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<東京怪談ノベル(シングル)>


【任務の終焉 新しい世界】


「なに外してんのよ。だっさーい」
「ち、ちげえし。今のはわざと外しただけだし」
「クスクス、言い訳とかカッコワル……」
 闇の中で、瑞科はそんな声を聞いた。教会の中からだ。どう聞いても子供の声だった。
「て言うか、さっきの何? 偶然? それともあの女、マジで鉄砲の弾を避けたわけ?」
「いやいや、あり得ないでしょ、そんなこと。それ、もはや人間じゃないから」
「クスクス、それも言えてる……」
 子供?
 瑞科はそんな疑問を抱きながらも、教会の扉を蹴破った。もともと廃墟と化している教会だ。扉もすでに半分近く朽ちていた。わざわざ大きな音を立てて蹴破ったのは、威嚇の意味も込めてである。
「ほら、馬鹿なこと言ってる間に乗り込んで来ちゃったじゃない!」
「何だよ、話を始めたのはお前だろ?」
「まあまあ、喧嘩は良くないよ」
「て言うか、ノックぐらいして入ってきてほしいよね」
「クスクス、敵になに言ってんの……」
 何なんですの、これ? 瑞科は顔を顰めた。
 確かに、教会にいる人部の数は五人。前情報と合致する。ただ、その光景は想像していたものとは大きく違った。
 廃墟と化した教会にいる幼さすら感じる少年少女。まるで緊張感のない会話。
「わたくし、『教会』という組織の武装審問官。白鳥・瑞科ですわ」
 瑞科は名乗りを上げた。任務とは言え、さすがにいきなり彼らを排除しようとは瑞科も思えなかった。もしかしたら、今回の任務は何かの間違いだったのかもしれない。そんなことすら思った。本当はそんなことはあり得ないと知りつつ。
「すっごーい! 本物の白鳥・瑞科だ! あたし、サイン貰っちゃおっかな」
 赤を基調とした派手目な服装に、明るい金髪。今時の女の子といった風体の少女が目を煌めかせる。
「なに言ってんだよ! そいつは敵なんだぞ」
 それに対し、髪をツンツンに立てた、気の強そうな少年が突っ込んだ。彼はライフルを抱えており、先ほどの銃撃は彼がやったのだろう。
 瑞科は戸惑いの表情を浮かべる。
「ほら、あなたたちが馬鹿をやっているせいで、敵も呆れ顔を浮かべてるじゃない」
 長い黒髪の、クラスの委員長然とした少女が二人を叱るように言った。
「て言うか、敵さんが目の前にいるんだから……。そういう漫才はやめた方がいいよ……」
 伸び放題といった感じのぼさぼさの髪をした少年は、階段に座り手元のゲーム機に視線を向けたまま呟く。
「クスクス、そう言うあんたも敵の前でゲームとかしてんじゃん……」
 キャップ帽を目深にかっぶた少女は、祭壇に腰掛け不気味に笑う。
 この子たちはいったい何者ですの?
 瑞科はそんな疑問を胸に抱くのだった。


「ねえ、あたしたちを殺しに来たの?」
 赤服、金髪の少女が、可愛らしく小首を傾げて、瑞科に尋ねた。その仕草は、どこまでもその台詞と噛み合わない。まるで、遊びに来たの? とでも言うような軽さだ。
「なに、その質問? バカ丸出しなんだけど」
 階段に座る、ぼさぼさ髪の少年がぼそりと呟く。
「そんなこと言いながら、ゲームは続けてるし。いい加減、やめなさいよね」
 委員長風の少女は、キリリとした切れ長の眼をさらに鋭く細めた。
 この状況はどうしたらいいのかしら?
 瑞科は珍しく戸惑っていた。殲滅対象が年端もいかない子供だっただけでも悩みどころなのに、その子供たちはまるで放課後の教室にでもいるかのような雰囲気である。
 思わず、神父様に指示を仰ごうかしら、という考えが頭をよぎったくらいだ。
「クスクス、敵さんが本当に戸惑ってるんですけど……」
 キャップ帽の少女がそんな瑞科を見て、可笑しそうに笑う。
「そんなのどうでもいいだろ! 敵は俺が倒す! それだけだ!」
 ツンツン頭の少年が不意に叫んだ。叫ぶと同時に抱えたライフルを瑞科に向ける。その動きに無駄は無く、感情的な叫びとは裏腹に、冷徹なまでの冷静さを窺わせる。
 銃声が廃教会に轟く。しかし、それに驚く者はいない。
「あ、ちょっと!」
赤服、金髪の少女は抜け駆けを責めるような声を。
「始めるなら、ちゃんと合図してからにしてよね」
 黒髪の少女は叱るような声を。
「やるのはいいけど、僕はパス」
 ぼさぼさ頭の少年はゲームに視線を落したまま、
「クスクス、でも当たってないし……」
 キャップの少女は変わらぬ笑い声を。
「現時点を持って、あなた方を正式に殲滅対象と判断しますわ」
 そして、銃撃を受けた瑞科本人は、機械のように冷たい声を。
 瑞科は横へ跳躍しながら、太腿に装備しているナイフを抜いた。キャップの言葉通り、瑞科の体にも、服にも、銃撃による傷はない。不意の攻撃とは言っても、正面から相対している状態からの銃撃など、瑞科に当たるはずもなかった。


「すごい、すっごーい!!」
 ツンツン頭の少年の銃撃をことごとく躱し続ける瑞科の姿に、金髪の少女は、初めてサーカスを観た子供のように手を叩いてはしゃいだ。
「くっそー、ちょこまかと!」
 ツンツン頭の少年は、自分の攻撃が瑞科を掠めもしないことにイライラとし出す。
 瑞科は焦ることなく、弾丸を躱し続ける。廃教会とはいえ、ここはれっきとした教会だった場所だ。聖堂だったこの空間には、朽ちた長椅子がまるで障害物のように並んでいる。
 瑞科はその一つに右手をつき、側転の要領で飛び越える。身を低くし、長椅子を壁にして駆ける。長椅子を壁にしているとはいえ、すっかり朽ちているため盾としての役目は期待できない。ただそれでも、姿を隠すための役くらいには立つかと思ったが、ツンツン頭の弾丸は確実に瑞科の後を追って、長椅子に穴を開けていく。
 未だに一発たりとも瑞科に攻撃を当てられていないとはいえ、ツンツン頭の銃の腕は本物だ。
「ああ、もう! どうして当たんねえんだよ!」
 ツンツン頭のイライラも限界が近いようだ。そろそろ反撃のタイミングですわね。瑞科はナイフを握り直す。
「だから、あんたは口だけだっていつも言われるのよ!」
 すると、そこに金髪の少女が突っ込んできた。少女の手には、自分の身長を越える長さの棒が握られていた。リーチはあるが、柄には刃もない、ただの棒だ。それを少女は器用に手の中で回し、その回転を活かし、瑞科の頭部を狙って思い切り振り下ろしてくる。
 瑞科は攻撃を受け止めるために、ナイフを構える。瑞科のナイフと少女の棒がぶつかる。
 重いですわ。少女の攻撃は瑞科の想像を超えた重さだった。遠心力と、上段から振り下ろすことにより可能な、全体重を乗せ一撃だ。
 瑞科はすかさずナイフに込めた力を抜く。当然、少女の棒が瑞科のナイフを押し込み、瑞科へと迫ってくる。にやりと、少女が口の端を吊り上げるのが、はっきりと瑞科には見えた。だが、少女の攻撃が瑞科を捉えることはなかった。
 瑞科はナイフに込めた力をただ緩めただけではなかった。棒の軌道がそれるように、絶妙の角度、絶妙の力加減で、少女の攻撃をコントロールし、瑞科は少女の攻撃を凌いでみせたのだ。
「うそっ!?」
 少女は驚きの声を上げた。自分の攻撃がいなされるとは思っていなかったのだろう。
 瑞香は少女の横へ回り込むように踏み込む。そんまま体を回し、少女の後頭部を狙い、回し蹴りを放つ。
 衝撃音が鳴り響いた。それは教会が震動するほどの威力である。まともに後頭部に受ければ、一撃で意識を刈り取ることができただろう。しかし、そうはならなかった。
「本当に、途轍もない蹴りですね」
 黒髪の少女が両腕をクロスさせ、瑞科の蹴りを受け止めていた。
「サンキュ! 助かったわ」
 金髪の少女は無邪気な笑顔を浮かべた。戦闘中に考えることではないが、こうして見ると、普通の可愛らしい少女だ、と瑞科は思った。しかし、そんな余裕はすぐになくなる。
 金髪の少女が黒髪の少女の背後から、瑞科の顔面をめがけて、棒による鋭い突きを放ってきたのだ。
 首を逸らして、それを躱す。意識が金髪の少女に向かっている隙をついて、黒髪の少女が脚を払ってきた。
 蹴りを放った体制のままだったため、避けることができない。綺麗に瑞科の軸足が払われ、体が傾く。眼前に地面が近付いてくる。
 だが、そのまま倒れるようなことはない。無理に体勢を立て直そうとするのではなく、倒れるままに体を任せる。床に手をつき、腰に回転を加えることで、払われた脚を振り、金髪の少女への蹴りとした。
 金髪の少女は再び、驚きの表情を浮かべる。完全に、瑞科を地面に倒したと思っていたのだろう。なんせ、追い撃ちのために棒を振り被っていたのだから。
 しかし、金髪の少女の反応速度もたいしたものである。瑞科の蹴りは完璧なカウンターだったのだが、振り被った棒を器用に操り、瑞科の蹴りを防いでいた。
「あっぶなーい。ちょーギリギリじゃん」
 金髪の少女の声からは、まだ余裕が感じられる。子供だからと言って、気を緩められる相手ではないですわね。瑞科は気持ちを引き締め直す。
 床についた方の腕の肘を少し曲げる。そこに溜まった力を腰に移し、さらなる回転運動に変える。瑞科の表情は少し苦い。瑞科の美しい茶色の髪が、床掃除をするかのように、円を描く。
 帰ったら、まずは丹念に髪を洗わないとですわね。
 瑞科の更なる蹴りが金髪少女を襲う。彼女はかろうじて、その攻撃も防御するが、その勢いを殺しきることはできず、数メートル後方へと弾き飛ばされる。
「さすが白鳥・瑞科、といったところですね。なら、これならどうですか!」
 黒髪の少女が、どこから取り出したのか、その華奢な体躯には不釣り合いな、巨大な鎌を手に襲ってきた。大鎌は瑞科を巻き込むように振るわれ、背後から抱き込むように、瑞科の首に襲いかかってくる。
 瑞科はその場にしゃがむことで、その攻撃を回避する。すると、そのタイミングを狙っていたのか、ツンツン頭の少年の銃撃が瑞科を襲う。見事な連携だ。しゃがんだことにより、今の瑞科は咄嗟の回避を行うことができない。
 だが、少年のこの攻撃も、瑞科は事前に読んでいた。瑞科は襲い来る弾丸に向けて、左手を突き出した。
「うえっ、マジかよ!?」
 それだけで、ツンツン頭の銃弾は防がれていた。重力弾で銃撃を相殺したのだ。
 だが、ツンツン頭の少年はすぐに驚きから立ち直り、更なる銃撃を放った。
 瑞科はすでに体勢を立て直しており、横に跳び、その銃撃を躱す。
 敵は五人もいるのだ。少しでも動き回って、的を絞らせないようにするのは常道である。それにまだ、動きを見せていない人物が二人もいる。未だにゲームをしている少年と、興味なさげにこちらを窺っているキャップの少女。
 その時だった。すっとゲームをしていた少年が微かに笑ったのは。
「ゲームオーバー……」


 瑞科は違和感に気づいた。一つは、ツンツン頭の少年の銃撃である。常に真っ直ぐ、急所を狙う銃撃だったのに、今は瑞科を誘導をするかのようである。
 次に金髪の少女だ。彼女は戦況を冷静に判断するようなタイプだとは思えない。その優れた近接戦闘能力を活かし、先陣を切って敵に攻め込む。そういった印象だったのに、彼女は棒を構えたままこちらを窺うだけで、こちらに攻め込んでくる気配がない。
 今はツンツン頭の少年が銃撃を行っているので、不用意に飛び込めないだけかもしれないが、彼の狙撃の腕は確かだ。それは瑞科も認めるところである。フレンドリーファイアをするような男ではないと思う。
 その時だった。
「ゲームオーバー……」
 ぼさぼさ頭の少年がうっすらと笑みを浮かべ、そう呟いたのは。
 これは……!
 瑞科は足下に視線を走らせる。朽ちた椅子の下、瓦礫の影にそれを見つけた。その瞬間に、それらは光を放つ。感知式の爆弾だ。しかし、気づいたところでもう遅い。今から、その爆発の外に逃れることは不可能。瑞科は強く奥歯を噛みしめる。そして、爆発が瑞科を包んだ。
 爆風が少年たちの髪を揺らす。鋭く、肌を切り裂きそうな風が吹き、前髪の毛先から燃え出しそうなほどの熱風だ。土煙が協会内に立ちこめる。このボロボロの教会が崩れなかったのが不思議なほどの爆発だった。
「やった!? 今のは完全に死んだでしょ!」
 金髪の少女がはしゃいだ声を出す。
「やる時はやるじゃん、お前!」
 ツンツン頭の少年も高揚した様子で、ぼさぼさ頭の少年を肘で小突く。
「当たり前だろ……。僕の計算に間違いはないんだよ……」
 ぼさぼさ頭の少年はぼそぼそとした声で、ゲームに視線を向けたまま言った。しかし、そこには確かな自信が感じ取れる。
「しかし、白鳥・瑞科があの程度で本当にやられるものかしら?」
 黒髪の少女は疑わしげな眼で、煙を見つめる。
「何だよ……。僕の完璧な作戦を信じられないのかよ……」
 その言葉を聞いて、ぼさぼさ頭の少年は不服そうな顔をした。自分の作戦にケチをつけられたように感じたのだろう。
「クスクス、あんたは完璧って言葉の意味を辞書で調べなおした方がいいみたい……」
 すると、キャップの少女が小馬鹿にするような笑い声とともに、そう呟いた。
「なんだと!!」
 ぼさぼさ頭の少年は歯を剥いてキャップの少女を睨みつけた。
「喧嘩してる場合じゃなさそうよ」
 黒髪の少女が煙の方を見つめたまま、緊張をはらんだ声を出す。
 全員の視線が煙に向いた。
「なるほどねー。さすが、話に聞いてただけのことはあるって事だ。まっ、そうこなくっちゃ面白くないけど!」
 金髪の少女は瞳を輝かせる。
「何だよ、やってないじゃん」
 ツンツン頭の少年は、先ほどとは別の意味でぼさぼさ頭の少年を肘で小突く。
「ちっ、たまには、こういうこともあるさ……」
 ぼさぼさ頭の少年は苛立たしげに視線をゲームに戻した。
「クスクス、言い訳とかカッコワル……」
 キャップの少女は変わらず笑う。


 煙が晴れたそこには、傷一つなく、瑞科が佇んでいた。その手には、長大な剣が握られている。
 瑞科は爆発の瞬間、剣を抜き、爆発を切り裂いたのだ。爆発の直後、少年たちを包んだ風は、ただの爆風ではなかったのだ。それは、瑞科の振るった一閃による剣風。
「次はこちらから行かせてもらいますわよ」
 瑞科は剣を構え直し、踏み込んだ。
「返り討ちにしてやるんだから!」
 それを迎え撃つのは金髪の少女だ。棒を構え直し、真っ直ぐ瑞科に突っ込んでくる。くるくると棒を回し、鋭い突きを放った。
 風を切る音さえ聞こえない。どこまでも素直で真っ直ぐなその突きは、一見止まっているようにすら見える。瑞科の顔面を、襲うその一撃は、棒の先端、その点が気づけば大きくなり、目の前に迫っているように錯覚する。
 どれほどの鍛練を積んできたのだろうか。この若さで、これほどの一撃を放てるようになるために。
 なぜ、これほどの才能を持つ少女が、敵として自分に向かってくるのか。瑞科はそんなことを思った。才能だけではない。たゆまぬ努力がその一撃からは読み取れる。
「けれど、わたくしはこんなところで負けられないのですわ」
 瑞科は少女の突きをみぎてに一歩踏み出す、その一歩で躱してみせた。簡単に思えるその一歩。しかしそれは、人間の目では追えないほどの突きを察知することのできる瑞科だからこそ可能な一歩だ。
「うそ!? これを避けれるの!」
 少女は驚愕の表情を浮かべる。少女にとってこの一撃は、絶対不可避の、必殺の一撃だった。
 腕を伸ばしきった少女は隙だらけだ。今なら一刀のもとに、少女を切り伏せることができる。しかし、瑞科はそうはせず、そのまま少女の懐に飛び込んだ。
 剣から左手を離し、その手を少女の胸に押し当てるようにする。その瞬間、少女の体がびくりと跳ねた。
 重力弾を超至近距離から放つことで、少女の体の内側にその衝撃を伝えたのだ。崩れるようにして倒れる少女の体を瑞科は抱き留めると、地面にそっと寝かせた。
「くっそ、やりやがったな!」
 ツンツン頭の少年が眉を吊り上げ、瑞科を睨む。先程まで持っていた銃を投げ捨て、アサルトライフルに持ち直す。
「これでもくらいやがれ!」
 先程までの正確な銃撃とは打って変わり、荒々しい銃撃が瑞科を襲う。それは少年の心の乱れを表しているかのようでもある。
 瑞科は剣を振るいながら、駆ける。何十、何百という少年の放つ銃弾をすべて、瑞科は剣で弾き、切り裂く。
「くそっ、くそっ、くそっ!!」
 少年は悪態を吐きながら、トリガーを引き続ける。しかし、もうすでに瑞科は眼前まで迫ってきている。それは銃の距離ではなく、瑞科の握る剣の距離だ。少年は悲愴な顔で叫ぶ。
「なんで勝てねえんだよ!!」
 少年はその叫びを最後に、金髪の少女と同様、地面に眠った。
「やはり、強いですね」
 黒髪の少女は憧れにも似た瞳を瑞科に向け、身を震わせた。
「次はわたしが相手です!」
 大鎌を構え直し、瑞科に躍りかかろうとする。その時だった。
 瑞科は少女から一瞬視線を逸らし、体を横に投げ出すように跳んだ。次の瞬間、瑞科が先程までいた場所が爆発に包まれた。
「ちょっと!」
 少女が怒りを宿した目で睨んだのは、ぼさぼさ頭の少年だ。
「邪魔しないでよ! 次はわたしの番なんだから!」
「そんなの知らないよ……。それに、僕をコケにしたあいつは僕が倒すんだ」
 その目には憎悪にも似た、強い意志が宿っていた。逆恨みに他ならないが、少年は本気だ。
 瑞科は標的を少年に移す。すると不意に、瑞科を複数の弓矢が襲ってきた。瑞科はそれを剣で、すべて払い落とす。少年の仕掛けた攻撃は爆弾だけではなかったみたいだ。
「それならこれでどうだ!」
 ぼそぼそとしかしゃべらなかった少年が、叫んだ。
 瑞科の体中を赤い点が包んだ。狙撃のレーザーサイトだ。いったい何丁の銃が瑞科を狙っているのかも分からない。それほどの数である。瑞科は危険を察知し地面を蹴る。しかし、レーザーサイトはぴたりと瑞科を照準し続け、瑞科の体を赤く染め続ける。
「死ねえええ!!」
 少年が叫ぶ。同時に、無数の銃声が協会内に鳴り響いた。


 瑞科は逃げることをやめ、無数の銃弾を迎え撃った。剣一本で、すべての弾丸を打ち落とし続ける。全方角から襲い来るそれらを打ち落とす瑞科の回りには、嵐のような風が巻き起こり、足下には無数の弾丸が塵のように積もり始める。
「すごい矢、この攻撃を受けてまだ生きてるなんて……。でも、それも時間の問題だ」
 ぼさぼさ頭の少年が呟く。そして、ゲーム機に視線を落とし、操作しようとしたその瞬間だった。
「う、うわあっ!?」
 少年は驚きの声を上げ、ゲーム機を放り投げた。宙を舞うゲーム機には一本のナイフが突き刺さっていた。
 少年は慌てて瑞科に視線を向ける。しかし、先程までいたその場所に瑞科の姿はなく、その代わり、目の前に瑞科は佇んでいた。
「ど、どうして……!」
 少年はそう言ったきり、言葉を発さなくなった。
 少年はあのゲーム機を使い、この教会に仕込んだ様々な罠を操作していたのだ。そのことに気づいた瑞科はナイフでゲーム機を破壊し、前の二人と同じ方法で少年の意識を刈り取ったのだった。
「だから言ったのに。邪魔をするなって」
 黒髪の少女は倒れた少年を一別し、瑞科に視線を向けた。
「今度こそ、わたしがお相手です」
 そう言って、大鎌を構える。少女の視線はまるで、師匠に挑む弟子のような真っ直ぐな眼差しである。
 少女は大鎌を振りかぶり、瑞科に迫ってきた。その姿はまるで死神だ。少女の攻撃は大気を切り裂き、瑞科の首を狙う。
 瑞科はそれを剣で防ぐ。大鎌は相当の重量があるのだろう。その一撃は重く、そして鋭い。
 少女は攻撃の手を休めることなく、次々と大鎌の鈍く、鋭い刃が瑞科を襲う。
 瑞科それを防ぎ続ける。まるでそれは刃を通じての会話だ。それはやがて音楽へと昇華する。教会に刃の音色が響く。激しく、力強く、生命の炎のように。
 しかし、その終わりは突然だった。瑞科の胸には少女が抱かれている。瑞科は少女を静かに、地面に寝かせた。
 顔を上げ、最後の一人。キャップの少女に瑞科は視線を向ける。
「クスクス、みんなやられちゃったし……」
 この状況でなお、キャップの少女は笑う。
「降参するというなら、わたくしは何も致しませんわよ」
「クスクス、それ本気で言ってるの……」
 一瞬だけ、目深にかぶったキャップの奥から少女の目が覗いた。
 次の瞬間、少女の姿が消えた。いや、消えたわけではない。消えたように感じるほどのスピードで移動したのだ。
 常人では不可能であっても、瑞科はその姿をしっかりと捉えていた。
 違う。瑞科は思った。このキャップの少女は、先程まで相手にした四人とは違う。それは幾千もの戦場をくぐり抜けてきた瑞科だから分かることなのかもしれない。
 この少女は戦うために生まれてきた者だ。それは瑞科のように。
 少女は縦横無尽に協会内を移動し、瑞科の背後から目にも止まらぬ踏み込みで襲いかかってきた。その目はキャップに隠れて見えない。ただ、口元はまるで獰猛な獣のように、牙を剥いている。それは不敵に笑っているようにも見えた。
 瑞科は剣で、少女の攻撃を防いだ。少女が手に握っているのは、小振りのナイフだった。それは戦闘には向かない家庭用のナイフだ。しかし、それはこれまでの戦闘で見た、金髪の少女の長大な棒よりも、ツンツン頭の少年の銃器よりも、ぼさぼさ頭の少年が仕掛けていた爆弾や銃よりも、金髪の少女の禍々しい大鎌よりも、ずっと凶悪で恐ろしいものに見えた。
 少女は攻撃の手を休めない。それはまるで、息をするかのように、どこまでも自然に行われる。無駄がなく、気負いもなく、けれどどこまでも鋭い攻撃の嵐。瑞科はその静かな猛攻を、剣を使い、常人離れした動体視力と反射神経をもって捌き続ける。
「どうして、あなたは戦いますの?」
 瑞科の口からは、気づけばそんな質問が発せられていた。
「クスクス、そんなことを聞いてどうするの……?」
 少女は嘲るように笑う。
 確かに馬鹿な質問だったかもしれないですわね、と瑞科は思った。自分がなぜ戦い続けているのかも、よく分からないのだから。
 しかし、少女の言葉それで終わりではなかった。
「クスクス、わたしは戦いしか知らない……。わたしは人を殺すことしか知らないんだよ……」
 少女の声は変わらず、人を馬鹿にしたような笑い声だ。だが、瑞科はそこに先程までとは違う何かを感じていた。それは哀しみのような、そんな響き。
「あなたはまだまだ、戦い以外の様々なものを見ることができますわ」
「クスクス、何それ……? わたしを慰めてるつもりなのかな……」
 少女はやはり笑う。小馬鹿にしたように、すべてのものを遠ざけるように。
「言葉で分からないなら、実力行使で分かってもらうまでですわ」
「クスクス、できるならやってごらんよ……」
 教会の中心で、嵐が巻き起こる。二人の攻防はもはや、人の領域を超えている。瑞科の剣と少女のナイフがぶつかる度に、教会が揺れる。地面が震動する。今、世界の中心はこの場所であるかのように、すべてが二人を中心に巻き起こる。
 不思議なことに、瑞科も少女も、その表情は歓喜の色に染まっているように見える。それは、自分と同じ人間に出会えた喜びを感じているようだった。


「ご機嫌麗しゅう。わたくしですわ」
「どうしたのかな? なんだか上機嫌みたいだが」
 瑞科は携帯を耳に当て、神父に連絡を入れたところだった。それに対し、神父はそんなことを言った。
「そんなことありませんわ。わたくしはいつも通りですわよ」
 そう言う瑞科の口元は笑みをかたどっている。ただ、肉体だけでなく、服にもいっさいの傷がないという点においては、瑞科はいつも通りであった。
「任務は無事完了致しましたわ」
「そうか、それはご苦労様だったね」
「それで、今回の殲滅対象なのですが、殲滅は失敗しましたわ」
「どういうことだい?」
 神父が訝しげな声を出す。
「殲滅対象の五人は存命ですの。彼らを教会の監視下におくことはできないでしょうか?」
「教会の監視下に?」
「彼らは教会の新たなる戦力となる余地がありますわ。もちろん、神父様の命令とあらば、今すぐにその命、刈り取ってみせますが」
 思わぬ進言に神父は暫くの間、黙っていた。だが、
「わかったよ。瑞科君の言葉を信じよう。直ぐにその五人を引き取りに人を遣わせよう」
「ありがとうございますですわ!」
 瑞科は珍しく弾んだ声を出した。
「それでは、今日はゆっくり休んでくれたまえ」
 瑞科は通話の切れた携帯を仕舞い、足下に寝ている五人に視線を向けた。
 よく見るとみな可愛らしい顔をしている。
 これからこの子たちは新しい世界を見るのだ。戦闘以外の世界。そして、どこまでも戦闘と血に染まりきったこの世界を。