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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Art.1 ■ 不吉な来客






 イングリッシュ・オークション。
 会場内の司会が壇上にあがり、そこで競売品の説明が行われ、買い手側が値段提示をして値段を吊り上げ、最終的に買取額を決定する。

 しかしここは、一般的な市場とは少々異なった闇市。いわゆる、非合法的な競売品が競われる場所であった。

「これはこれは。今回もまた、良い作品が出来上がったとか」
「今回もお世話になります」

「いえいえ。貴方様の作品は実に芸術的。ファンが多いのは当然の事ながら、実を申しますとわたくしめも貴方様のファンの一人でして、ハイ」

「嬉しいお言葉です」
「ちなみに希望額はおいくら程でしょう、ハイ」
「お任せするのです。いつも通りで」
「あぁ、そうでございましたね、ハイ。わたくし、ご満足頂ける金額をお約束致しましょう、ハイ」

 ここまで聞いた所で、アリスは再び頭を下げてその場を後にする。

 劇場の支配人と呼ばれている相手。しかし、その正体がハッキリと分かっている訳ではない。その上、顔にはさながらピエロの様な仮面をつけている細身の男性。
 中身が入れ替わっている事は多いものの、それでも一度会話した内容は中身が違っても伝わっている様である。

 つまり彼――否、彼らは、“劇場の支配人”という役回りをしている内の一人でしかないのだ。

 それを理解しているアリス達出品者。そして落札者は、それぞれに一切の詮索もしない。それが闇市のルールであり、マナーであると言える。

「さて、劇場内に向かいましょうか……」

 出品者が競売場の様子を見つめる事が出来る、来賓席。闇市という特殊な競売場だからこそ、その出品者の素性を知られる事を拒む者が多い為に設けられた、マジックミラーで仕切られた三階席だ。

 そこにアリスは訪れ、会場内を見下ろした。

 会場を埋め尽くさんばかりに並べられた椅子に、点々と座っているバイヤー達。
 バイヤーもまた、顔を出す事を極端に嫌った裏の権力者達などが多い。その為、誰もがイヤホンマイクを耳につけて競売に参加する。要するに、いざとなったら尻尾切りに使える要員をバイヤーとして使っている。

 もちろん、バイヤーとしての手数料で稼いでいるプロも多い。

 そんな中、いつも通りの光景には似つかわしくない、金髪の少女の姿があった。アリスよりも若干年上であろう、十代中盤といった様子か。アリスの視線に気付いたかの様に、少女はマジックミラー越しにアリスを見つめ、フッと小さく笑みを浮かべた。

 その姿に、アリスは僅かに困惑し、後ろへと一歩後退る。

「おや、お久しぶりですね」

 そんなアリスに背後から声をかけた壮年の男性。アリスも名は知らぬが、“JJ”と呼ばれる男である。
 出品者としても落札者としても、この闇市では有名な男だ。

「JJさんですか。本日はどちらの用向きなのです?」
「両方ですとも。少しばかり面白い品が出品されるという噂がありましてね」
「面白い品、です?」

 アリスに対しても敬語で話すJJは、柔らかな言葉遣いとは対照的な鋭い眼光を顕にしながら会場を見つめ、腰の後ろで手を組んだ。

「えぇ。“神の涙”、というのはご存知で?」

 アリスの眉が僅かに動くのを、JJは見逃さなかった。

 “神の涙”。
 それは、特殊な力が宿っているとされる直径10センチ程度の球体だ。透明な球体の中に赤い光が揺らめいており、それこそが力の源であるとされる。

「出処はこちらの会場のルートによるものだそうなのですが、そんな希少価値のある物をそうそう拝めるとは思えません。ですので、今回はそれを出来れば競り落とそうかと。
 あぁ、もちろん“時兎”――貴女の作品も私のコレクションの一つなのですが」

 笑みを浮かべたJJがアリスの隣に立ち、会場内を見渡してそう告げた。

「そうでしたか。世辞とは言え、それは嬉しいお言葉なのです」

「ハッハッハッ、世辞などではありませんとも。貴女の『恐怖』シリーズは正に生きた恐怖を描いた作品。あれほどの芸術はそうそう作れる物ではありませんからな」

「有難うございます。
 時にJJ様。あちらの金髪の少女は知ってますか?」

 アリスは会場に座る金髪の少女へと視線を移しながらそれを尋ねる。どうやら今はこちらを見る事もなく、前方の舞台を見つめている様だ。

「金髪の少女……? なッ、あれは……ッ!」
「どうなさったのです?」
「何故あんなヤツがここに……。いや、見間違い、ではないか……」

 ブツブツと小さく呟く様なJJの姿に、アリスはその存在が只者ではないと悟らされた。
 狼狽えるJJの服の裾を引っ張り、アリスはその目を見つめた。

「あれは何者ですか?」
「あ、あ……」

 アリスの金色の瞳が煌と光を増し、JJの目を捉える。JJの目からは輝きと狼狽えが消える。

「“虚無の境界”の幹部、“エヴァ・ペルマネント”」
「“虚無の境界”……?」
「世界を虚無に、と謳った狂気の集団。異能の力を操る危険な集団」

 淡々と答えるJJから目を離し、アリスはエヴァと呼ばれた少女を見つめた。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 競売が始まり、次々と競売品が競り落とされていく。
 アリスは自身の作品が売れた事を確認しても尚、その場から立ち去る事もなくエヴァを見つめた。
 催眠状態を解かれたJJは“神の涙”が壇上に上がる事を待つ事もなく、既にこの場から姿を消した。どうやら、虚無の境界との関わり合いは彼程の男にとっても危険だと判断せざるを得なかったのだろう。
 そんな事を感じ取ったアリスを他所に、ついにオークションが最終品目へと進んだ。

「これまで一度も競りに参加していない。観光、という雰囲気ではないけれど……」

 アリスは眼下にいるエヴァを見つめて独りごちる。

 ここまで出された品目に、エヴァは一切の競りへの参加を表明していない。ただその光景を見ているだけ、とも取れる。

 しかし、果たしてただ見に来るだけ、という事はあるのだろうか。

 出品リストは招待状と共に客に配布される。ともなれば、虚無の境界であるエヴァがそれを見た上でここに来ているのは間違いないだろう。

 やはり最終品目である“神の涙”。
 それが彼女の狙いなのだろう、とアリスは当たりをつける。

《それでは、本日の最終品目になります。
 ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、そう。これは正真正銘、本物の“神の涙”でございます》

 会場に運び込まれたのは“神の涙”そのものではなく、それを映し出したモニターであった。出品の為に舞台に上げた所で強奪されるという最悪の事態を避ける為だろう。

 しかしこれは珍しい事ではない。

 この闇市に出される品物は、そのどれもが表立ったルートとは無縁な品々だ。当然、強奪を考える輩もいる。
 ならばその品が本物かどうか。それを判断出来ないのではないかと訊かれれば、それは違う。

 ――“劇場の支配人”の絶対的な信頼だ。

 彼らは闇市を取り仕切る存在であり、一度でも小細工をしようものなら、その社会を一挙に敵に回す事になる。
 それこそデメリットにしかならない彼らだからこそ、この様な方法でも客はそれが本物だと信頼出来ると言える。

「あれが、“神の涙”ですか……」

 モニターに映った水晶玉の様な球体。赤い光がゆらゆらと揺らめき、その姿は確かに人工物とは思えない程の神々しさを放っている。

《それでは、一億円からスタートです。レートは1000万。即決額は10億》

 あまりの価格にアリスは息を呑んだ。
 しかし、周りが踏み出そうとしない状態で互いに牽制しあっている中、エヴァが札をあげた。

《……え?》

 エヴァが何かを言ったらしいが、その言葉はアリスのもとには届かなかった。しかし、もう一度訊き返した進行の人間が、木槌を勢いよく振り下ろす。

《じゅ、10億……。即決額で落札が決まりました……!》

 場内が騒然とする中、エヴァのもとへ劇場の案内人が駆け寄っていく。これは支払いを拒否して逃げるという愚行を防ぐ為のものだが、エヴァは一切そんな素振りも見せず、余裕の笑みを浮かべて奥へと案内されていった。

「即決額の提示、だったのですか」

 先程のエヴァの言葉が何を示したのか、アリスは理解していた。
 たかだか一千万程度の値打ちにも届かない自身の作品では、一体どれだけの時間があれば“神の涙”を即決額で買える程の金額になると言うのか。アリスはそんな少々自嘲めいた気持ちを抱きながら、来賓室を後にしようと踵を返した。

 ――ドアノブに手をかけようとした、その瞬間。ドアの鍵が閉められる乾いた音が鳴り響いた。

「……何事です?」

《場内で盗難が発生しました。現在会場内にいる方々は、その場でしばらくお待ち下さい。繰り返します。――》

「盗難……?」

 アリスは今までにない物々しさに僅かに眉根をピクリと動かしながら、眼下に広がった会場を見つめ、嘆息した。

「面倒な事態になりそうです……」

 騒然とする会場を見下ろして、アリスは一人呟いた。







to be countinued....



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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回から虚無の境界が絡むという事で、まずはプロローグ的に
一話目を造らせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

“神の涙”の詳細などについては、
今後のご希望などがあればそこに当てていく形にしますので、
いつでも仰って下さい。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。


白神 怜司