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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜最後は激しい蛸ダンスをあなたに〜


「えーっと…」
 なになに、と綾鷹郁(あやたか・かおる)は今回の任務に関係する資料のひとつである契約書を引っぱり出して、上から読み出した。
 隣りから鍵屋智子(かぎや・さとこ)も覗いて来る。
 ふたりは今回の任務――顔が人間で身体が蛸という、豹紋蛸共同体が統治する地球に赴き、今をさかのぼること百年前に不時着の上移住したダウナーの生存者たちを、彼らの住む地下都市から退去させる、という、書いたら2行ほどで終わってしまうような任務に向かっているところだ。
 実際には2行ではどう頑張っても終わらない内容だが、郁と鍵屋は相変わらず能天気にかまえている。
「2万人の追い出しかぁ…移動だけでもけっこう面倒ねえ」
「蛸さんたちは、あたしの一族と契約を結んで、しばらく地球を彼らに貸し出すことになってるのよね。だから、いっくら先住者とはいえ、お仲間さんたちには出て行ってもらわないと困るのよ」
「追い出しちゃえばこっちの勝ちじゃないの?」
「うん、あたしもそう思う!」
 どちらかというと力技に傾きそうなふたりだが、最終的にはそこに落ち着くとしても、どう双方を納得させるか――事の成否はそれにかかっている。
 現在の地球は放射能まみれのはずだが、ダウナーの生存者たちは環境適合し、人口2万人余の地下都市を築いている。
 その彼らに、三日以内に退去してもらわなければ、強制駆除されてしまうかもしれないのだ。
 今回の契約の条項に、そういう一文がある。
 地球の上空に停泊し、ふたりはすぐに地下都市へと向かった。
「何をしに来た!」
 都市の入り口の門をくぐるや否や、市長と思しき初老の男性が真っ赤な顔をしてふたりを怒鳴りつけた。
「わしらはここを出て行かんぞ! ここは先祖伝来の土地だ! わしらの先祖はな、この汚染された地球で、それはそれは苦労して…」
「昔話が始まっちゃったわよ」
 鍵屋が隣りでうんざりとそうつぶやいた。
「こうなったら、私は蛸の方を何とかするわ。この分だと、もしかしたら三日以上かかるかもしれないでしょ、彼らの説得に」
「うーん、そうかも」
 郁は、憤怒の形相で立ちふさがる市長を見ながら、ため息をついた。
 市長は先祖たちがどれほどの艱難辛苦を乗り越えてきたのか、拳を振り上げて力説している。
 鍵屋はもう話半分にしか聞いておらず、「向こうの代表者は…今どこかしらね…」などと言いながら、持っていた端末で居場所を確認し始めた。
「じゃ、そっちは頼んだよ?」
 言い置いて、仕方なく郁は、市長に歩み寄った。
「えーっと、これが今回の契約書です」
 書類を差し出し、説明を始める。
 話をさえぎられた市長はさらに激怒して詰め寄って来た。
「お前らはわしらがどんなに生きるのに苦労しているか知らないから、そんなことが言えるのだ!」
 ――鍵屋が去った後、郁は市長の説得を始められず、結局街中に放置された。
 
 
 
 鍵屋が蛸に退去期限の延長を願い出て、却下されたころ、郁は市長の息子とイイ仲になっていた。
 郁は息子の好みのど真ん中だったのだ。
 そこで息子を使って反乱を画策したのだが、そこは苦難の生活を強いられている市長だ、危機管理にも優れていて、あっという間に看破された。
「今すぐ出て行け!」
 今度こそ本気で怒鳴られた郁は、表情を引きしめ、一言だけ言い放った。
「あたしの正論が怖いの?」
 今までと打って変わって凄味を増した彼女に、市長は自分の態度が大人げなかったと思ったのだろう、コホンと咳払いをしてから、「話だけ聞こう」と言った。
 郁は蛸の脅威を訴えるが、市長はもちろん、息子も煮え切らなかった。
 彼は祖先の菩提にこだわっていた。
「全滅したら誰が弔うの?!」
「先祖の偉業は素晴らしかった! お前はそれを知らないだろう!」
 郁の言葉は彼らの心に届かなかった。
 だが、息子は郁に心を残していた。
「言葉より行動なんだよ。親父は先祖がやったことを讃えてるだけなんだ」
 そして俺も言葉より行動だ。
 そう言って、彼は郁にキスをした。
 郁はそのとき、あることを思いついた。
「確かに、言葉より行動よね…」



 鍵屋は契約書の条文を盾に、蛸に食い下がっていた。
 しかし彼らは鍵屋を追い返した。
「時間がないっていうのに!」
 鍵屋は地団太を踏みながら、契約書を握りしめ、天に向かって拳ごと振り上げながら艦に戻りかける。
 瞬間、契約書の一部が天啓のように目に飛び込んで来た。
「え…? これって…」
 契約書のその部分には、「紛争が起きたさいには、調停役を自由に選ぶことができる」という一文が載っていた。
「これよ、これだわ!」
 鍵屋は小躍りして、叫んだ。
「これこそまさに抜け穴よ! 勝ったわ!」



「ちょっと! 何をするんだ?!」
「言葉より行動なのよ!」
 郁は面食らう息子の前で、銃を取り出し、先祖の墓に向かってぶっ放した。
 墓はあっという間に粉々に砕け散った。
 そして、決然とした顔で振り返ると、きっぱりと断言した。
「こんなところにすがりついて何になるの?! 彼らはあなたたちにも容赦しないわ! このままじゃ犬死によ! 全滅なんてしたら、ご先祖さまに何て言うつもり?! 都市なんて、人さえいればどこにでも作れるんだから!」
 市長は破壊された墓の前でがっくりとうなだれた。
 郁の言うとおりだ。
 二万人を道連れになど、一介の人間にできるはずがない。
 こうして、市長は折れた。
 
 
 
 鍵屋は契約書をもう一度蛸に突きつけ、自分の勝利を宣言した。
「調停役はこの弁護士よ! …入院してるけどね!」
 蛸たちは鍵屋を見つめたままだ。
「さあ、訴訟か退去延期か、どっちを選ぶの?!」
 どちらも選べず、蛸たちは頭を抱えて悩み苦しんだ。
 そのうちそれだけでは済まず、のた打ち回るようになり、蛸の踊りに発展した。
 天高く勝利の高笑いを響かせる鍵屋に、市長の息子は呆然と言った。
「楽しんでますね?」
「ええ、してやったりよ♪」
 ふたりがくねくね踊る蛸たちの派手な苦悶の踊りを見物する傍らで、市長の息子は鍵屋に熱っぽい視線を送っていた。
「あぁ、鍵屋さん…何てカッコいいんだ…!」
 彼は鮮やかで完全な勝利を収めた鍵屋に惚れたようだ。
「あたしじゃないの?!」
 郁は思わず嫉妬に駆られてそう叫んでいた。
 
 
 〜END〜