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銀狐の抱く宝玉
所狭しと並べられた麗しき調度品の数々。
その華麗さと繊細さが織りなす調和にシリューナは我知らず感嘆の息を零す。
このまま眺めていたいが、経営している魔法薬屋の倉庫を片付けなくてはならない。
先日からいろいろと新しい商品を仕入れたからかなり散らかっている。
それは分かっているが、この完璧にして優美なる調和を醸し出した自慢の調度品は眺めたい。
はっきり言うと単なるわがまま。
それでもいい加減見切りをつけて動こうか、と思ったシリューナの耳に元気のいい足音が聞こえ、ほぼ同時に扉が開かれる。
「こんにちは〜お姉さま。配達終わったから遊びに来ました」
「あら、ティレイラ。こんにちは、ちょうどよかったわ」
元気いっぱいに両腕を広げて飛び込んできたカモ―もとい、ティレイラにシリューナはちょっぴり黒さをにじませた笑顔で出迎えた。
その黒さに気づかず、ティレイラは小首をかしげるとシリューナはより笑みを深める。
「ティレイラ、着て早々に悪いのだけれどちょっとお店の倉庫を片付けてもらえるかしら?」
「片付け??お掃除ですか?」
「ええ、この間新しい品を仕入れたから散らかってしまっているの」
「うーん、でも来たばっかりで」
「ティレイラだから頼むのよ。きちんと片づけてもらえたら、評判のお店で買ったお菓子でおやつにしましょう」
「はーいっ!私がんばります!」
ある意味餌付けじゃないか、と思いたくなるが、当のティレイラが元気よく倉庫へ飛び込むと片付けに取り掛かる。
配達屋をしているお蔭なのか、その手際はかなり早く正確。
てきぱきと機敏に動き回るティレイラの姿に満足し、シリューナは軽い足取りでおやつの準備に母屋へと戻っていた。
「うーん!随分と片付いたぁ!」
適当に置かれていた水晶や鉱石、薬品の詰まった瓶に梱包されたままだった品を決められた場所に整理整頓し終え、ティレイラは大きく伸びをして両腕を大きく回す。
かなりの量で歩くのも大変だったが、今では見違えるほどきれいに片づいた。
これならお姉さまであるシリューナにも褒められることは間違いない。
出されるおやつもヴァージョンアップするかもしれないと、ティレイラの頬が自然と緩む。
意気揚々と母屋へ戻ろうとしたティレイラの視界に飛び込んできたのは大きな尾をぴんと立て、野性の鋭さと賢さを兼ね備えた狐を模し銀製の像。
シリューナが選んだ品だけあって超一級の芸術品だが、それ以上にティレイラの興味を引いたのは狐の口にくわえこまれた翡翠色に輝く美しい宝玉。
近くによって見ると、宝玉の中に銀色の炎が揺らめいていてティレイラはそれに一層引き寄せられる。
「ちょっとぐらいいいよね」
小さくつぶやくとティレイラはそぉっと狐の像に手を伸ばす。
両手でそっと支えて宝玉に慎重に触れる。
揺らめく炎がさらに増し、より深く魅入られたようにティレイラは像をテーブルに置くと大胆に宝玉にさわった。
くるくると口の中で動く宝玉が面白くて、ついに夢中になった瞬間、前触れもなくその宝玉がガコン音を立てて口から外れた。
スローモーションがかかったようにゆっくりと落ちていく宝玉を目の当たりにしてティレイラの顔が一瞬にして青ざめる。
「ヤバい!」
脳裏によぎったのは楽しげに怒るお姉さまの姿。
普段は優しいが、一旦怒らせるとそれはそれは恐ろしいお仕置きが待っている。
それだけは絶対に避けたいティレイラはとっさに手を伸ばし、宝玉を口の中に押し込む。
と、突然宝玉からぶわりと銀色の炎が巻き起こり、ティレイラを包み込む。
全身に走る猛烈なむず痒さを感じると頭や手足、はてはお尻の方に妙な違和感を覚える。
すぐそばにあった全身鏡を見てティレイラは思わず悲鳴を上げそうになった。
頭にぴょこりと突き出るとんがった三角耳。もこもこふわふわな尻尾が揺れている。
しかもふわんと生えてきた毛に包まれた手足を見て、ティレイラの混乱は極点に達した。
この変化を抑えようと咄嗟に頭を押さえてみるも、それはもう無駄な抵抗だった。
数秒後、鏡に映ったのはティレイラの面影を残した一匹の狐―いや狐の獣人。
何が起こったのかよく分からず、脱力してへたり込むティレイラの耳に届いたのは、いつもなら救い主、だが今は恐怖のお仕置き人の足音。
わたわたと慌てふためいて、いかにしてこの危機を脱するかと頭をフル回転させるが思いつくわけなく、無情にも閉ざされた扉がゆっくりと開かれた。
「あらあら、いったいどうしたらこんなことになっているのかしら?」
おやつの支度が終わり、どれくらい片付けが進んだか気になって様子を見に来たシリューナの目に飛び込んだのは、半泣きしながら慌てふためく獣人となった可愛い玩具―もとい、妹分のティレイラ。
にっこりと心胆を凍りつかせる綺麗な笑顔を浮かべ、シリューナはぐるりと周囲を見回した。
いくらドジを踏みやすく、人の姿を取っているとは言え、ティレイラは龍族の端くれなのだ。
どっかの安っぽい呪術師が放つ呪いよろしく、あっさりと獣人になる訳がない。
にもかかわらず、獣人の呪いを受けているということは部屋に置かれた魔法工芸品に手を出したな、とすぐに察しがついた。
ティレイラの獣人姿から察するに狐の関連であるのは間違いない。
姿が狐に近いから、ではなく、テーブルの上で無造作に転がっている一つの銀像。
しかも狐の像であることからティレイラを狐型の獣人に変化させたのは間違いなくこの像が原因。
なぜならこの像を預かった際、当時の店から念押しして注意を受けていた。
―何があっても乱雑に扱わないこと。この像にはめ込まれた宝玉はある種の防犯対策ですから
店員がきつく言われ、さすがのシリューナもこの狐の像はあまり手の届きにくい棚に置いてあったのだが、どうやら無駄だった。
わざとらしくため息を吐いてシリューナが一歩近寄ると、ティレイラは床に尻餅をつきながら、ずるずると後退していくがすぐに壁に当たり、逃げ場を失った。
「その狐の像に手を出したのね?」
笑みを深くして尋ねるシリューナにティレイラはこくこくと必死に首を縦に振って、わざとではないと訴えるが徒労に終わる。
「この像はね、預かりものなのよ。預かり物の狐の像に悪戯した悪い子にはお仕置きしなくちゃい・け・な・い・わ・ね?」
「あ〜ん、わざとじゃないですぅ、お姉さま!!」
「問答無用ですわ。大人しく石化していらっしゃい」
言うが早いか、シリューナの手のひらから発せられた淡い金色の光が完全な涙目となったティレイラを一瞬にして包み込み、光が収まるとそこにいたのは今にも大粒の涙をながして物言わぬ石と貸したティレイラの姿。
毎度のことながら、よく石化させられる子ね〜と思いつつ、石像となったティレイラの姿にあら、とシリューナは感嘆の声を上げる。
質感を損なわず、ふわふわな毛皮に包まれた首筋や頬にモフモフ感たっぷりの尻尾が何ともいえず可愛らしい。
いつも石化させても可愛いティレイラの可愛らしさが一気に倍増していた。
「うん、いつもより3割増しで可愛いかしら?しばらく調度品と一緒に飾って愛でさせていただきましょう」
満足げにうなずくと、シリューナは石化したティレイラを御自慢の調度品の中に並べて、本人の意思をきれいに無視し、その質感や感触を存分に楽しむ。
「まぁぁぁ、この狐耳も可愛いわね〜いつもと違うのもいいかもしれないわ。また獣人化させて石化させましょうっと」
石化させられたティレイラの意思を本当に丸無視してくれるシリューナだったが、本人はいたって大満足のようである。
いいのか悪いのか分からないが、満足ならばよしということだろう、たぶん。
FIN
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