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Route9・最終決戦・願わくば / 藤郷・弓月
頭上に浮かぶ月。
丸く円を描くそれを見上げてから、私は目の前に立つ鹿ノ戸さんの背中を見詰めた。
ここは鹿ノ戸さんが雨露を凌いでいたと言う神社。小さな社に真っ赤な鳥居が在るだけの神社は、鹿ノ戸さんが結界を張っているって言ってた。
だからここには私と鹿ノ戸さんしかいない。
あと入れるのは檮兀さんだけ。
「永利さん……檮兀さんは、来るでしょうか」
思ったよりも小さな声が口を吐く。
その声に振り返ると、鹿ノ戸さんは確かな様子で頷いた。
「そう、ですか……」
ため息とも、呟きともとれる声を零して視線を伏せる。
檮兀と呼ばれる彼――永利さんが鹿ノ戸さんに連絡を取って来たのは昨晩のこと。
突然、彼の方から鹿ノ戸さんに勝負を持ちかけてきた。これを最終決戦にしよう、と。
「……私は、来て欲しくないです」
もし彼が来れば今度こそ2人は死を賭けた戦いをするだろう。それはつまりどちらかが死ぬと言うこと。
檮兀さんの過去を見てしまった今、彼のことが気にならない訳ではない。
叶うことならどちらも生きて欲しい。でもそれが無理なら、私は鹿ノ戸さんの生を祈る。
(我が侭だと言われても、私のエゴだと言われても良い。私には鹿ノ戸さんが全てだから……)
彼が望むモノ、彼が心の奥底から欲しいと思うモノを生きて手にして欲しいと思う。
でも――
「檮兀は必ず来る」
「!」
誰かが死ぬのは見たくない。
そう思った時、鹿ノ戸さんが振り返った。
その表情は全ての覚悟を決めている顔で、私は何も言えずに唇を引き結ぶ。
(胸が、痛い……何で鹿ノ戸さんはこんなにも強いの? なんでこんなにも……)
胸の奥が鷲掴みにされるような感覚に視線を落とす。
私にも決めた覚悟はある。
死ぬのは怖いけど死んでも良い。鹿ノ戸さんの傍に居れるならどんなことでも我慢する。
そう、決めてた。
でも実際には人の生き死にを見なければいけないと思うだけで、足が竦んで泣きそうになる。
「鹿ノ戸さん……」
傍にいたい。離れたくない。
長い間眠っていて目を覚ました後、そう告げた私に鹿ノ戸さんは傍に居るように言ってくれた。
でも、本当に良いのかな?
私が傍にいれば、鹿ノ戸さん邪魔になるのは。それに彼が望んだ「生きろ」と言う言葉を駄目にしてしまうことだって起きないとは言えない。
それでも思うのは――
「傍に、いても良いんでしょうか?」
――傍にいたい。と言う想い。
本音を隠しながら呟く声に、鹿ノ戸さんの瞳が細められる。
そして何かを見定めるように私の顔を見詰めると、彼の唇から声が零れた。
「……弓月」
聞き慣れない彼が呼ぶ私の名前。
それに鼓動を速めていると、鹿ノ戸さんの顔が近付いてきた。
「俺は護れる位置に居て欲しいと思う」
「それじゃあ――」
傍にいても? そう聞こうとした言葉が、次の言葉で遮られる。
「でも、危険には晒したくない」
コツンッと合わさった額に目を伏せる。
伝わる温もりとは逆に、聞こえた言葉に全身の血の気が引いて行くみたい。
でもわかってた。
鹿ノ戸さんがこう言うことは、前から、ずっと……。
「待っててくれないか」
言葉では傍にと言われたけど、それでも傍にいることは出来ない。
私は鹿ノ戸さんの足手纏いになる。それは確かなことで、違えようもない事実で。
そう思うと涙が溢れそうになる。
私が傍に居ても出来ることなんてない。それはよくわかっているのに……。
「ごめん」
そう言って背中に回った手が、私の髪を撫でる。その感触に目を伏せると、頬を熱い涙が伝った。
「……仕方、ないです」
自分に言い聞かせるように囁いて、小さく身を捩る。そうすることで彼から離れると、私は自分の髪を手に取った。
「弓月?」
私は傍に居れない。
でも、私の代わりになるモノなら。
「お前っ!」
鹿ノ戸さんが慌てて止めようとするけど、これだけは譲れない。
私は彼の静止を振りきって、自分の髪先を少しだけ切ると、ハンカチに包んで差し出した。
「……私の代わりに連れて行ってください。鹿ノ戸さんを護れるお守りになるかわからないけど、それでも、私が傍に行く代わりに」
彼の心が決まってるなら傍に居ることは出来ない。
それでも何か彼の傍にあると言う事実が欲しい。彼の傍に居れるその事実が。
「……これすらも、ダメですか?」
差し出してくれない手に止まりかけた涙が溢れる。
やっぱり私は邪魔なのかな?
そう思った瞬間、鹿ノ戸さんの手がハンカチを受け取って、そして私の涙を拭う。
優しく何度も行き来する手に、また涙が零れてくる。その度に鹿ノ戸さんは涙を拭ってくれて、最終的にはその顔が近付いて――
「別れの挨拶は済んだか?」
「!?」
もう少しで鹿ノ戸さんの唇が触れる。そんな場面で響いた声に、私の心臓が跳ね上がった。
バクバクと早鐘を打つ胸に手を添えながら視線を逸らす。
(わ、私……今……)
鹿ノ戸さんとキス、しそうになってた?
そう思うのだけど、鹿ノ戸さんは案外冷静で、現れた檮兀さんを見ると不機嫌そうにこう言った。
「タイミングってもんを見ろよ」
「か、鹿ノ戸さん!?」
なんてことを言うんですか!
そう抗議の声を上げるが、彼はしれっとして言う。
「コイツは昔からそうなんだよ。いざって時に空気が読めねぇ」
「いざって時、って……」
かあっと頬が熱くなる。
それに顔を俯けると、それを遮るように何かが差し出された。
「弓月。これを持ってろ」
顔を上げると、そこには鹿ノ戸さんの眼帯が。
「鹿ノ戸さん、これ……」
そっか。
生死を賭けた闘いなら力を使うのも仕方がないんだ。でもその力を使ったら……。
「……大丈夫だ」
私の心を見透かすように響いた声に、それ以上の言葉を呑み込む。そして彼の手から眼帯を受け取ると、檮兀さんの声が響いてきた。
「鹿ノ戸の血を引く者よ。力無き娘と心を通わせ、生へと心が動いたか……愚かな」
「愚か? それは先を見なきゃわかんねえだろ」
否定しない彼の言葉に泣きそうになる。
今までだったらきっと、そんなことはないって否定してた。でも今はハッキリと檮兀さんの言葉を否定した。
(鹿ノ戸さんは、何も諦めてない?)
私の胸がギュッと締め付けられたとき、ふとこちらを見ている檮兀さんと目があった。
「力無き娘、後悔する事になるぞ」
低く、威圧するような声に足が竦みそうになる。
でも彼のこの言葉、行動には、彼の過去が関わっている。それがわかるから、前ほど怖くない。
だから力を込めて言える。
「後悔はしません」
そう言い切った言葉に檮兀さんの眉が上がった。
「何故かわかりませんが、私は檮兀さんの……永利さんの過去を見ました。だから、檮兀さんが鹿ノ戸の血を失くそうとしている理由……それはわかる気がするんです」
そんなこと言ったら失礼かもしれないけど、実際にそう思うから。
未来永劫続く呪い。
それから解放されることが檮兀さんにとっても、鹿ノ戸さんにとっても良いこと。
でも、だからと言って、一方的に彼の人生を終わらせようとする行動は、間違ってる気がする。
だから言わなきゃいけない。
「檮兀さんの気持ち。それがわかっても、それでも言いたいことがあります……鹿ノ戸さんに何の希望も可能性もないなんて、否定だけで見ないで欲しいです」
彼の命は長くないかもしれない。
それは邪眼と呼ばれる力が、使えば使うほどに命を削るから。
例え、檮兀さんが鹿ノ戸さんの命を奪わなくても、遅かれ早かれ、鹿ノ戸さんは早い寿命を迎えると思う。
それでも無理に命を削るよりも多くの時間が彼にはあるはずだから。そしてその時間を私は彼と一緒に過ごしたい。
「私は鹿ノ戸さんと生きたいです。彼と生きることが私の願いです。そして檮兀さん……」
こんなことを言ったら甘いと言われるかもしれない。
でも、私は見てしまったから。
幼い頃に兄弟と楽しそうにしていた貴方を。そしてその兄弟を手に掛けた貴方を。
「貴方にも小さな希望があるのなら……捨てちゃいけないと思う」
見詰める視線に檮兀さんの瞳が揺らぐ。
けれど彼は何も言わずに視線を外すと、二度と私のことを見ることなく鹿ノ戸さんを見据えた。
「鹿ノ戸の血を引く者よ。決戦の地は用意した。直ぐに来い」
檮兀さんはそう言うと、来た時と同じように忽然と姿を消した。そしてそれを追うように鹿ノ戸さんの足も動く。
(……鹿ノ戸さんも、行っちゃう……)
これでお別れだとは思わない。
でも――
「鹿ノ戸さん!」
思わず掛けた声に、鹿ノ戸さんの足が止まった。
振り返った彼の目には、邪眼の証である金色の光が宿っている。
初めて見たときも怖いとは思わなかった瞳。それに手を伸ばすと、私は今できる最高の笑顔を浮かべた。
「願って待ってます。鹿ノ戸さんの望む未来が叶う様に、願って!」
「ああ」
力強く掛けた声に、力強い頷きが返ってくる。
それに笑顔を重ねると、伸ばした手に鹿ノ戸さんの手が触れた。そして鹿ノ戸さんの唇が寄せられて離れてゆく。
「行ってくる」
鹿ノ戸さんはそう言い残して姿を消した。
残された私は、神々しいばかりの月を見上げて目を細める。その視界が歪んでいるのは気のせいじゃないと思う。
寂しくて、辛くて……怖い。
「鹿ノ戸さんと檮兀さんに、未来を下さい……お願いします」
何十年、何百年、それこそ何千年とこの地を照らしてきた月に願う。
彼等が望む未来を手にしますように――
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】
登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート9への参加ありがとうございました。
引き続きご指名頂きました、千里とのお話をお届けします。
今回はふれあいと言うか、別れのシーンのみで構成させて頂きました。
髪を切るシーンはこちらでのアドリブですので、気になりましたら声をおかけください。
尚、次回の最終話は、弓月ちゃんが考える未来が現実です。
自分が見たいと思う未来をプレイングにしてください。
ハッピーエンドでも、バッドエンドでも弓月ちゃんが見たい未来を描いて頂ければと思います。
では残り1話となりましたが、もしよろしければ最後までお付き合いください。
このたびはご参加いただき、本当にありがとうございました。
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