渡せ」

 淡々としたその口調は、冥月特有の心を許していない相手に対する特徴か。
 しかしこの言葉に鬼鮫は怒りを顕にした。

「……フザけた事言ってんじゃねぇぞ、女。こいつらは虚無の境界の重要参考人だ。おまえに渡す訳にはいかねぇ」

「幹部達の殆どを捕えたのは私だ。鬼鮫も無様を晒している所を助けてやったんだ、優先権は私達にあると思うが?」

「なんだと……?」

 一触即発とも言える剣呑な雰囲気に、憂が口を挟む。

「ま、まぁまぁ。尋問するなら一緒でも……」

「協力するとは言った、渡さないとも言ってない。だが聞かせられない個人的な話もある」

 冥月もどうやらここで引く気はないらしく、憂に対して淡々と告げた。

 恐らく冥月が百合の事を庇おうとしている事は憂にも予想が出来た。
 とは言え、IO2としても虚無の境界の情報は喉から手が出る程に欲しい所である。簡単に口を割らない可能性もあるが、それでも尋問――いや、最悪は拷問にかけてでも情報を奪うつもりである。

 しかし、ここで冥月と対立しても意味がないのだ。

 冥月が言った通り、現時点で虚無の境界に所属し、今回の騒動に参加していた幹部連中は全て冥月が影の中に囚えている。
 情報を欲する以上、殺しはしないだろうし、冥月が自分達に引き渡さないとごねるとも思えない。

 ――僅かな逡巡。されど、その間に思考を巡らせた憂は小さくため息を漏らした。

「鬼鮫ちゃん、ここは一旦引渡そうかねぇ」
「おい、どういうつもりだ」

「そのままの意味だよ。今回の功労者は間違いなく冥月ちゃん達だからね。虚無の境界が一斉に動いた事も、ここに襲撃をかけてくると待ち伏せ出来たのも、全部彼女のおかげ。
 ここで私達が利に走れば、私達は大きな戦力を失う事になる――ううん。もしかしたら冥月ちゃん達が敵に回るかもしれない」

 それは何も飾る事のない憂の判断であった。

 この状況で冥月達と仲違いになり情報を奪い合うとなれば、三つ巴になりかねない。
 本来であればたかが一人の能力者とその数名の仲間程度を気にする事もない憂だが、冥月の能力を考えればそれは愚策となるだろう。

 最悪、虚無の境界との戦いの最中に自分達ですら影に閉じ込められる可能性もあるのだ。

 もちろん、冥月に対してそこまで信用がない訳ではない憂ではあるが、冥月がそこに感情や私情を挟む様なタイプではないだろう事は、憂も理解している。

「IO2の技術責任者としてではなく、“エンジニア”として命令です。鬼鮫ちゃん、その女を冥月ちゃんに渡して」

 普段の飄々とした雰囲気が消え、凛とした空気を漂わせた憂の言葉に鬼鮫は再び小さく舌打ちすると、デルテアを武彦へと手渡した。

 武彦は知っている。

 “エンジニア”とは憂のIO2エージェントとしての階級である。
 かつてはディテクターと呼ばれた自分と同じ様に、固有の階級を持つトップエージェント。そういった人間にのみ与えられる、特級階級こそが、そういった呼び名だ。

 ――その名を出すという事が、憂の言葉が本気だという証明にもなる。

「冥月ちゃんの言い分は確かだし、私達は条件を呑む。だけど、必要な情報は私達にも流してもらう事。私が条件を呑む代わりに、それは言質を取らせてもらえるかな?」

「解ってる。それに、いずれにせよ引き渡すつもりだ」

「そ。じゃあ私達は武ちゃんの蜂の巣になった事務所で待ってよっかねぇ。鬼鮫ちゃんも一緒にね」
「……良いだろう」

 鬼鮫も不服ながらも、憂の命令に承服する。
 一触即発だった雰囲気はようやく緩和され、鬼鮫と憂を連れて冥月と武彦は事務所へと戻って行くのであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇






 事務所の中に鬼鮫と憂を待機させ、百合と零、それに武彦を連れて影の中へと入り込んだ冥月達一行。
 初めて見る影内の世界に、百合と零は嘆息する。

「これが、お姉様の中なのですね……」

 一歩間違えれば危険なセリフだがあながち間違いではない百合の言葉に、武彦が軽く失笑する。

「身体に盗聴器がつけられていないか調べてくれ。憂製の物だったら、この影の中の音声ですら傍受されかねない」

 無駄な高性能を発揮する憂製を危惧する冥月の言葉に、武彦は思わず自分の身体を丹念に調べはじめる。どうやら百合は零におせっかいを焼かれ、身体を調べられている様だ。

 盗聴器の存在がない事を確認した冥月達が少し歩くと、前方に影によって身体を縛られたグレッツォとベルベット、それに陽炎とデルテアの姿を見た武彦や百合、それに零は思わず腰を落とし、構える。
 どうやら気絶しているらしく、立ったまま張り付けにされている様な4人のもとへと歩み寄っていった冥月が、一人一人の顔を平手で叩き、目を醒まさせていく。

「……う、ん」
「おい、どうなってやがんだ!」

 ベルベットとグレッツォが目を醒まし声を荒げた。

「いくつか質問に答えてもらうぞ」
「ハッ、悪いが何も答える気はねぇな!」

 グレッツォの言葉に冥月がくつくつと込み上がる笑いを噛み殺す様に、小さく肩を揺らした。

「いつまで耐えていられるかな?」






to be countinued...




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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

前回から引き続いてのシリアス会ですが、
やはり間延びする憂のやり取りという不思議。

私が一番首を傾げつつあります←

次回は尋問(?)の回となりますが、
果たしてどうなる事やら……。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司