コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


Let's fishing!

 遠くに連なる山々に、青々と茂った森の木々。時折ギャアギャアと鳴き声を上げて飛び去るのは、鳥のような大きな生き物だ。
 異世界へとやってきていたセレシュと悪魔は、魚のひれが魔具を作る上で必要な為この場所へとやってきていた。
「……」
 鼻歌交じりに先を歩くセレシュに対し、悪魔はどこかビクビクしながら落ち着き無く辺りを見回している。
 その様子に気付いたセレシュは足を止めて悪魔を振り返った。
「さっきから何キョロキョロしてんねん」
「だ、だって……。この前の事があったからさ……」
「この前?」
 ビクついている悪魔に、きょとんとしたセレシュは小首を傾げた。が、すぐに察すると納得したように頷く。
「あー、あれか。火竜の時の……」
「そ、そうよ。またあの時みたいな事があったら嫌じゃない」
「……何や、あんたビビってんの?」
 ニヤニヤと笑いながら冷やかし半分なセレシュの眼差しに、悪魔はカッとなる。
「ち、違うわよ! フン!」
 あからさまに怯えている事を知られているのは分かっていたが、悪魔は強がって顔を背けた。
「そんなんあったらまたそん時考えればええねん。それにこない静かな場所に、あんなおっかない魔物がおったらエライことやで」
 ケラケラと笑いながら再び歩き出したセレシュに、悪魔はむくれたまま付いて歩いて行った。
 しばらく歩くと森を抜け、目の前には眩いほどの太陽の日差しを受けてキラキラと輝く湖が見えてくる。
 とても大きな湖で、透明度が高いのか湖底が良く見える。山や木々の姿を鏡のように水面に映し出しているその姿に、セレシュも悪魔も感嘆の溜息を声を上げた。
「うわぁ〜、随分綺麗な湖やな〜!」
「湖の底が見えるくらい透明度の高い水なんて、初めて見た!」
 二人はしばらくキャアキャアと声を上げてはしゃいでいたが、当初の予定を思い出したセレシュは悪魔に釣り道具一式を手渡す。
「あかん。今日はピクニックに来たんやない。魔具を作るんに必要な魚のひれを採りに来たんや。はしゃいどったら日が暮れてしまうわ」
「……釣りなんて、地味ね」
「アホ! 釣りをなめとったらあかんで! これは魚との忍耐勝負や。魔具の為にもこの勝負に負けるわけにはあかんのや!」
 力説するセレシュに、悪魔は一瞬ポカンとするもすぐに呆れたように笑った。
「分かったわよ。で、餌は?」
「練り餌を用意してあるわ。ほんなら、釣りのポイントでも探そか」
 セレシュはバサッと背中の黄金の羽を羽ばたかせると、釣り道具を手に空へ舞い上がる。
 悪魔もそんなセレシュを追い、空へと舞い上がった。
「上から見る湖面も綺麗やな〜」
 湖の上を滑るように飛び、湖面を見詰める。
 キラキラと光る湖面。水はどこまでも透き通り、魚が固まって泳いでいる様子もよく見て取れた。
「ね、セレシュ。あそこは? 魚が沢山集まってる」
 悪魔が指差した場所には、湖の中にある小さな小島。その小島の傍で魚達が固まりになって泳いでいる姿が見て取れた。
「せやな。ほんならそこにしよか。近くに休めそうな場所もあるしな」
 二人は暖かな風を感じながら小島まで飛ぶと、早速釣りを始めた。
 練り餌を付け、釣り糸を垂れる。
 魚が食いついて竿を引くまでの間は特別なにもすることがない二人は、のんびりと地面の上に寝転がりぼんやりと空を眺めていた。
 異世界と言う事もあり、空にはいくつもの惑星が月のように見て取ることが出来る。空は青いが、人間界のような青さではなくもっと深い青だ。
 そんな空を雲がゆったりと流れ、近くの木々からは鳥達の鳴き声が響いてくる。
「……こう言う時間もえぇなぁ」
 ぽつりと呟いた時、釣竿を見ていた悪魔が声を上げる。
「セレシュ! 竿! 引いてるよ!」
「え?! ほんま!」
 ガバリと飛び起き、釣竿に駆け寄る。リードを巻き釣り上げた魚を見て、セレシュはう〜んと唸った。
「これとちゃうんよね……。ま、ええか。お昼ご飯の足しにしよ」
 セレシュは魚から針を取り外すとすぐに捌き、木の枝に刺して置いておいた。
「じゃんじゃん行くで!」
 気を取り直し、練り餌を付けると再び糸を湖の中に放り込んだ。


 その後二人は順調に魚を釣り上げ、目的の魚と違う魚とがそこそこに釣れた。持って来たクーラーボックスの中に目的の魚が5匹。それ以外の魚が4匹程度。
 そうこうしている間に陽は高く昇り昼に差し掛かる。
「よし、ほんならそろそろお昼にしよか。焚火焚いて、釣った魚も一緒に食べよう」
 セレシュのその言葉を待ってましたと言わんばかりに悪魔は声を上げる。
「賛成! お腹空いちゃった!」
 悪魔はすぐに焚火の材料をかき集めてくると火を灯し、その周りに釣った魚の串を刺し立てた。
 朝早くから起きて作った弁当を広げ、焼きたての香ばしい匂いを放つ魚を頬張る。
「うん! 美味しい! もっと淡白なのかと思ったけど、いい感じに油も乗ってる!」
 感激したように悪魔が声を上げると、セレシュも同様に頷いた。
「ほんまやな! めっちゃ美味いわ! 持って来たおにぎりによう合うわ」
 二人は釣り上げた魚の美味さに満足そうに舌鼓を打ち、あっという間に平らげてしまった。
「はぁ〜……。美味しかったぁ〜」
 沢山食べて膨れたお腹に手を当てながら、悪魔は溜息を漏らす。
 その横で、セレシュは釣竿を握り締め、練り餌に手をかける。
「よっし、ほんなら後半戦いくで!」
「え? まだ釣るの?」
 驚いたように悪魔はセレシュを見上げると、彼女は目を瞬かせた。
「まだ材料にするにはこんな数じゃ全然足らんねん。今クーラーボックスに入っとる量の倍は欲しいところや」
「そ、そうなんだ……」
「ほら、あんたの竿。さくっと釣ってこ!」
 にっこり笑いながら悪魔用の釣竿を手渡した。
 二人はその後ものんびりと過ごしながら釣り三昧に過ごした。
 目的の魚はそこそこに釣れ、それ以外の魚がクーラーボックスとは別に持って来たバケツの中に溜まって行くのを見て、セレシュは一つ溜息を吐いた。
「目的の魚以外のやつが結構溜まってきてしもうたなぁ……」
「あと何匹必要な魚が釣れればいいの?」
 悪魔の質問に、クーラーボックスの蓋を上けたセレシュは唸る。
「う〜ん……せやな。あと2匹ってとこや」
 その2匹がなかなか釣れんもんなんよね。と付け加えながら、セレシュはクーラーボックスの蓋を閉じた。
 なかなか釣れないからと言って諦めるわけにはいかない。
 そろそろ釣りも飽きてきた頃だが、セレシュは釣竿の前にスタンバイしていた。


 それからしばらく釣りを続け、陽が傾き始めた頃になり最後の一匹を悪魔が釣り上げた。
「釣れた!」
「お! さすが! これで完璧や!」
 やや憔悴しかけていたセレシュは、悪魔の頭をグリグリ撫で回しながら心底嬉しそうに声を上げた。
 ようやく揃った魚を入れ、後片付けをして帰る準備を済ませたセレシュは、ずっしりと重たいバケツを見詰めボソッと呟いた。
「……こりゃ、しばらく魚料理が続きそうやな」
「え? 何?」
「何でもないわ。ほんなら家に帰ろか!」
 重たくなった入れ物を抱え、二人は家路を急いだ。