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おにいちゃんといっしょ☆
1.
「今日の仕事は終了っと」
フェイトは携帯端末から報告を済ませると、東京の街を歩きだした。
予定よりも早く終わった仕事。アメリカ研修の成果がすでに表れているのだろうか?
日本に戻ってきたばかりのフェイトは空を見上げる。太陽はまだ高い。
…そうだ。近くにハスロさんの家があったっけ。折角だし、顔出していこうか。
そう思い立って、フェイトは黒スーツの仕事着のまま、ハスロ家へと足を向けた。
「フェイト君!?」
「こんにちは」
ハスロ夫妻は少し驚いた様子で、フェイトを迎えた。なにやらソワソワしているように見えた。
「あ、お兄ちゃん!」
「晶(あきら)君、こんにちは」
走り寄ってきたのは当時5歳の晶・ハスロ。ハスロ家の長男である。父によく似た柔らかそうな髪と母によく似た可愛らしい少年だ。
「お兄ちゃん、遊びに来たの? 遊びに来たの!?」
キラキラした瞳で好奇心旺盛なお年頃の晶に、フェイトは微笑む。
「うん。仕事終わって近くまで来たから元気かなって、顔見に来たんだよ」
すると、ハスロ夫妻が今度はキラキラとした眼差しでフェイトを見た。
「今…仕事が終わったって言ったかい?」
「え? …言いましたけど…」
すると、夫妻はフェイトに手を合わせて、頼み込んだ。
「お願い! 急用ができちゃって…ちょっとでいいの。晶を頼めないかしら!?」
「え!?」
思わず晶を見ると…変わらずキラキラとした真っ直ぐな瞳でフェイトを見ている。
「お願いできませんか。とても大事な用事なのです」
特にこの後の用事はない。断る理由もない。フェイトは覚悟を決めた。
「わかりました。が、頑張ってみます!」
フェイトの言葉に、ハスロ家の全員が喜んだ。
2.
夫妻を見送ると、フェイトは晶に訊いてみた。
「さて…晶君、何してあそぼっか?」
5歳の子供のやることと言えば…なんだろう? テレビゲームとかやるのかな? 公園…とか?
子守は初めての経験なのでどーしたものかと悩んでいると、晶は1枚の紙を持ってきてフェイトに差し出した。
「なに? 遊園地??」
「これ、これ!」
晶は下の方に太い枠線で強調された部分を指差した。
「あのね、これに行きたい!」
「ひー…ろー…ヒーローショー?」
赤、青、黄のマスクをかぶった人物がかっこよくポーズを決めているそのチラシは、ここからさほど遠くない場所にある。
「あのね、お父さんと約束してたの。すっごくカッコいいんだよ!」
晶はそう言うと踊るようにくるくるとその場で回りだす。おそらくはそのヒーローの変身ポーズか何かなのだろう。
「そっか…じゃあ、行こうか!」
「うん!」
満面の笑顔に思わずフェイトも笑顔になってしまう。なんだか楽しくなりそうだ。
晶に帽子をかぶせ、バス停まで歩きそこからバスに乗る。2区間ほどの短い距離だ…ったのだが…
「お兄ちゃん…トイレ、行きたい…」
「え!?」
モジモジとする晶にフェイトはアワアワ。もちろんバスにトイレなんてついていない。
「もうちょっとだから! 我慢できる?」
「が、我慢する〜…」
わずか2区間がこれほど長い旅になるとは思いもよらなかったが、無事に遊園地前に到着しトイレへと駆け込んだ。危ないところであった。
遊園地は、大勢の親子連れでにぎわっていた。…恋人連れも大勢混じっていたが。
そんな中、フェイトと晶は手をつないでお目当てのヒーローショーの会場へと向かう。
…のだが、晶は色々なところに目移りして時々フェイトと手を放してははしゃぎまわっている。
「お兄ちゃん! 怪獣! 怪獣!」
「いや、それは多分ウサギのぬいぐるみ…」
自由奔放な晶にフェイトは子供がよく迷子になる理屈が少しだけわかった気がした。
寄り道を繰り返し、何とかヒーローショーの会場に着くとステージにほど近い通路側が丁度2席空いていたのでそこに座った。
『さぁ、みんなのヒーローが来てくれましたよ! みんなで元気よく呼んでね! せーの!』
『*×●◎□〜!!』
会場の子供たちの声が大きすぎてヒーローの名はフェイトには聞き取れなかったが、とにかくその圧倒的な支持だけは感じ取れた。
耳がキンキンした…。
3.
『くそっ! こうなったら…会場の子供たちを誘拐してやる!』
ヒーローショーにはつきものである会場の子供たちを巻き込んでのステージショー。物語は劣勢になった怪人がステージから降りて会場の子供たちの周りをウロウロとし始めたところである。
フェイトは初めて見るそれに(大変そうだなぁ)なんて、感心してみていた。
隣の晶はというと…「負けるなー! がんばれー!」と、必死にヒーローを声高に応援している。
その声が怪人に届いたのか、怪人は晶の方へと向かってくる。
ん? とフェイトは眉をひそめた。
『よぉし、この元気な子供を誘拐することにするぞ!』
怪人は晶の手を取り、立ち上がらせた。ワーッという歓声と晶の嬉しそうな顔。
それとは逆に、フェイトは慌てた。
誘拐!? こんな白昼堂々!?
思わず立ち上がって、晶の手をガッと掴んだ。
「ま、待て待て待て待て! 晶を誘拐しようなんて俺が許さないぞ!」
そう叫んだフェイトに、怪人は「へ?」と間抜けな声を出した。
『えっと…お父さーん、お芝居ですから。安心してくださいね〜』
ステージの上の司会役のお姉さんが微笑みながら、マイクでそう言うと会場内はどっと笑いに包まれた。
「え…」
「行ってくるね!」
晶はにこにこと怪人に連れられて、ステージの上へと上がっていった。
フェイトは席に崩れ落ちるように座り、顔を伏せた。死ぬほど恥ずかしかった。
なにやってんの? 俺…。
ひとしきりフェイトが落ち込んでいるうちに、ショーはどうやら無事に終了したようだ。
一陣の風が吹き、会場から去っていく人の流れに気が付くとフェイトも晶を連れて会場を後にしようとした。
「晶君? あきらくーん??」
返事はない。…返事がない!?
「ま、迷子!? やべっ…!」
どうする? 俺に似たやつについて行っちゃったのか? それとも誰かに連れて行かれた!?
とにかく冷静になれと、深呼吸をした。そして精神を集中させ、晶へのサイコハックを試みる。
『取れるかなぁ? 高いけど…でも無くしたらお母さんに怒られるし…』
晶の記憶とフェイトの見る風景とが重なる。フェイトは振り返った。
「見つけた! …って、わぁ!? あんな所に!」
会場の後ろに立つ少し高めの鉄塔に帽子が引っ掛かっており、その鉄塔に晶が一生懸命上っている姿が見えた。5歳の晶が上っていい場所ではない。ましてや、上ったところで帽子に手が届くとは到底思えない。
「晶君! 早く降り…!?」
フェイトがそう言いかけた時、晶はフェイトに気が付いて掴んでいた手を放してしまった。
げ!? 落ちた!
咄嗟にフェイトが力を使おうと手を差し出す…よりも早く、それは起こった。
ふんわりとした風が晶の体を包んで、まるでスローモーションのように晶は地面の上に降り立ち、その手には帽子が握られていた。
「お兄ちゃん。帽子、取れたよ!」
無邪気に笑う晶にフェイトはぐったりとため息をついた。何が起こったのかはさっぱりわからなかったが、とりあえず、晶が無事であることに安堵した。
「さ、流石夫妻の子だね…でも、あんまり無茶しないでくれよな」
「? うん!」
わかっているのか、いないのか。晶は元気良く頷いたのだった。
4.
「お腹空いたー! お兄ちゃん、回るお寿司食べたい!」
帰りのバスの中、晶はフェイトにそう言った。
回るお寿司…あぁ、回転寿司のことか。でも、俺生ものは…。
ちらりと横を見ると晶はキラキラ&ニコニコと屈託のない瞳でフェイトを見つめている。
…負けである。どんな敵よりも断然に強い。
フェイトと晶は回転寿司に隣り合わせに座った。くるくる回ってくるお寿司に晶はとても嬉しそうだ。
「ハンバーグ〜♪ マヨツナ〜♪ それから、玉子〜♪」
お子様定番の寿司を次々と取っては並べ満足げに微笑んだ晶は、ふとフェイトの手元を見た。
「…? お兄ちゃん、エビフライ軍艦ばっかり??」
「!? す、好きなんだ。エビフライ…」
ギクッとしてフェイトが晶を見ると、晶はハスロ家の母そっくりの口調でこう言った。
「お野菜も食べなきゃだめー」
丁度流れてきた『なすの浅漬け寿司』を取ると、フェイトの方へぐっと差し出した。
「さぁ、召し上がれ♪」
「…あ、ありがとう…」
5歳の子供に見守られ、フェイトは美味しくなすの浅漬け寿司を頂いた。
「ただいまー! ごめんね、遅くなって」
夫妻が帰宅すると、玄関にフェイトと晶の靴はあったが返事は帰ってこなかった。
「どうしたんだろう?」
夫妻が家の中へと入ると、電気をこうこうとつけたままソファーの上で眠るフェイトと晶の姿があった。
2人はぐっすり眠りこんでおり、ちょっとやそっとでは起きそうになかった。
「…いっぱい遊んでもらったのね、きっと」
「楽しかったんだろうね。晶が笑っているよ」
夫妻は幸せそうに眠る2人にタオルケットをかけた。
「起きたらもっと楽しくて、嬉しいことが待ってるわ」
晶の頭を撫でながら、母は自らのお腹をそっと優しく撫でた。
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