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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】 閑話日和

「天気もええし散歩がてら行くのもええかな」
 自室の窓から青い空を眺めていたセレシュ・ウィーラーは、大きく伸びをすると家を出た。
 しかし散歩がてら、と言ったものの外に出た瞬間、射すような強い日差しを浴びてセレシュは眩しそうに目を細めた。このまま歩いていってはたどり着くまでに干からびてしまうかもしれない。そんな不安が脳裏をよぎるくらいの気温と日差しだった。
「この暑さはまずいかもしれへん」
 セレシュは日傘を片手になるべく日陰を歩いていく。アンティーク品として売られていた日傘に一目ぼれして購入したセレシュがだったが、古びているが品のある日傘はその機能を今もしっかりと果たしている。
 喫茶店への道のりで前回も楽しんだ目くらましを越え、夢紡樹へとやってきたセレシュはいそいそと扉を開ける。すると軽いベルの音と共に、リリィの元気の良い声も飛んできた。セレシュは、久しぶりやね、と笑みを浮かべ店内へと足を踏み入れたのだった。


 窓際の席へと案内されたセレシュは、リリィの勧めるがままに日替わりのデザートプレートと紅茶を頼み、優雅な一時を過ごしていた。
 外の暑さが嘘のように、店内の温度は快適だった。
 果物たっぷりのタルトと一緒に出てきた紅茶は香りもよく、後から甘みが口の中に広がり美味しい。
 幸せそうな表情でセレシュはタルトを口に運ぶ。程よい甘さと果実の酸味が調和し、咀嚼するセレシュの口角が上がった。
 その時、音もなくセレシュの隣に立ったのは貘だ。相変わらず両目を隠す布を巻いた状態で現れていたが、目が見えないことに支障はないのだろう。セレシュの隣に来るまでどこにもぶつかっていない。深々と頭を下げた貘は告げる。
「いらっしゃいませ。ようこそお出でくださいました」
「お言葉に甘えて遊びにきてみたんだけれど、タルトもどエライ美味しくて幸せいっぱいや」
「それは良かったです。エディも喜びます」
「来て良かったわー」
 そう嬉々として話すセレシュに笑みを向けた貘は、セレシュの目の前に一つのものを置いた。
「なんやこれ。鈴?」
 首を傾げるセレシュに貘は言う。
「今日は人形作りも見ていかれるのでしょう? 閉店まで少し時間もありますし、暇潰しにでもと思いまして」
 セレシュは目の前にある古びた鈴から漂う雰囲気に興味を持ち、まずは触れずに観察する。すぐに触れないのは神具などの研究を行っている者としての癖だ。
「ではどうぞごゆっくり」
 貘は興味津々で鈴を眺めるセレシュにそっと声をかけて、その場を後にした。
 残されたセレシュは瞳を輝かせながら鈴を観察する。触れても危険はないだろうと判断し、そっと手に取り振ってみた。しかし外見は鈴だがまったく音はならない。空洞、もしくは鈴の形だけになっているのだろうかとセレシュは穴の開いている部分から奥を覗いてみるが、中に球状のものが入って動くのが見てとれる。音が鳴らないのは他に理由があるようだ。
 謎が深まればセレシュの探究心も刺激され、よりその鈴に惹きつけられる。
 セレシュの自室にあるような解析機材はない。
 暇潰しというからには、そういったものがなくてもこの場所で答えが見つかる程度のものなのだろう。
 夕暮れ迫る美しい世界が窓の外には訪れていたが、セレシュはそれに見向きもせずに、音のならない鈴に向き合っていた。
 そうこうしている間に閉店時間となる。すべての客が店を後にしてもセレシュは鈴を放そうとはしなかった。
 真剣な面持ちでセレシュは鈴を眺める。そのセレシュの頭の背後から顔を出したのはリリィだ。
「やほー! なんか分かった?」
 気配なく背後に立たれ、セレシュは身を震わせ振り返る。自分の領域に敏感なセレシュが気配に気付かないなんて、そうあることではない。
 ツインテールを揺らしながら笑うリリィにセレシュは驚きながらも頷いた。
「一応解読できたんやないかと思うんやけど、説明しようにも何も確証はないんや」
「マスターがすごい楽しそうだったのはこれだったんだね」
 納得した様子でリリィはセレシュの前に回りこみ告げる。
「ではその鈴を持ったままこちらへどうぞ。秘密基地へご案内しまーす!」
 この間来てくれた場所だけどね、とリリィはウインクしながらセレシュを促す。セレシュは促されるままに鈴を手に歩き出した。


「改めまして。ようこそ、夢紡樹へ。生憎とエディは先ほど急に人形回収に出てしまいましたが、おみやげ抱えてやってくると思うので骨董品等はまた後日お越しください」
 先ほどと同じ微笑でセレシュを迎えた貘は言う。
「ほな、この鈴はどうすればええやろか?」
「ではセレシュさんの鑑定結果をお聞かせください」
 セレシュは鈴を振りながら口を開いた。
「手持ちのもので考察しただけやからはっきりしたことは分かりまへんけど、呪いの類はなし。音は認識でけへんけど特定の人には届く仕組みだと思うわ。例えば犬笛みたいに」
 あと、とセレシュはさらに続ける。
「この塗装。これは何ぞ術が込められてるんやないかと思うんやけど。見掛けは普通やけど、あるもんに反応して色合いが変わっとった。そのあるもんは検討つきまへんけど」
 家に帰ったらたぶん分かるんやけど、と残念そうにセレシュが告げれば貘が笑った。
「それではその鈴は差し上げますので、じっくりと鑑定してください。まあ、元からセレシュさんにあげるつもりで渡したんですけどね。鑑定結果楽しみにしてますよ」
「ホンマに? ええの?」
 尋ねるセレシュに貘は大きく頷く。セレシュは嬉々としながら鈴をかばんにしまった。
 セレシュがしまい終えると貘は部屋の隅にある広いテーブルへと手招く。セレシュはおとなしくそこへ進むが、前回そこにテーブルがあっただろうかと考える。しかしすぐに模様替えでもしたのだろうという結論に達し、貘に尋ねることはしなかった。
「では本日は人形作りを見学したいということでしたね。私の場合、球体関節人形の自己流アレンジで作っているんですよ」
 大体人間と変わらぬ骨組みで、軽い粘土で作られている。関節部分が丸く稼動域があり曲がるので、ある程度のポーズが可能だ。乾かすために部屋の隅にはいくつものパーツが吊るされており、一見するとバラバラ殺人事件のようにも見える。
「これを一つずつ組み上げていくのですが、今日はどの過程をお見せします? 顔も描いてあとは組み上げるだけの子がいるので、その子にしましょうか」
「新しく生まれる瞬間が見れるなんて最高や」
「そうですか。ではこの子にしましょう。この子は甘えん坊な表情をしているんですよ」
 はしゃぐ声に貘は気をよくし、いそいそと手を動かし始めた。普段よりも饒舌だ。リリィもおとなしく貘の手伝いをしている。そこでセレシュは疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「ねえ、もし話したくないなら話さないでもええんやけど、リリィさんが人形に入った経緯って教えてもろても?」
「え? リリィのこと? うん、とくに秘密でもなんでもないから良いよ」
 あっさりと頷いたリリィは話し始めた。
「リリィ、悪いことしてた時にマスターに食べられそうになってて。とっさに逃げ込んだのがマスターの作ってた人形だったの」
「夢渡りの仕事前に作り上げたんですが、魂の生まれなかった子だったんですよ。それでたまたま夢渡りをする部屋に飾っていたんです。風貌が似ていたから入ることが出来たのか、元から入り込めるように魂が生まれなかったのかは不明ですけど、今はそれでよかったと思ってますよ」
 えへへ、とリリィは嬉しそうに笑い獏に球体を繋ぐゴムを渡す。
「リリィの魔力と人形に元からあった力が融合しちゃったのかもしれないんだけど、一回入ったら抜け出せなくなっちゃって。人形の檻だ、なんて言う人もいるけどリリィは特に不自由してないし、問題ないと思うの。それとほら見て」
 リリィは長袖をまくりセレシュに肘の部分を見せる。元は人形なのだがしっかりと肉付いており、今目の前で繋がれていく人形のように球体の部分は丸出しになっていない。
「リリィが入ったら、人形の体じゃなくなっちゃったの。魔力は半減しちゃってるけど、人間と一緒の体」
「不思議なこともあるものですね」
「でもね、この体になって後悔はしてないの。確かに前と勝手は違うけど、毎日楽しいし」
 マスターとも一緒だし、とリリィはとても幸せそうだ。セレシュの顔にも笑みが伝染する。
「毎日幸せなのが一番やと思うで」
「うんっ。だから人形作りしてるマスターのお手伝いするのも好きなの」
 そんな話をしている間に、貘が手馴れた手つきで人形を組みあげた。関節がむき出しの人形は何もない空間を見つめている。頭部にウィッグを着けて服を着せ、すべての工程が完了する。金髪で青い目の人形は貘に頭を一撫でされると瞬きをした。
 セレシュは見間違えたかともう一度人形を見つめる。
 すると今度は間違いなく瞬きをし、人形は起き上がると一同に優雅なお辞儀をしてみせた。顔を上げたその人形の表情は貘が言っていた通り、甘えたがりな愛くるしい表情をしている。
 しかし体はリリィとは違って人形のままだ。人形に生まれた魂と、入り込んだ夢魔とではやはり勝手が違うのだろう。
「おやおや、この子も手元に置いておくしかなさそうですね」
「魂の生まれた子は販売せえへんの?」
「そういった子を望まれる方もいますが、一般の方にはなかなかお譲り出来ないのが現状ですね。可愛い子を悪用されても困りますし」
「それもそうやね」
 ええ子に育ってね、とセレシュは今生まれたばかりの人形の頭を撫で立ち上がる。
「今日はええこと教えてもろたし、お土産も貰ったしええこと尽くしやった。また遊びに来てもええやろか?」
「もちろんですよ。今度はセレシュさんの面白い体験談なども教えてください」
「リリィも楽しみにしてるね」
 ありがとな、とセレシュが手を振ると、セレシュと同じ金髪で青い瞳の人形も同じように手を振りにこりと微笑んだ。


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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
大変お待たせして申し訳ありません。

再び夢紡樹へようこそ。
鈴のおみやげなどありましたが、鑑定していただく機会などあれば幸いです。

また機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。
ありがとうございました。