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<鈴蘭のハッピーノベル>


幸せの雨 〜フェイト〜

 シトシトと落ちる雨。
 鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

 女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
 叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

 貴女と、君と……永遠の幸せを……。

 * * *

 雨に濡れる体。吐き出す息が熱く、研ぎ澄まされた神経だけが前を向く。
 ここは都内某所に建てられた廃ビルの中だ。
 鉄筋がはみ出して今にも崩れ落ちそうなそこには天井がない。室内だと言うのに深々と降り注ぐ雨をその身に浴びながら、フェイトは自らの対霊用マグナムに弾を装填する。
「……よく、降るな」
 小さく零した声が雨と共に消えてゆく。
 フェイトは瞳に掛かる前髪を親指の腹で払うと、壁に背を付けて空を仰いだ。と、次の瞬間、視界に影が飛び込んで来た。
「っ!」
 反射的に銃弾を放ちながら壁を蹴る。
 幾つもの弾丸が地を撃つ中、それは確実にフェイトに迫っていた。
 黒いしなやかな体はまるで豹のように美しく、その獰猛な瞳は赤く血に濡れている。
 これは悪鬼の一種で「豹鬼(ひょうき)」と言い、フェイトが昨晩から追い駆けていた存在だ。
「くそっ……速い!」
 豹鬼は追い駆け始めた頃と変わらない速さで迫ってくる。だが、その動きには衰えが見え始めているのも事実。
 フェイトは駆けるその身を静かに見詰め、そしてある一点に視線を集中させた。それは見え始める衰えの源――
「――これで、終わりにしよう」
 口にした直後、鋭い弾丸が豹鬼の足を貫いた。
 奇声を上げながら転げる存在に、フェイトの足が近付く。そうして水溜りを踏むのと同時に重なった視線の中、フェイトは静かに引き金を引いた。
「……終わった」
 ずるりと近くの壁に凭れて滑り落ちる。
 戦闘中は気にならなかったが、雨に濡れた体が重い。
 フェイトは小さく息を吐くと、もう一度吹き抜けになってしまった空を仰いだ。
「もう直ぐ7月だぞ。流石に寒すぎ……――っしゅん!」
 一晩中雨に濡れてれば嫌でも風邪をひくか。
 そう思って立ち上がろうとした彼の耳に、新たな足音が響いた。
 階段を駆けあがってくる軽快な足取りには覚えがある。たまにこけそうになる音も混じるのが何よりの証拠だ。
「よくここが……ん?」
 そう言って懐に視線が落ちた。
 そこには職場から支給されている通信機が入っている。取り出してみると案の定「あの人」からの着信が。
「成程……」
 合点いった。そう苦笑して背中を離すと、部屋を覗き込む顔と目が合った。
「フェイトさん!」
 頭上で結われた長い水色の髪が、駆け寄る動きに合わせて風に靡く。それを視線で追いながらフェイトも自らの足で彼女に歩み寄った。
「りっちゃ……いや、葎子先輩も任務?」
「いえ、私は違います。オーナーがずぶ濡れの子犬が居るはずだからここに行きなさいって」
 わんちゃん、何処ですか? そう辺りを見回す葎子に思わず目が点になる。その上で溜息を零すと、手にしていた通信機を一瞥して懐に仕舞った。
「あの人は……」
 ずぶ濡れの子犬=フェイト。
 たぶん、この解釈で間違いないだろう。
 フェイトは葎子に手を伸ばすと、彼女の肩をポンッと叩いた。そして彼女の顔を覗き込んで言う。
「たぶんそれ、俺だよ」
「え」
 驚いたように目を瞬く彼女に笑って肩を竦める。
「先輩にも困ったもんだ。こんな雨の中をわざわざ走らせるなんて、如何かしてる」
 葎子の足元を見ると、必死に走ってきた様子が伺える。彼女に似合った可愛い靴が、雨と泥で汚れているではないか。
「少しどこかで休もう。走って疲れただろ?」
 自分よりはまず葎子のこと。そう歩き出そうとした彼の足が止まった。
「……先輩、これは?」
 頬に触れた暖かで柔らかな感触は真新しいタオルだ。
 水色の、実に彼女らしい可愛い刺繍の施されたそれに手を伸ばすと、唐突に葎子が微笑んだ。
 その表情に思わず息を呑む。
「フェイトさんがわんちゃんなら、ちゃんと拭かないとダメです♪」
「え……うわっ!?」
 かなりな不意打ちだった。
 頬に触れていたタオルが、勢いよく頭にかぶせられたのだ。しかもゴシゴシと遠慮なく拭いてくる始末。
「先輩、痛……っ」
「葎子に黙って任務に行っちゃった罰です。我慢して拭かれて下さい!」
「ちょっ、任務はあの人がッ……痛、っ……先輩、本当に痛い……!」
 抗議の声も虚しく、葎子はこの後しばらくフェイトの頭を拭いていた。それこそ彼が半泣きになるまで。

   ***

「……まだ顔がヒリヒリしてる」
 そう零しながら、フェイトは椅子の背もたれに崩れ落ちる。その姿を見ながら、葎子は運ばれてきた紅茶に口を運んだ。
 その表情はものすごく不満そう。
「フェイトさんが悪いんです。そんなに濡れてるのに……」
「俺だって疲れるの。休みたいの」
 このやりとりも何回目か。
 廃ビルを出た後、葎子はずぶ濡れのフェイトを気遣って帰ろうと言った。だがフェイトは葎子を気遣って喫茶店に寄ってから帰ろうと言った。
 結果、2人の意見は真っ向から対立。最終的に葎子が折れる形で喫茶店に入ったのだが、その表情はどうにも憮然としていて不満そうだ。
「雨で気温も下がってるのに……風邪を引いても知りませんからね」
 これは完全にヘソを曲げたな。
 そう思いながらも少し嬉しく思うのは、彼女の過去を知っているからだろう。
 感情を隠し、いつも笑っていた葎子。何があっても笑顔でいようと頑張っていた彼女が、今は色々な表情や感情を見せてくれる。
 ここに到るまでには色々と大変なこともあった。それでも――
「フェイトさん、あれ見て下さい!」
 さっきまでヘソを曲げていたとは思えない変わり身である。
 頬を紅潮させて興奮する彼女の視線を追うようにフェイトの目が動く。そこに在ったのは小さな教会だ。
「えっと……結婚、式?」
 フェイトと葎子が足を踏み入れた喫茶店は、ちょっとした高台にある。そして彼等が腰を下ろすのは喫茶店のテラス。
 そこからは緑豊かな敷地に包まれるように建つ教会が見える。
 この場所のチョイスは、フェイトがずぶ濡れだったので店内では迷惑だと、2人で決めたことだった。
「フェイトさんがずぶ濡れで、良いことがありましたね♪」
 ニコッと笑ってるが、何とも胸に突き刺さる言葉だ。その言葉に苦笑しつつ珈琲を口に運ぶと、フェイトはもう一度教会に目を向けた。
 さっき自分でも口にしたが、教会では結婚式が執り行われている最中だ。新郎新婦が幸せそうに肩を寄せ合う姿がこの場から良く見える。
「……せっかくの式なのに、雨で残念だな」
 そうポツリと零すと、葎子の身が乗り出された。そしてフェイトの鼻先に指を突き付けて言う。
「そんなことないです!」
 キッと視線を向けながら断言する彼女に目を瞬く。
「そう、なのか?」
「そうなんです!」
 妙に力説する葎子には強い想いがあるのだろう。
 彼女は頬を紅潮させたまま教会に目を向けると、ほうっと息を吐いた。その表情は夢見る乙女そのもの。
 フェイトは口元に浮かんだ笑みを隠すようにカップを口に運ぶと、彼女の言葉に耳を傾けた。
「6月に結婚式を挙げた花嫁さんは幸せになれるって言われてるんですよ。それに、雨は恵みの象徴……実りを与える雨は、更なる幸せを新郎新婦に与えるんです」
 素敵ですよね。
 そう言って微笑んだ彼女と目が合う。
 その瞬間、頬に朱が走るのを感じたが、フェイトは目を伏せることで隠すと、小さく咳払いをして珈琲を飲んだ。
「……確かに雨は豊穣をもたらす存在だ。それが幸せを運ぶのもなんとなく理解できたが……」
 フェイトは言葉を切ると空に視線を向けた。
 徐々に雲は薄らいでいるが、まだ雨は降っている。
「折角のドレスを雨に濡らすのは忍びない」
「そこは旦那様が抱っこしてくれれば解決です♪」
「抱っこ……」
 想像してボッと顔が熱くなった。
 いや、何を想像したかは彼の中に留めておくとして、フェイトは咽そうになる喉を諌めると、大きく息を吸って目を伏せた。
「……色々な解釈があるんだな」
 どのような考えを持つかは人それぞれ。それこそ100人いれば100通りの考えがあるだろう。
 フェイトは伏せていた目を上げると、夢見がちに教会を見詰め続ける葎子に目を向けた。
「……葎子先輩は、雨の中で式を――」
 式を挙げたいと思う? そう訊ねたのだが、その瞬間、教会のチャペルが輝かしい音を立てて鳴り響いた。
 そのため、思い切って紡ぎ出した言葉が消え、葎子の目だけが彼に向かうことに。
「フェイトさん……今、なんて言いました?」
「あ、いや……」
 なんてタイミングで鳴るんだ。
 そう思うが2度言うつもりはない。と言うか、改めて考えてみると言えるはずもない。
「……大したことじゃないんで、イイ」
 こう返すのが精一杯。
「何してるんだ、俺」
 フェイトは「はあ」と大きくため息を吐くと、頬杖を突く様にして教会に視線を落とした。
 その胸中は後悔と無念ばかり。
 もう少し自分に勇気があれば。とか、あの時チャペルが鳴らなければ。とか、思うことは色々だ。
 だが一番残念なのは、そんな彼の横顔を見て、葎子が不満気に頬を膨らませていたことに気付かなかったことだろう。
 2人分のため息が重なり、なんとなく双方の視線が空に向かう――と、その時。
「雨が……」
「止んだか」
 止む寸前なのはわかっていたが、このタイミングで止むとは。
 2人は顔を見合わせると、苦笑に近い笑みを零し合い、そして笑った。
 葎子にとってフェイトは会って間もない憧れの人で、フェイトにとって葎子は、護りたいとずっと願っていた人。
 重なりきらない過去の記憶を抱えながら、それでも少しずつ重なってゆく今に感謝しながら、フェイトは腰を上げた。
「そろそろ、帰りますか?」
「そうだな。この期を逃してまた降られても困る」
 そう言って手を差し伸べると、躊躇いもなく葎子の手が伸ばされる。
 そしてその手を握り返すと、彼は力強い動作で彼女を立ち上がらせた。
「それじゃ、行こう」
 今のフェイトに出来るのはここまで。
 彼は葎子の手を離すと、僅かにざわめく胸に手を添えて歩き出した。もちろん、その傍には葎子の姿がある。
 2人は着かず離れずの位置を保ちながら歩いてゆく。
 そんな彼等の頭上には、いつの間に姿を現したのか、七色の虹が未来を示すように輝いていた。

―――END




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8636 / フェイト・− / 男 / 22歳 / IO2エージェント 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 23歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『鈴蘭のハッピーノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!