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<東京怪談ノベル(シングル)>


優しい時間の中で

 怖いけど、悲しい夢。
 今まで生きてきた人生の中では、決して知ることのない過酷な世界を、私は夢に見た。
 誰かが生きる中で誰かが死ぬ。それが当たり前のように起きる世界。
 それがただの夢ではないと、目を覚まして少し経った頃、私の傍にいた鹿ノ戸さんが教えてくれた。
 それが辛くて、悲しくて……次々涙が零れて来たことを覚えてる。
 でもそれ以上に覚えてるのは――
「あんたって子は! どれだけ心配したと思ってるの!」
 頬に走った激しい痛み。それに手を寄せながら、私は呆然とお母さんを見詰めていた。
「2ヶ月もッ……、もう……もう、目が覚めないんじゃないかって……」
 お母さんの頬を流れた涙に息を呑む。
 そうだ。私が眠っていた2ヶ月間、私が目覚めるのを待っていたのは鹿ノ戸さんだけじゃなかったんだ。
 私の大事な家族。私の大事な世界。
 それこそ『平凡』を絵で描いたような家族だけど、それが私の日常。
 私は張り裂けそうな胸の痛みを和らげるように手を伸ばすと、お母さんの背中に触れた。
 たった2ヶ月なのに、少し痩せたかな?
 そう思うと余計に申し訳なくなってくる。
「……ごめんなさい」
 ぽつり。
 そう零した声にお母さんが泣きながら、良かった、良かったって、私を抱き締める。
 私にはこんなにも私を想ってくれる家族がいる。
 とても暖かくて、とても優しい――大事な家族。

   ***

 ……チュンッ…、……チュチュ…ッ……。
 小さいけれど耳によく響く雀の鳴き声。
 それに寝返りをうつと、私の意識は少しだけ現実に戻って来た。
「……ん……朝……?」
 擦れた声で呟きながら上げた瞼に光が射す。それにギュッと目を閉じると、私は掛けていた布団を大きく被った。
「まだ早い……」
 そう零しながら、一瞬の間に掠め見た時計を思い出す。今は6時半。目を覚ますには少しだけ早い。
 これならもう少しだけ寝ても良いよね?
 そう思ったのだけど、次の瞬間、私の意識は一気に現実へ戻される。
「弓月ー!」
 バタバタと階段を駆け上がる音がして、すぐに部屋のドアが開く。そして一気に布団が引き剥がされると、暴君は何のお構いもなしに私の腕を掴んだ。
「起きろよ、弓月!」
 この声、この行動は間違いない。
 これは毎朝恒例のように起こしに来る弟だ。
「いつまで寝てるんだよ。今日が休みだからってボケボケしてんなよな!」
 早く早くと腕を引かれて体を起こす。
 正直言ってまだ眠い。
 それでも瞼を上げると、弟の「あ、起きた」と言う声が聞こえて来た。
「起きた――じゃないわよ……何度も言ってるけど、お姉ちゃんの部屋を開けるときはノックしなさい」
 良い? そう言い聞かせるんだけど、まあこれも毎回のこと。
「あっかんべー!」
 憎らしく舌を出して部屋を出て行く姿に脱力する。
 いったい何をしにきたんだか……。
「相変わらず訳の分からない子」
 そう息を吐いてベッドから足を下すと、部屋の入り口にもう1人立っていることに気付いた。
「あれ……お兄ちゃん。おはよう?」
 今のやり取りで出て来たのかな?
 首を傾げながら声を掛けると、お兄ちゃんは少しだけ笑って「おはよう」って返してくれた。
 私の兄弟は、今部屋を出て行った弟と、この兄の2人。たまに喧嘩もするけど、比較的仲の良い兄弟だと思う。
「お兄ちゃんからも言ってよ。流石に毎日だと変な寝言も言えないもん」
「言う気なのか?」
 クスリと笑う兄に「それは物の例え」と抗議する。
「私だって年頃の女の子なんだよ?」
 落ち着きとか色んな物がだいぶ欠けてるかもだけど、私だって17歳。
 そろそろ色恋の「い」の字くらい出ても――って、何でココで鹿ノ戸さんの顔が出て来るの!?
 間違ってないけど、か、顔がっ!
「何を百面相してるんだ?」
「な、なななな何でもないっ!」
 慌てて否定するけど絶対にバレてる!
 パタパタと顔を扇ぐ私にお兄ちゃんが笑いながら言う。
「その顔はこの前の人が原因かな? 確かに弓月も年頃ってことか」
「へ……この前の、人?」
 何それ? そう視線を向けると、お兄ちゃんの意味ありげな顔が飛び込んで来た。
「父さんと母さんに頭を下げてた人が居たんだよ。自分のせいで弓月がこうなってしまったって」
 自分のせいで弓月がこうなってしまった?
「それって、まさか……」
 驚いて問い返そうとしたけど、お兄ちゃんは眠そうにあくびを零して踵を返してしまう。
「まあ、アイツに関しては許してあげな。お前がちゃんと起きるか確認したかったんだよ。あと何ヶ月かは覚悟しておくんだね」
 言われて気付く。
 目を覚ましたとき、お母さんと一緒に弟も泣いてた。
 もうどこにも良くなって言いながら。
「そ、っか……そう、だよね……」
 部屋に戻って行くお兄ちゃんを見送りながら息を吐く。
 家族のみんなが心配してたんだ。
「……気を付けないと」
 そう零してからハタと気付く。
 って、気にするのはそこだけじゃないよね? もう1つ気にしないといけないことがあるよね?
「……盲点だった」
 鹿ノ戸さんと私の家族が顔を合せてる可能性。それがないわけなかったんだ。
「謝ったってことは事情も説明したのかな? でも詳しく話せる訳もないだろうし……うぅ、何話したんだろう」
 こんなこと家族に聞く訳にもいかないし――
 そう思った所で携帯が目に飛び込んできた。
 チカチカと着信跡が点いてる。
「あれ? 昨日寝る時は何もなかったはずだけど」
 言いながら携帯を取り上げる。
 そして飛び込んできた文字にカアッと頬が熱くなった。

――今日、時間あるか?

 鹿ノ戸さんからだ!
「こ、これは話を聞くチャンス?」
 でもどうやって聞こう。
 いきなり話を持ち出すのもアレだし、何か切っ掛けでもあれば……。
「ん、良い匂い」
 鼻をくすぐったお味噌汁の匂いに、お腹が盛大に鳴った。
 そろそろ朝ご飯の時間だし仕方ないにしても、もう少し女の子らしく鳴ってくれないかな。
 そう思うが、生理現象に関しては仕方ないよね?
「あ、そうだ!」
 お弁当を作って持って行くとかどうかな?
 そうと決まれば善は急げ!
「おかあさーん! お弁当作るの手伝ってッ!」
 そう言って階段を駆け下りて行く。
 その姿に、一度部屋に戻ったお兄ちゃんが顔を覗かせた。
「……アイツも変わらないじゃないか」

   ***

 もうすぐお昼時。
 商店街の時計の下で待ちながら、私は手にした風呂敷包みを抱え直した。
「鹿ノ戸さん、喜んでくれるかな?」
 重箱の中身は男の人が好きだと思うおかずがたっぷり。その量は1人じゃ少し多いくらい。
 おかずはお母さんやおばあちゃんに手伝って貰ったけど、その間の質問責めが凄かった……。
「帰ったら大変かも……」
 そうは言うけど嫌な感じじゃない。
 くすぐったいけどちょっと嬉しいような、そんな気分。それに笑みを零してると、不意に声が聞こえた。
「……何、1人で笑ってるんだ?」
「へ?」
 きょとんと視線を上げた先に居るのは――鹿ノ戸さん!?
「あ、あの……こんにちは!」
 慌てて頭を下げながら、勢いに任せて重箱の包みを差出す。
 でも待って! いきなりこれを出すってどうなの!?
 でも出した物をひっこめる訳にもいかないし……ええい、なるようになれ!
「ご心配とご迷惑をお掛けしました!」
 心配かけたのは事実だし、迷惑だって絶対かけてる。って言うか、確実に掛けてるよね!
 だから……。
 そう思って更に頭を下げると、包みを取り上げる動きに合わせて、頭に大きな手が触れた。
 ポンポンって優しく撫でる動きに顔が上がる。
「心配はともかく、迷惑を掛けられた覚えはない」
「でも、私の家族が――」
 そう言ってハッとなる。
 そう言えば、お母さんとおばあちゃんが鹿ノ戸さんの好きな食べ物知ってた! それに「あの人カッコいいわね」とか言ってたし!
 私が眠ってる間に何話してたの!?
 余計なこと言ってないよね? ね??
「弓月、顔」
 あわあわと百面相する私に笑んで、鹿ノ戸さんは額を指で突いた。
「お前の家族にも迷惑は掛けられてない。強いて言うなら、どういう関係かって聞かれたくらいか」
「!?」
 それが一番困る質問だと思うんですが!
 かあっと頬を赤くして見上げると、ぶっと吹きだす声が聞こえた。
 その顔に口がへの字に曲がる。
「鹿ノ戸さん?」
「いや……お前の家族はみんな似てるな」
 笑いながらそう言われても喜んでいいのかどうか。
 でも鹿ノ戸さんに悪い意味はないみたい。
「良い家族だよ……お前のお袋さん、料理上手だしな。この弁当も楽しみだ」
 そう言って笑うと、鹿ノ戸さんは重箱の包みを持ち上げて見せてくれた。

――END