コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


疑惑の妖精王国


 洗脳ベッドで気を失っている1人の少女を、龍族の技術者たちが取り囲んでいる。
「こんな小娘が、本当に役に立つのか?」
「こう見えてもダウナーレイス族随一の戦闘員だ。男に目がくらむと隙だらけになるゆえ、簡単に拉致する事が出来たがな」
「しかも精神的な共感能力をも有している。これを逆用するれば、洗脳も容易い」
「まあ使い捨ての暗殺者には適任、か……それでは洗脳を開始する」
「せいぜい楽しく休暇を過ごした記憶でも、植え付けてやるとしよう」


 ダウナーレイス族の本拠地・久遠の都に、獣国の首相が緊急来訪した。
「ご存じかと思うが……我が国を内乱状態に陥れんと企む反政府軍の基地から、久遠の都製と思われる武器が大量に押収された」
 久遠の都の外相に対し、獣国の首相が険悪な声を発している。
「我が国を脅かす者どもに、貴国が援助を行っている……そうとしか判断出来ぬところがある」
「そ、そのような事は……」
 うろたえる外相を庇うように、3人目の人物が言葉を挟んだ。
「まあまあ首相閣下、決めつけと先入観は禁物ですぞ」
 妖精王国の、大使である。
 久遠の都と獣国との間に、敵対関係が生じ始めた。そこへ妖精王国が、仲裁に入って来た。
 十中八九、漁夫の利を狙っての事だろう。外交とは、そういうものだ。
「ダウナーレイス族の潔白を証明するため、腕利きの捜査官殿をお連れしました」
「草間武彦です」
 妖精王国大使に導かれるまま、武彦はまず自己紹介をした。
「とりあえず首相閣下、あんたらが押収した武器とやらを調べさせてもらいましたがね……結論から言うと、あれらは久遠の都製じゃありませんよ」
「ほう。何故そう言える?」
「実物を見てみましょうか。小銃でも拳銃でも、とにかく1つ持って来てくれませんか」
 武彦の求めに応じて、獣国の兵士が1人、小銃を持って来た。
 首相が反政府軍から押収し、証拠品として持参したものの1つである。
 武彦はそれを受け取り、天井に向かって1発ぶっ放して見せた。
 銃口から弾が飛び出す前に、小銃そのものがバラバラに分解され、武彦の両手から崩れ落ちた。
「……と、まあ見ての通りの粗悪品です。反政府軍に援助しようと思うなら、こんな物を送るわけはないでしょう」
「ぬう……」
 唸る首相に対し、妖精王国の大使が語る。
「思うに、獣国とダウナーレイス族との間に戦争状態を作り出し、何かしら漁夫の利のようなものを得ようとしている輩がおりますな」
(あんたたちじゃあ、ないのか?)
 武彦は思わず、そう言ってしまいそうになった。
 その時、耳障りな警報が鳴り響いた。緊急事態を告げる、アナウンスと一緒にだ。
『C13・682231号事象艇が無許可発進! 武器弾薬類を満載し、獣国方面へと向かって逃走中! 総員、これを阻止せよ。やむを得ぬ場合は撃墜を許可する!』
「武器弾薬を満載し、我が国へ向かっている……だと……!」
 獣国首相が、怒りに震えている。
「やはり、反政府軍に物資を送り込んでいるのではないのか!」
「馬鹿な、こんな堂々と運ぶわけがないでしょう……」
 言いつつ武彦は、官邸の窓を開けて上空を睨んだ。
 C13・682231号事象艇の巨体が、確かに獣国の方向へと向かって空を横切っている。
 それよりもずっと小型の事象艇が1機、挑みかかるように追いすがっていた。
 個人用の、高機動戦闘事象艇である。それがC13・682231号の周囲を、超高速で飛び回る。まるで、巨大な鯨に小型の鮫が食らいつくかのように。
 C13・682231号の巨体が、火を噴いた。機関部で、小規模な爆発が起こっている。鮫のような小型事象艇からの、ミサイルの一撃だった。
 その一撃で、勝敗は決した。武器弾薬を満載した巨大な事象艇が、揚力・推力をゆっくりと失いつつ、それでも緊急着陸のための動力だけは辛うじて保ったまま、地上へと向かう。
 小型事象艇を駆る何者かの、驚くべき射撃と手加減の技量だった。
 ズゥン……と微かな地響きが起こった。人や建物を押し潰す事なく、C13・682231号は穏やかに胴体着陸を完遂していた。
 その近くに、小型事象艇が着地する。機体のハッチを、ゆっくりと開きながらだ。
 開いたハッチの内側から、操縦者が立ち上がり、ヘルメットを脱いだ。茶色のウェーブヘアが、軽やかに風に舞った。
 久遠の都政府・環境保護局員。クロノサーフ選手権モテかわ女子部門・5年連続覇者。
 その名は、武彦も聞いてはいた。
「綾鷹郁……か」


 C13・682231号艇の乗員たちは、1人残らず検査病棟に入れられた。
 無傷で怪我もなく着陸したはずの彼らが全員、意識が混濁しており、まるで薬でも盛られたか、さもなくば洗脳の類を受けた状態であるらしい。
 無論そんな説明で、獣国の首相が納得するはずはなかった。
「私を謀ったのだな! 何が漁夫の利だ! やはりダウナーレイス族が、我が国の反政府軍を直接援助していたのではないか!」
「ちょっと、一国の首相さんがそんな短絡的な考え方してていいの?」
 郁は呆れた。
「こっちのイケメン探偵さんも言ってたでしょ? もしそうなら、武器やら弾薬やらこんな堂々と運ぶわけないって。どう考えたってスパイか何かの仕業だっての。ねー武彦君?」
 初対面にもかかわらず、そんな呼び方をしながら擦り寄って来る少女を、武彦はやんわりとかわした。
 そうしながら、懐から小さな金属片を取り出す。先程壊れた、小銃の残骸の一部である。
「首相閣下、これ龍国製ですよ」
「何……?」
「龍国でしか採れない、龍族の製法でしか加工出来ない金属です。それで無理矢理、ろくに知りもしないダウナーレイス流で久遠の都製品を偽造しようとするから、あんな粗悪品になっちまうんですよ」
「そ、それでは君は……全て、龍国の陰謀だとでも」
 言いかけた首相を、刃の一閃が襲った。
 銃剣だった。
 その銃身を、武彦は掴んで止めた。銃剣の切っ先が、首相の首筋を切り裂く寸前で静止する。
「なっ…………」
 首相が青ざめ、身をすくませた。
 そこに銃剣を突き付けているのは、綾鷹郁である。
「獣国の首相……殺す……久遠の都のため……」
「そんな言葉で、洗脳されちまったわけかっ」
 掴んだ銃身を、武彦は捻った。郁の細身がぐるりと回転し、床に投げ出される。
「痛っ……あ、あれ? あたし……」
 正気を取り戻した表情で、郁が周囲を見回す。
「普段はそうやって普通にしていられる。厄介な洗脳だよな」
「洗脳? あ、あたしが?」
「お前さん。ここ2、3日どこで何してたか、ちょっと聞かせてくれるかな」
「んーとね、休暇もらって大余暇時代に言ってたの」
 楽しい事でも思い出しているのか、だらしない笑みを浮かべながら、郁が答える。
「海辺のイケメンパラダイス満喫してましたあ。えへへへ」
「大余暇時代の各リゾート地に、ちょいと問い合わせてみた。綾鷹郁なんて客は、どこにも来なかったそうだ」
 言いつつ武彦は、1枚の写真を胸ポケットから取り出した。
「お前さんの個人用事象艇……その断層写真だ。大余暇時代へは、その機体で行ったんだよな?」
「そう……だけど……」
 呆然と、郁は写真に見入った。
「これ……被弾の跡?」
「そう。お前さんはその機体で大余暇時代へ跳ぼうとした、その瞬間に攻撃を喰らったんだ。で、拉致された……さらわれた先で洗脳され、それをごまかすために偽の記憶を植え付けられたというわけさ」
「あのイケメンパラダイスが……偽物の記憶……?」
 郁は頭を抱え、よろめいた。
「誰が、そんな事……」
 よろめきながらも小銃を構え、ぶっ放した。
 妖精王国の大使が、おかしな動きを見せたところである。
「ぐっ……!」
 大使の右手で、何かが砕け散った。携帯電話だった。
「おんどれ今、何したぞ……」
 郁の目が、怒りで据わった。銃剣が、大使に向けられる。
「何ぞつまらん事、たくらんどろうがあ!?」
「ふむ。共感者操縦用マルウェアを仕込んだ、携帯電話ですな」
 砕け散った残骸を観察しながら、武彦は言った。
「これで綾鷹郁を操って、こちらの首相閣下を殺させる。そうすれば久遠の都と獣国はめでたく戦争状態と相成るわけだ。それを一番喜ぶのは、あんた方妖精王国……と見せかけて」
「な、何を言っているのか……全く、わからんな」
 ごまかそうとする大使に、武彦は自分の携帯電話を突き付けた。そして録音したものを再生した。

『こんな小娘が、本当に役に立つのか?』
『こう見えてもダウナーレイス族随一の戦闘員だ。男に目がくらむと隙だらけになるゆえ、簡単に拉致する事が出来たがな』
『しかも精神的な共感能力をも有している。これを逆用するれば、洗脳も容易い』
『まあ使い捨ての暗殺者には適任、か……それでは洗脳を開始する』

「なあ大使殿……これ、あんたの声だよな? 声紋もきっちり調べさせてもらった」
 顔面蒼白になった妖精王国大使を、郁がぶん殴って気絶させた。後で訊問をする事になるのだろうが、そんな事をしなくても、わかっている事が1つある。
「ったく、妖精王国の連中って本当ろくなもんじゃないったら……」
「妖精王国じゃないぜ。龍国だ」
 郁の言葉を、武彦は訂正した。
「龍族のスパイが、妖精王国の大使に化けてたんだよ。手の込んだ事、するもんだ」
「ほんとよね。あたしに、つまんない夢まで見せて……はあ、海辺のイケメンパラダイスがぁ……」
 郁は、即座に気を取り直した。
「今からでもいいわ。ねえ武彦くぅん、海行こ海!」
「やめとくよ。リゾート地ってのは、どこもかしこも禁煙だからな」