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<東京怪談ノベル(シングル)>


【とある休日と白衣の小柄な主任】


「すげえ荷物だな、あれ」
「どこかのお嬢様か」
「いや、お嬢様なら自分であんな大量の荷物を抱えたりしないだろ」
「でも、すっげえ美人だぜ」
 道行く人々が、彼女を振り返る。
 ミニのプリーツスカートにニーハイソックス。肩を大きく露出するシャツからは見せブラが覗き、鎖骨のラインが艶めかしい。豊満な胸はシャツを押し上げ、露出の多い服装は上品さに欠けそうなものだが、変な厭らしさはない。ブラウンのロングヘアーは絹糸のように柔らかく、風に揺れるたびに光を弾き、美しく輝く。
 両手に抱えるほどの荷物――ショッピングの戦利品を持つのは白鳥・瑞科だ。
 普段通り、日常通りに人々の視線をその美貌で集める。それに加え、今日は大量の荷物を抱えていることもあって、余計に目立っている。
「大変そうだなあ、お姉ちゃん? 俺が手伝ってやろうか?」
 そして、今日何度目になるのかも分からない、ナンパの声がかけられた。
「あら、ご親切ですのね。でも結構ですわ」
 瑞科は笑顔で、あっさり、ばっさりと男の申し出を断る。
「そう、つれないこと言うなよ」
 軟派男は瑞科の荷物に手を伸ばした。どんな街にでもこういった強引で、人の話を聞かないナンパ男というのはいるものである。
 今回の男の行動も、もちろん、荷物を引っ手繰ろうとかそういうのではなく、不躾で無礼ではあるが、幾分かの親切心と多分の下心で、である。
「って、あれ……?」
 しかし、その手が瑞科の荷物に触れることはなかった。それどころか、男は一瞬、瑞科の姿を見失いすらした。
 きょろきょろと辺りを見回し、
「え?」
 男は背後十メートルほど先に瑞科の姿を発見し、驚く。いつの間にあんなところまで移動したんだ? そう思っている間にも瑞科の姿は遠ざかっていく。
 まあつまり、瑞科のお手伝いをできるような男など、そうそういないということだ。
 明日は研究所に出向かなければならないのでしたわね。
 頭の中で予定を思いだしながら、瑞科は次に寄る店を考える。すでにこれ以上持てないほどの買い物を済ませている瑞科だが、ショッピングという名の戦いはまだまだこれからなのだった。


「来たですね、瑞科ちゃん!」
 瑞科を出迎えたのは白衣を着た小柄な少女だった。
「お久しぶりですわ。今日も可愛らしいですわね」
 瑞科はにこりと微笑み、少女のふんわりウェーブのかかった柔らかい髪を撫でた。
「子供扱いはよしてほしいのですよ。こう見えても、あたしのほうが瑞科ちゃんより年上なのですからね」
 白衣を着た中学生にしか見えないが、彼女はこう見えても、瑞科の所属する『教会』の開発部、主任である。年齢も彼女の言った通り、瑞科より上でれっきとした成人女性なのである。
「ごめんなさいですわ、いつお会いしても可愛らしいものですから、つい」
「まあ、そう言うことなら許してあげなくもなくもないのですよ」
 白衣の主任は顔を横に向け、仏頂面で言った。ただ、頬は赤く染まり、口元が緩んでいる。可愛いと言われて、満更でもないのだ。白衣の主任はコホン、とわざとらしく咳払いをし、
「今日、来てもらったのは他でもないのですよ。新しく開発していた瑞科ちゃんの戦闘用シスター服が完成したのです」
 えっへん、と胸を張り、誇らしげなドヤ顔を浮かべる。そういったところもやはり子供っぽい。
「さすがですわね。本当にいつもお仕事が早いですわ」
 瑞科は褒め称えるように、料の手のひらを胸の前で合わせた。
 うんうん、そうだろそうだろ、と白衣の主任は頷く。
「偉いですわ。よくできましたわね」
 そのまま子供を褒めるように、頭を撫でると、
「むふふふ、それほどでもないこともないのですよ」
 首元を撫でまわされる仔猫のように、緩み切った表情を浮かべ、
「って、だから子供扱いはよしてほしいのですよ!」
「そんなに恥ずかしがらなくても結構ですのに」
「別に恥ずかしがっているわけではないのですよ! そんなことばっかり言う瑞科ちゃんには、完成したシスター服はおあずけなのです!」
 ぷいっと横を向き、白衣の主任はすっかりむくれてしまった。
「ごめんなさいですわ。つい反応が可愛らしいものですから」
「可愛いだなんて、そんな……、って、その手にはもう引っかからないのですよ!」
 唇を尖らせ、白衣の主任は瑞科を睨みつけるのだった。


「まあまあ、こちらでも召し上がって機嫌を直してくださいですわ」
 そう言って瑞科が取り出したのは、真っ赤な紙袋だった。けばけばしさはなく、どことなく上品さの漂う紙袋。それを見た白衣の主任は、
「そ、それは! パティスリー廣瀬の紙袋じゃないですか!?」
 近くに小さな子供がいたら泣き出すのではないか、というほどの大声を上げ、あの瑞科ですら思わず後ずさりそうになるほどの勢いで紙袋を奪い取った。白衣の主任は紙袋の中を覗きこみ、さらに叫ぶ。
「しかもこれは、廣瀬のマカロンじゃないですか!!」
 彼女の反応は、期待以上のものだった。
「よ、喜んでいただけて、何よりですわ」
 期待を通り越して、少し引いてしまうレベルだった。
「喜ぶなんてレベルじゃないのですよ! これは感動です! 感激です! 大感謝なのですよ!」
 正しく子供のような大はしゃぎっぷりである。クリスマスに枕元のプレゼントを発見した子供でも、もう少し落ち着いていると思う。
「そう言えば、このあいだ美味しい紅茶が手に入ったところなのですよ。すぐに入れてくるので、待ってて下さいなのです」
「あ、ちょっと……」
 瑞科が呼び止める間もなく、白衣の主任はパタパタとせわしなく部屋を後にした。
「お茶をしに来たわけではないですのに」
 瑞科は若干の呆れを伴いながらも、大人しく彼女が戻ってくるのを待つのだった。


「美味しかったのです! 最高だったのです! これこそ、まさしく至福なのです!」
 白衣の主任はとろけそうな笑顔を浮かべていた。
「それは何よりですわ」
 ここまで来れば呆れを通り越し、瑞科は優しく暖かい笑顔を彼女に向ける。これほどまでに喜んでもらえたのなら、お土産を買ってきた甲斐があったというものである。小さな娘を見守る母親のような気持ちだ。
「瑞科ちゃんは流石なのですね。よく分かっているのです。お土産を持ってきてくれるのは瑞科ちゃんくらいのものなのです。他の奴らに瑞科ちゃんの爪の垢をの煎じて飲ませてやりたいくらいなのですよ」
「そんな、わたくしはたいした事はしておりませんわ」
「その謙虚なところも大好きなのです!」
 白衣の主任はそう言うと、突然、瑞科に抱きついてきた。テーブルを跳び越えてのダイビング抱きつきである。小柄な彼女だから難なく受け止められたものの、一歩間違えれば普通に強烈な体当たりである。
「ううー、瑞科ちゃんはいつ抱きついても柔らかくていい匂いがするのですー」
 ほわわんとした至福の表情で、彼女は瑞科の胸に顔をうずめる。
 まったく、どこまでも子供っぽいですわね。やれやれ、と瑞科は彼女の頭を撫でる。だが、その表情は幸せそうな笑顔だ。こうやって慕ってくれるのは素直に嬉しいものである。
「だから瑞科ちゃんのためには頑張ってあげちゃいたくなるのですよね。ちょっと待っていて下さいですよ。すぐに戻ってきますから」
 白衣の主任は瑞科から離れると、そう言い残して部屋を飛び出していった。どこまでも忙しない人である。
 でも、そこが彼女の可愛らしいところでもありますわよね。瑞科は彼女の背中を見送りながら、苦笑交じりにそう思うのだった。


「じゃじゃーん!」
 見た目から、仕草から、どこまでも子供っぽい白衣の主任は、やはり子供っぽい効果音を口にして、それを瑞科の前に広げた。
「これが瑞科ちゃんのためにあたしが丹精込めて作り上げた、新戦闘服なのです!!」
 デザイン自体はこれまでのものとほとんど変わりはない。機能性を考慮し、深いスリットの入ったシスター服。
「大事なのは見た目ではないのですよ。本当に大事なのは、人も服も同じ。そこに宿る思いなのです」
「そうでしたわね」
 それは白衣の主任の口癖だ。幾度となく瑞科も耳にしてきた台詞。
「この戦闘服にはあたしの瑞科ちゃんへの愛がたっぷりと詰まっているのですよ。さっそく試着してほしいのですよ」
「そうですわね。それではさっそく試着させて頂こうかしら」
 瑞科はそう言って、今着ている私服に手をかけた。しかし、そこでぴたりと動きを止める。
「どうしたのですか、瑞科ちゃん?」
 白衣の主任は不思議そうな声を出す。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
 瑞科は彼女に視線を向けた。
「はい、何でしょうか、瑞科ちゃん?」
「とても気になるのですけれど」
「あたしのことは気にしないでくださいなのです」
「……」
 瑞科の視線が鋭さを増す。
「え、えーとなのですね……」
 それもそのはずだ。白衣の主任は瑞科の生着替えを、ばっちりビデオカメラで録画しようと構えていたのだから。
「あ、あたしのことは気にせず。ささ、着替えてくださいなのです」
 それでも引かない白衣の主任は、なかなかの強心臓の持ち主と言える。しかし、
「早く出て行きなさいですわ!」
 ガチの眼光を瑞科に向けられ、
「ご、ごめんなさいなのですー!!」
 さすがの彼女も一目散に部屋を飛び出していったのだった。


「実際に着てみると、やはり全然違いますわね」
「ぐすん……、そう言って頂けて、何よりなのです……。ぐすん」
 わざとらしく落ち込んでいる風を装う白衣の主任を、瑞科は敢えて無視して新戦闘服の感想を述べた。深いスリットの入ったシスター服は、瑞科の美しすぎる魅力を更に引き立てている。
「ぐすん、ぐすん……。瑞科ちゃんに満足して頂けて、あたしも嬉しいです。ぐすん」
 ちらちらと瑞科の顔を窺う。
「体へのフィット感が素晴らしいですわね。とても動きやすいですわ。しかもこれで強度は上がっているんでしたわよね?」
「そうなのですよ! この新素材を開発したのも、もちろんあたしなのです! かなりの自信作なのです! 開発までには、それはもう、言葉では言い尽くせないほどの熱意と努力と愛をかけたのですよ!」
 本当に彼女にとって、かなりの自信作なのだろう。泣き真似も忘れて、白衣の主任は熱く語り始めた。
「あー、えーと、とにかく素晴らしいですわ。本当に感謝してもしきれないほど、最高の一品ですわね」
 こうなると彼女の話は長い。瑞科はこれまでの経験から、そのことを重々承知している。だからこそ、白衣の主任のボルテージが上がりきらないうちに、そう言葉を挟んだ。シスター服の生地について一時間以上も黙って話を聞くというのは、拷問以外の何でもない。
「それにこの装飾なんて、本当に素晴らしいですわ。さすが、わたくしの好みをよくおわかりでいらっしゃる」
 たたみかけるように、瑞科は褒めちぎる。実際、胸元に輝く深紅の装飾は瑞科の好みそのものだった。派手すぎず、それでいて確かな存在感がある。その胸に光る紅は、血潮のように熱く、美しい。
「いや、まあ、それほどでもあるのですけどね」
 白衣の主任は瑞科におだてられて、すっかり上機嫌だ。ちょろいものである。
「瑞科ちゃんはあたしの希望であり、夢なのですよ……」
「なんですの、突然?」
 白衣の主任が急に真面目な声でそんなことを言った。
「だって、瑞科ちゃんはあたしの作った戦闘服を着て、これまでもこれからも、活躍してくれるんですよね。それはあたしにとって、とても嬉しいことなのです」
「そんな、わたくしこそ主任には感謝していますのよ。いつも素敵な開発をわたくしのためにして下さるのですから」
「ありがとう。でも、瑞科ちゃんには本当に感謝しているのですよ」
 主任は少し遠い目をして、
「だって、初めてあたしの開発を認めて、素敵だって褒めてくれたのは瑞科ちゃんじゃないですか。あたしはこんな見た目だから、子供扱いされて、主任なのに威厳とかもなくて。でも瑞科ちゃんはちゃんとあたしの開発したものを、あたしの見た目とかは関係なしに評価してくれたです。それはとっても嬉しいことだったのですよ」
 初めて出会った時のことを言っているのだろう。そんなこともありましたわね、と懐かしい気持ちにもなる。
「けれど、わたくしはただ思ったことを正直に言っただけのことですわ。素晴らしいものは素晴らしい。素敵なものは素敵。ただそれだけの話ですわよ」
「ううん、それでもあたしは嬉しかったのです」
 彼女は瑞科の手を取り、まっすぐ瑞科の目を見つめた。
「だから、これからもあたしの開発した戦闘服で、いっぱい活躍して下さいなのです」
「ええ、もちろんですわ」
「えへへ、瑞科ちゃんならそう言ってくれると思っていたのです」
 無邪気な笑顔はやっぱり子供みたいで、どうしようもなく愛おしかった。
 わたくしも、もっともっと頑張らないとですわね。
 瑞科は心にそう誓い、にっこりと微笑み返したのだった。