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<東京怪談ノベル(シングル)>


妄執の魔像


 純金の枠は、炎を思わせる形に彫り込まれている。
 そこに一粒のエメラルドが綺麗に収まっており、まるで金色の炎が宝石を取り巻いているようなデザインである。
 それに金鎖を付けてネックレスとしたものが今、セレシュ・ウィーラーの手元にはある。
 黄金の炎に包まれた、小さなエメラルド。
 物によっては、ダイヤモンドであったりサファイアであったりするらしい。
 持ち主と言うか犠牲者の、誕生石かも知れない。
 もしそうであるならば、客に合わせて個別の宝石を用意していた事になる。
「大量生産してバラまいた、みたいな事言うとったけど……案外、凝った仕事しとったのかも知れへんね」
 エメラルドのネックレスをじっと見つめながら、セレシュは呟いた。
 鑑定を依頼された品である。これを着用していた女性は、死亡した。
 彼女の遺族が、セレシュに鑑定を依頼してきたのである。
 様々な宝石を純金の炎で囲んだデザインのネックレスが、ある1人の魔女によって流通に乗せられ、市場に出回り、大勢の女性の手に渡った。
 その女性たちが、ことごとく死亡した。恍惚とした表情を浮かべながら骨と皮だけになって、衰弱死を遂げた。
 魔女が、ネックレスを通じて、彼女らの生命を吸い取ったのである。
 その魔女は倒した。今頃は、単なる石の塊となって公園に転がっている。もしかしたら廃品業者にでも回収されてしまったかも知れないが。
 元凶が倒れた今となっては、このネックレスも単なる装身具である。身に着けても、死ぬ事はない。
 ようやく、じっくりと調べてみる余裕が出来たという事だ。
「何かに使えへんかなあ……」
 工房の椅子に座ったまま、セレシュは片手でネックレスを弄んだ。
 生命を削ってまで美を高める、魔の装身具。真っ当な使い方を、セレシュは思いつかなかった。
 鑑定の依頼者には、引き取りを拒否された。もう2度と犠牲者が出ないよう、適切に処分して下さい。そう言われた。
 作業机の上に置いてある2枚の写真を、セレシュはちらりと見やった。
 1枚は、特にどうという事もない容姿の、若い女性の顔写真。不機嫌そうな表情のせいで、より不美人に見える。
 もう1枚には、対照的に明るく、妖しく微笑む、美しい女性が写っている。女優と言っても通用するだろう。綺麗な胸元では、純金の炎をまとうエメラルドが輝いている。
 この2枚が同一人物の写真である、などと一体誰が信じるのか。
 鑑定依頼者が持参した、犠牲者の顔写真である。
 このネックレスのせいで、娘はまるで別人のようになってしまいました。依頼者は、そう言って泣いた。
 着用者の、命を吸収しつつ、外見的魅力を高めてゆく、呪いのネックレス。
 吸収された生命力は、そのまま魔女に送られ、若さを保つ活力となる。
 その代価のような形で、魔女の妖力がネックレスに送り返され、着用者の容姿を美しく作り変える。
 この辺りの仕組みと術式は、もしかしたら何かの参考にはなるかも知れない。その程度だ。
「……別人になったら、あかんやろ」
 女優のようになってしまった女性の顔写真を眺めながら、セレシュは呟いた。
 この写真を撮った1週間後に、彼女は死んだらしい。
 もう1枚の写真と、見比べてみる。
 たとえ魔女の呪いでなくとも、命を吸われるような副作用がないにしても、人間がここまで変わってしまってはならない。セレシュは、そう思う。
 美しくなりたい。自分を綺麗に見せるアクセサリーのようなものを作って欲しい。そういった依頼が来る事は、確かにある。
 魔女のこの技術を、そういった仕事に応用出来るかも知れない。セレシュは最初そう思ったのだが。
「美容整形っちゅうレベルと違うやろ……ここまで変わってもうたら、人生ワヤになるで。お化粧上手になるとか、見た目の印象ちょう変えるとか、せいぜいプチ整形くらいの効果にしとかんと」
 もう2度と犠牲者が出ないよう、適切に処分して下さい。
 依頼人のその言葉が、ふとセレシュの脳裏に甦った。
 元凶である魔女は、今や無力な石像である。女性が命を吸われて死ぬような事は、もう起こらないはずであった。
 だが、吸収した生命力を魔女へと送り込む経路そのものは、まだ生きているのだ。
 今、公園に放置されているのは、意思も魔力も持たない単なる石像である。言ってみれば、石の屍である。
 それでも、危険な魔女であった事に違いはない。
「うちが片付けとく、べきやろなあ」
 椅子から立ち上がりつつ、セレシュは溜め息をついた。
「重いんやろなあ……」


 幸いにと言うべきか、石像は誰かに回収される事もなく、公園に転がったままである。
 勝ち誇った笑みを浮かべたまま石化した、半裸の美少女。
 セレシュは少しだけ眼鏡をずらし、その石の屍を観察した。
 遮る物のなくなった青い瞳が、人間の目には見えないものを、はっきりと視認した。
 思った通りだった。まるで人魂のような生命力の光が、あちこちから飛んで来ては石像に激突し、跳ね返され、すごすごと帰って行く。
 呪いのネックレスを所有する女性たちの、外見美に対する執念が込められた生命力。この魔女が石像でなければ、全て吸収されているところである。
 吸収されなくなったとは言え、こんな妄執の塊のような生命力に、何度も何度も激突され続けていたら。
 魔女が甦ってしまう事はないにせよ、あまり好ましくない事態が生ずる可能性はある。
 例えば。生命のない石像に、妄執そのものの生命が宿ってしまうかも知れない。
「わけわからん付喪神にでもなったら、うちの責任問題やしな」
 セレシュは眼鏡をかけ直しつつ片手をかざし、念じた。
 石像が、消えて失せた。
 否。人間の目には見えなくなっただけだ。隠形の魔術。セレシュの目には、石化した美少女の姿が、相変わらずハッキリと見えている。
 石像と化した肉体は、破壊せぬ限りは何千年でも何万年でも形を保つ。だが衣服は、少し触れただけでボロボロと剥離してしまう事が多い。
 この魔女も、下着姿同然のあられもない格好で石化している。
 その下着が剥がれ落ちてしまわぬよう、細心の注意を払いながら、セレシュは石像を抱え上げた。綺麗にくびれた脇腹に手を回し、形良い胸の膨らみを肩に引っ掛ける。
「よっ……と……ああもう、重たいっちゅうねん」
 文句を漏らしつつ、セレシュは周囲を睨んだ。
 まるで人魂のような生命力たちが、相変わらず石像にぶつかっては跳ね返され、ネックレスを持つ女性たちのもとへ逃げ帰って行く。
 帰らずに、未練がましく飛び回っているものもある。
「悪い整形美容屋さんは、もう店じまいやでえ。とっとと帰りや」
 まとわりつく人魂たちに言葉をかけながら、セレシュはよたよたと重そうに歩いた。