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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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座敷わらしを連れ出して
アンティークショップ・レンの店主、碧摩・蓮に依頼され、冷泉院・蓮生は座敷わらしが閉じ込められている屋敷に向かっている。
その手には蓮に渡された紙袋があった。中を覗き込み、蓮生は深いため息を吐く。
「……まったく。座敷わらしを地下座敷に封じ込めて商売を発展させるなんて、とんでもないことをしたものだ。亡くなった者のことを悪く言うのはなんだけど、屋敷の主が事故死したのは因果応報と言えるのかもな」
座敷わらしの力は住んでいる家の中で発揮される為に、外では通用しない。ましてや商売以外のことに関しては、座敷わらしの力が通じないのだ。
屋敷の主は座敷わらしを手に入れたことで浮かれ、周囲への注意が足りなくなっていたのかもしれない。
蓮生は屋敷の前に到着すると、険しい表情で見つめる。
「さて、まずは地下座敷に行って、座敷わらしを封じている結界を壊さないとな」
屋敷の門はすでに壊れており、中もボロボロだ。埃臭さに軽く咳き込みながら、蓮生は蓮から預かった地図を頼りに奥へと進む。
地図によると屋敷の奥にある主の部屋に、地下座敷に通じる隠し階段があるらしい。
「とは言え、どこにあるのかは見ただけでは分からないな」
主の部屋は広く、中に入って見ただけではどこに階段が隠されているのか分からなかった。
本来ならば何かあった時、隠し階段を下りて、地下座敷に身を隠すのが目的で作られたものだから、簡単には見つからないようになっている。
「だがそれが別の目的で使用されるなんて、情けないことだ」
蓮生は壁を叩いたり、天袋の中を調べたり、柱に触れてみたりした。しかし特に手がかりは見つからない。
蓮の説明では、地下座敷に入る方法は屋敷の主だけが知るものだったらしく、どうやって入るのかまでは分からなかったそうだ。
その為に主の死後、座敷わらしの存在は放置されたままだったらしい。
なら座敷わらしが封じられていることを誰から聞いた?と尋ねてみたところ、何も言わずに意味ありげに笑われた。
「……相変わらず得体のしれない人だ。いや、そもそも人間なのかどうか怪しいところだが……」
蓮生は頭の中で笑う蓮を思い浮かべながら、部屋の中を見て回る。
ふと床の間の前にある畳を踏んだ時、足の裏の感触がおかしいことを感じ取った。
「もしかして、畳の下か?」
蓮生はすぐに畳の上から離れ、その畳を持ち上げて見る。すると床に引き戸があった。蓮生は戸を引いて見ると、そこから地下に続く石の階段を発見することができた。
「なるほど。こういう造りだったのか」
感心したような呆れたような微妙な表情を浮かべながら、蓮生は紙袋から懐中電灯を取り出し、スイッチを入れて階段を下りはじめる。
地下は意外と広く、いくつかの部屋があった。
「手入れはされていないが、それでも地上にある部屋よりはマシだな」
屋敷の主以外誰も訪れなかったせいか、あまり荒れていない。
だが地下の奥にある部屋の襖には、札がびっしり一面に貼られていた。僅かにだが、そこから妖力を感じる。
「どうやらここが、例の部屋みたいだな」
呟いた蓮生は、しかし封印の札いっぱいの襖を見て嫌な気持ちになった。
座敷わらしはそもそも、人間に福を与える存在だ。妖怪とはいえ、人間を幸せにしてくれる存在をこんなふうに封じ込めていた主に対し、怒りを感じてしまう。
「忌まわしい封印は、とっとと破ってしまおう」
蓮生は紙袋を床に置くと、中から短刀を取り出す。白い短刀は蓮から預かった物で、封印の札を切り裂き、無効化する力があるのだ。
鞘を抜き、蓮生は両手で柄を持って札を切り裂き始める。一枚残らず無効化することが目的なので、全てを切り裂くのに時間がかかった。
「はあっ、はあぁ……。よっようやく終わった……」
全部の札を無効化した頃には、体力がない蓮生は肩で息をし、汗が額から流れていた。
襖を開ける前にハンカチで顔を拭いて、息を整える。
そしてゆっくりと、襖を開けた。中は天窓から太陽の光が入り込み、薄暗い。部屋はボロボロであったが、床には古い子供のおもちゃがたくさん置いてある。
部屋の中心には赤い着物を着た七歳ぐらいの少女が一人、てまりを両手で持ちながら畳の上に座っていた。
少女はじっと、真っ直ぐに蓮生を見つめる。日本人離れした美しい外見が珍しいのか、それとも久し振りに人間を見たせいか、その視線は揺らぐことがない。
「キミが座敷わらしか? 俺はとある人の依頼で、キミを解放しに来たんだ。もうこんな所にいなくていい。仲間達がいる明るい場所へ行こう」
蓮生は部屋の中に入り、座敷わらしに向かって手を差し伸べるも、全く反応しない。
まるで人形のような座敷わらしに、蓮生は戸惑いを感じる。
しかしふと紙袋のことを思い出し、慌てて戻って持ってきた。
「何年も何も食べていなかったんだろう? ほら、キミの好きなものを持ってきたんだ」
蓮生は座敷わらしから少し距離を取りながら、袋の中から塩せんべいとあずき飯、水が入った竹筒を置いて、また離れる。
すると座敷わらしの眼が大きく開き、食べ物と飲み物に視線が向く。そしてゆっくりと動きだし、まずは竹筒の水を飲んだ。口の中が潤ったせいか、いきなり座敷わらしは塩せんべいとあずき飯を勢いよく食べ始める。
「うわっ!? はっ腹が減っていたんだな……」
無表情ながらも凄まじい早さで食べ進める座敷わらしを、蓮生は呆然としながら見つめた。
あっという間に全てを平らげた座敷わらしは大きなゲップをすると、改めて蓮生を見上げる。
「あたし、今度はどこに行けばいいの?」
幼いながらもしっかりした口調で話しかけられたことに、ほっとした。
「あやかし荘という所だ。あそこには数多くの妖怪が住んでいるし、キミと同じ座敷わらしも住んでいる。しばらくはそこで過ごすといい」
移動する場を聞いて、座敷わらしは首を傾げる。
「あやかし荘……。何か聞いたことがある」
「えっ?」
あやかし荘はアパートではあるが、築数百年の木造建てだ。しかしそれでも、座敷わらしが封じられた頃から存在していたとは考えにくい。
恐らく『あやかし荘』という名で、同じ場所に建物はあったのだろう。アパートの形になったのは、時代と共に変化したのかもしれない。
改めてあやかし荘の歴史を感じ、思わず蓮生は遠い眼をする。
「まあ他にも妖怪がいるならいいや。連れてって」
今度は座敷わらしの方から、手を差し出してきた。
「あっああ、そうだな。ここから出よう。…っとと、まだ名乗っていなかったな。俺の名前は冷泉院・蓮生」
「あたしはゆかり」
「よろしくな、ゆかり」
そして蓮生はゆかりの小さな手を取って、地下座敷から出た。
屋敷からあやかし荘までは、電車やバスを乗り継いで歩いて行くしかない。
しばらくの間、封印されていたせいでゆかりの存在は普通の人間の眼には見えなくなっており、蓮生は乗り物に乗っている間はこっそりと、歩いている時は携帯電話を耳に当てて、周囲の人々に不審に思われないように行動しながら、ゆかりに街のことを説明していく。
久し振りに外に出たゆかりは興味津々といった様子でいろいろと聞いてきたが、あやかし荘に到着する頃には疲れてしまっていた。
蓮生はゆかりを連れて、あやかし荘の管理人の部屋を訪ねる。
すでに蓮から話をされていたらしく、ゆかりは同じ妖怪の座敷わらしとしばらく同居させるらしい。
帰り際、ゆかりに手をぎゅっと掴まれた。
「また、会える?」
久々に人と接したせいか、緊張しながらも恋しく思っているようだ。蓮生を見上げた眼には、寂しそうな色が浮かんでいる。
蓮生は柔らかく微笑み、しゃがみこんでゆかりの頭を優しく撫でた。
「ああ。今度はおもちゃを持って来る。だから良い子にしてろよ?」
「うん」
蓮生はゆかりと管理人に見送られながら、家への道を歩き出す。
「蓮への報告は明日でもいいか。その時、座敷わらしが好きなおもちゃの種類を聞いておかなきゃな」
すでに太陽は夕日になっており、あたたかな光が蓮生に降りかかっていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3626/冷泉院・蓮生/男性/13歳/少年】
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■ ライター通信 ■
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このたびは依頼に参加していただき、ありがとうございました(ペコリ)。
ゆかりは今、あやかし荘の住人達と楽しく過ごしております。
たまには遊びに行ってあげてください。
ではご縁がありましたら、また。
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