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<鈴蘭のハッピーノベル>


災難なジューンブライド

●呪いのウエディングドレス?
 松本・太一がその噂を聞いたのは、六月の梅雨の時期だった。
 会社の休憩時間にのんびりお茶を飲んでいた時に、女性社員達の話し声が聞こえてきたのだ。
 盗み聞きするつもりはなかったものの女性達の声があまりに大きく、そして多少なりと興味をそそられる内容だった為に、つい耳を澄ます。
 ――その噂話は、ジューンブライドにピッタリな内容だった。

 一着の美しいウエディングドレスがある。
 純白で、細かい刺繍と可愛らしいフリルがついたドレスは、結婚式に憧れを抱く女性ならば一目見ただけで虜になってしまうぐらいに、素晴らしいものだ。
 しかしこのドレスには、既に持ち主がいた。
 持ち主はドレスを着て、夜中に踊りながら現われる。
 しかし男性を見つけるとドレスは持ち主から離れ、男性に取り憑く。
 ドレスに取り憑かれた男性は、何故か性別が女性になる。
 そして踊りだし、どこかへ消えてしまう。
 残された元の持ち主は男性に戻り、その場で意識を失って倒れるらしい。

『……なぁんか微妙にどっかで聞いたことのある話ね』
「んぐっ!?」
 自分の中から聞こえた女悪魔の言葉で、お茶を吹き出しそうになる。
「(まさかと思いますが、貴女が作り出した物じゃないでしょうね?)」
 心の中で問いかけると、女悪魔はムッとした。
『失礼ね! そんな辛気臭い物、作らないわよ! ……でも他の女悪魔が、人間と契約して作ったと聞いた覚えが少しあるのよね』
 異世界から来た女悪魔ならば、そういう物を作っても不思議ではない。
「(でも私と貴女のような存在が、他にもいるんでしょうか?)」
『そりゃあいないとは限らないんじゃない? それに悪魔の種類によって、人間に与える能力は違うもの。人間に個性があるように、悪魔にも個性的な力があるからね』
 どうやら呪われたウエディングドレスを作り出した女悪魔は、そういった呪われたアイテムを作り出す能力を人間に与えることができるらしい。
『でもね、悪魔の力を発揮するのは人間の方だから、その呪いも人間が作ったんだと思うわ』
「(…まあ確かに、女悪魔がわざわざ作る呪いじゃないですね)」
 だが自分の中にいる女悪魔と関わってしまった為に、魔女となってしまった太一としては、どうしても他人事には思えなかった。
「(でも何でそんな呪いなんでしょうね? 貴女は分かります?)」
『人間の何かを呪う気持ちなんて、分からないわよ。ただまあテレビを見ていると、理由はいくつか思い浮かぶわね』
 花婿に逃げられた花嫁の怨念か、あるいは男性ストーカーに殺されてドレスを着せられた女性の怨念か。
『悪魔ってのは基本、人間が死んでなければ契約できるからね。瀕死であっても、心臓さえ動いて意志を伝えられるのならば、契約は成立するし』
 言葉に出して契約することもあれば、太一と女悪魔のように精神世界で契約することもある。
 大事なのは出会うタイミングと、伝えられる意志。両方が存在すれば、人間は悪魔と契約ができるのだと言う。
『まあ呪いの理由なんて分からないけど、とりあえず男を恨んでいるんじゃないの? だって男にウエディングドレスを着させて、性別を女にしちゃうなんてさ、嫌がらせ以外にないじゃない』
 楽しそうにクスクス笑う女悪魔だが、太一は無表情になってスっと眼を細めた。
「(それ、貴女が言えることですか?)」
『うっさい!』


 その後、太一は調査をはじめた。
 噂話はすでにインターネット上にも流れ始め、少々世の中が不安定になってきたからだ。
「ドレスが離れた男性は衰弱しているものの、とりあえず命に別状がないのが良かったわ。……でもあのドレス、男性達のエネルギーを吸い取って動いていると考えた方がよさそうだし、やっぱりほっとけないわね」
『あなたにしては珍しく積極的で良いとは思うんだけど……。何でいつもは嫌がっている魔女の姿に、今日は自らなっているの?』
「……一応、ドレスに狙われない為に」
 男性の姿のままでは、うっかりドレスに取り憑かれてしまう可能性がある。
 今まで女悪魔のせいでコスプレまでさせられたことがあったが、流石にウエディングドレスは勘弁だ。
 太一は結婚式を控えている女性のフリをして、ウエディングドレスを扱っている店をいくつか回った。
 その中で例の噂話のことについてそれとなく聞いてみたところ、店員達からいくつか気になる情報を手に入れることができた。
「襲われた男性達は、すでに結婚式を行うことが決まっていたみたいね。相手の女性と一緒に、ウエディングドレスを選びに来たらしいし」
『つまりあのドレスが襲う相手は、結婚式を控えている男という条件があるのね』
「うん。けれどドレスに取り憑かれて、行方不明になった。しかし別の犠牲者が見つかったことによってドレスが離れていき、発見されたまでは良かったものの、今でも入院しているから結婚式どころじゃないみたいだし……」
 男性の結婚相手の女性は、行方不明になった時は心配して不安にもなり、見つかっても結婚式が中止や延期になってしまい、破談になっている人達も少なからずいるらしい。
『まあ呪われたドレスを着ちゃった上に、女になっちゃってたからね。相手の女性の方も、そんな男と結婚したいって思わなくなっても不思議じゃないわね』
「でも男性達が悪いわけじゃないのにっ…! ……やっぱりそのドレス、許せない」
 太一は険しい表情を浮かべ、ギリっと歯を食いしばる。
 これから幸せな家庭を築くはずだった二人の関係を、メチャクチャにしたドレス。
 男性達には『結婚式を控えている』こと以外、共通点はなかった。
 つまりあのドレスは条件さえ当てはまれば、無差別に男性達を襲っていることになる。
 呪いの理由など、もうどうでもいい。
 大事なのは、これから未来を進む人々のことだ。
「とりあえず例のドレスに現れてもらわなきゃね。それにはやっぱり、男の姿に戻るしかないか」
『やけに燃えているわね』
「だって悔しいじゃない! 過去にどんな理由があろうとも自分の不幸を他人に擦り付けるなんて呪い、この世界にはあってほしくないと思うの」
『……まっ、自分の居場所を荒らされるのは、確かにいい気分じゃないわね』


●現れた呪い
 丑三つ時になる深夜二時。太一は男の姿に戻り、スーツ姿にカバンを持って、仕事帰りであることを表しながら一人で人気のない道を歩いていた。
「しかしこんな夜遅くに歩くのは、男である私でも緊張しますね」
『そお? 悪魔であるアタシにとっちゃあ良い時間だけどね』
 悪魔にとっては、闇と月がエネルギーの元になる。
 昼間降っていた雨はやみ、今はじめっとした空気が流れていた。黄金色の満月の光が輝きを放っており、闇色の空には分厚い白い雲が流れている。
 歩く道のところどころに、色とりどりの紫陽花が咲いているのが眼に映った。
 しかし太一は苦しそうに、顔を歪ませる。
「…本来ならジューンブライドとして、盛り上がる季節なのに…」
『だからこそ出てきた呪いのドレスでしょう。……今も元気に存在しているしね』
 不意に女悪魔が声を低めて言った言葉で、太一は立ち止まる。
 慌てて周囲を見回してみると、近くにある公園の中で白い何かが動いているのを発見した。
 気配を消しながら公園の中に入り、こっそり正体を確かめてみる。
「アレがまさか、呪いのドレス?」
 公園の中心で、一人の女性が白いウエディングドレスを着たまま踊っている姿があった。
 女性は高揚した表情で、楽しそうに踊っている。
『ドレスの他にもアクセサリーまで身につけているわ。ご丁寧な呪いねぇ』
「妙なところで感心しないでくださいよ。…とりあえず、声をかけてみますか」
 太一は物陰から出て、ゆっくりと女性に近付いた。
「あっあの、すみません」
 小さく声をかけると女性は踊ることを止め、太一を見る。
 しかし次の瞬間、残念そうな表情を浮かべた。
『あなたは……違う』
 女性から出た声は、しかし頭の中に直接響いてくる。
 どうやら太一が『結婚を控えている男性』ではないことを、見抜いたらしい。
「別にドレスが着たいわけじゃありません。ただ、その呪いの存在が許せないだけです。もう充分でしょう? ただのウエディングドレスに戻りませんか?」
 強い口調で言うと、女性は顔をしかめた。
『男なんて本当に身勝手な存在ね! 自分の都合を押し付けてばっかり! 女性の気持ちなんて分かろうともしないからこそ、女にしてやったのにぃ!』
 急に取り乱した女性は天を仰ぎ、超音波のような声を出す。
 キィィィンっ!と頭が激しく痛み、太一は耳を両手で塞ぎながらその場に膝をついた。
「くっ…! やはり男性に恨みを持って…いたん、ですね……」
 叫び終えた女性は眼をつり上げ、太一に向かって駆け出す。
 太一は苦しそうな表情を浮かべながらも何とか立ち上がって、襲いかかってきた女性のドレスに触れる。
『アタシの獲物に触れるんじゃないわよ』
 冷たい女悪魔の声が自分の口から出たと知った時、ドレスはいきなり燃え上がった。
「なっ!?」
 見る見るうちにドレスは灰となり、消えていく。
 そして炎の中から男性が一人、無傷で出てきて地面に倒れた。
 太一は慌てて携帯電話で救急車を呼んだ後、風に乗って消えたドレスの灰を眼で追う。
「ドレスと共に、製作者の恨みも消え去るといいですね」
『女の恨みほど、怖いものはないわね』
 肩を竦めながら女悪魔は言うが、今回は彼女に助けられた。
 太一は安堵のため息を吐く。
「とりあえず、一件落着ですね」


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504/松本・太一/男性/48歳/会社員・魔女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 このたびは【鈴蘭の雫】で発注をしていただき、ありがとうございました。
 『呪われたウエディングドレスのお話を』ということでしたので、悪魔絡みにしてみました。
 今回はシリアス強めに書きましたので、ドキドキしながら読んでいただければと思います。