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<東京怪談ノベル(シングル)>


狙い打ちます 暴走交際親父〜伝えましょう 恋の嵐は鰯の迷惑♪

矢継ぎ早に着艦してくる航行船。右往左往上下左右、急がば回れで超的確、超高速に格納庫へと誘導する作業員の皆様。
忙しいのは当たり前。何せ今は各国の要人が集い、その送迎だけで大半のスタッフが対応に追われているのだ。
その中で郁はとある艦から持ち運ばれてきた棺桶と硬直しきった―全身鱗に覆われた二足歩行する魚―要するに半魚人の二人に唖然した。

「えええっと、これはいったい??」
「あっははは!驚かせたね〜お嬢ちゃん。こういった長距離旅行はどーしても緊張して硬直してね〜解放されると一気に腹が減るから棺桶に詰めたあふれんばかりの鰯を無性に食べたくなってしまうのだよ!」

フレンドリー全開に指を立てて笑う半魚人の大使に郁はそういうものなの?と疑問符を飛ばしつつも問題なしで見送り―直後、通路の横からよっこりと顔を出した人物にありとあらゆる思考がぶっ飛ぶほど驚愕し、てっててててと歩いて行こうとするその肩をがっしりと掴む。
そのまま超高速に通路の脇に引きずり込むと首根っこを掴んでがっくがくと揺さぶった。

「生きてたのっ親父!!」
「おおおおっ郁。久しぶり……って、なんつー可憐なお嬢さん」

驚天動地な状態で問う郁に対し、揺さぶられていた相手―郁の父は軽いノリで顔の横で片手をあげ―そのまま通路を横切っていく一人の女性に目を奪われ、軟体生物よろしくするりとその手を抜け出すと勝ってこいよと勇ましくナンパに突っ走る。
呆然とそれを見送った郁は数秒で正気に戻ると最速動物チーターも真っ青な勢いでナンパな父を追いかけた。

「やぁ、可憐にして美しいお嬢さん。俺と一緒に時空の彼方まで出かけてみないかい?」
「は……はぁ、あの仮にも大使というお立場でそのような戯れはお控えになられた方が」
「いやいや、戯れじゃない」

艦内を怒涛の勢いで駆け回った郁の目に飛び込んできたのは延々と甘い、否かなり寒い口説き文句を連ねる郁の父に困惑を隠せない自分の上司―名女提督と呼ばれし我らが艦長の姿。
猛烈なめまいに襲われるも、根性よ、気合だぁぁぁぁっとばかりに意識を保ち、突撃した。

「何やってんのよっ、親父」
「ぐえぇぇぇぇぇぇぇっ」
「ちょっと郁。その方は(一応)大使……って、お父様なの?」

父親の襟首をがっちりホールドし、引き離す郁に唖然とした表情を浮かべる艦長。
その目に宿った憐みと同情の光を見つけた瞬間、こんな暴走親、絶対にみられたくなかったと郁は父親を締め上げながら心の底から嘆いたのだった。

「何を考えてるのよ!恥ずかしいでしょ?!」
「何を言うっ!娘っ、わしはいつでも心は青年、恋多きチョイ悪親父♪この会議、嫁を貰って会議で祝言を上げようというささやかなる願いをかなえようとしただけにすぎん」

どうにか艦長から引き離し、手近なブリーフィングルームに父を放り込むとテーブルをたたいて郁は怒りをあらわにするも効果はなし。
大げさに天を仰ぎ、どこぞの迷惑なロマンチストでナルシストよろしくポーズを決める父に本気で殴りたくなる。
要するに、この目の前にいる父親は大迷惑3乗な発情期真っ盛りで手当たり次第なナンパ野郎さ、てへぺろと言うわけだ。
明晰な郁の頭脳が下した結論は―このままここに会議開始まで軟禁決定だぜぇ、というごくごく一般的かつ常識。

「悪いけど、おとなしくしてて」
「何をっ……ぶっ!!」
言うが早いか、郁は今にも飛び出しかねない父の顔面を―これまたどこから取り出したのか謎の―ハリセンを食らわせるとそのまま部屋の奥に押し込め、素早く通路に出てドアに鍵をかける。
もちろん外からしか開けることができませんの絶対安全保障付きの鍵。

「これで危機は去ったわ」

最高の笑みを浮かべて悠々とその場を立ち去る郁だったが、その喜びは5分と持たなかったことを即座に知ることとなった。
郁が引きつった笑みを浮かべて、厄介な他の大使たちを案内していた最中、いきなり掛かったのは艦長からの緊急招集。
嫌な予感全開で艦長室に飛び込むと、こめかみを抑える艦長から告げられたのはさらに落ち込む悪質な現実。

「不当差別ですか?」
「ええ、当局に訴えたそうなのよ。不当に大使である自分を拘束し軟禁したって……大使を軟禁したのは事実。そこにいたる経緯は丸無視だけどね」
「うっ……すみません、父が御迷惑をおかけして」
「いいのよ、郁のせいじゃないから。ただ一緒に食事って言われてね〜悪いけど同席してもらえる?ついでに会食にしたいから雫を呼んでおいたから」

事実だけに言い返せず、だんだんと攻撃を食らってへこむ郁に拒否権無しよ、と思いっきり目を座らせる艦長に無条件に白旗を上げつつも、その表情は至極明るい。

「よりにもよって雫を……ね。ムード台無し、何という反撃w」

乗り気なんて全くないから超有名なオカルト大好きっ子の雫を呼んだとは、ささやかかつ壮大なる嫌がらせという名の反撃に思わず拍手喝采を送る郁だった。

「それでですね〜このチュパカブラっていうのは家畜のみならず人まで襲ったという報告もあるんですよ。で、あとですね〜」
「おおおう、もう勘弁してくれ〜お嬢さん」
「え〜これからですよぅ、おもしろいのは」

キラキラという効果音ばっちりに目を輝かせる雫に引きつるどころか顔面蒼白の土下座せんばかりに嫌がる親父の姿。
これはもう素晴らしい光景。
はた迷惑ばっかりかけてきた父を苦も無く苦しませる雫を拝みたくなる。

「ホント、艦長ナイスな反撃」

ビュッフェスタイルで好きなものを取って食べられるから、とちょっぴっし大目に取ったデザート類を食しながら、泣きに入った父を生暖かく郁は見守っていた。
何かのスイッチが入ったらしい雫がさらに恍惚とした表情でどっかの都市伝説を語り出した途端、思考回路は完全にショートした父はぐるりと首を回転させ、郁に目を合わせると何をトチ狂ったかこちらへと向かってきた。
そう、それはもうイノシシがイノシシたるゆえんの猪突猛進。

「おっじょーさあぁぁぁぁん!良ければわしと夜明けの聖地巡礼拝みに行きませんかぁぁぁっぁぁあっ!!」
「何考えてるのよぉぉぉぉぉっ!!馬鹿親父!!」

両手を広げて飛びかかってきた父の顔面を手加減無用に郁が蹴り飛ばし、はるか後方の壁へと激突するがすぐにゆらりと起き上がり、陸上短距離選手よろしく両腕を規則正しく振りながら爆走してきた。

「いやぁぁぁっぁぁぁぁぁっ!!」

目が完全にどっかへ飛んでますぅな父に本能的な恐怖を覚え、郁は呆気にとられる雫の腕をつかんで、会食ルームから飛び出すと艦内にあるバーチャルリアリティ―仮想現実へとまっしぐらに飛び込んだ。
要するに現実拒否ってことですな〜などというのほほんな解説は右から左ななめ下へと投げ飛ばし、郁は仮想現実発生装置の音声入力コマンドを強制呼び出しした。

「お望みの」
「都市伝説っ!怪談の世界を出してっ!!」
「入力完了。システムを起動します」

味気のないコンピュータの合成音声がこれほど温かくかつ力強く感じたのは初めてだよ〜と郁は心の底から思い、作り出された仮想現実の街へと紛れ込んだ。

「おじょーさぁぁぁぁぁん!!」

仮想の街にさまよう父に草間興信所の2階の窓から絶対零度まで凍り付いた眼差しを送る青年・武彦―否、その姿を借りた郁。
隣に立つ義理の妹の零―の姿を借りた雫が小さく肩をすくめてさまよい続ける郁の父を見送る。
斜め135度ほど暴走しまくった父が興信所に何度か乗り込んできたが、冷静沈着かつ大人の男である武彦の姿に微妙な敗北感を覚えたのかあっさりと門前払い。
哀愁を漂わせてがっくりと肩を落として帰っていく姿が面白く、それなりに愉しかった。
だが、少々遊びが過ぎた。

「だぁぁぁぁぁぁっ、もーどーでもいいっ!興信所のおじょーさんっ、あんたでいいからつきあってーな〜」

門前払いにプッツンきたのか、興信所のガードを突破し、ついに零の姿を借りた雫に飛びかからんだばかりに抱き着こうとする父。
ある意味、犯罪。

「何言ってんだっ!!逃げるぞ、しず……じゃない、零」
「う、うんっ!!」
「おおおおおおおじょぉぉぉぉぉおおっさぁぁぁぁぁっぁぁぁんっ!!」

恐怖再びとばかりに目を血走らせて走る父に当て身食らわせて、雫を引っ張り郁は武彦の姿のまま興信所を飛び出すと、ハードボイルドの情緒たっぷりなバーへと逃げこむ。
グラスに入った氷がゆるりと軽い音を溶け、琥珀色のブランデーが震え、混じりあう。
店の中にいるのは装置が作り出した仮想の客たちとカウンターに立つ蠱惑的な麗しきバーのママ。もちろん彼女も仮想現実が作り出した虚像。
バーに逃げ込んだ郁と雫はぐるりと店内を見渡すと、ママに断りを入れずダッシュでカウンター奥の調理場へと身を隠す。
ほぼ同時に飛び込んできた郁の暴走父はもうどっかに行ってきまーすな状態で店内を見回し、一点に魅入られ―ふらふらと引き寄せられるようにカウンターへと駆け寄った。

「いらっしゃいませ、おひとりですか?」
「ええ、ひとりです。麗しきお嬢さん―いや、レディとお呼びしたほうがいいかな?あああ、ともかく貴女のようなたおやかで蠱惑的な女性を未だかつて見たことがない。どうです?このまま私と一緒に時空、銀河の果て」

背筋が寒い&歯の浮きまくる台詞を吐きまくって虚像のママを口説く父。
コンピュータの作り出した虚像のママが色よい反応をするわけなく、与えられた情報―つまり、役割以外を演じることはないのだ。
困った表情をつくるママに気づかず、どこまでも本気で口説く父。
傍目には面白く、完璧道化な父の姿が滑稽で同情を覚え―郁と雫の限界は臨界点を突破。
数秒後、郁と雫が指さして大笑い。それが引き金となったのか、仮想現実がぐにゃりと歪み―細かい粒子となって消滅する街、店内と人々。
もちろんバーのママも消滅し、後に残ったのは未だ笑いを収まらない二人と呆然と魂魄飛ばした郁の父だけだった。


「仮想現実ぅぅぅぅ?だったら早う言えや!」
「だってね〜いい加減に嫁とか諦めてくれればいいのよ。恥ずかしい」

血の涙でも流しかねない半泣きの父に郁は笑いをどうにか笑いを収めて作り上げた真顔で訴えてみるが、効果はなかった。
娘にこうもあっさり―どころか、永久にゴミ箱ポイポイしてきなさいなと語尾にハートマークをつけて断言されて傷ついた表情を浮かべ、父はわぁぁああ〜んといかにもお子ちゃまですぅな声を上げて駆け出す。
いい加減、この展開に飽きつつも、郁は律儀にその後ろ姿を追いかける。
どんなに危なく、暴走しまくりでいい加減な父であろうと父。
周りへの被害を最小に抑えたいと思うのは、親心ならぬ娘心。
というよりも、恥ずかしいから沈黙させたいというのが本音だが、一応建て前としては娘心としておこう。
暴走狂騒な父が駆け込んだのは先ほど郁が出迎えた半魚人がいる格納庫。
派手にいくぜぇぇぇぇぇと無駄な体力使って、ドアを破壊した父は最初に目にした冷凍睡眠からちょうど目覚めたばっかりの半魚人。

「おぉぉぉぉぉぉっ、麗しき眠り姫っ!!このちょい悪を気取りのちょっぴし暴走しちゃった男を哀れと思し召しなら、宇宙の果てのそのまた果てに二人きりの軌跡を刻みつけていこうじゃ〜あ〜りませんかぁっぁぁぁぁぁつ」
「何言ってるのよっ、親父ぃぃぃぃぃぃぃ」

フラれすぎて、頭の回路がぶっ飛んだ父は半魚人の手をがっちりつかむと最強冷凍ブリザードフルスロットで軟派。
それはそれは恐ろしいほど寒い父を尽かさず突っ込む郁。
またしても被害者、苦情に晒されるのかときつく目を閉じて覚悟する郁だが、待てどもそれはやってこない。
恐る恐る目を明けた郁はそこで展開された光景に呆然となり、我が目を疑った。

円らな瞳をきらめかせ、うっとりと夢見心地になる半魚人とどこまでも暴走だぇぇぇぇっぇな父の瞳が絡みあい、どっかのロマンス映画よろしく甘ったるい空気が包み込む。

「あああああ、こんなジョーネツ的なことを言われるなんてっ……私は刺客。貴方の暗殺を受けているのに―なんて運命は残酷なの!」
「そんなことはないさ、ベイべェ。ここまま俺と一緒に逃げ出しちまおう。それが運命だ」
「運命っ!!なんて甘美なひ・び・き。いいわ、どこまでも私と逃げてぇぇぇっぇぇぇぇつ」
「おおおっ我らの愛は偉大にして永遠だぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なんだっそれはぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

いきなり吹きまくる愛の嵐―ならぬ、生臭すぎる鰯の嵐に郁の冷静かつ常識的なツッコミがこだまするも、あらゆる点でいっちゃいましたぁな父と半魚人に届かず―代わりに大リーグ選手も顔負けな超豪速球……じゃなくて鰯がダーツよろしく飛んでくる。
思わず条件反射でよける郁。
飛び交う鰯の嵐が止むとそこに非常識極めた父と半魚人の姿はなかった。

「いったいなんなのよぉぉぉぉ〜」
「よく分かんないけどうまくいったみたいね……っていうか、今の鰯。ブーケトス?ってことは、ブーケトス失敗やん!」

脱力してへたり込む郁になんとも言えない顔をしていた雫がぽんと手を合わせて指摘する。
そう―どっかいっちゃいまくりな父と駆け落ちしちゃいましたな半魚人が花嫁よろしくブーケトスとばかりに鰯を投げたというならば、それを本能でよけてしまった自分に幸せはない。
つまり結婚は難しいですよぉ、と有難くもない烙印を押されてしまいましたってことである。

「失敗って?ブーケトスを私に?これって私…結婚は?」

とてつもなく最悪な未来を決めつけられ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっと悲鳴を上げて泣きじゃくる郁の声が艦内中に響き渡り、とんでもなく冷たい抗議を受けるのは数秒後のことである。

FIN