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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奇跡の代価 後編

 この日、興信所を訪れていたのは初老の女性であった。
 身なりは取り留めて言う事はないが、顔のシワと頭髪に白髪が混じっている所を見ても、その苦労が窺い知れる。
「で、本日はどのような用向きで?」
 来客用ソファの対面に座った武彦が初老の女性に対して話しかける。
 女性は零に出されたお茶をしばらく無言で眺めた後、意を決したように口を開く。
「私も信じている話ではないのですが、こちらはオカルト関連に強い興信所ですとか……」
「え、ええ……」
 その切り出し方に、武彦は嫌な予感を覚える。
 オカルト興信所と呼ばれるのが嫌で仕方ないが、だからと言ってその手の仕事を片っ端から蹴り飛ばすと興信所が立ち行かなくなる。
 それに、この女性は本気で困っているようにも見える。
 威勢の良い依頼主なら『オカルトお断りだぁ!』と突っぱねてもいいが、今回のような手合いはどうにも扱いづらい。
「オカルト関係のご依頼なんでしょうか?」
「ええ、お恥ずかしながら、そうとしか考えられないのです」
 女性がバッグから取り出したのは二枚の写真。
 どちらにも少年と大型犬が写っていたが、明らかにおかしい点がある。
 犬は元気に成長しているのに、少年の方はやつれて見えた。
 そして、もう一点不思議なのは、二つの写真の経年である。
 メモされた日付を見てみると十年近い年月が経っているようだった。
 それにしては、犬の様子がおかしいのだ。
 大型犬はその体躯に見合って、そこそこの寿命を持っているらしいが、それにしても若々しすぎる。
 十年以上歳をとっている犬には見えないのだ。
 やつれている少年と対照的過ぎて、その一人と一匹の写真が異常な空間を切り取った物にしか見えなかった。
「一人息子と飼い犬です。息子は今年で十四歳になります」
「息子さん、育ち盛りにしては幾分元気がなさそうに見えますな」
「そうでしょう。……以前に別の霊能者と名乗る方に鑑定をしていただいたのですが、その際は『手に負えない』と依頼金を突っ返され、さじを投げられました」
 つまり、ガチでヤバい案件だと言う事だろう。
 その霊能者とやらも察しが良い。
 隣に立っている零の顔が険しいのを見るに、信じて良い証言だ。
「もう、私たちにはここしか頼るところがないのです。どうか、息子を助けてください。あの子は何かに取り憑かれているのです!」
 懇願する女性の願いを蹴っ飛ばすほど、武彦の根性は曲がっていなかった。

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 詳しい話を聞いた所、息子さんの様子がおかしくなり始めたのは、つい最近だそうだ。
 今までは普通に過ごしていたのに、急に身体が弱くなり、ちょっとした事で体調を崩し高熱を出す。
 病院にかかってみても原因は不明だと言われ、息子さん本人は入院を頑なに拒否する。
「丁度、その頃からです。左手にあざが出来始めたのは」
「左手のあざ……ですか」
 そう言われて写真を確認すると、確かに切り傷のようなあざが出来ている。
「きっとこのあざの所為なんです。お願いです、どうにかして息子を助けてください!」

 と、涙ながらに懇願してきたのが数十分前の事である。
 女性が帰っていった道を窓から眺めながら、零は不安げに口を開く。
「兄さん、気をつけてください」
「それほどヤバいのか、この案件」
「恐らく、かなり強い魔力をもった存在が介入しています。だから……」
「ヤバくなったら、俺だって尻尾巻いて逃げるさ。命あっての物種ってな」
 ジャケットを羽織り、武彦は興信所のドアに手をかける。
「おら、小僧、行くぞ」
「あー、俺も行くのかぁ」
 声をかけたのは勉強机(仮)で宿題に勤しんでいた小太郎である。
「俺、今ちょっと手が離せなくってさぁ」
「うるせぇ、小間使いがサボろうとしてんじゃねぇよ」
「宿題は大事だろうがよぉ!」
「俺の仕事を手伝うのだって大事だろうがよぉ! いいから来い、っつってんだよ!!」
 ギャーギャー喚く男二人を見ながら、やはり零は不安を募らせるのだった。

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「小太郎! 聞いて驚け! 俺の身長が五ミリ伸びたぞ!!」
 そこへやってきたのは勇太。
 勉強机にしがみついている小太郎と、それを引き剥がそうとしている武彦を見て目を丸くする。
「……なにやってんだ、二人とも」
「おう、勇太。いいところに来た。小太郎を外に連れ出すのを手伝え」
「連れ出してどうするんだよ」
「仕事の手伝いをさせるんだよ。……あ、お前も手伝え」
「なに言ってんだ、アンタ!?」
 興信所へやって来た客人を、いきなり仕事に巻き込む所長。
 だが別に、勇太はそれに反感を覚えるわけではない。
 興信所の仕事を手伝うのはこれが初めてと言うわけではないし、やってみる仕事と言うのは面白い物もあったりする。
 今回も『しょうがないから付き合ってやろう』ぐらいの気持ちで引き受けようとしたのだが……。
「今回の依頼はな、この少年と犬をどうにかするんだ」
 武彦に見せられた写真を覗き込み、勇太の目の色が変わる。

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 そんな勇太に呼び出されたのは慎とセレシュの二人。
 唐突に興信所に呼び出され、何事かと首を傾げている二人に、勇太は写真を差し出した。
「これ! この犬のあざ!」
 指を差したのは写真に写っている大型犬の左前足についているあざ。
 それを見て、二人も得心がいく。
「これって、あの魔獣の傷跡によく似とるやん……」
「じゃあ、もしかしてあの魔獣の正体がこの犬って事?」
「可能性は高いんじゃないかと思う!」
 三人の見解が一致した所で、武彦がタバコをふかしながら会話に割って入る。
「お前ら、この件に関わってるのか?」
「そうやねぇ……。関わってると言うか、前にユリちゃんの手伝いをした時、偶然関わってしまったと言うか」
「俺たちも事件の全貌を把握してるわけじゃないしね」
 慎の言う通り、三人は別に犯人を特定しているわけでもないし、少年と犬に何が起きているのかが判明しているわけでもない。
 今あるのは、この事件と公園の魔獣の件が繋がっているのではないか、と言う推測だけ。
 だが、これほど奇妙な類似点があるのだ。これで無関係だったのなら偶然と言うのを怨もう。
「草間さん、うちらもこの事件を手伝ってもええ?」
「ここで放り出すのは色々後味悪いよね」
 セレシュと慎に言われ、武彦はタダ働きの人手は願ってもない事だ、と二つ返事で答えた。

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「まずは、お前らの知ってる事を教えてくれ」
 と言われ、三人は武彦に公園の事件の事を話した。
 突然現れた魔獣と、戦いの中で起きた幾つかの不可解な事象。
 それらを掻い摘んで説明すると、武彦は神妙な顔をして唸る。
「なるほど、魔獣の足についている傷と、写真に写っているあざ、ね。これだけじゃなんとも言えんが、確かに引っかかる共通点だな」
「だろ? だから、もしかしたらこの犬が魔獣に変化してるんじゃないかってさ」
 勇太の推論もあながち間違いではない気がする。
「うちが見てみた感じ、写真から感じられる魔力も、魔獣に酷似してるし、全く的外れって事はないと思うんやけど」
「それに十年以上生きてる犬にしては、ちょっと違和感あるしねぇ。何か裏があると思って間違いないと思うな」
 公園の魔獣の事件と今回の依頼、状況を見れば関連性は薄くはないはずだ。
 となると魔獣の件で怪しくなってくるのは、この写真に写っている少年。
 彼が何らかの魔術を操り、犬を魔獣に変化させて人を襲わせている可能性もある。
「この少年の事について調べてみる必要があるかもな。地道に情報収集でもしてみるか」

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 手分けして情報を収集する、と言う事で。
 慎と小太郎がやってきたのは少年が通う学校の近く。
 下校時間を見計らってやってきたので、人通りは多い。
「でも、いきなり見知らぬ人間に声をかけて大丈夫かよ? 俺だったら絶対警戒するぜ?」
「おにーさん、心配性だなぁ。大丈夫、俺がなんとかしてみるから、ちょっと見てて」
 小太郎の心配を他所に、慎は道往く生徒の一人に声をかける。
「ねぇねぇ、ちょっといい?」
 捕まったのは女子生徒。
 中学生らしい、まだ幼さを残した顔立ちの、素朴な女子であった。
 そんな女子が、慎に声をかけられて目を丸くする。
「俺の友達がこの学校に通ってるんだけど、最近様子がおかしくてさ。お話を聞きたいんだけど、大丈夫?」
「え、えぇっと、だ、大丈夫、です」
「わぁ! ありがとう! 俺は月代慎って言うの。お姉さんは?」
「わ、わたしは――」
 簡単に名前と年齢、所属クラスを聞きだしてしまう慎の手管を見せ付けられ、遠巻きながら小太郎が唖然としていた。
 あんな簡単に話が進むなら、俺だって、と。
「あー、ちょっといいか? ここに通ってる生徒について話が聞きたいんだが……」
「なんだテメェ、どこ中だよ?」
「あ? 俺ぁテメェらより年上だ。高校生様だよ、敬語使え、中坊が!」
「はぁ? コーコーセー? 見えねぇ〜、そんな身長で高校生とか、マジウケるんですけどぉ!」
「上等だ、こらぁ! 表出やがれ!」
「もう外なんですけどぉ。頭大丈夫ですかぁ?」
 ギャーギャーとケンカスレスレの言い争いを始める小太郎を置いて、慎は女子生徒と一緒に座れる場所を探した。

 たどり着いたのは学校の中にある教室。
 私服であった慎も、なんとか教師から隠れるようにして学校内に侵入できた。
 校門で言い争いをしている小太郎のお陰、と言うのもあるだろうか。
「いやぁ、ありがとう。面倒かけちゃってごめんね」
「ううん、慎くん、困ってるみたいだし、わたしも協力するから」
 女子は少し顔を高潮させながら、ブンブンと頷く。
 そりゃあ一介の中学生が、慎のような抜群のルックスと対人スキルを持ち合わせた人間にぶち当たれば、こうなる。
「……あっれ? その子、かわいいね? どこの子?」
 ふと声のした方を見ると、廊下に女子生徒が。
 どうやら慎を見つけて興味を惹かれたらしい。
「この子、学校の外にいたんだけど、この中学に通ってる友達について聞きたい事があるんだって」
「へぇ、じゃあ情報は多いほうがいいよね。その友達って何年生? クラスはわかる?」
「ちょっと他学年の娘も呼んでこようよ! ちょっと待ってて、暇そうな人たち集めてくるから!」
 妙な連携を見せる女子連中の働きにより、そのクラスは瞬く間に中学一年から三年までの女子で埋められる事となった。
「何でも聞いて、慎くん! 私たち、何でも答えるから!」
「ありがとう、お姉ちゃんたち!」
「「「キャー、カワイー!!!!」」」
 黄色い声の合唱が教室に鳴り響いた。
 これだけ騒いでも教師が寄って来ない辺り、女子連中の連携具合が窺い知れた。

 さて、重要なのは情報収集だ。
「あー、その子なら知ってる。二年生の子でしょ?」
「最近、学校に来てないよね? なんか腕に包帯とか巻いて、中二病にかかったって周りから言われてたよ」
「でも別に、イジメとかはなかったよね? なんで学校に来なくなったんだろ?」
「なんか病気じゃなかったっけ?」
「アイツん家、犬は元気なのにねぇ」
「そーいえば、あの犬、すっごい長生きらしいじゃん。もう十何年も生きてるんでしょ?」
「あれ、でもその犬、一回死ななかったっけ?」
 一人の女子が発したその言葉に、慎が反応する。
「そ、それ! その話、詳しく聞かせて」
「え? どれ?」
「犬が一回死んだ、って話!」
 慎に詰め寄られ、女子は目に見えて慌てふためきながらも、必死に頭を整理する。
「あ、えーと……ちょっと前なんだけど、犬が死んだからってその子、学校を休んだのよ。でも次の日になったら普通に学校に来てたの」
「その時はなんて言ってたか、わかる?」
「犬は死んでなかったって。生き返ったんだって言ってたけど……あんなの嘘だってみんな言ってたよ。ズル休みするための口実だって」
 女子はさらに『そう言えば、その頃から腕に包帯を巻き始めたっけ』とも言っていた。
「ありがとう、お姉ちゃん! 今の話、すごく役に立った!」
「え? ホント? うわー、慎くんに感謝されると照れるなぁ」
「アンタ、ずるいわよ! 私だって慎くんの役に立ちたい!」
「何かもっと聞きたい話とかないの!? なんでも教えるよ!」
「えっと……じゃあ、その犬が死んだって話の前後で、友達の近くで変な人を見かけたりしなかった?」
「うーん、いないと思ったけど、男子の話だしなぁ……」
「私の彼氏がその子の友達だけど、別に変な人と付き合い始めたって話は聞いてないよ」
 と言う事は、悪い魔術師が少年をたぶらかして、何か利益を得ようとしたわけではないだろうか。
 だとすれば、魔獣の足に浮き上がった魔力のあざは一体誰がつけたというのだろう?
「ねぇ、それよりもさぁ。慎くんはどの辺に住んでるの?」
「もしかして、近々この中学校に入学してくる?」
「あーあ、私三年生だからなぁ。慎くんが入学してくる頃には卒業してるよ……」
「ねぇねぇ、どうなの!?」
 その後もしばらく、女子たちの話につき合わされ、慎はしばらく教室を出ることが出来なかったと言う。

「ふぅ、実入りは少なかったけど、楽しかったな」
 完全下校のチャイムが鳴った後、慎は学校の外へと出てきた。
 長いこと続いた女子とのトークを終えて、心地よい疲労感はあった。
「……あれ?」
 そんな慎が校門にさしかかると、そこで体育すわりをしている影が一つ。
「小太郎おにーさん、そこで何してるの?」
「……いいんだ、俺はどうせちびっ子なんだ……」
 なにやら中学生との口ゲンカに負けた様子で、それから武彦たちと合流するまで、陰鬱なオーラを背負った小太郎を宥めながら慎は道を歩き続けた。

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 再び、全員が興信所に戻ってくる。
 零が淹れてくれたお茶を飲みながら、武彦が口を開く。
「んでは、各々、わかった事を報告してくれ」
 会議を切り出されて、慎が手を挙げる。
「はーい、じゃあ俺からね。件の少年に怪しい人物は近づいてなかったみたいだよ。変な人が魔術知識を吹き込んだって事はないみたい」
「まぁ、その辺の魔術師から知識を吹き込まれて、中学生が簡単に行使出来る魔法なんかおっかないしな。そんなもんはない方がいい」
「あと、その子の飼い犬だけど、一度死んだって聞かされてたってさ。学校の生徒からの証言」
 話によると、飼い犬は一度死亡し、少年も学校を休むほどショックを受けたそうだが、翌日には犬は死んでなかった事にされて、少年も普通に登校していたらしい。
 それを聞いて、セレシュはなるほど、と頷いた。
「何かわかったのか、セレシュ?」
「まぁね。前回の件からIO2が早々に手を引いたんが気にかかってたんやけど、うちが思ってた通りかなって」
「どういうことだ?」
「もし、犬……名前はジョンって言うらしいんやけど、そのジョンを生き返すために少年と魔術でリンクさせていたなら、少年の命がジワジワ削られてるんやないかってね」
 犬のジョンは齢十七の老犬。
 ジョンの犬種では平均寿命が十三年ほどだと言う事を考えれば、かなりの長命である。
 だが、このジョンが一度寿命を迎えて死んでいたのだとしたら。
 そして少年が何らかの方法でそれを回避しようと、自分の命を分け与えているのだとしたら。
「若い子は生命力が旺盛やけど、一度死んだ老犬を黄泉返して、更に生存状態を継続させるって言うと、かなりの生命力を必要とするんよ。恐らく、今もすごい勢いで少年の命が削られてるんとちゃうかな」
「じゃあ早急に手を打たないとヤバいって事か」
「IO2はこのまま放置していても状況は収束すると思ってるんとちゃうかな。だから、ユリちゃんに継続して捜査をさせなかった……ありえん話ではないと思うけど」
 考えられる話ではある。
 IO2のエージェントも暇ではない。この魔都東京で放置して解決できる事件があるならば放置するだろう。
 だが、そんなセレシュの推論に、武彦は顎を押さえて考え込む。
「草間さん? どないしたん? なんか間違ってた?」
「いや、大筋間違っていないと思う。……だがまぁ、今のところIO2の事は横に置いておく。まずは俺に課せられた仕事をこなすさ」
 今はIO2の話よりも少年を助けなければいけない。
 そうしなければ寝覚めが悪いし、依頼報酬も入ってこない。
「じゃあ、続けてうちが報告するわ。うちが見た感じ、やっぱり少年と犬のジョンは魔力的に繋がってるで」
「でも、その魔術を施術したのは少年ではない、と」
 それは慎の集めた情報からも推察できるし、武彦と勇太が見た少年の部屋の様子からもわかる。
 少年は魔術知識を吹き込まれたわけでもないし、彼が独学で勉強したような風でもなかった。
 恐らくは『第三者』が魔術を施術しているはず。
「その魔術をどうにかしない限りは、少年は助からないって事だな。どうにか出来たりしないのか?」
「あざにかけられていた魔術は割かし簡単な魔術やけど……問題は別の所やね」
 セレシュが話した時の少年の様子を反芻し、彼女は渋い顔をする。
「あの子はあの魔術の効果を理解した上で、それを受け入れてるふしがあんねん」
「自分の命を削るような魔術を受け入れてるって事か?」
「それだけジョンが大切なんやろね。魔術のリンクを解除するのは簡単やけど、それで少年が悲しい思いをするとなると、ちょっと考えてまうわ」
「あー、セレシュさん、それはちょっとヤバいかもしれん」
 セレシュの言葉に、勇太が手を挙げて反応する。
「なにがまずいん?」
「俺はその魔術を施術した黒幕と、少年との契約内容を知れたんだけど……無理やりリンクを解除するとその契約内容に問題があるんだよ」
 勇太がテレパスによって知り得た情報である。
 それには契約の詳細が含まれていたのだ。
「契約は『犬の寿命の延長を少年の命でまかなう事』、だが『外部が原因による犬の死亡に関しては関知しない』。これが契約内容なんだけど」
「つまり、犬と少年のリンクを強制解除すると、その時点で犬の寿命が尽きて死ぬって事だな」
「そう。んで、契約完遂の暁には、少年の魂が持っていかれる。つまり、犬が死ぬと少年も死ぬ」
 少年との魔術リンクが切れれば、犬はその時点で延長されていた寿命を全うする。つまりその時点で死亡する。
 すると契約が完了となり、少年の魂は連れて行かれて死亡する。
 結果、無理やり魔術を解除すれば犬も少年も死ぬ。
 これでは依頼は成功とは言えない。
「じゃあどうしたらいいのさ?」
「これは俺が考えたんだけど、少年が犬に執着する気持ちをどうにかすれば、契約を破棄出来ないかな?」
 少年が契約を結ぼうと思った最初の動機を薄くしてやれば、契約を解除できないか、と考えたわけだ。
 しかし、それには武彦が首を振った。
「それは難しいんじゃないか? 今更契約をうやむやにしても、魔術の効果は発揮されてるわけだし、相手に報酬を払わないってのは道理が通らんだろ」
「じゃあ、報酬として別のモノを用意するとか」
 慎のなんて事ない発言で、周りの空気が止まる。
「あ、あれ? 俺、変なこと言った?」
「いや、そうやね……相手が交渉できそうなんなら、その手もありえるで」
「勇太、その契約相手ってどんなヤツなんだ?」
「ええと……大鎌を担いだ黒い影の……悪魔って名乗ってたかな」

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 後日、依頼人の家にて。
 少年の部屋に集まったのは勇太、慎、セレシュ、そして武彦。
 ついでに依頼人である母親と犬のジョンも同席し、この部屋にいるのは少年も含めて六人と一匹。
「さて、それでははじめようか」
 武彦の言葉を合図に、慎とセレシュが部屋内で魔法を操る。
 その間に武彦が少年に近づいた。
「さて、キミはとある悪魔と契約して、ジョンの寿命を延ばしているな?」
「……な、何のことですか」
「とぼけるのは構わんが、このジョンが人様に迷惑をかけてる事だけは自覚しておいて欲しいな」
 武彦から合図を受けて、慎とセレシュは走らせておいた術式の一つを発動させる。
 すると、ジョンの身体が見る見る膨れ上がり、部屋の一角を埋めるほどに大きくなった。
 いつぞや見た、魔獣の姿そのものである。部屋の構造上、大きさは些か控えめにしてはいるが。
 それを見て、少年と母親は驚いて声をなくしているようだった。
「このジョンの姿はキミが結んだ契約による副作用だ」
「ど、どど、どういう事ですか!?」
「生命力を魔力として受け取ったジョンは、その魔力を消化しきれずに持て余し、身体を変容させてしまい、さらにはそれが暴走してしまうとあの姿になって人を襲う。既に数人、人死にが出ている」
「そ……そんな……」
「本来の寿命を歪んだ形で延長すれば、こう言う不具合も出てくる。……厳しい言い方になるかもしれんが、キミがジョンを苦しめていると言っていい」
 そう言われて、少年は唇をかんだ。
 彼自身にもおかしな事をやっていると言う自覚があったのだろう。
 変わり果てたジョンの姿を見て、その罪悪感が噴出したのだ。
「キミが望むなら、ジョンを元に戻す事が出来る。俺たちはその準備をしてここに来た」
「……で、でも、ジョンが死んじゃったら……」
「キミの身の安全も保障する。どうかジョンのためにも、キミ自身のためにも、ジョンを解放してやってくれ」
 少年はしばらく悩んだ後、静かに首を縦に振った。
 するとその瞬間、部屋の中にもう一人の人影が現れる。
『困りますねぇ。勝手に人の契約者をたぶらかしてもらっちゃあ。悪魔みたいな人だ』
 その人影は大鎌を背負った真っ黒な影のような人物。勇太がテレパスで確認した悪魔だ。
 一行はすぐさま、母親と少年を守るように立つ。
 そんな様子を見て、悪魔はクツクツと笑った。
『警戒しなくても大丈夫ですよ。私は別に荒事をしに来たわけじゃないんですから』
「だったら、何をしに来た?」
『忠告をしに来たんですよ。あなたたちはその犬と少年のリンクを解除しようとしているらしいですが、それだとそこの少年の魂は私のモノになりますよ? 私としてはそれでも一向に構いませんが、せめて命尽きるまで二者を一緒にいさせてはあげませんかね?』
「人生には愛するモノの死を乗り越えなきゃならん時だってあるんだよ。悪魔にはわからんかもしれんがな」
 返答を受けて、悪魔はそれでもクツクツといやらしく笑うだけだった。
 ヤツの笑い方は癇に障るが、悪魔が姿を現してくれたこと自体は、一行にとって喜ばしい事だ。
 直接交渉が出来るのならば、立てた作戦もスムーズに進行できそうである。
「アンタがこの少年の魂を欲しがってる理由はなんだ?」
『人間には理解の及ばない理由ですよ。我ら悪魔は魂を色々な事に使用しますから……そうですね、あなたたちはどうして水を必要とするのですか? と尋ねられるのと一緒です』
「わかった、質問を変えよう。この少年の魂を諦める気はないか?」
『失礼ながら質問で返させていただきましょう。あなたは喉が渇いている時に水の入ったコップを差し出され、それでも諦めろと言われたら素直に従えますか?』
 なんとも皮肉屋な悪魔ではある。……だが会話は成立している。
 となれば、武彦にも戦う術はある。
「昔、どこぞのお姫様が言ったとされるセリフに『パンがなければケーキを食べればいい』と言うのがあるそうだ」
『それがどうしました?』
「お前もそうしてみたらどうだ? 『魂がなければ別の代用品を使えばいい』だろ」
『あなた方にそれが用意できますか?』
 武彦の意図を看破し、悪魔は楽しげに口元を歪める。
 武彦の方も話に乗ってきたのを見て、楽しげに笑った。
「セレシュ。例の物を」
「はい、これやね」
 セレシュが持っていたのは特殊な鉱石。
 彼女が異世界を渡り歩いて適当に拾ってきた……と言っては言葉が悪いが、この世界ではかなり貴重な石である。
 それを見て、悪魔は驚いたように口笛を鳴らした。
『これは興味深い。あなたがたは、これをどこで?』
「それは企業秘密やねぇ」
「で、この石で少年の魂の代わりとしちゃくれないか?」
 悪魔は石を興味深げに眺めた後、ニコリと笑う。
『いいでしょう、これまで犬の寿命を繋いだ分の契約料はこれでまかないます。契約を完遂したとみなし、少年と犬の魔力リンクを解除します。それでよろしいかな?』
「そうした場合、少年はどうなる?」
『私が彼から魂を奪う事はありません。ですが他の要因が降りかかっても、私は関知いたしません』
 今までは契約者として監視はしてきたが、今後はそれもなくなると言う事だろうか。
 とりあえず、すぐに生命力が枯渇するような事はなくなるだろう。
「じゃあ、契約成立だな」
『ふふふ、確かに。ではリンクを解除します』
 石を受け取った悪魔は人差し指をクルクルと回す。
 すると少年と犬につけられていたあざが溶けるように消えうせ、ジョンはすぐに床に伏せて目を閉じた。
 それを見て、今までベッドの上にいた少年は、モゾモゾと這い出てきてジョンの亡骸にすがりついた。
 すすり泣きとジョンを呼ぶ声を聞きながら、武彦たちは部屋を出た。
 いつの間にやら、悪魔もどこぞへと消えていた。

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「はぁー、なんとか荒事はなしで済んだなぁ」
 家を出た後、勇太が大きく伸びをする。
「悪魔が出てきた時はアイツとやりあうんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「おにーさんは優しいねぇ」
 隣を歩く慎が笑みを見せてくる。
「あんな所で戦ったりしたら、いろんな人に迷惑がかかるもんね」
「それもあるけど、やっぱり強そうなヤツとはあんまり戦いたくはねぇよ。命が幾つあっても足りないと言うか……」
「それもそうだね」
 慎はあの悪魔の底知れぬ魔力について察知していた。
 それだけに今回、悪魔の前ではかなり警戒していたと言っていい。
 人知を超える存在は何度となく見てきたつもりだったが、アレは特別ヤバそうな悪魔であった。
「出来ればもう、出会いたくはないなぁ」
「俺も、そう願うよ」
 少年二人は肩を並べて、帰路へつくのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

【6408 / 月代・慎 (つきしろ・しん) / 男性 / 11歳 / 退魔師・タレント】

【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】


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■         ライター通信          ■
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 月代 慎様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『わかりやすい伏線をまくのが好き』ピコかめです。
 プレイングの推理が全体的に見て、かなりの正答率だったので、ベストエンドでした。

 今回は事件の中心人物とは離れた場所で、外堀埋めをしていただきました。
 犯人に直接届くような手がかりはなかったものの、必要情報は得られたのではないかと思います。
 それにしても中学生女子に囲まれる状況は、書いてて超羨ましかったです。
 ではでは、次回も気が向きましたらどうぞ〜。