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<東京怪談ノベル(シングル)>


寂しさと裏切りと人の性
 最終戦争の生存者が連合と同盟に分かれて争う地球。
 そこに事象艇が墜落したという通信が入ったのは、さっきのことだった。急いで郁が現場に急行すると、
完全に壊れてしまっている事象艇がところどころ煙を上げていた。しかし、SOSを送ってきたはずの本人達がいない。
「どういうこと?」
 考えこむように呟いたのが先か、後頭部に銃を突きつけられたのが先か、はたまた同時だったのか。
「手を挙げてこちらも向いてもらおうか」
 若いが少しドスの効いた男性の声がする。溜息をついて郁は手を挙げて振り返る。服装から同盟側の人間だろう。
「よし、来てもらおうか」
 そうして、郁は同盟側の基地へと連行された。

 目の前には同盟側のボスと思しき男が座っていた。その右隣に小柄の女の子。左隣には大柄の男が立っている。幹部兼ボディガードといったところなのかもしれない。
「事情はわかりました。災難でしたね。多分貴方のお仲間は連合が捕えているのでしょう。もしよかったら救出をお手伝いしましょうか?」
 事情を話すとボスは残念そうにそう言った。
「何がお望みなんですか?」
 何か交換条件を出してくるだろうことは想定していた。問題はその内容だ。
「彼女の願いを叶えて欲しいのです」
 そう言って、ボスは小柄の少女の方を見た。
「茂枝萌です。よろしくお願いします」
 少女はぺこりと頭を下げた。
「で、願いというのは?」
「彼女はもともと連合の人間なのです。ここに逃げてきたのですが、なかなか馴染めず居場所がないらしくて……TCに入りたいというのですよ」
 ボスの言葉に萌がうなづく。郁は心の中で自分のことを思っていた。
 この子は私と似ている。
 そう思った郁はその条件をのむことにした。
「でも、私は連合の人間じゃないわ。仲間がどこにいるのかはわかるの?」
 郁がそう言うと、萌がボスの袖を引っ張って、耳打ちした。ボスは、萌の頭を優しく撫で、郁のほうに向き直ると、
「では萌を連れて行ってください」
「こんな小さな子を?」
「先程言ったとおり、その子は連合の出身です。内部構造ならわかっています。それにご心配なく。その子にはちゃんと戦闘訓練を施してありますし、戦闘実績もあります。それに、これは彼女の提案なのです」
「よろしくお願いします」
 萌が音もなく郁の前まで来て深々と頭を下げた。
「……わかったわよ」
 本当は萌というこの少女を一緒に連れて行きたくはなかった。境遇が似ているがゆえに、危ない目に合わせたくなかったのだ。

 連合に潜入する前の晩のこと。
 郁と萌は基地近くの廃墟にいた。萌が食べられそうな缶詰を集め、郁が廃品からコンロや調理器具を作る。見た目こそイマイチだが、暖かな夕食ができた。
「「いただきます」」
 偶然だが、声が重なる。それだけで2人は笑顔になった。
 同じような境遇の2人だからこそ通じるところがあったのかもしれない。ここに来る間も、話題は絶えなかった。生まれた土地のこと、育ってきた環境のこと、話したいことはいくらでもあった。今まで誰にも話したことのないような話もした。2人はずっと寂しかったのだ。2人が友人になるのに時間など必要なかった。
「野外のご飯おいしいね」
「はい。おいしいです」
食事のあいだも会話は弾み、終始笑顔が溢れていた。
「ごちそうさまでした」
「いただきました」
 手を合わせ小さくお辞儀をする。
 そして、作戦開始までまた話そうと、郁が口を開いた瞬間、
「作戦時間ですね」
 そう萌がいった。楽しい時間はあっという間に終わってしまっていたのだ。
「みなさんが監禁されているところは見当がつきます。事象艇でそこまでワープしてみなさんを助けてください」
「萌は?」
「私には発信機がついています」
 そう言って萌は両陣営の住民には体内に発信機を持ちお互いの接近を識別できることを教えてくれた。
「ですから、私が敵をひきつけます」
「でも、それって危ないんじゃ……」
 心配になって萌にそう尋ねる郁。そうすると萌は微笑んで、
「そんな顔しないでください。これが終わったら郁さんとおなじTCの一員になれるんです。大丈夫ですよ」
「わかった」
 なにか嫌な予感がしたが、それを振り払うように頭を振り、郁は萌を伴って事象艇に乗り込んだ。

 事象艇は入り組んだシェルターの最奥部。連合の動力炉付近の廊下にワープした。すると、牢のようなところに入れられた乗組員を見つけた。
「あっ、郁さん!!出してくださいよ〜」
 乗組員がこちらに気がつき、半泣きで訴える。
「今、だ……」
 返事を返そうとした郁の言葉を遮ったのは警報音だった。萌の方を見る。
「私の発信機に反応したんだと思います。私が敵を陽動しますからそのうちに逃げてください」
「萌は?」
「大丈夫です」
 薫の中で、嫌な予感がすごくしたが、萌の笑顔に曇りはなかった。
「わかったわ」
 そう言うと郁は牢の鍵を開けようとするがなかなか開かない。その間にも敵が迫ってくる足音がする。
「こっちだよ」
 萌はそう不敵に笑うと、走り出した。敵はそれを追いかけたのか足音は遠ざかっていった。
「あなたたちは先に逃げて。萌をおいてはいけない」
 同じ境遇だからとか、そういうことではなくて、郁の中で萌はもうすでに友人だった。その友人を見捨てていけるほど、郁は冷徹には成れなかった。
「わかりました」
 頷いて、乗組員は消えた。それを確認したあと、郁は走り出した。早く萌を見つけなくては。その思いだけが彼女を動かしていた。
 と言っても初めての建物。迷子になった郁は偶然動力炉に入ってしまった。そこには見知った人物がいた。
「……萌?」
 ありえない。そう思いながらも震える声で呼びかけると振り返ったのはやはり萌だった。そしてその手には、爆弾が見えた。
「萌…あんた何してるの?」
 声が震えた。ここでそれを持っているということがどういうことなのか郁はわかっていたし、萌がわからないはずがなかった。
 眉間にしわを寄せ、萌は爆弾を投げようとする。しかし、郁の方が動きが早く、投げる前に羽交い絞めにして爆弾を取り上げた。
「なんでこんなことするの!?」
 郁の瞳からは涙が溢れて止まらなかった。
 その涙を見たからなのか、萌は溜息をついて話し始めた。全ては計画だったのだと。
 萌の語る同盟ボスの真意は、こうだった。
 萌にTCへの志願をさせまず郁の信用を得る。そして、人質救出作戦で連合を陽動する隙に、萌が敵の動力炉破壊し、停電した隙に同盟軍が一気呵成に攻めこむ。
「私はコマですから」
 ボスの真意を語ったあと、萌は呟くように言った。
「違うわ。コマなんかじゃない!!……私たちせっかく友達になれると思ったのに」
「ごめんなさい」
 萌は小さく呟いた。その肩は震えていた。

 萌を逮捕し、同じ事象艇で本部に戻る2人に笑顔はなく、話し声さえなかった。事象艇の眼下では同盟の街が赤く、燃えていた。



Fin