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<東京怪談ノベル(シングル)>


【任務後の任務 それぞれの覚悟】


 カーテンの隙間から漏れる陽の光で目を覚ました。時計を確認すると、時間はまだ六時前だった。
 すっかり日が長くなりましたわね。瑞科はベッドから起き、カーテンを開いて、くすりと笑った。陽が沈むのが遅くなったのを見て、日が長い、と感じることはあっても、陽が昇るのが早くて、日が長い、と感じるのは少し可笑しい気がした。
 きっと今日は長い一日になる。そう予感したからこそ、朝からそんなことを思ったのかもしれない。
 長い一日。それが良き日であることを願うのみだ。


「お待ちしておりました」
 シスター服の女性がお辞儀をし、出迎えてくれた。
「わざわざ出迎え、ありがとうございますですわ」
 瑞科もそれに対し、腰を折った。
 そこは広いロビーのような場所だった。全体的に白を基調としており、天井が高い。人の姿が瑞科と、彼女を出迎えたシスター以外にいないせいか、実際以上に広く感じる。
「みなさん、瑞科様をお待ちですよ」
 どうぞこちらへ、とシスターは瑞科を建物の奥へと案内する。カツン、カツン、と二人分の靴の音が通路に響く。
 ここは瑞科の所属する『教会』の秘密施設の一つだ。山を切り開いて作られた広大な敷地を擁しており、周りは緑に囲まれている。用途別にフロアが分かれており、建物全体は研究施設のような印象を受ける。
 実際にこの場所は研究施設という側面も併せ持っていた。武器や戦闘服の開発、或いは武装シスターの養成、訓練の場としても利用されている。今、瑞香の前を歩くシスターもここで訓練を受けている人間の一人だ。
「この扉の奥です」
 シスターは黒い頑丈そうな扉の前で立ち止まり、瑞科に振り返った。
 瑞科は無言で頷き、扉に手を伸ばした。


 扉を開くと、そこは室内であるのに緑に包まれていた。部屋は広く、中央には一本の大きな木が力強く枝を伸ばしている。地面には芝生が敷き詰められており、開けた小高い丘といった雰囲気だ。天井も吹き抜けで、太陽の光が部屋の中に振り注いでいる。
「ホントに来たよ」
 どこかうんざりしたような声が聞こえた。中央の大樹のそばに寝転んでいた人物が頭だけを上げ、瑞科を見ていた。先日の任務で瑞科に銃を向けてきたツンツン頭の少年だ。
「だから言ったじゃない。あんた人の話、聞かなさすぎ」
 少年を咎めるように言ったのは、今時の女の子といった雰囲気の金髪の少女だ。服装は前に出会った時の派手なものではなく、シスター服であるが。
「ちょっとうるさい……。黙ってて……」
 ぼさぼさ頭の少年が呟いた。ここでもやはり彼の手にはゲーム機が握られており、その画面に視線を落としていた。
「あんたたち、もうちょっと真面目にやりなさいよね」
 黒髪の少女が三人を叱るように、眉を吊り上げた。やはり委員長みたいである。
「クスクス、こんなところに閉じ込められても、相変わらず馬鹿ばっか……」
 そう言うキャップの少女も相変わらずの様子である。
「それでは、よろしくお願いしますね」
 シスターがお辞儀をして部屋を後にした。瑞科は改めて緑に包まれた部屋を見渡した。
 では、本日の任務を開始しますわよ。心の中で気合いを入れ、瑞科は五人の問題児たちを見据えたのだった。


 鋭い風切り音が部屋の中を駆け巡っていた。その音に合わせて金属のぶつかる音も響く。
 やはり思ったとおり。かなり高い戦闘素質を持っているわね。
 瑞科は金髪の少女と打ち合いながら、そんなことを思った。
 今日、瑞科がこの施設を訪れたのは、前回の任務で捕らえた五人と会うためだった。その目的の一つがこの戦闘訓練である。
 殲滅対象であったこの五人を『教会』の監視下におくことを進言したのは瑞科だ。そこで神父から言い渡された任務が、『この五人を教会にとっての脅威、不安要素ではなく、戦力となるよう鍛えろ』というものだった。
 尊敬と信頼を置く神父の言葉だ。瑞科はその任務を承諾したが、忙しい身である。なかなか、五人の前に顔を出すことができず、あの任務から一ヶ月が過ぎていた。
 ひと月の間に成長するものですわね。瑞科は関心とともに、目の前の少女を眺めた。この一ヶ月の間、この施設では彼らの生活を二十四時間監視下に置いた、構成プログラムが実施されていた。
 五人は戦闘能力には目を見張る者があったが、性格に問題があった。そして、この一ヶ月での構成プログラムの効果を確認するのが、今回の瑞科の目的だった。
 しかし、こうして手合わせをしてみて、やはりこの五人は逸材だと確信する。特にキャップの少女。彼女は教会にとって、書かせない戦力なる可能性がある。


 ただ、やはり問題なのは性格。言い方を変えるならば、任務意識、組織意識、帰属意識と言っても良い。
 彼らは軽い。思いも、認識も、覚悟も。
 もちろん、彼らにだって、彼らなりの思いや認識、覚悟があるのだろう。そうでもなければ、この年にして戦闘に身を置き、これほどの力を身につけてはいない。しかし、それは瑞科からすればおままごとを見せられているような、そんな軽さを伴っているように見える。
「ちぇー、今日はこの前のお返しに、ぎゃふんと言わせてやるつもりだったのになー」
 芝生に腰を下ろしている金髪の少女が、不満そうに頬を膨らませた。
「お前も口ばっかりだよな。やる前は絶対に勝てるとか大口を叩いておきながら、そのざまとか」
 ツンツン頭の少年が馬鹿にしたように笑う。
「うっさいわね! あんただってボコボコにやられてたくせに」
「うっ……」
 ツンツン頭の少年は居心地悪そうに目を逸らした。
 今は五人との手合わせを済ませ、軽い休憩中だ。瑞科はそんなやりとりをする彼らを遠目に眺めていた。
 やはり、戦闘能力は素晴らしい。五人友が逸材と呼ぶに相応しい能力の持ち主だ。しかし、手合わせをしている時にも感じたことだが、彼らはどこまでも子供だ。それは仕方のないことかもしれないが、これは遊びではないのだ。少なくとも、今の彼らに任務を任せて、無事に任務を遂行し帰還する姿をイメージすることはできない。
 きっと、隙を見計らって逃亡を図るか、任務に失敗し大怪我、或いは命を落とすのがオチだろう。
 さて、彼らをどう指導し、導けばよいのかしら。瑞科は無邪気な言い合いを続ける彼らを見て、頭を悩ますのだった。


「あなたがたは何のために生きているの?」
 瑞科の質問を受け、彼らは不思議そうに瑞科を見た。突然、そんなことを聞かれても戸惑うだけだ。
金髪の少女に至っては、なに言ってんのあんた、という馬鹿にしたような表情を隠そうともしなかった。
「ごめんなさい、訊き方を間違えたわ。あなた方は何のために戦っているの?」
 一瞬だけ、彼らの表情が硬くなったのを瑞科は見逃さなかった。彼らには戦ってきた理由がある。理由もなく人は戦うことなどできないのだ。戦うというのは、想像以上の体力が必要で、忍耐力が不可欠で、精神力が削られていく。
 それを五人はこれまで続けてきたのだ。そこに理由や意味が、ないはずがない。
「そんなの、決まってるじゃない……! 生きる為よ、戦わなければ生きていけなかった。だから、戦ってきたのよ……」
 金髪の少女が歯を食い縛りながら言った。他の面々の表情も曇る。
「クスクス、でも私たちは、負けた……」
 唯一、表情の見えないキャップの少女が、いつもと変わらない笑い声を上げた。
 すると、金髪の少女とツンツン頭の少年が、キャップの少女を鋭く睨んだ。
「僕は別に、負けてないし……」
 ぼさぼさ頭の少年がぼそりと呟く。
「でも、私たちが負けたのは、事実よ」
 黒髪の少女が誰とも視線を合わせず、自分に言い聞かせるように言った。その言葉に、金髪の少女とツンツン頭の少年が俯く。
「正直に言って、わたしはあなたを好ましく思ってはいません」
 黒髪の少女は真っ直ぐ、瑞科の目を見た。
「けれど、ここで生かしてもらっていることには感謝しています。例え、自由がなくても」


 彼らが戦ってきたのは、彼らの言葉の通り、生きるためだったのだろう。戦わなければ、死ぬ。その純然たる現実が、彼らを生かしてきた。
「あなたは、私たちにこれからは、教会の為に戦えと言うのでしょ」
 黒髪の少女の言葉は正しい。彼女たちには今後、教会のために戦い、生き、死んでもらう。どう言い繕おうとも、それが事実だ。
 瑞科は彼らを生かしたのは、彼らの戦闘能力に利用価値があったからに他ならない。
「あなたの言葉を否定はしないわ」
 瑞科は黒髪の少女に向き直った。
「ただ、あなた方には二つの選択肢しかないのよ。教会のために生きるか、さもなくば死ぬかよ」
 それは開き直りにも聞こえる、残酷な言葉だ。
「さあ、今度はあなた方に選択のチャンスを与えてあげますわ。ここで死ぬか、この先、地獄への道を死神と生きるか」
「クスクス、結局、私たちに選択肢なんてない……。ここで生きていくしかない……」
 キャップの少女の言葉に、他の四人は俯いた。不本意ではあるのだろう。だが、彼らにも分かっているのだ。彼らが生きていくためには、ここで教会のために戦い続けるしかないことを。
 彼らには思いも認識も覚悟も足りない。だから、わたくしが彼らを鍛え直す。そして、彼らに戦う以外の生きる意味を教えてあげますわ。
「さあ、訓練の続きを始めますわよ」
 そう、それが彼らを生かしたわたくしに、唯一、彼らにできることなのだから。