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<東京怪談ノベル(シングル)>


新たなる未来へ


 妖精王国と地球人類との間には、古の時代から緊密な友好関係が続いている。
 20年前、地球上に建設された妖精王国基地を、龍族の軍勢が襲った。
 その際、地球軍のとある戦艦が基地を守るために奮戦し、龍族の艦隊に突っ込んで自爆・玉砕を敢行した。
 結果、龍国軍は撃退され、妖精王国基地は守られた。
 地球人類の武勇と自己犠牲精神に、妖精王国は大いに感謝し、地球に対するいかなる援助も惜しまなくなった。
 月面・久遠の都に住むダウナーレイス族としても、妖精王国と地球人類との関係が良好であるのは望ましい事だった。この両者の間に戦争でも起ころうものなら、久遠の都とて巻き込まれずにはいられない。
 そんなものに巻き込まれている場合ではなく、ダウナーレイス族には戦わなければならない相手がいるのだ。
 邪悪なるドワーフ族……アシッドクランである。
 そのアシッドクラン族の新型戦艦が、ダウナーレイス軍のとある艦隊に奇襲をかけた。


 艦隊前方で、まるでブラックホールか何かのように、空間が歪んでゆく。
 その歪みの中から、巨大な金属の残骸が現れた。
 いや、まだ辛うじて残骸ではない。ほぼ大破状態の、戦艦である。
「地球軍の戦艦です」
 オペレーターの草間零が、報告をした。
「武装は全滅、機関部のみが辛うじて生きている状態と思われます。あっ今、救難信号が発信されました」
「放っておくわけにもいくまい。爆発物反応を確認した後、接舷許可を出すように」
 艦長が、命令を下した。
 残骸寸前の地球製戦艦が、こうしてダウナーレイス族の艦隊に保護される事となったわけだが、この時点ではまだ誰も気付いてはいなかった。
 艦隊全体が、とある深刻極まる攻撃をすでに受けた後である、という事実に。


 大破状態の地球戦艦には、艦長以下100名の生存者が搭乗していた。
 残骸に至る寸前の艦には、ダウナーレイス軍の技術陣による応急処置が施されている。が、生存者100名の中にも技術者がいないわけではない。
「いえ、そこまでしていただくわけには参りません」
 1人の若い地球人技師が、ダウナーレイス技術陣を相手に、そんな事を言っている。
「あなた方から見れば、確かにガラクタも同然の艦でしょう。しかし我々は今まで、彼女と共に戦ってきました。彼女に守られ、生き長らえてきたのです……これからも、彼女と共に戦い続ける。それが我々の運命です」
 彼女というのは、この残骸寸前の地球戦艦の事であろう。種族を問わず男の船乗りには、船に女性の人格を見出そうとする傾向がある。
 驚いた事にこの艦は、およそ20年前の型式であった。旧型、と言ってもプレミアが付いたりするほどではない、中途半端な古さである。綾鷹郁は、そう思った。
 そんな旧式艦など、この場で廃棄してしまってはどうか。ダウナーレイスの技術者たちは、そう勧めているのだ。代わりに久遠の都製の新鋭艦を供与する。その申し出を、地球人の若い技師が謝絶しているところである。
「20年前の地球型……確かに、色々いじれば戦えない事もないだろうけど」
 郁は歩み寄り、声をかけた。
「けど龍族の連中と戦うには、ちょいとキツくない?」
「……ご存じでしたか。我々が現在、どのような相手と戦っているのかを」
「どういう敵から、どういう攻撃くらって、ここまでボロボロになっちゃったのか……調べれば、だいたいわかるから」
 地球人類は現在、妖精王国と戦争継続中である。
 20年前、地球上に建設された妖精王国基地を、龍族の軍勢が襲った。
 地球人の軍も奮戦はしたが力及ばず、基地は壊滅した。
 防衛責任を問う妖精王国と、もともと防衛義務などなかったと言い募る地球人類との間で、急速に関係が悪化し、ついには戦争となった。それが、20年後の現在も続いている。
 だが、この地球艦を残骸寸前の大破状態に追い込んだのは、妖精王国の軍ではない。
 龍族によるファイヤーブレス爆撃の痕跡を、郁は大破した船体装甲にはっきりと見て取った。
「貴方たちが20年前から来た、って事もね……この船調べれば、わかっちゃうのよん」
「それならば……我々がこの艦で20年前に戻らなければならないという事も、おわかりでしょう」
 技師の若々しい両眼に、決意の光が宿った。
 郁の胸が、とくん……っと高鳴った。
「あの戦場に、戻らなければ……そして龍族を撃退し、妖精王国の基地を守らなければ」
 それが出来れば、今も続く地球人類と妖精王国との泥沼の戦争は、最初から無かった事になる。
「……あたしも、手伝ったげる」
 さり気なく郁は、若い技師に身を擦り寄せて行った。
「あたし武器とか兵器とか、作るの得意だから……この艦、魔改造しちゃる」


 龍族艦隊からの集中砲火を浴び、その衝撃で20年後の世界へと時空転移した。それはわかった。
 問題は、その集中砲火の中へと、この地球人たちを帰してしまうのかという事である。
 ダウナーレイス族の技術をもってすれば、20年程度の時空転移は容易い。が、それを行えば、この満身創痍の艦とその乗員たちを、勝ち目のない戦いの中へと帰してしまう事になる。龍族の猛襲の中へと、再び追いやってしまう事になる。もちろん艦長以下、100人もの地球人たちは、それを望んでいるのだが。
 とは言え、せっかく助かった命を捨てさせるのか。
 旗艦の艦橋で、ダウナーレイス艦隊の主だった軍人たちが議論を続けている。
 その議論の最中、草間零はふと違和感のようなものを感じた。
(この状況……何か、変……?)
 自分たちは確か、アシッドクランによる奇襲を受けている最中ではなかったか。
 零がそう思った、その時。耳障りなエマージェンシー・コールが鳴り響いた。
「て、敵襲……識別は、妖精王国です!」
 零はオペレーターの任務に戻り、叫んだ。
「妖精王国艦隊より、電文! 地球人どもの艦艇を匿う事は容認出来ぬ、即時追放して我らに引き渡すべし。3分以内に返答なき場合は、遺憾ながら実弾による督促を実行する」
 報告をしながら零は、心の中で違和感を強めていった。
(何故……? どうして妖精王国と地球人類が、戦争をしているの?)
 20年前の、龍国軍による基地襲撃以来、この2国は友好関係をより強めてきたはずだった。地球軍のとある戦艦が、玉砕戦法を辞さずに妖精王国基地を守り抜いたからだ。
 20年前の、龍国軍による基地襲撃をきっかけに、この2国は戦争状態に突入した。地球軍が、妖精王国基地を守り抜く事に失敗したからだ。
 2つの歴史的事実が、零の頭の中で交錯した。
「何……一体、何が起こっているの? 何が、これから起ころうとしているの……?」


 2つの歴史的事実が、郁の頭の中で交錯した。
「そう……そういう事ね」
 郁は、即座に理解した。
 航空事象艇を駆って、様々な時代を飛び回っている郁だからこそ、理解出来た。
 歴史というものは時折、分岐する。
 その分岐の片方からもう片方へと、自分たちは移ってしまったのだ。恐らくは、アシッドクランの奇襲によって。
「我らと行動を共にするなどと……一体どういうつもりですか」
 地球人の若い技師が、呆れている。
「これから向かうのは、我々にとって敗色濃厚な戦場なのですよ」
「ここだって、あと3分もすれば戦場になるわ。どうせ死ぬかも知れない運命なら……あたし、貴方と一緒に行く」
 この地球艦への転属を、郁は先程、志願して受理されたばかりである。
 これから向かうのは、20年前の戦場。そこで龍族の強襲を退け、妖精王国基地を守る事となる。
 それに成功すれば、地球人類と妖精王国との戦争は起こらなくなる。その代わり、この艦は玉砕し、乗員は1人も生き残らない。
 否、もう1つの分岐が生じるかもしれない。妖精王国の基地は守られ、なおかつこの艦も沈まない。そして誰も死なない。そんな未来がないと何故、断言出来るのか。
「要は、勝てばいいんでしょ? 龍族の連中にさ」
 手先でくるりとスパナを回転させながら、郁は微笑んだ。
「このポンコツを、勝てる艦に魔改造したげるわよ……ふふっ、20年前の地球型戦艦。いじってみたかったのよねえ」


 3分が経過し、妖精王国艦隊の攻撃が開始される。それと同時に、応急処置を終えた地球艦が20年前へと跳び戻ってゆく……
 はっ、と草間零は我に返った。
 静かな宇宙空間を哨戒中の、ダウナーレイス艦隊。その旗艦艦橋である。
「草間オペレーター、定時報告はどうした?」
 艦長が、眠そうな声を発している。
 零はいささか慌てながら、宙図とレーダー表示を確認した。
「は、はい。現在、本艦隊は久遠の都周辺宙域Bー897区を巡回中。異状ありません」
 攻撃寸前だったはずの、妖精王国の艦隊もいない。残骸寸前の地球艦もいない。
 最初から何事も起こらなかった静かな宙域を、この艦隊はのんびりと航行している。
 呑気な寝息が聞こえた。
 綾鷹郁が、近くのオペレーター席で居眠りをしている。
 戦闘員とオペレーターの兼任など、やはり出来るわけがないのだ。
 苦笑しつつ零は、郁の細い肩に軍服のジャケットをかけてやった。
「……我らの兵器は、歴史を塗り替えたのだ」
 声がした。
「草間零、お前だけしか知らぬ……幽霊戦艦と、もう1人の綾鷹郁」
「誰!?」
 零は、艦橋を見回した。
 一瞬だけ、人影が見えた。すぐに消えた。不敵な言葉だけが、残った。
「我らはアシッド超光速海軍……楽しみにしておれ。後々、面白い事になる」