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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.27 ■ 非情なる一面





 冥月の能力によって構築され、広がった質量法則の無視された世界。それが、影の世界だ。そこに捕まった虚無の境界の幹部、デルテアに陽炎。そしてグレッツォにベルベットの4人の姿があった。

 影によって、両手を広げる形で縛り上げられ、足にも影が巻き付いている。身体の自由は完全に奪われていると言える。

 ――その状況でも、強気な発言をするのはグレッツォである。
 彼は心の何処かで確信めいた物を抱いていた。

 黒 冥月は殺しを行わない。
 恐らくは程度の低い尋問を行う心算なのだろうと。

 そうと判れば、グレッツォが強気でいられるのも当然であった。
 この状況において、グレッツォは一切のリスクを背負わずに済むのだ。

 故に彼は冥月に向かって罵詈雑言を浴びせる。
 そうする事で、少しでも冷静な判断力を鈍らせる事が目的であった。


 ――しかし次の瞬間、その場にいた虚無の境界幹部。
 そして、武彦達は顔を青褪めさせ、血の気が引かされた。

 冥月の手に纏った黒い影の刃。それが手刀となって、グレッツォの腹部へと突き刺さり、抉る様に手を左右へと回したのだ。

「があああぁぁぁッ!」

 声にもならない声。痛みによって気が狂いそうになるのを、叫ぶ事によって発散させる。それでも痛みは誤魔化せない。
 冥月が近づけていたその端正な顔を上げると、グレッツォは一瞬にして身体から脂汗を噴き出させた。

「最初に言っておく。無駄な抵抗をするな、ファングでも解けない拘束だ」

 その言葉の冷淡さと、鋭く冷たい視線を前にグレッツォの叫び声はついに止まった。
 焼ける様な痛みを感じながら、グレッツォは歯を食い縛る。

「そ、そんな……! 貴女は殺しから手を引いたはずでは――!」
「――何を勘違いしている?」

 デルテアの言葉を冥月が遮った。

「確かにお前達の言う通り、私はもう人殺しはしたくない。だが、私や武彦達を狙っておきながら、お前達の命を助けてやる義理が何処にある?

 お前達はその一線を超えた以上、その禁を破る事も否やではない。
 生殺与奪の権利は私に握られている。それを履き違えるな」

 デルテアはその言葉を聞き、思わず息を呑んだ。

 殺しに対しての人間の反応は、様々だ。
 しかし、それにも異例と呼べるタイプが2つある。

 一つは、快楽を得る者。
 これは人を殺したという背徳感と興奮状態によって、さながらクスリにでも手を出したかの様なハイになる事を好むタイプだ。異常快楽者とも呼ばれるタイプであり、殺人を楽しむ者。

 そしてもう一つは、何も感じない者。これは実の所、前者よりもタチが悪いのだ。

 快楽を得る事もなく、まるで呼吸する様に。
 何一つ得るものも無く、何一つ動じる事もない者。

 デルテアは今まで、前者しか見た事がなかった。
 それは偏に、後者になるには子供の頃からそれが当たり前であり、尚且つ目の前で繰り広げ続けなければ、後者には成り得ないからだ。

 潜在的に刷り込まれる、人を殺してはいけないという常識を得る事すらなかった者。

 それこそが、今眼前にいる黒 冥月なのだと悟らされる。

 ――こいつはマズい相手だ。
 そんな事を考えながら、能力を使ってでも反撃出来るかと思考を巡らせようとしたその瞬間、デルテアの視界がぐらりと揺れた。

「な……ッ!?」
「直接脳を揺らしている。お前の能力は厄介だからな」

 冥月の判断の方が早かった。
 デルテアが攻撃を仕掛けるよりも数瞬早く、冥月はデルテアの思考を遮ったのだ。

「ク、ソが……ッ」
「殺さない事、イコール傷付けない事だとでも思ったか? 確かに殺しはもうしないと誓ったのは事実だ。
 だが、殺しさえしなければ、いくらでも拷問は続けられる」

 冥月がグレッツォの腹部に突き刺さっていた手を抜くと、グレッツォは目を大きく見開いた。
 抜かれた場所から、血が噴き出る事すらないのだ。

「安心しろ。失血して死なれては困る。影で傷は塞いでやった」

 小さく冷笑を浮かべて冥月が告げるその姿に、グレッツォは恐怖を抱いた。

 死ぬ事も、失血によって気を失う事も出来ないまま、痛みだけが続くというのだ。もともと普通ではない環境で生きてきたグレッツォであるが、そんな生き方が裏目に出るのだ。

 多少の痛みで気を失う事も、恐怖で気を失う事も出来ない。

「一生ベッドから起きられない体になる事を躊躇うと思うな。必要なのはお前達の脳と耳と口だけなのだからな」

 能力を駆使し、そしてそれすらも可能であると告げる冥月の姿にグレッツォは恐怖を抱いた。背筋を駆け抜ける悪寒。そして腹部を焼く様な痛み。失血すらも許されないその状況が、グレッツォの精神をガリガリと削っていくかの様であった。


(――まずい、ですわね……)

 脳を揺さぶられながらも、デルテアはその吐き気すら催す様なぐらついた感覚のまま思考を纏めていく。

 黒 冥月を測り損なっていた。
 それが、デルテアが抱いた後悔であった。

 殺しから手を引いたという事で、どこかで命までは刈り取られないと理解していた彼女達にとって、冥月のこの拷問方法は予想の範疇を大きく超えていた。
 それでいて、いっそ感嘆すらしてしまいそうな恐怖の植え付け方法だとデルテアは息を呑んだ。

 もしもこの状況でベルベットが意識を取り戻していたら、グレッツォの今の状況を見れば心は折れただろう。
 意識を取り戻した結果として拷問を受けるのは自分達であるが、精神的にもまだ弱いベルベットが気を失っているのは、デルテアにとっては僥倖であった。

 同じ虚無の境界の幹部として、末席とは言え参加している自分達がたった一人にも勝てなかったのだ。
 このままおめおめと逃げ帰った所で、待っているのは死よりも辛い蔑みとなるだろう事は重々承知していた。

 ならばこそ、デルテアは冥月の情報を手に入れておく必要があると踏んだのだ。
 それは、スカーレットやエヴァに確実に持ち帰るべきだ、と。



 ――そんなデルテアの視線に気付いたのか、冥月がデルテアへと振り返る。



「……脳を揺さぶられているというのに、情報収集と分析、か?」

 冥月が一歩ずつデルテアへと歩み寄る。
 しかしデルテアは恐怖もせず、小さく口角を吊り上げる。

 そんなデルテアの頬に手を寄せ、冥月が再び口を開いた。

「抵抗されるのは面倒なんだがな。さっきも言った通り、必要なのは脳と耳、そして口だ。こいつは不要だな」

 冥月の手がデルテアの瞼の上から押さえつける様に指を立て、その指に力を込める。

「ぐ……ああぁぁぁぁッ!!」

 さながら眼球を抉り取る様なその手の動きに、後ろに立っていた百合や零が声を漏らして一歩後退る。

 百合はともかく、零にとってこの光景は異様だ。
 武彦達をも狙った虚無の境界連中に手を加える事は否やではないが、冥月にとっても百合や零を怯えさせる事は不本意である。

 冥月はその手を放し、くるっと振り返ると武彦へと歩み寄った。

「……すまない。武彦、先に始めてくれ」
「あぁ」

 怒りに駆られていたのだろうか。
 自身の行動の残虐さを改めて思い返すと、冥月は少々重い溜息を漏らした。

 同じ組織にいた百合ならともかく、少なくとも零には見せるべきではなかった光景だ。
 そう考えるだけで、冥月は何とも言い難い感情に胸の内を支配された。

「お姉様」
「……百合」

 そんな冥月に声をかけたのは、百合であった。零は心なしか恐怖しているらしく、百合の服の袖をきゅっと握りしめている様だ。
 しかし百合はその手を振り払おうともせず、冥月へと続けた。

「心を折るには、十分だったと思います」
「……そう、か」

 決して怒りに任せ、残虐に痛ぶった訳ではないのだと暗に零へと告げる様な言葉を告げた百合であった。

「……単刀直入に聞かせてもらおうか」

 武彦はデルテアのもとへと歩み寄り、口を開いた。
 先程の狂気にも似た雰囲気を放った冥月が離れた事に僅かに安堵するデルテアであった。

「虚無の境界が動き出しているその目的は何だ?」

 武彦の質問に、デルテアは小さく笑う様に告げる。

「そんな事、決まってますわ……。虚無の境界はいつも、世界を虚無へと還す為だけに、動くのですわ」

 言葉を紡ぐには、脳の揺れのせいで辿々しくもなる。
 デルテアが告げた言葉を頭の中で反芻しながら、武彦はデルテアを見つめた。

「そんな事を聞いているんじゃないんだがな。
 お前達が、どうしてその為にここへと急襲したのか。そして冥月を狙い、俺達を狙ったのか。
 そう聞いたつもりだったんだが」

 武彦の目付きに剣呑とした光が宿る。

「…………」

 僅かな沈黙の中で、デルテアは再び思考をかき集めるのであった。








to be countinued...




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いつもご依頼有難う御座います、白神怜司です。

今回はなかなかのダークな回となりましたが、
拷問という点では冥月さんの能力は凶悪ですね……w

心臓圧迫の描写などは今回は出せませんでしたが、
次回以降に組み込みたいと思います。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願いいたします。

白神 怜司