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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.21 ■ “特異者”の少年






 黒く渦巻き、立ち上っては消えていく湯気の様な黒い靄を放った球体を手の上に具現化した勇太の目の前に立つ、百合と凛の二人。二人の表情にはいつもの柔らかな表情は消え、緊張に強張り、頬を汗が伝う。

 ――怖い程に禍々しい力の塊。

 それが、勇太が発している力から感じ取れる二人の印象であったのだ。

「来ないなら、こっちからいくよ」
「やらせないわ!」

 先手を取られたら防戦に回らざるを得ない。そう判断した百合が眼前と勇太の背後を接続すると、凛の身体をその中へと押し込んだ。突然の背中への衝撃に目を丸くした凛だが、次の瞬間に勇太の背後が見えた事に気持ちを切り替えると、胸元から護符を取り出した。

「神気・二光槍!」

 護符に刻まれた紋様が光を放つと同時に、その光が槍の様に鋭利な先端を勇太の背後に近づけた。当たってしまうのではないかと怯んだ凛であったが、その瞬間、勇太の姿が消える。

「え……」
「凛! 後ろよ!」

 真横に展開した空間から百合の腕が凛の服を引っ張り、凛の身体を強制的に横に動かした。そこを空振る様に勇太の放った黒い球体が通り過ぎ、地面を穿つ。

 空間転移能力を使って背後に回り込んだ勇太を、遠距離にいた百合だからこそそれを見逃す事はなかったのだ。

 体勢がが崩れている凛に追撃しようと肉薄する勇太が、僅かな違和感に気づき、後方へと飛んだ。軽快な音を立てて百合の五寸釘が地面に突き刺さる。

「百合さん!」
「油断してんじゃないわよ!」

 今度は五寸釘が刺さったその場所に姿を現し、百合が地面に刺さった釘を右手で抜き取り、更に左手から三本の釘を投げつけた。

「シャッフル」

 同時に姿を消した釘が、空中でランダムに飛び交い、勇太に向かって四方八方から襲いかかる。

 エヴァに対しては使われなかった、百合による空間接続能力の細かい使用法。綿密な座標計算を行うだけではなく、それを同時に六本の釘をそれぞれ別の空間に飛ばす事など、常人に出来る能力ではない。
 それを何となくではあるものの理解出来る勇太は、くつくつと込み上がる笑みを噛み殺せずに口角を吊り上げた。

「――ッ!」

 次の瞬間、黒い球体が一瞬にして勇太の身体を覆い、そして放射状にそこから衝撃を生み出した。釘はその衝撃によって強制的に軌道を潰され、百合の制御権は失われてしまった。

「念の槍・陰、って所かな」

 これまで勇太が用いてきた念によって造られた槍が、黒い武器となって具現化する。まるで墨汁に浸したかの様にポタポタと闇が水滴を落とす様に下に垂れて霧散していく。

「百合さん、後ろに!」

 凛の言葉に反応して、百合が凛の後ろに空間接続する。
 それを待たずして、凛は護符を5枚地面に投げつけ、地面に手を当てた。

「光明陣・結!」

 地面にさながら五輪の様な布陣で張り付いた札が光の柱を造りあげ、凛と百合の前に展開される。
 勇太はそのまま念の槍・陰を放った。

 甲高い音と共に左右に崩れていく“負”の気が、凛と百合の二人の身体を横切る。

「このまま待ってたら、アイツのペースに飲まれる! いくわよ!」
「ハイッ!」

 いつの間にやら百合が主導権を握る形で、凛と百合の戦闘スタイルが確立しようとしていた。空間接続によって左右に散った二人が、一斉に勇太に肉薄する。
 百合は空間接続を数箇所に施し、まるでコマ送りしている映像の様にタイミングをズラしながら勇太へと近づき、釘を手に構えた。

 そんな予想だにしない動きによって、避けるタイミングを失った勇太が空間転移によってその場から避けようと動き出す。
 すると、百合が勇太が消えた事に構わず釘を投げつけ、叫んだ。

「凛、そこに撃ちなさい!」
「言われなくても、分かってます!」

 勇太が空間転移を済ませると同時に、凛がさながら弓道の様な構えから、矢を射る様に右手を離した。光の矢が具現化され、それが勇太に向かって真っ直ぐ飛んで行く。

「な……ッ!?」

 勇太はこの行動に困惑した。
 まさか自分が転移した先を推測され、しかも見事に的中してくるとは思わなかったのだ。

 咄嗟に身体を捻り、凛の光の矢――『神気・神楽矢』を避けた勇太が体勢を崩し、倒れる。
 その瞬間、眼前に映ったのは、見下して飛んでいた百合であった。

「もらったわ!」

 釘を両手に4本ずつ持ち、宣言と同時に投げつける。勇太の身体を射抜く一撃。
 確実に捉えるその瞬間、勇太の身体を再び黒い靄が覆い、釘を弾き飛ばした。

 百合はそれを見るなり舌打ちすると、再び凛の真横へと空間を接続。
 起き上がった勇太と再び睨み合う様に体勢を整えた。

「はぁ、はぁ……」
「……ッ」

 息を整える百合と、神気の使い方に粗さが目立つ事になってしまった凛。それに対して、勇太は何食わぬ顔をして立ち上がる。

「……ッ、ホントにアンタは、常識知らずね……」
「それ、褒め言葉なのかね……」
「そう思っていて良いわよ……ッ!」

 再び百合が勇太に攻撃を試みようと肉薄する。





―――
――






 三人の訓練は、その苛烈さは激しさを増したものの、特に大きな怪我もなく終わった。ようやく一段落つき、それぞれに座って息を整えている所にやって来た武彦が、その部屋の中に入って声をかけた。

「よう、終わったみたいだな……って、また随分と派手に暴れたみたいだな」

 訓練用のその室内に広がった惨状に、武彦が呆れがちに嘆息する。

「勇太。いけそうか?」

 その言葉が何を指しているのか、それはわざわざ尋ねるまでもない事であった。

 ――巫浄 霧絵。
 つまる所、虚無の境界と渡り合えるか、という事だ。

 勇太はその問いかけに対して、僅かに逡巡する。
 強がって戦えると言うつもりはない。

 “負”の力を使って凛の神気とぶつからせた結果、どれだけ強度をあげても拮抗される。それは正しく、相性の悪さを物語っていた。

 例え巫浄 霧絵が何を企もうと、前回の様な事態は招く訳にはいかない。

 東京の主要部。そしてこの日本という島国の各主要部に攻撃を仕掛けている“虚無の境界”との決戦。それがこれから行われるのだ。

 果たして自分は、その戦いに勝てるのか。
 それらを考え、その上で勇太は凛と百合に交互に視線を向けた。

 ――守ってみせる。

 そんな決意を改めた勇太は、武彦に視線を向けると、少しばかりの深呼吸をして深く頷いた。

「大丈夫。勝てるよ」

 それ程までの答えを揺らぐ事なく口に出来るのは、恐れを知らない子供故だと大人なら一蹴するだろう。少なくとも、IO2に所属している者達はそう受け取る。

 しかし、その言葉を受け取ったのは武彦であり、武彦は勇太を信頼している。

 故に武彦はその問いに、頷いて答えるのだ。

「あぁ、分かってる」

 いつまで自分の背中を追っている子供でいてくれるのだろうか。

 僅かにそんな事を感じながら、武彦は勇太に答える。
 これが、自分がこの未来ある少年に見せる大人の背中の最期の姿だと、そう何処かで理解しながら。






◆◇◆◇◆◇◆◇






「そう、か」

 廃墟となった東京の主要部。県庁所在地のあったその場所を見下ろして、宗は静かに呟いた。

「力を貸して頂けるのかしら?」
「抜かせ。貴様らのつまらない児戯に、この俺を付き合わせるつもりか?」

 宗に向かって声をかけていたのは、紛れも無い巫浄 霧絵である。
 しかし宗は、虚無の盟主が成そうとしている計画すらも、児戯だと一蹴する。

 その現実を前に胸中を荒れ狂わせるかと思われた霧絵であったが、相手が相手なだけに、そんな思いは抱く事もなく、笑みを浮かべた。

 ――霧絵は理解している。
 この男、“工藤 宗也”にとって、世界の成り行きですら瑣末な事である、と。

 霧絵はその畏怖を表には出さない。しかし、胸中ではこの宗也という男の存在だけは無視出来るものではないと確信している。

(笑えないわね、工藤 宗也。そして工藤 勇太……。
 同じ時代。同じ血筋に現れた、二人もの“特異者”の存在……)

 霧絵はその胸中を誰に告げる訳でもなく、ただただ呟く。

「あなたが協力してくれれば、私の計画は何の弊害もなく達せられるもの。協力を仰ぐのは自然な流れだと思うのだけど?」

「俺は俺の為に動いている。貴様らは精々、良いデータにでもなってくれれば構わない。そこに成否など問うつもりはない」

 一刀両断される霧絵の言葉。それでも霧絵は、それを黙って聞いている事しか出来ずにいた。そんな霧絵を背にしたまま、宗也はこつ然とその場から姿を消した。


 ――本物の脅威。
 霧絵が宗也をどう見るかと考えた時、きっとそんな言葉としてしか宗也を見れないだろう。

 それでも霧絵は宗也に従うつもりはない。
 世界が虚無へと還れば、宗也など知った事ではないのだと霧絵は自身に言い聞かせる。

 胸中に矛盾を孕んでいる事に、霧絵は気付いている。
 逆らえない相手ではなく、逆らいたくない相手。
 そんな矛盾が、霧絵の中での宗也という存在であった。


「……フフ、世界の歯車は動いている。さぁ、フィナーレを……!
 そして、新なる時代へのプロローグを奏でましょう!」







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